骰子の眼

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東京都 渋谷区

2016-05-09 18:45


聾者が奏でる無音の音楽映画『LISTEN リッスン』聾者の共同監督が語る制作背景

聴くとは、音楽とは、身体とは―ふたりの監督が伝える「聾者の音楽」
聾者が奏でる無音の音楽映画『LISTEN リッスン』聾者の共同監督が語る制作背景
『LISTEN リッスン』より

5月14日(土)より渋谷アップリンク他にて公開予定のアート・ドキュメンタリー映画『LISTEN リッスン』の牧原依里監督と雫境(DAKEI)監督をゲストに迎えたトークショー「音のない世界から視る音楽について」が、NPO法人インフォメーションギャップバスターの主催により、4月15日に開催された。「美学」が専門である伊藤亜紗氏(東京工業大学院環境社会理工学院准教授、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』著者)を聞き手に、聾者のアイデンティティ、映画『LISTEN リッスン』の制作背景、身体表現と「音楽」について語った。

渋谷アップリンクでは連日上映後に、牧原・雫境両監督とゲストを招いたトークショーを予定している。

「聾者」とは何か
―聾者のアイデンティティとデフフッド[Deafhood]―

伊藤亜紗(以下、伊藤):今回の映画は「聾者の音楽」という言葉を使っていますよね。具体的な映画の中身に入る前にまずはこの「聾」という言葉について、「聴覚障害者」という言葉とはどう違うのか、そのあたりをうかがいながら、トークに入りたいと思います。

雫境:「聾」「聾者」という言葉は、一般の人には恐らく馴染みがありません。むしろ「聴覚障害者」という言い方が多いと思いますが、私たちは「聾者」という言葉を使います。我々のアイデンティティーがその言葉の中に込められています。

牧原依里(以下、牧原):「聴覚障害者」という言い方は実に幅広いものです。一般の人は、聾者、中途失聴者、難聴者をみんな同じように捉えているようですが、実際はそれぞれに違いがあります。『LISTEN リッスン』に出てくる人は、みな聾者です。聞こえない世界の中には、聾や難聴などいろいろな人がいますが、それらの定義はとても曖昧です。例えば小学2年生まで聞こえていて、3年生から聞こえなくなったという人でも、自分は聾者だと名乗る人もいます。つまり、デフフッドがあれば誰でも聾者になりうるということです。デフフッド(=Deafhood)とは「聾である」という意識、アイデンティティを持つことです。

また、聾者といっても使う手話は一つだけとは限りません。手話の中には日本手話と日本語対応手話(手指日本語。日本語の単語に手話単語を当てはめたもの)があり、それぞれ文法が全く異なります。言語に関してもかなり混沌としているんです。説明しようとするとそれだけで数時間かかってしまうくらいですね。『LISTEN リッスン』には、基本的にデフフッドを持つ聾者が出演しています。なので、その意味もこめて「聾者の音楽」という言葉を使っています。

映画『LISTEN リッスン』トークショーより
映画『LISTEN リッスン』トークショーより、右から牧原依里監督、雫境監督

伊藤:先ほど、雫境さんの紹介の時、こういう風に(頭を額から頭頂部にかけて手でなでる動作で)紹介されましたよね。誰かが「雫境さんを呼ぶ時は手話でこう表現しよう」と言い出すのか、それとも自分で発明するというか、作ったりするんですか?

雫境:これにはいろいろありまして(笑)。私はずっと前からスキンヘッドなんです。周りから頭をなでる仕草で「あいつはどこへ行った」と言われるので、それがそのままサインネームになりました。

牧原:皆、そういったニックネームを持っています。聴者からすると、身体の特徴がストレートに出ているので、驚いたり笑われたりするんですが、聾者としてはごく普通に受けとめています。

聴者と聾者のあいだには、感覚や捉え方の違いがあると思います。『LISTEN リッスン』についても、試写会で聴者と聾者、両方に観てもらいましたが、受ける印象はずいぶん異なるようでした。

映画『LISTEN リッスン』より
映画『LISTEN リッスン』より

『LISTEN リッスン』制作背景
―手話の中にある心地よさに「音楽」を感じる―

伊藤:映画『LISTEN リッスン』を作ろうとしたきっかけや、どんな風に作られたかを聞かせていただけますか?

牧原:作ろうと言いだしたのは私です。実は当初はこういった映画を作るつもりはありませんでした。もともと聴者のクラシック音楽を、聾者にも分かるよう視覚的に、いわゆる「翻訳」をしようと考えていました。そのためには聴者の協力も必要で、音楽のプロにアドバイスをもらったりもしました。聴者の音楽の仕組みなどを勉強してみると実に理論的で、聾者でも曲を作ろうと思えば作れるということが分かってきたんです。そうして「聾者の音楽」として聴者の音楽理論を取り込んでみようと思ったのですが、その「翻訳」はうまくいきませんでした。聴者に聾者の音楽を理解してもらえなかったからです。私の中には聾の音楽があったのですが、周りにそれをうまく伝えられませんでした。

私は両親が聾者で、幼いころから手話で育ちました。その中で、様々な人の手話や表情から「間」のようなものを視て心地よく思ってきました。例えば「来る」という手話の動きがあります。この動き方は私にとって、心地よいものです。ただ、全ての人の動き方が心地よいわけではありません。この、心地よく感じる「来る」という動きが私にとって「音楽」のようなものだと思ったんです。確かに音楽的な何かを感じているのですが、それをうまく一般の人に伝えられないでいました。

そうして悩んでいるときに雫境さんと出会って、話してみると、考え方や見方が一致していたんです。雫境さんは、舞踏の世界で20年やってきたプロです。聾者なので手話も当然使いますし、言語としての手話と非言語としての手話の違いも把握しているので、一緒にやろうと。

映画『LISTEN リッスン』より
『LISTEN リッスン』より

伊藤:すごく面白いですね。心地よい手話とそうでない手話があると。「来る」の手話が心地よいというのは、どのように考えたらいいのでしょうか。

牧原:自分でもうまく説明ができません。それには手話の言語的研究も必要で、恐らく「間」が関わってくるのだと思います。まだ、謎です(笑)。

雫境:今の話は、聴者の「声質」に置き換えられるのではないでしょうか。手話の動きの質と等価に捉えられると思います。

牧原:手話の単語の繋ぎ方にも、心地よさがあると思っています。繋ぎ方というか、その間にあるもの。それだけではなく、他にもいろんな要素が心地よさに繋がっていると直感的に感じています。

雫境:個人的な感覚ですが、手話は動きだけでなく、周りの空気感と一体になったときに、心地よさを感じるのかなと思っています。

伊藤:空気感とは、その人の雰囲気とか、その場のノリのようなものなのでしょうか?

雫境:「これ」というものはありませんが、恐らく動きにまつわるいろいろな関わりが、何かあるのだと思います。

映画『LISTEN リッスン』より
『LISTEN リッスン』より

手話をベースとした身体表現の追求

伊藤:雫境さんは、芸術表現として舞踏やダンスをされていると思います。芸術表現というのは、解釈は一つではありません。受け取る人によっていろいろな感じ方があります。それに対して、手話は核になる意味がはっきりとあります。雫境さんにとって、ダンスとして使う身体と手話として使う身体がどのように違うのでしょうか。

雫境:手話ではないですが、古いダンスの中に身ぶりを使うものがあります。例えばハワイの伝統的なダンスは手の動きに意味がある。「ハワイ」を意味する手話の動きにも、実は「海」という意味があります。バリの舞踏やバレエもそうです。それらは昔から、聴衆に分かるように作られた動きです。ダンスの歴史は二千年以上になると言われていて、いろんなジャンルが出てきています。また、新しい表現を模索するときには、あえて分かりやすい表現をせず、身体の動きを変なものに変えてみる、そんな現代ダンスも作られています。しかし、手話を使った踊りの研究はまだされていません。手話と舞踊的な踊りが結びついたら、やはりそれはダンスではなく「歌」だと私は思います。言語的な意味を含んだ動き、踊りになるはずではないかと。

映画『LISTEN リッスン』トークショーより
映画『LISTEN リッスン』トークショーより、右から牧原依里監督、雫境監督、伊藤亜紗氏

牧原:雫境さんが『LISTEN リッスン』でやっている踊りは、いつもやっている舞踏とは違うんですよね?

雫境:今回、私は踊りの監修をしましたが、それは舞踏そのものの動きではありません。例えば「行く」という手話表現があります。手前から外側に出る動作です。そこで、「行く」というこの動作を最初の手前のところで止めてみます。そこから下に動かすと「下」という意味になります。でも、そのまま動かさないでいると、手話としては意味のないものになります。今、右側に動かしたのが分かりますか?横や上に動かしたりと、少しずつアレンジを加えていきます。すると、もともとの言語的な要素はなくなります。遊んでみるんです。元の発想は手話ですが、手話の意味を壊す、排除して別の動きを付加していく。そうやって、映画の中での表現にしていきます。

映画『LISTEN リッスン』より
『LISTEN リッスン』より

伊藤:すごく面白いですね。ベースは手話なんだけれども、手話の途中でやめたりとか、特定の意味になる手前で別のことをやったり。遊ぶとおっしゃっていましたが、そういった作り方をされているんですね。

今、ダンスと歌の違いの話が出ました。雫境さんの話では、ダンスではなく歌になるときには、言葉の要素が加わるとのことでした。そのあたり、牧原さんはどのように考えますか?

牧原:私の個人的な見方ですが、今回の映画の出演者を視て、この人は歌だな、この人は踊りになるな……と感じていました。「音楽」というと、曲と歌詞が組み合わさるものが「歌」、歌詞がないものが単に「音楽」と一般的には言われています。『LISTEN リッスン』の場合、「歌」も含めてすべてのものが「音楽」なのだと思います。「これは歌を表現しているのですか?」と言われると、(括弧付きの)「歌」「音楽」どちらとも言えるというのがあって、自分の中ではまだ混沌としている感じです。聴者の歌と聾者の歌は同じかというと、言葉は同じですが、見方、捉え方はずいぶん異なっているかもしれません。

映画『LISTEN リッスン』より
『LISTEN リッスン』より

伊藤:『LISTEN リッスン』の映像は、聴者が観るとダンスに見えるという方が多いと思います。見ていると自分の身体が反応する、身体的にキャッチするという部分が多い。それをダンスと言わずに「音楽」または「歌」と言っているところがすごく特徴的だと思いました。聾者には、身体の中で鳴っている音楽のようなものがあるのでしょうか?何かを視ることでそれが音楽的だと感じるのではなく、例えば散歩しているときに、自分の中でリズムやメロディーが鳴るような経験はありますか?

牧原:「聴こえる」「鳴る」というよりも、「視る」というのでしょうか。聴者にとっては「聴こえる」「鳴る」でしょうが、そもそも聾者には音が聞こえません。その代わりに振動を感じます。ただ、「音楽」=「振動」ではありません。まぁ、そう思う人もいるかもしれないし、人それぞれかもしれません。「聴く」という言葉は曖昧です。例えば、これは私の見方ですが、今日たまたまカフェに行きました。そこで屋外の竹藪がそよいでいるのを見て、心地よさ、音のようなものを感じました。聴者でいうBGM的なものでしょうか。竹の葉のそよぎ、それを音ではなく視て感じました。

映画『LISTEN リッスン』より
『LISTEN リッスン』より

雫境:BGMについて、聾者にも分かるように説明を。

牧原:聾者の中にも分かる人はいると思いますが、例えばカフェで流れるような音楽とかそういうものですね。

雫境:「鳴る」とか「聴こえる」といったものは、もともと聾者にはありません。中途失聴の方は経験があり、「聴こえる」という意味がわかると思います。ろう学校時代に音が鳴るものを触って、よく聴能の訓練をさせられました。そういう経験は聾者にもあります。ですが、実際に「音を聴く」という経験はなく、知識としてだけの理解です。和太鼓は響きがあるので、聾者にとっても伝わりやすいものです。その響きとリズムの速さの区別ができます。しかし聾者はそれよりも、例えば竹がゆらゆら揺れるような、視覚的な動きに感じるものが多い。つまり、視る生活をしているのです。

映画『LISTEN リッスン』より
『LISTEN リッスン』より

「音楽」に代わる言葉を探して
―聾者ならではのグルーヴがある―

伊藤:音楽について、もう少し別の角度から考えてみます。音楽は一体感にも関わってくるものだと思います。『LISTEN リッスン』の映像の中でも、何人かが集団でダンスというか、音楽を演奏されているような、合唱をしているようなシーンがありました。手話をしているとき、お互いに会話をしていて、一体感のようなものはあるのでしょうか?

牧原:聴者でいう、グルーヴといったものでしょうか。一体感。それは自分の中のリズムと、何か感情、それが相手と共鳴しあったときに、お互いに何かを感じとって、繋がる感覚です。それは聴者のグルーヴと同じように感じます。

雫境:本当は音楽とは違う、別の言葉を使いたかったのですが、言葉がないので、何か我々が意味する「音楽」という言葉を作りたいと思っています。すぐには難しいと思うんですが。

音楽は「音」を「楽しむ」と書きますよね。私たちは「視」て「楽しむ」ので「視楽」というのでしょうか。それも「楽しむ」というのは何か変な感じがします。音楽は楽しいだけじゃなく、哀しさや寂しさとかそういう気分もあると思うんですね。それから、グルーヴ感、一体感について。音はないけれど、隣同士で出演者が同じ動きをすることで、楽しさ、心地よさを感じて一体感を感じることがあると思います。

牧原:聴者同士の一体感と、聾者同士の一体感がそれぞれにあるのだと思います。もちろん、聴者とろう者との一体感もあると思いますが、例えばアフリカ人は、動きの中で気持ちを高揚させて、一体感を得ます。その輪にアジア人やヨーロッパ人が加わると、ズレが出てきてしまいます。アフリカの人に流れているDNA、また環境がその一体感を生むのだと思います。聾者は音が入ってきません。そのため、手話を使います。そういう人たち共通の一体感があるのかもしれません。

映画『LISTEN リッスン』より
『LISTEN リッスン』より

映画館では耳栓を配布
「無音」を疑似体験して「聾者の音楽」を感じて欲しい

伊藤:作品を作っての周りの反応や感想はどうでしたか?

雫境:多くの人が作品を観てくれて、その感想は賛否両論あります。私はさまざまな意見を歓迎したいと思います。よくないという批評をしてくれた方は、音楽のことを知らないから、専門家ではないから、私が映画を適当に作ったのではないか、という人もいます。音楽は決まった形があると思い込んでいて、私がそれを知らないから、適当に作ったんだと言ったのだと思います。ダンサーの方の意見も様々でした。身体を使うことを専門とする人たちの意見もあります。そういう人は、映画のフレームが主に上半身を中心に映しているのが気になるようです。一般的にダンサーは下半身まで、全身を撮ることが多く、その方が身体表現が見えやすいと思いますが、今回は手話の言語的な要素を壊した表現を見せたかったので、上半身を大きく映すようなフレームにしました。

映画『LISTEN リッスン』より
『LISTEN リッスン』より

牧原:いろいろな反応をいただきました。「音楽」についていろいろ考えている人ほど、「無音」について強く関心を抱き、真剣に考えてくださいます。そうした人と、聴者が観てどう思うかについて対話するのも楽しいです。聴者、聾者、もしくは耳が聞こえない人等の様々な見方があると思います。

伊藤:感覚的に楽しめる映画でありつつ、すごく考えさせられる映画でもあります。そもそも「聴く」とは何だろう、音楽とは、身体とは何かを考えさせられる作品です。映画館では耳栓を配布するそうですね。「無音」と言ったときに、聴者にとっての「無音」ではなく、そもそもその「無音」というものすらない、聾者にとっての空気感とか、そういった擬似的な体験をした状態で、音楽を自分なりに定義してみる、そういう映画なのかなと思いました。

牧原:映画に音がなくても、映画館の中には空調の音や呼吸音など、やはり音はあります。映画に集中してもらうため、耳栓をしてもらうことにしました。逆に、耳栓をすると心臓の音が聞こえてうるさくて外した、という意見もありましたね。聾者はそれを感じないので、とても面白いと思いました。

雫境:この映画はいろいろと深く考えたくなりますが、まずは皆さんあまり考えすぎず、そのままの素直な心で観てもらいたいと思います。




牧原依里 プロフィール

1986年生まれ。聾の両親を持つ。小学2年まで聾学校に通い、小学3年から普通学校に通う。大正大学で臨床心理学を専攻。会社に勤めながら映画制作を行っている。 2013年ニューシネマワークショップ受講。2014年Movie-High14『今、僕は死ぬことにした』(短編映画)上映。

雫境(DAKEI) プロフィール

2000年東京藝術大学大学院博士課程修了、美術博士号取得。大学院在籍中、舞踏家・鶴山欣也の誘いを受け、舞踏を始める。国内のみならずアメリカ、イギリス、スペイン、メキシコなど世界中を舞台に活動。また、アニエスベー初監督映画『わたしの名前は...』などの映像作品に出演、幅広く活動を行っている。

伊藤亜紗 プロフィール

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院/大学院環境社会理工学院准教授。専門は美学、現代アート。2010年に東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻美学芸術学専門分野博士課程を単位取得のうえ退学。同年、博士号を取得(文学)。主な著作に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』など。




『LISTEN リッスン』より
『LISTEN リッスン』より

映画 『LISTEN リッスン』
2016年5月14日(土)渋谷アップリンクほか、全国順次公開

共同監督・撮影・制作:牧原依里・雫境(DAKEI)
出演:米内山明宏、横尾友美、佐沢静枝、野崎誠、今井彰人、岡本彩、矢代卓樹、雫境、佐野和海、佐野美保、本間智恵美、小泉文子、山本のぞみ、池田華凜、池田大輔
配給:アップリンク
宣伝:聾の鳥プロダクション
2016年/58分/日本/サイレント

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/listen/
公式Facebook:
https://www.facebook.com/listen-567768356712092/
公式Twitter:https://twitter.com/listen2016deaf1


▼映画 『LISTEN リッスン』予告編




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キーワード:

牧原依里 / 雫境 / LISTENリッスン


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