映画『グランドフィナーレ』より ©2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHE PRODUCTION, FRANCE 2 CINEMA, NUMBER 9 FILMS, C - FILMS, FILM
『グレート・ビューティー/追憶のローマ』でアカデミー賞外国語映画賞を受賞したイタリアのパオロ・ソレンティーノ監督(45歳)の新作『グランドフィナーレ』が4月16日(土)より公開される。主題歌の「シンプル・ソング#3」が、本年度アカデミー賞主題歌賞にノミネートとなった今作、webDICEではソレンティーノ監督のインタビューを掲載する。
アルプスの高級リゾートホテルを舞台に、キャリアの最後の大舞台に挑む引退した音楽家を巡るドラマで、主人公の音楽家フレッド役にマイケル・ケイン、彼の娘にレイチェル・ワイズ、親友の映画監督にはハーヴェイ・カイテルと名優陣が出演。そしてかつての人気女優を演じたジェーン・フォンダがゴールデン・グローブ賞の助演女優賞にノミネートされたのも話題となった。美意識が貫かれた映像で知られるソレンティーノ監督が、ホテルという限定されたシチュエーションのなかで、ユーモアとペーソスを兼ね備えた会話の妙を盛り込み、年老いた者が持つ将来への展望を描いている。
年老いて人は将来に対してどう関わっていくか
──どのようなきっかけでこの物語を構想したのですか?
原案は、ある実話から着想を得て、随分と前から温めていた。モデルとなったのは、オーケストラの著名な指揮者で、イタリア人だった。彼は、女王から演奏のための招聘を受けたが、レパートリーについて女王と折り合いがつかずに断った。映画の案がしっかりと固まったのは、アカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞した『グレート・ビューティー/追憶のローマ』を撮り終えてからだった。でも受賞の前には、脚本を全て書き終えていたよ。
映画『グランドフィナーレ』パオロ・ソレンティーノ監督 ©2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHE PRODUCTION, FRANCE 2 CINEMA, NUMBER 9 FILMS, C - FILMS, FILM
──その実話をベースに、どう進めていったのでしょう?
作品は少しずつ形を成していった。その全ての根底には、ある概念があった。その概念とは、年老いた者が持つ将来への展望だ。もう若くはないという年代になって、人は将来に対してどう関わっていくか。私がこの概念に魅力を感じていた理由は、若いうちは、年配の人が未来に立ち向かうことについてなど考えないし、ともかく年配の人が将来への展望と向き合っているとさえ思っていないからだ。でも私は逆に、どんなことなのか見てみようと考えた。80歳を生きる人たちが、明日に対して期待することについてね。
映画『グランドフィナーレ』より、映画監督ミック役のハーヴェイ・カイテル(右)、音楽家フレッド役のマイケル・ケイン(左) ©2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHE PRODUCTION, FRANCE 2 CINEMA, NUMBER 9 FILMS, C - FILMS, FILM
この映画には、いくつかの拠り所があって、一つは、彼らが言うところの美しいものだけで出来た友情だ。ケインとカイテルが演じる登場人物が、「美しいもので出来ている」と言っている友情。数ある感情の中でも友情というのは、愛情にとても近づいていく感情であって、互いが共に生きることに大きな喜びを感じているときは、愛情に関わる何かが存在している。映画のもう一つの大きなテーマは、マイケル・ケインと娘との関係だ。
このテーマにおいて、彼は薄れゆく記憶を通して、自分の過去に醜いものを感じる。この映画は、ノスタルジーを語るものでも、メランコリーを語るものでも、失った過去を後悔するものでもない。でも、過ぎ去った年月とともに、記憶は薄れるという事実を語るんだ。記憶が薄れるのは、物事が積み重なっていくためだ。だから、80歳の男性の記憶が薄れるのと同じく、45歳か50歳の女性の記憶も薄れていく。この物語では娘のことだ。
この地は、休暇を過ごすための場所であり、定義するなら余暇を存分に楽しむためのホテルだ。だから、何かについて考える時間も苦痛となる。特に、ある父親と娘との間に起きたことの記憶も薄れるのだという事実を予想することは、つらいものになってしまう。
映画『グランドフィナーレ』より ©2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHE PRODUCTION, FRANCE 2 CINEMA, NUMBER 9 FILMS, C - FILMS, FILM
──前作がアカデミー賞外国語映画賞を受賞したことは、今作に影響を与えましたか?
オスカーを受賞する前から、この作品の準備を始めていた。つまり、マイケル・ケインやハーヴェイ・カイテル、ジェーン・フォンダ、レイチェル・ワイズは受賞する前に、この仕事のオファーを受けてくれていた。若手人気俳優ジミー役にポール・ダノの起用を決めたのは、もっとあとのことで、彼と知り合ったのはオスカーの授賞式の夜だ。でも、私の頭の中には、とてもはっきりした形で存在していた俳優だよ。彼のような若くして才能ある俳優と一緒に仕事をすることは、私の強い要望だった。
映画『グランドフィナーレ』より、若手俳優ジミー役のポール・ダノ(左)、映画監督ミック役のハーヴェイ・カイテル(中央)、音楽家フレッド役のマイケル・ケイン(右) ©2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHE PRODUCTION, FRANCE 2 CINEMA, NUMBER 9 FILMS, C - FILMS, FILM
カメラではなく、登場人物を中心に据えた作品に
──多彩なキャストが揃いましたね。
国際的なキャストにしたのには、いくつかの理由がある。そもそも、ハリウッドの映画監督を取り上げた話であることから、物語を英語で語らないわけにはいかなかった。英語を話す役者からのキャスティングは選択肢が豊富で、監督にとってはお祭りのようだ。なぜなら、映画のために数多くの優秀な役者を見つけることができるんだからね。イタリアにも、素晴らしい役者は多くいるが、数的な問題を考えると我々の国の人口からしても、役者の数は比較的少ない。
オーケストラの指揮者を映画に登場させたいという思いは、以前から強かった。コンサート中の指揮者が何をしているのかは、人々にとっても神秘的だからね。音楽家や指揮者には明白なことだが。それに音楽通の人にもね。でも、一般の人や少なくとも私のような素人に、何が起こるか分かるわけではない。私にとって、映画とは楽しむものであることに加え、物事を知る可能性を多く秘めた大学のようなものなんだ。オーケストラの指揮者の世界に、入り込んでみたかった。
映画『グランドフィナーレ』より ©2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHE PRODUCTION, FRANCE 2 CINEMA, NUMBER 9 FILMS, C - FILMS, FILM
──そのフレッドを巡る人間関係には、映画監督も含まれています。
映画監督は自分が音楽家よりもより知っている職業で、これもシーンに登場させた。でもこれには個人的な理由が大きくて、まさに、将来とは何かという概念に関して、自分の将来がどんなものかにも興味があったんだ。映画に対して、自分がどう関わっていくかということにね。今より時間が経過したときに、情熱や体力、精神力が満ちてくるものなのか、何が起きるのか少し探ってみたいと思ったんだよ。
脚本家については、自分が仲間たちと若い頃に通っていた脚本の学校から多くの着想を得ている。若い頃に自由という特別なチャンスを経験して、あの瞬間を再現したい、もう一度あの時間を過ごしたいと思った。なぜなら、何かを作り出して、一連の取るに足らないことを互いに投げかけては、時折、楽しくて価値のあることを見つけていたからだ。自由について語られるのは、恐らく脚本家たちについてだけで、他の場面では見られない。作家という仕事は孤独に作業するもので、私が知る限り他の形式の芸術表現にはないことだ。それに引きかえ、寄り集まって脚本を書くのは、楽しみながらにして自由でいられるという大きなチャンスだし、自分も傷つかず、他人を傷つけることもない。だから、あらためてこのことを描いてみたかった。
映画『グランドフィナーレ』より ©2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHE PRODUCTION, FRANCE 2 CINEMA, NUMBER 9 FILMS, C - FILMS, FILM
この作品では、若者たちがどう映画の脚本に関わっていくか、慈しむような視点になっている。でも実のところ、本意か不本意か分からないが、この映画には、私が予め望んでいたわけでも決めていたわけでもないのに、芸術や興行に関係する人々が多く登場する。マラドーナを登場させる案も、興行に関わる人というアイデアだ。スポーツ界の、行き過ぎたような、並外れたような人物が出てくると、シンプルな運動の動きでも、芸術作品になる。
映画『グランドフィナーレ』より、ロリー・セラーノがマラドーナを思わせるキャラクターを演じる ©2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHE PRODUCTION, FRANCE 2 CINEMA, NUMBER 9 FILMS, C - FILMS, FILM
──ロケーションについては、どんな狙いがありましたか?
山間の場所を探していたのだが、それというのも、私がスパのあるホテルにこだわっていたからで、以前はサナトリウム(療養所)だったのを改築したホテルを私が見つけ出した。偶然にも、そこはトーマス・マンが『魔の山』に書いた場所だったが、映画は全くその本と関係なく、全くの偶然なんだ。見つけにくいような古いホテルを探していたんだけど、撮影に使ったホテルはスイスにある。トーマス・マンと所縁のあるホテルなので、所有者たちが改築などには慎重で、当時のままを留めるようにしていた。だから美しさという点でもとても良くて、登場人物たちの年代にも非常に合っていた。
映画『グランドフィナーレ』より、フレッドの娘レナ役のレイチェル・ワイズ ©2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHE PRODUCTION, FRANCE 2 CINEMA, NUMBER 9 FILMS, C - FILMS, FILM
──撮影現場ではどのようなことに気を配りましたか?
自分は出来る限り邪魔にならないようにしたよ。というのも、私のスタイルはいつも、何というか、自分では「邪魔」と呼んでいるけど、他人から見ればさらにたちが悪いものだ。でも今回は、あえて「邪魔」にならないようにした。私を邪魔だと思う人に配慮したわけじゃないよ。映画が完全に役者、つまり登場人物を中心に据えた作品だったからなんだ。それに、セリフの多い作品だから、役者が話している時は、カメラは静止しているべきだと思う。カメラが、役者から見えてはいけないんだ。だから、カメラを固定しておくのは結果的に理に適っていた。厳正に撮影するためというわけではなくて、成熟した映画を撮るために、撮影側も成熟した撮り手でありたかったからだよ。
──劇中での音楽について教えてください。
作曲家イーゴリ・ストラヴィンスキーは、作品中でもよく思い起こされているので、映画を支える軸の一つとなっている。なぜなら、主人公である我らが指揮者のアイドル的存在なんだ。マーク・コズレックは私が大好きなミュージシャンで、脚本を書きながらよく聴いていた。脚本を書きながら聴いた音楽家に、曲を依頼するのは私にはよくあることなんだ。曲を作ってもらうか、既にある曲をもらうか依頼することがある。デイヴィッド・ラングは、古典現代音楽の著名な音楽家で、『グレート・ビューティー』に彼の楽曲を使ったことをきっかけに知り合った。この物語では、古典現代音楽の作曲家でもあるオーケストラの指揮者を描く必要があったので、デイヴィッド・ラングが音楽を担当できるだろうと考えたんだ。
映画『グランドフィナーレ』より、パロマ・フェイス(左)とレイチェル・ワイズ演じるレナ・バリンジャーの夫ジュリアンを演じるエド・ストッパード(右) ©2015 INDIGO FILM, BARBARY FILMS, PATHE PRODUCTION, FRANCE 2 CINEMA, NUMBER 9 FILMS, C - FILMS, FILM
──UKのシンガー、パロマ・フェイスを本人役で起用したのは?
パロマ・フェイスのことを知ったのは、私の妻のお陰で、妻は、寄稿する新聞に、彼女の記事を書いていた。妻から話を聞いてすぐに、パロマ・フェイスはまさに典型的なロックスターだという気がしたよ。だから、彼女を知りたい、映画にも出演してもらいたいと思ったんだ。
(オフィシャル・インタビューより)
パオロ・ソレンティーノ(Paolo Sorrentino)
1970年、イタリアのナポリ生まれ。短編『Unparadiso』(94/ステファノ・ルッソと共同)、『L'amore non ha confini』(98)の監督・脚本を経て、『L'uomo in più』(01)で長編監督デビュー。監督第2作目の『愛の果ての旅』(04)でカンヌ国際映画祭コンペティション正式出品を果たし、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞では作品、監督、脚本賞を含む5部門受賞を果たした。監督4作目の『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』(08)は、ショーン・ペンが審査員長を務めた同映画祭で審査員賞に輝き、ダヴィット・ディ・ドナテッロ賞では7部門を獲得。そのショーン・ペンを主演に初めて米国で撮った『きっとここが帰る場所』(11)でカンヌ国際映画祭全キリスト協会審査員賞などを受賞。そして、第5作目『グレート・ビューティ/追憶のローマ』(13)で第86回アカデミー賞外国語映画賞を始め、ゴールデングローブ賞外国語映画賞など主要な映画賞に多数輝いた。
映画『グランドフィナーレ』
4月16日(土)新宿バルト9、シネスイッチ銀座、
Bunkamuraル・シネマ、シネ・リーブル池袋他全国ロードショー
世界的にその名を知られる、英国人音楽家フレッド。今では作曲も指揮も引退し、ハリウッドスターやセレブが宿泊するアルプスの高級ホテルで優雅なバカンスを送っている。長年の親友で映画監督のミックも一緒だが、現役にこだわり続ける彼は、若いスタッフたちと新作の構想に没頭中だ。そんな中、英国女王から出演依頼が舞い込むが、なぜか頑なに断るフレッド。その理由は、娘のレナにも隠している、妻とのある秘密にあった──。
監督:パオロ・ソレンティーノ
出演:マイケル・ケイン、ハーヴェイ・カイテル、レイチェル・ワイズ、ポール・ダノ、ジェーン・フォンダ
原題:YOUTH
2015年/イタリア、フランス、スイス、イギリス/124分/カラー/シネスコ/5.1chデジタル
字幕翻訳:松岡葉子
配給:ギャガ