映画『ヴィクトリア』より、ヴィクトリア役のライア・コスタ ©MONKEYBOY GMBH 2015
ドイツ・ベルリンの街角で出会ったスペイン人女性と4人の青年の身に起きる出来事を、140分間(クレジットを除くと134分)ワンカットで映し出したサスペンス映画『ヴィクトリア』が5月7日(土)よりロードショー。webDICEではセバスチャン・シッパー監督のインタビューを掲載する。シッパー監督は、12ページのテキストをもとに俳優たちの即興や撮影中に発生したハプニングも活かして今作を完成させた。2015年のベルリン国際映画祭で最優秀芸術貢献賞を受賞のほか、ドイツ映画祭でも作品賞をはじめ6部門を独占。昨年の第28回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門で上映され、話題を呼んだ。
エンターテイメントとはクレイジーなもの
──全編ワンカットで撮影するというアイデアはいつ考えたのですか?
ワンカットで撮影するというアイデアは、前からあったんだ。よくアレキサンドル・ソクーロフ監督の『エルミタージュ幻想』(2002年、96分間HDカメラによるワンカットで撮影)と比較されるけれど、実はそれは観てないんだ(笑)。でも、正直なところ全編ワンカットで撮りきれるとは思っていなかったから、実現出来て本当に嬉しいよ。
映画『ヴィクトリア』セバスチャン・シッパー監督
クレジットを除くと2時間14分ワンカットで、小細工も何もなく、もちろんお金のかかったトリックもない。ひたすらワンショットだ。脚本はなかったが、シーンとロケーション、キャラクターたちのおおまかな動きが書かれた12ページのテキストがあった。セリフは即興で作ったものだ。
2014年4月27日、僕たちは朝4時半頃にロケーションを近くするために自分たちが建造したクラブでカメラを回し始め、その後2時間14分、22のロケーションを走り、歩き、放浪し、登った。150人以上のエキストラを6人のアシスタント・ディレクターが管理し、俳優7人を3つのサウンドクルーが追いかけ、6時54分に撮影を終えた。撮影している間、太陽はゆっくりと昇った。まるでマラソンを走ったような姿の撮影監督ストゥルラ・ブラント・グロヴレンの前から、主演女優のライア・コスタは歩き去っていった。
映画『ヴィクトリア』より ©MONKEYBOY GMBH 2015
──今回、そのライア・コスタをはじめとするキャストに求めた能力はどんなことでしたか?
僕が考えるいい俳優っていうのは、即興性があって、違う世界に没頭し、そこにい続ける能力がある人で、オーディションでもそれを重視していた。ヴィクトリア役のライア・コスタはまさにぴったりだったんだ。観客は、客観的に彼女を見ていろいろなことを考える。それと同時に、彼女を通過するものを本能的に感じながら、ともに生きるという体験をする。ヴィクトリアがこの2時間14分で別の人間に変貌するように、観客も変貌する彼女に強いシンパシーをいだくはず。これは2時間14分の成長物語。彼女はそういう演技をするための準備ができていたんだ。
──ヴィクトリアというキャラクターについて、どのように分析しますか?
ヴィクトリアは人生のすべてにおいていい子だった。彼女はいつもすべての規則を守り、一生懸命勉強してきた。しかし突然、何も持たずに家を出て行ってしまう。16年間、毎日7時間のピアノの練習をしてきた後、ヴィクトリアは十分にいい子ではなく、彼女が帰れる家ではもう必要とされていないと言う。ヴィクトリアはミドルクラスの人間に何が起きるかというモデルになるかもしれない。たとえ、僕たちがルールを守っていても、しばしば人々は何らかのルールや倫理基準を尊重することに対して、だんだん興味を失うということが見られる。たぶん僕は、これが彼女の感じていたものだと信じる。つまりヴィクトリアは強いフラストレーションを感じていて、何かまずいことをやってしまったという感覚にさえ気づいていない。そして同時に、自分自身を責めている。自分の才能や熱心さが欠けているせいだと思うんだ。「お前は働かなかったし、十分に頑張らなかった!」とね。そしてこのことが深いところで、どうして自分が失敗したのかという原因になっている。これがヴィクトリアという女の子なんだ。
映画『ヴィクトリア』より ©MONKEYBOY GMBH 2015
──演出でこころがけたことは?
一度撮影を開始したら、僕にできることはほとんどないけれど、撮影前にはリハーサルをし、俳優たちと何度も話し合った。特に「この作品は静かな湖ではない。流れは緩やかだが、決して止まることのない川をイメージしてほしい」ということを強調して伝えたんだ。僕は、エンターテイメントとはクレイジーなものであり、そうでなければならないと考えている。個々のシーンも大事だけれど、全体をひとつの流れとして捉えることが大事だ。
なぜ僕たちはこんなことをやったのか。クレイジーだし、少し馬鹿でもある。人々はなぜ銀行強盗をするのか。もちろんお金のためだが、それだけが理由ではないのかもしれない。そして僕は、もし映画全体をワンショットで撮影したらどうだろう、強盗の1時間前と、その後の1時間はどうなるのだろうと考えた。こうして僕たちはキャラクターたちに出会い、彼らの物語を聞き、彼らの希望や絶望を感じ、そして彼らがすべてを変えてしまうたったひとつの決定的なことをしようとする衝動を感じていったんだ。
映画『ヴィクトリア』より ©MONKEYBOY GMBH 2015
──舞台はベルリン、登場するのはスペイン人のヴィクトリアと地元の青年で、彼らは英語で会話をします。ドイツ語やスペイン語ではなく、英語で撮影した理由は?
英語なのは、もちろん、この映画を世界中の人に見てもらいたいという気持ちがあったから。でもそれ以上に、ベルリンに世界中から集まる若者たちが、実際にはドイツ語ではなく英語でコミュニケーションをとっているという事実を重視したことが大きいんだ。それに僕は、日本やフランス、ドイツなど母国語が異なる若者たちが英語を使ってコミュニケーションをとっていることが好きなんだ。
若者の生活はまだ大変なんだ
映画『ヴィクトリア』より ©MONKEYBOY GMBH 2015
──現在のドイツの若者を取り巻く状況について教えてください。
一般的にドイツ人は豊かで、ヨーロッパの中では優等生のような立場だ。スペインはギリシャほど崖っぷちではないように見えるが、そうとは言ってもスペイン人の若者は何の展望も持たないまま国を出ていて、それが当然となっているというニュースがある。何をすべきか、どこへ行くべきか、どうやって自身の将来設計をするかがわからない若者がいるんだ。そしてこれらの側面は、スペインから来た女の子を使うという僕の決定に影響を与えている。
映画『ヴィクトリア』より ©MONKEYBOY GMBH 2015
同時に僕は、ドイツの状況が完璧とはかけ離れているということを見せたかった。若者の生活はまだ大変なんだ。しかしこれらの側面以上に、若者たちが共有する無条件の団結に心を引かれた。「あなたを助けます。恋愛とは違う意味で、好きです」「あなたは誰?どこから来たの?」というような登場人物の初期設定は、僕にとってとても感動的だし、希望があふれていると思う。これは単なるお愛想のコンセプトではく、ほとんどがとてもリアルなんだ。
──次回作は決まっていますか?
現在は幾つか進行中のプロジェクトがあって、3つほど英語の映画を撮る予定だよ。次も何かクレイジーなことが起きる映画になる予定だけれども、さすがにワンカットではないよ(笑)。
(オフィシャル・インタビューより)
セバスチャン・シッパー(Sebastian Schipper) プロフィール
ミュンヘンのオットー・ファルケンベルク学校で演技を学んだ後、1999年、“Gigantic”で監督デビュー。ドイツ映画賞の最優秀作品賞を受賞した。“Sometime in August”(09)はゲーテの小説「親和力」を映画化した作品である。本作は、第65回ベルリン映画祭で上映され、2015年のドイツ映画賞で6部門受賞した。
映画『ヴィクトリア』
5月7日(土)渋谷シアター・イメージフォーラム、
シネ・リーブル梅田ほか全国順次公開
目も眩むようなクラブの照明の中、若い女性ヴィクトリアがひとり激しく踊っている。やがてフロアを離れ、バーで一杯飲み、外に出る。4名の青年に声をかけられ警戒するが、どうやら悪人ではないらしい。深夜スーパーで酒を盗み、青年たちの家の屋上で酒盛りを始める。身の上話などをしながら、場所を変えて楽しい時間が流れていく。しかし、青年のひとりが大物ヤクザの絡む金銭トラブルに巻き込まれていることが分かり、事態は急変してゆく……。
監督:セバスチャン・シッパー
出演:ライア・コスタ、フレデリック・ラウ、フランツ・ロゴフスキ、ブラック・イーイット、マックス・マウフ
製作:セバスチャン・シッパー
脚本:セバスチャン・シッパー、オリビア・ネールガード=ホルム、アイケ・フレデリーケ・シュルツ
撮影:ストゥルラ・ブラント・グロヴレン
音楽:ニルス・フラーム
原題:Victoria
配給:ブロードメディア・スタジオ
2015年/ドイツ/140分
公式サイト:http://www.victoria-movie.jp/