骰子の眼

cinema

東京都 中央区

2016-06-29 16:30


ランス・アームストロングのドーピング計画を描く『疑惑のチャンピオン』

「薬物について正確に描くところにこの映画の価値がある」スティーヴン・フリアーズ監督
ランス・アームストロングのドーピング計画を描く『疑惑のチャンピオン』
映画『疑惑のチャンピオン』より

つい最近もスポーツ界はドーピング問題が大きく問題になったばかりだ。ロシアの陸上チームがチームぐるみのドーピングにより資格剥奪、そして、テニスの女王マリア・シャラポワが2年間の資格停止処分、両者とも今年のリオデジャネイロ・オリンピックへの出場はできなくなった。

本作『疑惑のチャンピオン』はツール・ド・フランスで全人未到の7連勝を達成し英雄となったランス・アームストロングのドーピング事件を描いている。

英語原題は『THE PROGRAM』、意味は「ドーピング・プログラム」ようするに「ドーピング計画」である。邦題のニュアンスだとランス・アームストロングのドーピングの真偽が「疑惑」とぼかされているが、アームストロングのドーピング事件は本人の告白により広く知れ渡った事実なので、原題の通り、この映画の見所は「薬物について正確に描くところにこの映画の価値がある」と監督のスティーヴン・フリアーズが語るように「スポーツ史上最も医学的に高度なドーピング」の全貌を描く映画だ。

本作に関わるまでロードレースのことは何も知らなかったというフリアーズ監督だが、さすがベテランの職業監督、アームストロングの膨大なドーピング事件の資料を紐解きテンポよくまとめ一級のエンターティンメント作品に仕上げている。

ランス・アームストロングがドーピングをしていたのは事実であり、チームぐるみでドーピングを行っていたも事実であり、ロードレース業界全体がその事実を薄々知っていても見て見ぬ振りをしていたも事実、普通ならば、なぜドーピングに手を染めたのか、そのとき当事者は罪悪感を感じていたのかといったヒューマンドラマとして描くところであるが、フリアーズ監督は、アームストロングのドーピング計画をたんたんとエンタメとして描いているところが優れて面白い。事実の積み重ねを描くことによりモラルとしてはアウトだが、ランス・アームストロングという複雑な人間像を浮かび上げることに成功している作品だ。

webDICEでは、スティーヴン・フリアーズ監督のインタビューを掲載する。

自転車競技については何一つ知らなかった

──『疑惑のチャンピオン』に取り掛かる前に自転車競技について良く知っていましたか?

何も知らなかった。本当に何一つ知らなかった。

──では、どう始めたのですか?

ランス・アームストロングと共に競技を行い当時のことについて書いたタイラー・ハミルトン、そして共著者ダニエル・コイルの『シークレット・レース ツール・ド・フランスの知られざる内幕』という本があり、それについて非常に聡明な人物が書いた書評を読んだ。だがタイラー・ハミルトンは私には決して理解することのできない理由で、本の著作権を売ろうとはしなかった。そして私は友人にデイヴィッド・ウォルシュの本『Seven Deadly Sins: My Pursuit of Lance Armstrong(原題)』を読むべきだ、と言われたので読んでみた。ある日、ウォルシュがとても緊張し、まごついた様子でやって来た。彼は自分がどうして映画会社に居るのか全く分かっていなかった(笑)。

映画『疑惑のチャンピオン』スティーヴン・フリアーズ監督
映画『疑惑のチャンピオン』スティーヴン・フリアーズ監督

──彼に何と言いましたか?

実は最近デイヴィッドに「君が初めて会いに来た時、君が何を言っているか全く分からなかった」と話したら、彼は「ああ。でも君は興味があるように見えたよ」と言っていた。そして本当にその通りだった。

──具体的に、何に興味をそそられたのでしょう?

私はいつも、これは「略奪映画」だと言っている。この男、ランス・アームストロングは突然現れ、〈ツール・ド・フランス〉の栄冠を7度も盗み取った。これはモナリザを盗んだようなものだ。大変な出来事だよ。

映画『疑惑のチャンピオン』より
映画『疑惑のチャンピオン』より

ベン・フォスターに出会えたのは幸運だった

──自転車競技のシーンの撮影はどのようなアプローチをしましたか?

そうだな、まず「どうしたらあの過酷さを再現できるだろうか」と思った(笑)。だが、私の周りには非常に優秀な人間が多くいて、私が知らない部分を補ってくれる。そこでプロの自転車選手やレースの全てを知っている人間を探し出してきたというわけだ。

──自転車競技については何も知らなかったと言っていましたが、かつてのランス・アームストロングはある意味、自転車競技を超えた存在だったのではありませんか?彼がガンを克服し勝利したのを誰もが知っていました……。

アームストロングの名前が新聞の裏表紙の見出しを飾っていたが、彼の行為については全く知らなかったし、運動能力向上薬物についての知識も全くなかった。だから一から学ばなければならなかった。

──そしてどのように学んだのですか?

最後はウォルシュや元自転車選手のデヴィッド・ミラーの様な者たちが私に説明をしてくれて少しずつ状況が分かってきた。「なるほど、そういう事が起きたのか」という具合だ。私は先週パリに居たんだ。2006年、シャンゼリゼ通りに姿を現したアームストロングは人々からブーイングを浴びた。そして彼のスピーチが映像に残っているので見たのだが、彼は「私の勝利を認めない人々がいるのが残念だ」と言った。ブーイングをした人たちのことを言っていたのだ。しかし、シャンゼリゼ通りでブーイングを受けたら万事休すだ。

──ベンについて聞かせて下さい。彼はまさにアームストロングの役作りに没頭したようですが……。

目を閉じて祈っていたような感じだった。誰かが「ベン・フォスターがいいと思う」と言ったので会ってみると、いい考えだと思えた。それで決まりだった。こうした幸運に出会えることもあるし出会えないこともある。ベンに関して言えば、私は幸運だった。ベンは素晴らしい俳優だ。それは以前から分かっていた。

映画『疑惑のチャンピオン』より
映画『疑惑のチャンピオン』より、アームストロング役のベン・フォスター

──ベンはあなたと映画のための準備やトレーニングについて話しましたか?

ダイエットとトレーニングをしているのは知っていたが、自転車小屋の陰で何をしていたかは知らなかったし、特に知りたいとも思っていない。

──自転車の経験はありますか?

学生の時に乗ったきりで、それ以来は全く乗ってない。

──では、映画の準備としてツールを見に行かれましたか?

ああ。ステージに連れて行ってもらった。ツールがステージに連れて行ってくれた。ちょうどクリス・フルームがブーイングを受けていた。ポジションを取ろうとする走者に伴走する車がたくさんいるが、私はその中にいたんだ。

原作者デイヴィッド・ウォルシュは映画を賞賛してくれた

──映画の撮影の過程でアームストロングに対する見方が変わりましたか?ベンは、アームストロングはチャリティーを通して多くの人たちを助けることで自らを正当化していたという理論を持っているようですが……。

それについては何とも言えない。薬物を摂取し、セストリエール(1999年のツアーのステージ)の坂道を登った時、彼は自分のしていることを十分理解していたはずだ。そしてこうした行為が彼を高いレベルの成功へと導いたので飛びついてしまった。苦しい闘病生活の中で「これとこれをやればツアーで7勝できると」と考えたかのかもしれないが、私には真相は分からない。彼の気持ちになって考えることはできないが、彼は不正薬物に飛びついてしまった。

──ストーリーを信頼性のあるものにするのに重要となる、アームストロングの強敵ウォルシュを演じる役者を見つけなければなりませんでした。なぜコメディ作品への出演が多いクリス・オダウドを選んだのですか?

クリスは非常に素晴らしい俳優で頭もいい。役者の中には賢い演技をする者もいればそうでない者もいる。クリスは非常に賢い演技ができる役者だ。彼自身も作家だからウォルシュが持つような知性が彼にも見て取れる。

映画『疑惑のチャンピオン』より
映画『疑惑のチャンピオン』より、デイヴィッド・ウォルシュ役のクリス・オダウド

──この映画をジャーナリズム、そして善と悪の対立を描いた作品だと考えますか。当時のツールの中にはアームストロングがドーピングしていると疑っていた記者もいたはずですが、気づかないふりをすることを選んだ。ウォルシュはこうした記者たちを「タイプライターを持ったファン」と称していました。

トニー・ブレアを思い出したよ。私は彼が首相だった時代を生きたのだが、欺瞞とは複雑なものだ。スポーツが莫大な金儲けの道具となる時、多くの人にとって疑問を抱かないことが利益になるのだと分かった。記者と選手は非常に親密になり3週間を共に過ごす。そしてレースが始まる時、彼らは選手の腕を見て誰が不正薬物を使用しているかも分かっていた。他の選手も知っていたはずだ。

──この映画に心を奪われてしまう理由の一つはドーピング・プログラムの見せ方にあると思います。誰もがアームストロングが不正をしたのは知っていますが、この映画ではどう不正を行ったかが描かれています。

薬物について正確に描くところにこの映画の価値がある。オプラ・ウィンフリーは映画を観て「あら、実際はこんなふうにやっていたの?」と言った。人々は「ドーピング」と「輸血」という言葉の意味を分かっていなかったと思う。そして我々はその言葉の意味を提示して見せた。

映画『疑惑のチャンピオン』より
映画『疑惑のチャンピオン』より、スポーツ・ドクターのミケーレ・フェラーリを演じるギヨーム・カネ

──アームストロングとウォルシュの間には個人的な闘いがあったと思いますか?

そうだ。デイヴィッドは彼なりの方法で怒りを示した。

──デイヴィッド・ウォルシュは取り憑かれていたと思いますか?

そうかもしれないが彼はとてもいい人間なので批判したくはない。だが彼の同僚は彼の頭がおかしいと思っただろう。一方では「ただのスポーツだろ」と言っている人たちもいたからね。彼はスポーツ記者だったが、調査を行うジャーナリストにならざるを得なくなった。そして今ではクリス・オダウドが彼を演じている(笑)。

──映画を観た彼の感想は?

称賛してくれた。

映画『疑惑のチャンピオン』より
映画『疑惑のチャンピオン』より

監督は理論的に考えて何かしようとしてもうまくはいかない

──スポーツは変わったと思いますか。

変わるべき時期が来ていた、とデイヴィッドと他の者は言っていた。誰もが狂乱し過ぎだと分かっていたはずだ。あのスピードを見たら危険なのは明らかだった。そう言った意味では今の方がクリーンだろう。しかしデイヴィッドに聞けばきっと「分からない」と言うだろうね。実際に分からないだろう。選手のうちの誰かが薬剤師のところへ行き「ちょっとあれをくれないか」と言えば、また逆戻りだ。現在のチームスカイの方針は知っているし、もちろん薬物が使用されているに違いないとは言わない。だが、このチームの組織はアームストロングから始まってビジネスに発展した。彼はビジネスマンだった。

※チームスカイ:イギリスのテレビ局がスポンサーのチーム。クリーンな競技を推奨している。

──しかし最近の選手にとってアームストロングの遺したものから逃れるのは難しいのでは?未だに疑いの目が向けられていますし……。

確かにそうだ。彼の遺したものの影響があったからクリス・フルーム(2015年のツール・ド・フランス優勝者)は怒りを露わにした。

映画『疑惑のチャンピオン』より
映画『疑惑のチャンピオン』より、ダスティン・ホフマンは、ドーピングに関する報道を理由に、アームストロングへの賞金の支払いを拒否した米保険会社SCAプロモーションのボブ・ハーマンを演じる。

──脚本のジョン・ホッジとの仕事について教えて下さい。

台詞を書いたのはジョンだ。彼は非常に聡明な人物で元医者だ。だから使われる言葉の意味を理解している。そしてそれはとても重要なことだ。

──アームストロングのチームメイト、フロイド・ランディスを演じたジェシー・プレモンスについても聞かせてもらえますか?

『ブレイキング・バッド』のジェシーは素晴らしかった。何かの用事でトロントに居た私に会いに来て、彼が「腹ペコだ……」と言うから、「君はたった今ダイエットが必要な役を受けたのだから、食べるな」と言ったのを覚えている。いい若者だ。

映画『疑惑のチャンピオン』より  ©2015 STUDIOCANAL S.A. ALL RIGHTS RESERVED.
映画『疑惑のチャンピオン』より アームストロングのチームメイト、フロイド・ランディス役のジェシー・プレモンス ©2015 STUDIOCANAL S.A. ALL RIGHTS RESERVED.

──日々の撮影が好きですか、それとも編集室に戻り編集するほうが好きですか?

どちらも好きだし、どちらの仕事もほっとする。さぁどうかな。これが私の仕事だからね。今、他の映画(メリル・ストリープ出演の『Florence Foster Jenkins(原題)』)を編集している最中だが、昨日ここ(トロント)で莫大な金額で映画を売却した。次に何をするか見当もつかない。私の仕事の多くは頭の中で行われている。監督がやるのは、他の人がやっていないことについて考えることだ。

──具体的には?

まず私の周りにいる優秀な人間たちにある程度の自由を与える。誰かが「あなただったらどうします?」と聞いてきたら「分かった。考えておくよ」と答える。これは発見したのだが、私が口を開きながら歩き回ると、何か案がひょっこり出てくるんだ(笑)。理論的に考えて何かしようとしてもうまくはいかない。家に居て郵便受けの前でじっと座っている方がましだ。だが私はとてもラッキーだった。

──運は自分で切り開いたのではないのですか?

それを知るのは難しい。『マイ・ビューティフル・ランドレット』も『危険な関係』そして『スナッパー』の話も郵便受けに届いた。確かに評判というのは必要だろう。そして人は、特に脚本家たちだが、私を信用してくれているようだ。映画監督というのはダイナミックで騎兵隊を率いる士官のようなタイプであることを期待されるが、私はそんな風にはなれない。私は後方でぶらぶらしているだけだ。

映画『疑惑のチャンピオン』より
映画『疑惑のチャンピオン』より

──この映画の製作は楽しみましたか?

ハードな仕事だった。初日に集まったスタッフを見て「しまったな、一体どうやればいいのか」と思ったのを覚えている。それに加えて毎年新しくなる自転車やユニフォームのことなど全てを考慮して作り上げなければならなかった。

──自転車競技のことは何一つ知らなかったところから始まり、今ではずいぶん詳しくなったようですね。

自転車競技についての会話をなんとかできるくらいにはなった。以前は何も知らなかった。本当に何一つ知らなくて恥ずかしいくらいだったが、今ではなんとか話にはついていける。以前ほどそうした会話が辛いとは思わない。サッカーに関心があってアーセナルがお気に入りのチームだ。今年は初めてシーズンチケットを買った。シーズン最初のウェストハムとの試合を見に行ったが、負けてしまった。ひどく惨めな気分になったよ(笑)。

※デヴィッド・ミラーはかつてツール・ド・フランスの4つのステージで優勝し、2007年にはイギリス選手権のチャンピオンに輝いた元自転車選手である。2004年にパフォーマンス向上薬物を摂取したことを認め、2年間の出場停止処分を受けた。彼が禁止薬物で赤血球を増やす効果があるエリスロポエチンを使用したとの申し立てを警察が調査する間、ビアリッツの拘置所に拘留された。禁止処分が解けた後、ミラーはアンチドーピングのキャンペーンを行う著名人として活動している。
(オフィシャル・インタビューより)



スティーヴン・フリアーズ(Stephen Frears)

1941年、イギリス・レスター生まれ。リンゼイ・アンダーソン監督作品『if もしも…』(68)の助監督を務めたのち、1960年代末から1980年代半ばまで数多くのTV作品の演出を手がける。『グリフターズ/詐欺師たち』(90)、ヘレン・ミレンにオスカー像をもたらした『クィーン』(06)の2作品でアカデミー監督賞にノミネート。西部劇『ハイロー・カントリー』(98)ではベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞した。そのほかの代表作には、『ハイ・フィデリティ』(00)、『堕天使のパスポート』(02)といった多彩な作品があり、つねに的確かつ柔軟な演出力に定評がある。近作では『あなたを抱きしめる日まで』(13)がアカデミー賞4部門にノミネートされた。




映画『疑惑のチャンピオン』ポスター

映画『疑惑のチャンピオン』
7月2日(土)丸の内ピカデリー&新宿ピカデリーほか全国公開

サイクルロードレースの世界最高峰〈ツール・ド・フランス〉で7連覇を達成。25歳で発症したガンを克服して1999年~2005年にその偉業を成し遂げたランス・アームストロングは、ガン患者を支援する慈善活動にも尽力し、まさに世界中の熱狂と尊敬を集めるスーパーヒーローだった。しかしひとりのジャーナリストが、この絶対的王者につきまとう薬物使用疑惑を執拗に追及する。やがてスポーツ界を震撼させる衝撃の真実が次々と明るみになり……。

監督:スティーヴン・フリアーズ
出演:ベン・フォスター、クリス・オダウド、ギヨーム・カネ、ダスティン・ホフマン
脚本:ジョン・ホッジ
原案:「Seven Deadly Sins: My Pursuit of Lance Armstrong」デイヴィッド・ウォルシュ著
2015年/イギリス/英語/103分/シネマスコープ/カラー/5.1chbr /> 原題:The Programbr /> 日本語字幕:稲田嵯裕里
提供:松竹・ロングライド
配給:ロングライド

公式サイト:http://www.movie-champion.com

▼映画『疑惑のチャンピオン』予告編

レビュー(1)


  • 天見谷行人さんのレビュー   2016-07-24 13:27

    ああ、山の流れのように

    疑惑のチャンピオン 2016年7月11日鑑賞 美しい山岳コース 下り勾配のS字コーナー。 「シュンッー」と、空気を切り裂くようにすり抜けてゆく、自転車ロードレーサー達の群れ。 それを背後から捉えるキャメラがいいなぁ~。 劇場の大きなス...  続きを読む

コメント(0)