映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』より ©2015, NORTH END PRODUCTIONS
『ボウリング・フォー・コロンバイン』『華氏911』のマイケル・ムーアが、アメリカがこれまでに行なってきた“侵略”政策に注目したドキュメンタリー映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』が5月27日(金)より公開。webDICEでは、マイケル・ムーア監督のインタビューを掲載する。
今作でマイケル・ムーア監督は、有給休暇は8週間が常識だというイタリア、四つ星クラスの極上な学校給食が提供されるフランス、労働者が会社を監視し経営者に提案もするドイツ、会社役員の40%が女性でなければならないという基準を設けるアイスランドなどのヨーロッパ諸国を取材。各地の「常識」をアメリカに持ち帰えるという、マイケル・ムーア流の“世界侵略”を試みている。
アメリカで一切撮影をせず、外国を“侵略”することでアメリカに関する映画を作る
──プロジェクトの発案は?
19歳の時にさかのぼる。ちょうど大学を中退して、ユーレイル鉄道を乗り継いでユースホステルに寝泊まりしながら、数か月をヨーロッパ中を旅して過ごした。スウェーデンで足の指を骨折してしまったのだが、親切な人が病院に連れて行ってくれたんだ。で、治療費を払いに行ったら、費用はいらないと言われた。理解できなかった。そんなことは聞いたことがないからね。そこで、スウェーデンの医療サービスについて知ったんだ。ヨーロッパにいる間中、そんなことばかりに出くわしたよ。「なんとすばらしいアイデアなんだ。なんで、アメリカはできないんだ。
映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』より、ドラッグを使用しても逮捕しないポルトガル。リスボン警察本部に赴いたマイケル・ムーア監督 ©2015, NORTH END PRODUCTIONS
元々のアイデアは、外国を侵略して、石油ではなくて、別のものを盗む、というものだった。武力行使はなしだ。私は3つのルールを定めた。①人を撃たない②石油を奪わない③アメリカに取り入れられるものを持ち帰る。
アメリカで一切撮影をせず、外国を“侵略”することでアメリカに関する映画を作るというコンセプトが固まった。どんな映画になるかわからなかったが、喜んでチャレンジしたよ。
映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』より ©2015, NORTH END PRODUCTIONS
演技はしたくない。私のリアクションは本物だ。
──侵略する国はどうやってセレクトしたのか?
そもそもは、単にアメリカを飛び出し、旅行し、外国に注目するというだけだった。ところが何年か前に、ワシントンDCの街角で、ある女性と話す機会があった。「私の国の教育水準は世界一なの」彼女はフィンランドの文部大臣だった。彼女に「フィンランドが正しい100の事実」という本をもらったよ。彼女にはフィンランドがいかにして宿題をなくしたかを教えてもらった。やられたって感じだったよ。現場スタッフとの製作打合せで聞いてみたんだ。このフィンランドの事実を知っているか、この本読んだか、こういうことを聞いたことがあるかと。実際私のスタッフにはハーバード卒、コーネル卒、ダートマス卒がいるけれど、どれだけ優秀なスタッフを抱えても、1日に3冊本を読んだとしても、この映画にでてくる事実は知りえなかったはずだ。これが事実なら、観客にとってはかなり新鮮な体験になる。私自身、映画を見に行くのも、知らないことを学び経験するのも大好きだ。
映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』より、有給休暇は8週間が常識だというイタリアの労働者階級カップルとマイケル・ムーア監督 ©2015, NORTH END PRODUCTIONS
──作品の方向性は事前に決めつつも、ヤラセに持って行かずに、驚きと自然さが出る取材をどうやって行っているのか?
私は演技はしたくない。私のリアクションは本物だ。取材対象に対して、あれこれ指示は出せないからね。彼らは役者ではない。演技であれば、観ている人には見抜かれてしまうだろう。そうなれば台無しだ。そういうドキュメンタリーは多く存在するんだ。撮影の瞬間に、自然と起こる事を捕えるべきなんだ。だから私が何か言えば面白い時もあるし、そんなに面白くない時もある。単に私はその場で思った言葉を発しただけだ。事前に書かれたセリフを言っているわけじゃない。
ここで、子供たちが給食をとっているテーブルにコカ・コーラの缶を置き、子供たちの反応を見てみるとする。「ちっ、これはクールなカットじゃないな」なんていうふうには考えないんだ。あの場面でコカ・コーラが出てきたのは、単純に「あ~、コーラ飲みてぇ~」と思ったからで、学校内に自販機がなかったからスタッフに買いに行かせた。で、座って待っているところにコーラが届いた。偶然に起こったことだ。
映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』より、大学の学費を無料化したスロベニアのボルト・パホル大統領(右)とマイケル・ムーア監督(左) ©2015, NORTH END PRODUCTIONS
ベルリンの壁のシーンも、全くプランにはなかった。あそこで私と一緒に映っているのは、映画プロデューサーのロブ・バールマンで、一緒にヨーロッパを放浪した古い友人だ。たまたま居たんだよ、あそこに。だから昔を思い出しながらノスタルジーに浸ってた。一緒に散歩して、写真でも取って、孫にでも見せようか、みたいな話をしていたんだよ。
予定していなかったことがベストになることがありうる。現場スタッフのリサーチは基本の部分しか聞かない。詳細までは知りたくないんだ。イタリアのパートで、カップルから15日間のハネムーンは有給休暇だと聞いた時の私の反応は本物だ。あれはあの場で初めて聞いたよ。プロデューサーは知っていたかもしれないが、私とは共有してなかった。
映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』より、フランスの小学校で給食制度を取材するマイケル・ムーア監督 ©2015, NORTH END PRODUCTIONS
60歳の時に父が死んだ。もっと生きたいと思うようになった。
──欠点ではなく、いい部分のみにフォーカスしたことについて。
メディアは実にいい仕事をしている。毎晩ニュースでは、世界の悪い情報ばかりが流れる。テレビでも、新聞でも、ウェブでもそうだ。でも私はここ何年かの間、観客から2時間ばかりをいただいて違う見方、違う事実を提供している。この映画を見て「なんでイタリアの高い失業率は無視するんだ?」と言われたら、良い部分のみを撮影しに行ったからだと答える。欠点に注目する人がいれば、私は逆にいい部分に注目しそのコントラストを見せたいんだ。特にアメリカ人に対して。まあ、世界中の人に対して、ともいえるが。みんな十分に事実は知っているわけだから、その物事がどうやってこんなにひどくなったか、なんていうドキュメンタリーを見に行く必要はないわけだ。それをよくするために何かに刺激を受けて何かを実行する、これが必要なんだ。
映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』より ©2015, NORTH END PRODUCTIONS
──批評家は、今回の映画を今までで一番楽観的だと言ってますが?
私はこの国の有り様に感じる怒りを破壊的なやり方で表現してきた。私は皮肉屋ではない。皮肉屋とは言いかえればナルシストだ。私は人々に良心があると信じているし、過ちから学べる人たちだと思う。何をすべきかも知っているだろう。人々が問題を恐れ、遠ざけたとしても、解決さえできれば、全てよくなるんだ。
私は、私設刑務所の問題や、男女の不平等の問題などをずっと訴えてきた。自分がもっと悲観的で皮肉屋になるべきだったが、何も変わらなかった。でも全てが変わってしまった。2004年の大統領選の時、ブッシュ大統領は同性婚を禁止する憲法修正を行おうとしていたのに、あれからほんの10年ちょっとでこれだけ変わった。長い戦いだった。ただ、物事は変わっていく。ベルリンの壁の崩壊も、ネルソン・マンデラの釈放も、昔は考えられなかった。この1年で起こったアメリカの中だけのニュースを見てもそうだ。いろいろと改善されていくと思う。若い人たちが変えてくれるだろう。
60歳の時に父が死んだ。かなりの衝撃だった。以来、自分自身が生きていることを実感し、もっと生きたいと思うようになった。父もそう望むだろう。
映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』より、世界初の民選女性大統領を生んだ アイスランドでの1シーン ©2015, NORTH END PRODUCTIONS
──この映画では、女性の社会進出という、はっきりした命題がありますが、そういう前提で製作しましたか?それとも自然とそういう結論になったのですか?
自然とそうなった。どうすれば多くの女性が力を持ち、選挙でも選ばれているかという構成にするつもりだったが、実際に撮影すると、すでにそうなっていた。会社役員の40%が女性でなければならないアイスランドだけの話じゃない。ノルウェーも同様だ。ドイツでも3割は女性役員にしなければならない。こうした女性は実際に権力を持っている。アメリカでは、見せかけで20%の女性を採用しているアメリカの議会とは違う。51~52%を占めるメジャーな性別である女性は、議会ではたったの20%。一方マイナーな性別である男性は、80%だ。狂ってるよ。
(オフィシャル・インタビューより)
マイケル・ムーア(Michael Moore) プロフィール
1954年4月23日、アメリカ・ミシガン州フリント生まれ。幼くしてボーイ・スカウトの最高位であるイーグル・スカウトとなる。14歳で教区の学校に入学、続いて入学したデイヴィソン高校では教育委員会の選挙に出馬し、18歳という史上最年少の若さで当選。その後ミシガン大学フリント校に進むも中退、22歳で新聞「フリント・ボイス」を創刊する。1989年、デビュー作『ロジャー&ミー』がスマッシュヒットを記録。同作は近年のドキュメンタリー映画ブームの火付け役となった。さらに、2002年の米アカデミー賞R長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した『ボウリング・フォー・コロンバイン』、カンヌ国際映画祭パルムドールに輝いた『華氏911』(2004)でドキュメンタリーにおける全米興収記録を次々と塗り替える。その他監督作品に、アメリカの医療問題に切り込んだ、米アカデミー賞ノミネート作品『シッコ』(2007)、リーマンショック後の資本主義のあり方に迫る『キャピタリズム~マネーは踊る~』(2009)がある。また、1994年のTVシリーズ”TV Nation”でエミー賞を受賞。さらに「アホでマヌケなアメリカ白人」(2002)や「おいブッシュ、世界を返せ!」(2003)を執筆、ベストセラー・ノンフィクション作家という側面もあわせ持つ。ミシガン州トラバース・シティ在住。トラバース・シティ映画祭の発起人を務め、2つの映画館the State TheatreとBijou by the Bayを運営している。
映画『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』
5月27日(金)全国ロードショー
これまでの侵略戦争の結果、全く良くならない国・アメリカ合衆国。米国防総省の幹部らは悩んだ挙句、ある人物に相談する。それは、政府の天敵である映画監督のマイケル・ムーアであった。幹部らの切実な話を聞き、ムーアは国防総省に代わって自らが“侵略者”となり、世界各国へ出撃することを提案。そして空母ロナルド・レーガンに搭乗し、大西洋を越えて最初の侵略先・ヨーロッパを目指すのだった……。
監督・製作・脚本・“侵略”:マイケル・ムーア
原題:WHERE TO INVADE NEXT
2015年/アメリカ映画/119分/シネスコ/PG-12
配給:KADOKAWA
公式サイト:http://sekai-shinryaku.jp