骰子の眼

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東京都 渋谷区

2016-05-24 17:30


欧米でカルトヒットのAI映画『エクス・マキナ』の知っておきたい総ての事

アカデミー視覚効果賞受賞、デザインから宣伝展開までその型破りな方法論を分析
欧米でカルトヒットのAI映画『エクス・マキナ』の知っておきたい総ての事
映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures

2015年1月にイギリスで公開されて以降、世界25ヵ国以上で公開され、2016年2月に発表されたアカデミー賞では『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』等を下し視覚効果賞を受賞したイギリス映画『エクス・マキナ』が、2016年6月11日(土)、いよいよ日本で公開される。私たちが生きる「今」を舞台に、「人工知能(AI)」や「検索エンジンによる個人情報収集・利用」といった最新技術に新たな視点を与えた本作品は、美しいビジュアルが緊張感を演出し、見る側の知覚を試す極上の心理サスペンス。この記事では、監督の考えや、AIのデザインをはじめとする製作背景、そしてSXSWでのアメリカ初上映、出会い系アプリ「ティンダー」で繰り広げられたプロモーションの模様などを紹介する。

『エクス・マキナ』あらすじ

世界最大のインターネット検索エンジン「ブルーブック」のプログラマー、ケイレブ(ドーナル・グリーソン)は、ある日、社内の抽選でブルーブック創業者・CEOであるネイサン(オスカー・アイザック)の別荘で1週間を過ごすギフトに当選する。チャーターされたヘリコプターで見渡す限りの氷の大地を越え、深い森を越え、ケイレブが降ろされたのは野原の真ん中。携帯電話の電波も届かない人里離れた土地で、ケイレブはネイサンからAI(人工知能)の完成度を試すためのチューリング・テスト(数学者アラン・チューリングが考案した、ある機械が人工知能かどうかを判定するテスト)を行う試験官として「研究所」に派遣されたことを告げられる。ケイレブ、ネイサン、そして美しい女性の外見を与えられたAI、エヴァ(アリシア・ヴィキャンデル)の密室心理劇が幕を開ける。

映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures
映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures

映画『わたしを離さないで』脚本家の監督デビュー作

『エクス・マキナ』の監督・脚本を務めたのは、映画業界で脚本家やプロデューサーとして約15年のキャリアを誇るアレックス・ガーランド。本作品で初めて監督を務め、脚本はアカデミー賞脚本賞にノミネートされた。1970年にロンドンで生まれ、1996年に小説『ザ・ビーチ』を自らが10代の時にアジアで経験したバックパッカー旅行を基に、アンチ・バックパッカー小説として発表。同小説が2000年にダニー・ボイル監督、レオナルド・ディカプリオ主演で映画化されたことを機に映画の世界へ(映画『ザ・ビーチ』の脚本はジョン・ホッジ)。ガーランドが『ザ・ビーチ』プロデューサーであるアンドリュー・マクドナルドに対してゾンビ映画『28日後…』の脚本を持ち込み、2人で脚本を練り上げ、同作がボイル監督によって2002年に映画化され、ガーランドは映画脚本家としてデビューした。

映画『エクス・マキナ』アレックス・ガーランド監督 © Universal Pictures
映画『エクス・マキナ』アレックス・ガーランド監督(右) © Universal Pictures

以降、『わたしを離さないで』や『エクス・マキナ』及びガーランド監督・脚本の次回作『全滅領域』(ジェフ・ヴァンダミア原作、オスカー・アイザック、ナタリー・ポートマン出演)に至るまで、ガーランドが関わる作品には常にアンドリュー・マクドナルドがプロデューサーとして参加している。ガーランドは「マクドナルドは私にとっての映画学校。『28日後…』以降、今でも毎日映画製作について教わっている」と語っている。一方のアンドリュー・マクドナルドは、ガーランドが『エクス・マキナ』で監督業に進出した背景として「ガーランドは監督を務める準備が整っていると感じたので、ガーランドに『他の誰にも監督できない、自分にしか監督できない脚本を書いて、自分で監督してみろ』と話した結果、誕生したのが『エクス・マキナ』だった」と語っている。

なお、『エクス・マキナ』のクレジット「謝辞」の欄には『わたしを離さないで』原作者、カズオ・イシグロの名が掲載されている。どのような点で関わったのかは明らかでないが、『わたしを離さないで』のコラボレーションが『エクス・マキナ』の誕生にも影響しているのは興味深い。

映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures
映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures

『エクス・マキナ』のアイディア

ガーランドは現在までサイエンス・フィクションの分野を中心に作品を発表し続けてきた。「科学」に対する思いを、ガーランドは「20代に入ってから興味を持ち始めた。科学を通じて、私たちの根本的な事象に関わる想像力をかき立てられる。私たちの細胞、歴史、未来、宇宙での居場所など。私にとっては詩のようだ」と語っている。

『エクス・マキナ』の着想について、ガーランドは、神経科学に興味のある友人が「機械は知覚を持ち得ない」と語ったことに疑問を抱いたことが発端でAIに対して興味を持ち、それが『エクス・マキナ』につながったと明かしている。その後、AIと知覚に関する文献を読み漁り、イギリス最高峰の工業大学であるインペリアル・カレッジ・ロンドンのマレー・シャナハン教授(認知ロボット工学)による「Embodiment and the Inner Life」(日本語訳:身体化と精神生活)を通じてAIに関して多くを学んだそうだ。

AIのみならず、携帯電話などを通じて私たちの生活に深く入り込んでいるテクノロジー全般への恐怖も『エクス・マキナ』の大切な要素だ。ガーランドは「世間ではAIに対して漠然とした恐怖感があると思うが、それはAIに対する恐怖というよりは、マシン全体に対して、例えばパソコンやモバイル機器が私たちのことを多く知っている、という状況に対する恐怖が根本にあるのではないか。AIに対して私は非常に楽観的だ」「検索エンジンの台頭によって、テクノロジー全般に対する見えない恐怖が増している」と話している。

映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures
映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures

これまで映画で見たことがない人型ロボットを

アリシア・ヴィキャンデルが演じるAI「エヴァ」(英語表記:AVA)のデザインについて、ガーランドは「登場した瞬間、他の映画に登場する他のロボットを思い浮かべない外見にすることを先ず重要視した」と話している。「映像監督のクリス・カニンガムが手掛けたビョークの『All is full of love』のミュージック・ビデオは、その後に大きな影響を与えたと言われている。また、ゴールドのロボットは『スター・ウォーズ』のC-3POを思い出させるし、映画『メトロポリス』に登場した鉄の胸板を持つ女性型ロボットは、ロボットのアイコンとなっている。だから気を抜いているとすぐに似たものが出来上がってしまうんだ。何とかして過去のロボットをただ真似ただけではないものを考え出さなければならなかった」。

エヴァのコンセプト画を担当したマーク・シンプソン(ペンネーム:ジョック)は、エヴァのデザインを決めた経緯について、「最初はより人間的だったが、ガーランドはより機械らしくするように希望し、長期間協議を重ね、ガーランドがある角度、光でだけ目に見えるメッシュのボディを思いついた時がデザインのブレイク・スルーだった」と語っている。

『エクス・マキナ』台本にエヴァは以下のように描写されているそうだ。
「少女型ロボット、エヴァ登場。エヴァは最高峰の科学技術の賜物で、細身の20代女性の外見をしている。腕と脚は金属、プラスチック、炭素繊維でできている。胴体は繊細な蜂の巣模様の網状の肌で覆われている。その肌はまるでクモの巣のように殆ど見えず、横から照らされた時だけ浮かび上がる。唯一、機械的でないのは彼女の顔面であり、人間の女性のものだ」。

視覚効果の名門「ダブル・ネガティブ」

エヴァの身体をはじめとする『エクス・マキナ』の視覚効果は、ロンドンに拠点を構える視覚効果専門プロダクション、ダブル・ネガティブに所属するメンバーを中心に半年をかけて施された。ダブル・ネガティブは、これまでクリストファー・ノーラン監督『インセプション』『インターステラ―』の視覚効果も担当しアカデミー賞受賞者を輩出した名門だ。『進撃の巨人』コンセプトアートを手掛けた日本人クリエイター、田島光二さんも所属しており、『エクス・マキナ』ではエヴァの初期モデルのデザインを担当し、クレジットに名を連ねている。

ダブル・ネガティブの『エクス・マキナ』担当チームは、ガーランドの「見たことのないロボット」を実現させるため、ロボットの絵は一切参考にせず、ブランクーシの彫刻やバウハウスの近代彫刻を参考にしてエヴァを完成させていったそうだ。

映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures
映画『エクス・マキナ』より、アリシア・ヴィキャンデル © Universal Pictures

バレリーナが演じたAI

エヴァを演じたアリシア・ヴィキャンデルはスウェーデンで1988年に誕生。精神科医の父と舞台女優の母を持つ。9歳の時にスウェーデン王立バレエ学校で学び始め、15歳の時に親元を離れストックホルムの同バレエ学校に入学。膝の負傷でバレエを断念した後、女優を志しテレビドラマに出演するようになった。『エクス・マキナ』のエヴァ役は、『月に囚われた男』のような作品に出演したいと考えていたところ、『エクス・マキナ』脚本を読んで虜となり、すぐにガーランドへビデオを送ったとのこと。一方のガーランドは、ヴィキャンデルの『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』での演技を見てオファーを決めたと話している。また、ヴィキャンデルのバレリーナとしての訓練が、エヴァの機械的な動きを表現するのに不可欠だった、とも語っている。

ドーナル・グリーソンのためのケイレブ役

ケイレブを演じたドーナル・グリーソンは1983年アイルランド出身。ガーランドとの仕事は『エクス・マキナ』が3作目。ガーランドはケイレブ役にグリーソンを念頭において脚本を執筆したそうだ。2015年は『エクス・マキナ』の他にも『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』、『レヴェナント:蘇えりし者』などがアメリカで公開され、更に躍進の年となった。

映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures
映画『エクス・マキナ』より、オスカー・アイザック(左)とドーナル・グリーソン(右) © Universal Pictures

頭脳&身体で威圧する「ブルーブック」CEO役

ネイサンを演じたオスカー・アイザックはグアテマラ人の母とキューバ人の父のもと、1980年グアテマラ生まれアメリカ(フロリダ)育ち。これまでマドンナ監督作品『ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋』など数多くの作品に演技派として出演し、2015年はドーナル・グリーソン同様『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』に出演、ガーランド監督の次回作にも主演が決定するなど躍進は続いている。『エクス・マキナ』でネイサン役を演じるにあたり、「ブルーブック」CEOとして頭脳だけでなく身体的にも圧倒的な優位性を示すため、トレーニングに励み肉体作りを行ったそうだ。

東京生まれのバレリーナも出演

『エクス・マキナ』の中で、大富豪であるネイサンのアシスタントとして食事の準備などを担当する「キョウコ」。演じるソノヤ・ミズノは英国人とアルゼンチン人のダブルである母と、日本人の父を持ち、東京生まれイギリス育ち。イギリスのロイヤル・バレエ学校で学んだ後、プロのバレリーナとして活躍。『エクス・マキナ』で映画デビューを果たした。『エクス・マキナ』にインスパイアされてケミカル・ブラザーズがベックとコラボして製作した『ワイド・オープン』のミュージック・ビデオに、エヴァを連想させるメッシュのボディで美しいダンスを披露している。

映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures
映画『エクス・マキナ』より、キョウコ役のソノヤ・ミズノ(右) © Universal Pictures

撮影地はノルウェーのフィヨルド

『エクス・マキナ』の撮影地について、プロダクション・デザイナーのマーク・ディグビーは「世間から隔離された山奥のロケーションを探して、アメリカのロッキー山脈に位置するコロラド州や、アルプス山脈、フィンランドなど欧米中で撮影地を探し、見つかったのがノルウェー北西部のフィヨルド地域にあるジュヴェ・ランドスケープ・ホテルと、そこから30分ほどのところにある建設中の邸宅だった」と語っている。ジュヴェ・ランドスケープ・ホテルと邸宅は、どちらもノルウェー人建築家ジェンセン&スコドヴィンによるもの。ガーランドは『エクス・マキナ』の舞台は「今から10分後」と語っており、現実味を帯びながらも、未来性を感じさせるロケーションとなった。『エクス・マキナ』はノルウェーとロンドンの西にあるパインウッド・スタジオで合計6週間にわたって撮影された。

映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures
映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures

時代を味方につけたSXSWでの全米デビュー

『エクス・マキナ』は2015年1月にイギリスで世界初公開された後、アメリカでの劇場公開を2015年4月10日に控え、2015年3月のサウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)でアメリカ初上映された。SXSWは1987年に初めてテキサス州オースティンで音楽とメディアの祭典として開催され、今では音楽・映画・テクノロジー(インターアクティブ)の祭典として毎年開催されている。最近ではテクノロジー関係の発表も多く、ツイッターが2007年に実質デビューした場でもある。

2015年のSXSWのテーマの一つはAI。SXSW会期中には、テキサス大学でエンジニアリングを専攻する学生によって人工知能の開発が無秩序に進むことへの反対デモが起こり、話題を集めた。反対デモを主催した学生は、イーロン・マスクが前年に1,000万USドル(約11億円)を「人間に利益のある範囲内で」AIを開発する機関に寄付した事実に基づき、AIが人間を脅かす脅威を社会に認識してもらうためにデモを実行したそうだ。

このデモに対して『エクス・マキナ』上映後の質疑応答でコメントを求められたガーランド監督は「ロボットに100%賛成」と明言した。AIに対する様々な意見が飛び交う中で、『エクス・マキナ』の唯一無二の世界観が際立ったアメリカデビューとなった。

映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures
映画『エクス・マキナ』より、キョウコ役のソノヤ・ミズノ(左)、ネイサン役のオスカー・アイザック(右) © Universal Pictures

出会い系アプリ「ティンダー」に現れたエヴァ

SXSWでもう一つ『エクス・マキナ』の知名度を上げたのが、デジタル・エージェンシー、ワトソンDGが位置情報を活用した出会い系アプリ「ティンダー」上で展開したプロモーション。ティンダーはアメリカで誕生したスマートフォンアプリで、気軽にゲーム感覚で使える仕組みが受け入れられ、アメリカを中心に大人気のサービス。位置情報を利用し、近くにいる恋愛対象の性別のユーザーの顔写真が表示され、気に入れば写真を右にスワイプ、「パス」する時は左にスワイプする。ユーザー同士お互い右にスワイプすると「マッチ」となり、1対1のチャットが出来るようになる。今では毎日2,600万マッチが計196ヵ国で起こっているそうだ。

2015年のSXSW会期中、当時まだ知名度の低かったアリシア・ヴィキャンデル(アメリカの場合2015年4月に『エクス・マキナ』、8月に『コードネーム U.N.C.L.E.』、11月に『リリーのすべて』が公開されるに従ってヴィキャンデルは一躍時の人となった)の顔写真を用い「エヴァ」の名でプロフィールを作成。マッチされ、チャットを進めるうちに彼女のインスタグラム・アカウントが伝えられ、アクセスすると映画でエヴァが登場するシーンの動画と、SXSWでのプレミア上映告知の画像が投稿されている、という仕組みのプロモーションが展開された。

You are dead center of the single greatest scientific event in the history of man. #ExMachina

EX MACHINAさん(@meetava)が投稿した動画 -

▲エヴァのインスタグラム・アカウントより

▲エヴァのインスタグラム・アカウントより

広告業界からは、「人間でないアカウントを人間と信じたことにより、ユーザーがマーケティングに騙されたと不愉快に感じる可能性がある」という批判も起こったようだ。しかしながら、最新技術・サービスへの感度が高いSXSWという限定された場を有効に活用したキャンペーンであり、且つ映画でケイレブがエヴァに対して行うテストを模した仕掛けとして、作品の内容に沿っていることから、優れたキャンペーンに贈られるキーアート賞を受賞した。

また、映画に登場する「ブルーブック」社のオフィシャル・サイトも出現。エヴァのウェブ版も立ち上がり、エヴァとウェブ上で会話することができる。

▲「ブルーブック」社のティーザー映像

新進気鋭の配給会社「A24」によるアメリカでの成功

『エクス・マキナ』はアメリカにおいて4月に劇場公開、7月にDVD発売、オンライン配信開始後も9月まで劇場公開は続き、21週間にわたり合計2,000館以上で上映された。製作費約1,500万USドル(約16.5億円)に対しこれまで全世界で約3,700万USドル(約40.6億円)の興行収入を上げ、そのうち約70%をアメリカが占めている。『エクス・マキナ』のこれまでの受賞数は欧米を中心に約60を数える。

『エクス・マキナ』の配給権は、製作にも参加しているユニバーサル・ピクチャーズが全世界の配給権を優先的に取得しており、殆どの国を手掛けている。しかしながら、例外の国がいくつかあり、その1つがアメリカだった。作品の内容が個性的であることを理由に、ユニバーサル及びその傘下で小規模作品を扱うフォーカス・フィーチャーズはアメリカで配給しないことを決定。そこで食い付いたのが新進気鋭のA24だった。

映画『エクス・マキナ』UK版ポスター
映画『エクス・マキナ』UK版ポスター
映画『エクス・マキナ』US版ポスター
映画『エクス・マキナ』A24によるUS版ティーザー・ポスター①
映画『エクス・マキナ』ポスター
映画『エクス・マキナ』A24によるUS版ティーザー・ポスター②
映画『エクス・マキナ』ポスター
映画『エクス・マキナ』A24による決定版ポスター

A24は2012年創業の映画製作・配給会社で、アート系の作品を、ソーシャル・メディアを活用した広告宣伝で広めていくことを得意としている。創業翌年の2013年にはソフィア・コッポラ監督『ブリングリング』やハーモニー・コリン監督『スプリング・ブレイカーズ』を、2015年には『エクス・マキナ』に加え『ルーム』『AMY エイミー』などのアカデミー賞受賞/ノミネート作品や2015年カンヌ映画祭審査員賞受賞作品『ロブスター』をアメリカで配給している。アカデミー賞まで受賞した『エクス・マキナ』の成功により、A24は知名度を一気に上げたと言っていいだろう。日本での配給協力はパルコ。日本の映画ファンの間で『エクス・マキナ』どのように受け入れられるだろうか。

映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures
映画『エクス・マキナ』より © Universal Pictures

時代を捉えた『エクス・マキナ』

物語が進むにつれ、誰がAIで誰が人間なのか分からなくなってゆく『エクス・マキナ』。密室心理劇として十分楽しめる内容だが、2015年という年に公開されたことが、本作品にとって重要な構成要素であったと言えよう。2013年から始まったエドワード・スノーデンによる一連の告発は企業と権力による情報収集に対する不安を世の中に植えつけ、インターネット広告が人々の行動を見透かしているかのように不気味に感じられるようになった。2014年には、史上初めてウクライナ在住13歳のユージーン・グーズマンなる少年に扮したAIが、『エクス・マキナ』でケイレブがエヴァに行った「チューリング・テスト」に合格したことが発表された。更に2016年3月にはグーグルが開発したAI「AlphaGo」がプロ棋士に圧勝したニュースが報道されたことは記憶に新しい。「機械は人間の全てをお見通し」「人間がAIに負かされる」という恐れが、じわじわと心に広がっても不思議はない状況だ。

『エクス・マキナ』は、今日を生きる私たちが生活の中で抱いている恐怖が呼び起こされる作品であり、ホラー映画と呼んでもいいだろう。美しい映像に酔いながらも、頭と心をフル回転にして『エクス・マキナ』を鑑賞できることは、「今」この作品を見ることができる私たちの特権だ。

(テキスト/moonbow cinema 維倉みづき)



元キカイは、人間に恋をして、
フることができるのか?

 テキスト/浅井隆(webDICE編集長)

『エクス・マキナ』のタイトルは『アップルシード』の『エクスマキナ』と同じで、wikiで調べるとラテン語のデウス・エクス・マキナ「機械仕掛けの神」からきているのだろうが、「元カレ」のことを英語で「exボーイフレンド」などと言うのを思い出すと、『エクス・マキナ』というカタカナからはイメージできないが、『EX MACHINA』という英語の字面を見ていると「元キカイ」という意味に読めてきた。

人間を模してできたのが人工知能(AI)を持った機械なら、その元機械はさらに進化した機械なのか、それとも元機械は人間と区別がつかない人間と同じ存在なのかがこの映画のテーマだ。

脚本、監督のアレックス・ガーランドは、カズオ・イシグロ原作の『わたしを離さないで』の脚本を務め、その映画が臓器提供者の順番を待つジェンダーを感じさせない少年少女が描かれていたのに比べると、本作『エクス・マキナ』はアンドロイドにヘテロ男性の欲望を詰め込んだビジュアルが特徴的だ。まあ、ガーランドの脚本第1作はバリバリのゾンビ映画『28日後…』だったし、大好きな映画は『地獄の黙示録』ということなので、本人の感性はマッチョよりなのだろう。

映画で、人間そっくりのアンドロイドを見せられて、新しいテクノロジーの黎明期は男の欲望で作られていくのかと、VHSデッキが普及するきっかけはエロビデオだったことを思い出した。アンドロイドのデザインをステレオタイプにしたくなかったといえ、そのストーリー構成は従来の男性の欲望によって引っ張られていくもので、もし時代の先端を行くのなら、ベン・ウィショーのゲイ・スパイもの『ロンドン・スパイ』などが話題となる今なら、この映画の男女を全て逆転させて、女性CEOが作った理想の美少年アンドロイドを試す少女の物語とすれば、SFジャンルものの中でもヒットの可能性はさらに高まるのではと妄想する。

ジェンダー的な視点はさておき、SFの普遍的なテーマは「人間とはなんなのか」だろう。検索システム・ブルーブックのCEOネイサンに、開発した新型のアンドロイドが人間にどこまで近いかチューリング・テストをしろと言われるケイレブが、自分が果たして人間なのかAIなのかわからなくなってくる描写が恐ろしい。『ブレードランナー』の原作となったフィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』になぞらえるなら「元キカイは、人間に恋をして、フることができるのか?」がアンドロイドの人間度を測るチューリング・テストと言えるだろう。

映画の中でネイサンが引用するのが、原爆を発明したオッペンハイマーの言葉だ「私は世界を滅ぼす死神となった」。AIの社会進出に肯定派のガーランドではあるが、人間が制御することができないテクノロジーとして原子力とAIを並べているというのは、未来の悪夢を予見しているとも言えるだろう。

しかし、どんなけ金持ちやねんというネイサンの究極の野望が、VHSデッキ普及期と何ら変わらないのに男の欲望の深遠さを垣間見てしまい、滑稽でもあり悲しくもある。

グノシーが登録時に自分のツイッターやフェイスブックを解析し、その後配信されてくる記事のクリックをしたのをさらにAIによって解析し、自分の興味のある記事が配信されると言われているが、同じように近い未来、自分の好みを解析し、自分に最も合ったアンドロイドが目の前に現れたら、自分は恋をするだろうかと考える。自分自身の反映でしかないアンドロイドに新しい発見とか、自分にないものに対する尊敬の念とかを抱けるのだろうか。結局、僕は機械には恋をできないだろうと思う。

でも元キカイならどうかと考えさせるのがこの映画なのである。

ネイサン、成功したねと拍手を送りたくなるエンディングだった。




【関連記事】

死の概念も心を持ったAIによって変わる『エクス・マキナ』ガーランド監督(2016-06-07)
http://www.webdice.jp/dice/detail/5120/




映画『エクス・マキナ』ポスター

映画『エクス・マキナ』
6月11日(土)より、シネクイント他にて全国ロードショー

検索エンジンで有名な世界最大のインターネット会社「ブルーブック」でプログラマーとして働くケイレブは、巨万の富を築きながらも普段は滅多に姿を現さない社長のネイサンが所有する山間の別荘に1週間滞在するチャンスを得る。しかし、人里離れたその地に到着したケイレブを待っていたのは、美しい女性型ロボット「エヴァ」に搭載された世界初の実用レベルとなる人工知能のテストに協力するという、興味深くも不可思議な実験だった……。

監督・脚本:アレックス・ガーランド
製作:アンドリュー・マクドナルド、アロン・ライヒ
製作総指揮:スコット・ルーディン、イーライ・ブッシュ
出演:ドーナル・グリーソン、アリシア・ヴィキャンデル、オスカー・アイザック、ソノヤ・ミズノ
撮影:ロブ・ハーディ
美術:マーク・ディグビー
衣装:サミー・シェルドン・ディファー
編集:マーク・デイ
音楽:ベン・サリスベリー、ジェフ・バロウ
原題:Ex Machina
2015年/イギリス/108分
ユニバーサル映画
配給協力:パルコ
© Universal Pictures

公式サイト:http://exmachina-movie.jp


▼映画『エクス・マキナ』予告編




【参考資料】

■カナダの配給会社モングレル・メディアによるプレスキット
http://www.mongrelmedia.com/getattachment/b731e94e-cfb3-4473-86d8-9756f76bbab4/Ex-Machina.aspx

■アレックス・ガーランド監督インタビュー

http://blogs.indiewire.com/theplaylist/interview-alex-garland-talks-lo-fi-approach-to-ex-machina-auteur-theory-and-much-more-20150407
http://www.theguardian.com/culture/2015/jan/11/alex-garland-ex-machina-interview-the-beach-28-days-later
http://www.wired.com/2015/04/alex-garland-ex-machina/
http://blogs.wsj.com/digits/2015/03/15/at-sxsw-ex-machina-taps-into-fears-of-tech-artificial-intelligence/

■アリシア・ヴィキャンデル インタビュー
http://www.telegraph.co.uk/film/ex-machina/alicia-vikander-interview/

■ソノヤ・ミズノについて
http://www.heraldscotland.com/news/13195629.15_for_2015__Sonoya_Mizuno/

■コンセプトアートについて
http://www.businessinsider.com/ex-machina-ava-concept-art-2015-4

■撮影について
http://variety.com/2015/artisans/production/ex-machina-blends-vfx-with-human-emotion-1201467845/

■プロダクション・デザインについて
http://www.vanityfair.com/hollywood/2015/04/ex-machina-location

■VFXについて
http://www.liveforfilms.com/2015/07/01/brainstorming-milk-vfx-ex-machina/

■ブルーブックについて
http://thecreatorsproject.vice.com/blog/building-bluebook-the-design-behind-ex-machina-google

■A24について
http://www.hollywoodreporter.com/news/focus-features-shake-up-whats-862969
http://www.screendaily.com/awards/ex-machina-rise-of-the-machine/5099518.article

■ティンダーでのマーケティングについて
http://techcrunch.com/2015/03/16/swipe-right-on-ava/
http://www.theverge.com/2015/3/15/8218927/tinder-robot-sxsw-ex-machina

■映画『ザ・ビーチ』について
http://www.gluckman.com/BeachGarland.html

■SXSWのニュース
http://www.inquisitr.com/1928914/artificial-intelligence-protest-at-sxsw-2015-are-we-that-scared-of-robots/

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