骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2016-07-08 17:30


“活躍”を押しつけられる時代に人工呼吸器をつけて生きること『風は生きよという』

障害当事者や周りで支える人たちが動くことで、自立生活への歩みははじまる―監督の手記
“活躍”を押しつけられる時代に人工呼吸器をつけて生きること『風は生きよという』
映画『風は生きよという』より、海老原宏美さん

怪我や事故、先天性などによる障害や病気によって、自力で呼吸することが難しくなり、人工呼吸器を使い生活をおくる人たちの日常を描いたドキュメンタリー映画『風は生きよという』が7月9日(土)より渋谷アップリンクにて公開される。

この作品は、脊髄性筋萎縮症を持ちながら「NPO法人 自立生活センター 東大和」で働き、人工呼吸器ユーザーネットワーク「呼ネット」を設立した海老原宏美さん、呼吸器をつけながら高校進学のため受験勉強に励む中学3年生(当時)の新居優太郎さん、ALS(筋萎縮性側索硬化症)である自らの経験を生かし北海道北見市で障害者支援を続ける渡部哲也さんといった、呼吸器とともに生きる人たちの生活を記録。家族や仲間、支援者との関係から、生きるうえでの繋がりの大切さ、そして主人公たちのバイタリティに触れることができる作品となっている。

webDICEでは、宍戸大裕監督が制作の経緯、そして撮影期間中の思いを綴った手記を掲載する。


人工呼吸器を使う、目の前の生活者を描く
文:宍戸大裕(『風は生きよという』監督)

■障害のある人と出会う

「人工呼吸器を使いながら地域で生活する人のことを映画にしてほしい」
そんな相談を受けたのは、2014年1月のこと。学生時代、障害者の自立生活運動にすこしだけ僕が関わらせてもらっていた縁から、声を掛けてもらったのだ。障害のある人が、自立してあたり前に地域で暮らす。それは、意外と難しいことだ。障害のある多くの人が、日本では入所施設や病院、実家で暮らしている。障害が重くなるほど、自立生活は遠のいていく。そういう現状がいまもある。支援や制度が行き届いている地域ならば自立への道は開けてくるが、はじめから環境が整っているところなどない。障害当事者や、周りで支える人たちがみずから動くことで、自立生活への歩みははじまる。

映画『風は生きよという』宍戸大裕監督
映画『風は生きよという』宍戸大裕監督

人工呼吸器利用者で、映画の主人公になった海老原宏美さんとの最初の打ち合わせの日、突然こう質問された。
「ところで宍戸さんがもし”人工呼吸器をつけなきゃ生きられない”と言われたら、つけます?」
この後よく知ることになるのだが、海老原さんはいつも直球で話をする。ふわっと打ちやすいボールは、まず投げてくれない。不意を突かれてあわてて、本音が出た。
「想像するのは難しいけど、呼吸器をつけてまで生きたいとは僕は思わないかもしれないですねえ……(呼吸器つけてる人の前で、それを言うか)」

映画『風は生きよという』より
映画『風は生きよという』より、海老原宏美さん

息絶え絶えになって使うもの。寝たきりで使うもの。命の瀬戸際にある人がつかうもの。呼吸器にはそんなイメージがぼんやりあった。だが、目の前にいる海老原さんは、呼吸器のホースを口にくわえて笑っている。息絶え絶えじゃない。寝たきりでもない。命の瀬戸際でも、たぶんない(自発呼吸できる時間は短いのだけど)。普通に仕事してて、車椅子で自由に動いてる。
「海老原さんは、面白い」
撮影がはじまった。

■何も起こらず、焦る

映画は、呼吸器を使いながら地域で暮らす3人を中心に描き出した。海老原さん、北海道の渡部哲也さん、大阪の新居優太郎くん。

映画『風は生きよという』より
映画『風は生きよという』より、渡部哲也さん
映画『風は生きよという』より
映画『風は生きよという』より、新居優太郎さん

3人の日常を撮影しながらしばらくの間、不安に駆られた。
「淡々とした日常を描くだけで映画になるのか……?」
そして思った。
「……なにか大きな出来事が起きてくれないかな」
大きな出来事。それはつまり、事件とか、事故とか……(ひどいことを思うものだ)。波乱万丈、ドラマチックな展開、感動の物語……。それを期待してしまう安直さ。非凡を求める平凡!3人はともに、スーパーマンじゃない。生活者なのだ。人工呼吸器をつけている。それだけがちょっと珍しいことなだけで。
「焦っても仕方ない。生活をじっと見せてもらおう」そう思い定めた。

映画『風は生きよという』より
映画『風は生きよという』より

撮影期間中、一緒に酒を呑み、ご飯を食べ、おなじ屋根の下で寝泊りさせてもらう。ヘルパーが来る。看護師が来る。ときどき病院へ行く。酒を呑んでる途中で、たんの吸引がはじまる。そういうことも特別じゃなく、生活に溶けこんでいる。生活者が目の前にいる。このイメージが固まってきた。次第に、「重度障害者」とか「人工呼吸器利用者」というはじめに持っていたカッコつきのイメージは薄まっていった。その人の属性じゃなく、その人そのものを知りたいと思った。知りたいと思う間もなく、いつの間にか知っていた、という感じで時が流れた。そのうち、「何か起きてほしい」という発想はなくなっていた。この日常を丁寧に映そう、それぞれの人生を大切に映そうと、考えが変わった。

映画『風は生きよという』より
映画『風は生きよという』より

■そこにいること

描くのが難しかったのが、新居優太郎くんのことだった。優太郎くんには、お母さんの真理さんがいつも付き添っている。ヘルパーも利用しているけれど、基本は真理さんの支えだった。おのずと優太郎くんの意思は、意思を読み取る真理さんを介して伝えられることが、多かった。まばたきによる意思疎通。それは、思っていた以上に理解するのが難しかった。渡部さんは、口の動きとまばたきで、ひらがなの文字をしっかり示す。だが優太郎くんは、そこまで明瞭に示してはくれない。
「優太郎くんには、どれほどの意思があるのだろう?」そんな疑問が頭をもたげた。

 

意思【いし】考え。おもい。(『広辞苑 第二版』より)

古い辞書を引くと、これだけが書いてあった。あっさりしてるな~。「考え」って。「おもい」って。どっちも優太郎くん、ちゃんと持ってるよ。ある、ある。「意思」はある。

誰でもそうだと思うのだけど、意識がパチッとしてる時と、ボヤっとしてる時ってある。ときどきに変化している。それから意思の表れ方も、いろいろにある。パチッと集中して話を聞いてたつもりなのに「宍戸、ぼんやりしないで集中!」なんて先生に言われて心外な思いをしたことがある。逆に、別なことを考えて意識はほかに飛んでるのに、ちゃんと目の前の人の話を聞いてる振りをすることもある。意思の有無と、その表明。それって、案外あいまいなところを、誰も彼もうろうろしてるのかもしれない。そう思うと、「意思の所在」がどうのこうのと問うことが、先立たなくていいように感じられた。

映画『風は生きよという』より
映画『風は生きよという』より、新居優太郎くん、母親の真理さん、父親の大作さん
 

優太郎くんの姿を編集画面で見つめながら悩みつつ、思うようになったのは、そこにいるから尊重される、それで十分ということだ。「そこにいること」それ以外の何かを求められる社会って、それだけでは尊重されない社会って、はじめに書いた「活躍」だのを求めてくる人と、おなじ発想じゃないかしら。と思えてきた。優太郎くんがそこにいる。その周りに彼を支え、励まし、一緒に生きる人がいる。その人と人との間に、何かが通いあう。それでいいじゃん。それがいいじゃん。

映画『風は生きよという』より
映画『風は生きよという』より

■生き抜くための連日トーク

渋谷アップリンクでの劇場公開の間、すべての上映後にトークを予定している。いろんな人が話をする。スーパースターは出てこない。スーパースターに委ねない。ひとりが、ひとり分の力を出し尽くす。生きぬく力を身につける。力つけて、自分で自分の自由を獲得していく。そこへ向かうための、連日トークにしたい。存分に利用してほしい。

 

劇場でお待ちしています。

(2016年7月4日)



宍戸大裕 プロフィール

映像作家。1982年宮城県出身。学生時代、映画監督の飯田基晴や土屋トカチが主宰する映像グループ「風の集い」に参加。学生時代の作品に、東京の自然豊かな山、高尾山へのトンネル開発とそれに反対する地元の人びとを描いたドキュメンタリー映画『高尾山 二十四年目の記憶』(2008年)がある。東京の福祉施設で働いていた時、東日本大震災が発生。宮城へ帰郷し、被災した動物たちと人びとの撮影をはじめる。退職し、1年8ヵ月にわたり取材。映画『犬と猫と人間と2 動物たちの大震災』(2013年劇場公開)にまとめる。




映画『風は生きよという』
2016年7月9日(土)より渋谷アップリンクにて公開

映画『風は生きよという』より
映画『風は生きよという』より

監督・撮影・編集・ナレーション:宍戸大裕
音楽:末森樹
整音:米山靖
アニメーション:植田秀蔵
撮影協力:神吉良輔、高橋愼二
宣伝写真:齋藤陽道
宣伝デザイン:玉利公節
助成:公益財団法人 キリン福祉財団
企画・製作:全国自立生活センター協議会
配給:「風は生きよという」上映実行委員会
2015年/日本/カラー/81分

公式サイト:http://kazewaikiyotoiu.jp/

渋谷アップリンクでは、
呼吸器利用の方は500円でご覧いただけます。
(介助者2名まで各500円)
渋谷アップリンク上映情報:
http://www.uplink.co.jp/movie/2016/44196


▼映画『風は生きよという』予告編

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