映画『マンガをはみだした男 赤塚不二夫』より
『おそ松くん』や『天才バカボン』などの作品で知られるマンガ家、赤塚不二夫の生誕80周年(2015年時)を記念して製作されたドキュメンタリー映画『マンガをはみだした男 赤塚不二夫』が4月30日(土)よりポレポレ東中野、下北沢トリウッド、渋谷アップリンク、横浜シネマリンほかにて公開。webDICEでは冨永昌敬監督のインタビューを掲載する。
本作は、1935年に生まれ、2008年に72歳で亡くなった赤塚不二夫の生涯を、アニメーションや赤塚本人の映像、関係者インタビュー、幻のテレビ番組映像などから再構築。主題曲「ラーガ・バガヴァット」を、赤塚と親交の深いタモリ、そしてU-zhaanが手がけている。
『おそ松さん』は旧来のバカの姿を残しながら大きく更新してみせた
──昨年から今年にかけて、本作にも登場する藤田陽一監督によるテレビアニメ『おそ松さん』が、往年のファンだけでなく、若い世代にも人気を獲得しました。『おそ松さん』がいまの時代に圧倒的な支持を集めた理由を、冨永監督はどのように分析しますか?
赤塚作品のキャラクターが持つ普遍的なバカ性を確信を持って現在に放り込んだことでしょうか。ただ、『おそ松さん』が単なるリメイクに留まらなかったのは、赤塚作品に出てきた純粋バカを、情報だけは持ってるバカにアップデートして、赤塚作品を堂々と古典化したからだと思います。藤田監督が「ギャグは時代に生み出されるもの」と言ったのは「バカは更新される」とも言い換えられると思うんですけど、『おそ松さん』は旧来のバカの姿を残しながら大きく更新してみせたのかもしれません。
──冨永監督はこれまでに2010年の、ミュージシャン倉地久美夫さんを追った『庭にお願い』、音響デザイナー大野松雄さんについての『アトムの足音が聞こえる』と2本のドキュメンタリーを撮っていますが、今作と前2作にはどのような違い、または共通点がありますか。
共通点ですが、三作とも相手が、しばしば周囲から「天才」と呼ばれている人物だったことです。逆に前二作との大きな違いは、やっぱり赤塚不二夫さんが故人なので、ご本人に会うことができなかったということですね。
映画『マンガをはみだした男 赤塚不二夫』より
──今作の制作を通して、冨永監督にとってドキュメンタリーという手法について再確認したところはありますか?
僕は劇映画の監督としてはもちろん撮る側の立場になりますけど、映画にはメイキングビデオという副次コンテンツが当然のように付いてくるので、監督はドキュメンタリーの被写体でもあるわけです。メイキングには、現場が動くときはやっぱり監督からという通念があって、これから監督が大きな決断をするかもしれない、それでスタッフたちが大車輪のように働いて、俳優が凄い演技を見せるかもしれない、今日がこの現場のハイライトになるかもしれない、と常に考える。だから監督がタバコ吸いながら開いてる台本なんかを背後から覗いてくるんですよ。下手な絵コンテとか、ト書きに引いた蛍光ペンの線なんかを。それらを糸口にして、演出プランがひとつの場面へと結実してゆくプロセスを捕えようとするわけです。
──映画制作自体を追うもうひとつの視点が常にあるということですね。
だからメイキングというのは、実際のところ撮られる監督にとってもドキュメンタリーの経験になるんですよ。『庭にお願い』を撮ったときも倉地さんの音楽作りのメイキングビデオだと思えば自然にキャメラを回せたし、『アトムの足音が聞こえる』にしても、前半こそ資料を使った大野松雄の仕事面でのクロニクルですけど、基本的には現在の大野さんの活動のメイキングなんですね。ただ、そんな明快な手法は、ご本人にキャメラを向けることによってこそ成立するわけで、今作のように赤塚不二夫に会うことができない状況では、まったく応用が利かない。メイキングの発想が通用しないんです。そこで重宝したのが、赤塚不二夫が生前に残した長いインタビューのテープだったんです。
映画『マンガをはみだした男 赤塚不二夫』より 写真:國玉照雄
──赤塚りえ子さんや梅原寿満子さんといった親族をはじめ、多くの関係者に話を聞いていますが、既に亡くなっている赤塚不二夫さんの実像を浮き彫りにするための取材は、どのような順番で進めて、話を聞いていったのでしょうか?
その発端というのがまさにテープでした。企画したシネグリーオからは、テープにおさめられた晩年の談話とフジオプロに膨大に保存されている生前の写真を借りること、それと赤塚不二夫の前半生を幾つかの章に分けて描いたアニメーションを作ることを提案されました。だから考えようによっては、この三つだけで年代記は成立するんです。ただ、本人が語るだけの年代記では見えてこない実像もありますよね。他者の視点が欠けてしまうからです。とくに赤塚不二夫という人物は生前没後を問わず、あまりにも多くの人から語り尽くされてきました。出演者によっては、赤塚不二夫を語ることにすっかり慣れていて、一つの質問から五や十の答えを次々に語る人もいます。そういう人々から新たに聞き出した逸話、知られざる出来事なんかも当然ありますけど、むしろ映画にとって重要だったのは、みなさんが赤塚不二夫について語るときの楽しそうな様子、それと若干の悔恨が混じった表情だったと思います。生前の赤塚さんは、人を笑わせることに命を賭けたような人物ですけど、そればかりか、死んでからも家族や友人たちをまだ笑わせてるんですよ。
うがった見方かもしれませんが、あたかも自分が死んだあとも笑っていてほしいがために、その時点では不可解だと思われそうな奇行をあえて残したんじゃないかと思えなくもない。みなさん、故人の思い出を笑いながらさんざん語ったあと、ふと感謝の気持ちを述べはじめるんですけど、そういうとき、赤塚不二夫がどういう人だったのかが滲み出てきたと思いました。それはテープだけでは描けなかったことです。
映画『マンガをはみだした男 赤塚不二夫』より 写真:荒木経惟
赤塚不二夫がその部屋にいて、もう少しで会えるところだった、みたいな気持ちになった
──青葉市子さんのナレーションの効果もあるのか、赤塚さんのキャリアに肉薄すると同時に、赤塚さんの破天荒な人生をとても客観的に映像化しているように感じました。
青葉市子さんのナレーションは、『アトムの足音が聞こえる』での野宮真貴さんもそうなんですけど、女優をキャスティングしたのと同じなんですよ。野宮さんの場合は、女の先生が大野松雄について教えてくれるというイメージ。今作の青葉さんの場合は、俺みたいなオッサンがこう言うのもおこがましいですが、同級生の女の子が語る赤塚不二夫、みたいな裏設定なんですね。話を聞くということを一つの場面にしたくてキャスティングしたんです。単なる内容説明だったらオッサンの声でもいいわけです。とくに今回は、ナレーションが音楽に同期するという意図がありましたから、キャスティングはユザーンに相談して、彼の推薦で青葉さんにお願いすることになりました。青葉さんに引き受けてもらえて本当によかったと思います。
映画『マンガをはみだした男 赤塚不二夫』より 写真提供:小学館
──冨永監督にとっては、取材中、そして編集の場面などで、たとえば「ここまでは入り込まないようにしよう」というような客観性を意識したりはしましたか?
「入り込まない」というか、なにしろ赤塚さんは故人ですから、もともと「入り込めない」相手だったんだと思います。やっぱり「入り込む」ためには相手に会うしかないんですよ。じゃあ本当の相手は誰だったのかというと、ひとつは例のテープです。しかしそこに記録されてるのはあくまでも赤塚不二夫の自省であって、いくら本人の肉声とはいえ半生を振り返ってるタイムラグがありますから、すでに本人の客観性や批評が含まれてるわけで、それはこの映画が不意に引き出したナマの言葉じゃないんです。だから厳密には「入り込めた」とは言えない。もうひとつの相手はインタビューさせてもらった肉親やご友人です。赤塚不二夫にすっかり「入り込んでた」人たちですよ。というか、好きな人に「入り込んでた」自分を語れる人たちです。
映画『マンガをはみだした男 赤塚不二夫』より 写真:荒木経惟
──そうした方たちへの取材を積み重ねが、今作のトーンを決定づけたのですね。
僕がかろうじて「入り込んだ」と言えるとするなら、赤塚不二夫に「入り込んだ」人々の愛慕の気持ちに、赤塚不二夫を知らない僕が共感してしまったということです。ちょっと気づいてほしい場面があるんですけど、それは、りえ子さんと寿満子さんが向かい合って、父であり兄である赤塚さんの思い出話をしてるところなんですね。それぞれのアップをカットバックしてるんですけど、これ本当は寿満子さんの単独インタビューだったんです。ところが寿満子さんへのインタビューが終わりかけたとき、そこに同席してくれたりえ子さんが、画面の外から「パパってそういう人だったよね」と寿満子さんに話しかけたので、急いで予備のキャメラをりえ子さんに向けたからカットバックになったんです。その会話の生々しさが本当に楽しかったですね。ついさっきまで赤塚不二夫がその部屋にいて、もう少しで会えるところだった、みたいな気持ちになりました。
冨永昌敬 プロフィール
1975年愛媛県生まれ。日本大学藝術学部映画学科卒業。おもな監督作品は『亀虫』(2003年)、『パビリオン山椒魚』(2006年)、『コンナオトナノオンナノコ』(2007年)、『シャーリーの転落人生』(2008年)、『パンドラの匣』(2009年)、『乱暴と待機』(2010年)、『目を閉じてギラギラ』(2011年)、『ローリング』(2015年)、TBSドラマ『ディアスポリス 異邦警察』(2016年4月より放映)など。本作『マンガをはみだした男 赤塚不二夫』は、ミュージシャン倉地久美夫をめぐる『庭にお願い』(2010年)、伝説の音響デザイナー大野松雄をめぐる『アトムの足音が聞こえる』(2011年)に続く3作目のドキュメンタリー映画となる。
映画『マンガをはみだした男 赤塚不二夫』
2016年4月30日(土)よりポレポレ東中野、下北沢トリウッド、渋谷アップリンク、横浜シネマリン他全国ロードショー
『おそ松くん』『天才バカボン』『ひみつのアッコちゃん』『もーれつア太郎』など、数多くの傑作を生み出してきた国民的マンガ家、赤塚不二夫。彼を追ったドキュメンタリーはテレビ番組などでいくつも放送されてきたが、生誕80周年を記念して製作された本作品は、彼の最高傑作とも呼ばれる「レッツラゴン」のキャラクターを案内役とした異色のポップ・ドキュメンタリー。時代の渦のなかでダイナミックに生き抜いた彼の人生を、アニメーションを軸に、関係者インタビュー、秘蔵写真、プライベート映像、幻のテレビ番組などの膨大な素材で再構築した。本人の残された肉声と、複数の視点によって「赤塚不二夫」の知られざる姿が綴られる。
企画・プロデュース:坂本雅司
監督:冨永昌敬
音楽:U-zhaan、蓮沼執太
ナレーション:青葉市子
2Dアニメーション:室井オレンジ
3Dアニメーション:アニマロイド
特別協力:フジオ・プロダクション
制作協力:タッドポール・ラボ
製作:グリオグルーヴ
制作・宣伝・配給:シネグリーオ
配給協力:ポレポレ東中野
助成:文化庁文化芸術振興費補助金
赤塚不二夫生誕80周年企画
©2016 マンガをはみだした男 製作委員会
2016年/HD/96分
公式サイト:http://hamidashi-fujio.com/