骰子の眼

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東京都 渋谷区

2016-04-05 10:55


「バンクシーはサイモン&ガーファンクルが歌う預言者のよう」しりあがり寿氏ら語る

『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』トークイベント・レポート
「バンクシーはサイモン&ガーファンクルが歌う預言者のよう」しりあがり寿氏ら語る
映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』より

イギリス出身のアーティスト、バンクシーのニューヨークでのゲリラ展覧会「Better Out Than In」の模様を追ったドキュメンタリー『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』が渋谷シネクイントほかでロードショー公開中、4月2日(土)からは渋谷アップリンクでも上映がスタートした。webDICEでは公開記念に実施されたフライング上映会から、3月25日に行われた、ジャンルにとらわれない創作活動を続ける漫画家のしりあがり寿氏、この展覧会の模様を記録した写真集『バンクシー・イン・ニューヨーク』を翻訳した社会学者の毛利嘉孝氏と編集・ライターの鈴木沓子氏によるトークイベント「バンクシーとは現在の『サウンド・オブ・サイレンス』である」のレポートを掲載。バンクシーについては一家言持つ各氏が、サイモン&ガーファンクルの名曲「サウンド・オブ・サイレンス」の歌詞をきっかけに、バンクシーの大衆性、そして社会に与える影響について語った。

■サイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」、そしてアートと宗教

鈴木沓子(以下、鈴木):まず、今日のトークイベントの発端は、3月25日に発売された『週刊金曜日』“バンクシー特集”の巻頭で、いとうせいこうさんとしりあがり寿さんの対談していただいたことが、きっかけなんです。かなりお話が盛り上がって、内容も濃くて面白くて。個人的にも続きがすごく聞きたかったので、トークイベントのゲストを聞かれた時に、迷わず、しりあがりさんといとうさん、そして毛利さんを推薦させていただきました。

映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』フライング上映会より
映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』3月25日のトークイベントより、しりあがり寿氏(中央)、毛利嘉孝氏(右)、鈴木沓子氏(左)

しりあがり寿(以下、しりあがり):いとうせいこうさんとの対談の前の日に、なんとなくバンクシーのこと考えたりしながらTwitterをぼーっとみてたら、いとうさんの「価値とは社会とは芸術とはユーモアとは何かを根源的に考えさせる。それは聖者の説法に近い」 というTweetが流れてきて、その時にハッと「サウンド・オブ・サイレンス」だと思ったんです。

▼サイモン&ガーファンクル「サウンド・オブ・サイレンス」

「予言の言葉は、地下鉄の壁に、そして、スラム住宅に記された(原文:The words of the prophets are written on the subway walls And tenement halls)」という歌詞があるんですが、まるでバンクシーが予言者のように思えて。作品の内容というよりは、人々の目の前への現れ方がとても似ていると思ったんですよね。そしたら、いとうせいこうさんが「宗教とアートっていうのは、常に社会の外側から『これでいいの?』と問えるものなんだ」と教えてくれて。バンクシーは僕たちが住んでいる街に、「外」からこう、手を“にゅっ”と伸ばしてきて、なにか訳のわからないことを書いて消えていく。で、僕らはそれを勝手に解釈するみたいな、そういう在り方が、予言者とか宗教と似ている。

バンクシーは「壁」を外側から壊す

鈴木:今回の映画で追っているバンクシーのニューヨーク・レジデンシーには「Better Out than In(内より外の方がマシ)」というタイトルがついていて、バンクシーは「アートは、美術館という閉ざされた場所にではなく、公共の場所にこそあるべき」とはっきり明言していて「外側」がテーマになっています。しりあがりさんは、2011年の『ユリイカ』のバンクシー特集で、既に「外側」というキーワードを使って、バンクシーの解説をされていますよね。

毛利嘉孝(以下、毛利):しりあがりさんも、美術の文脈で言うとかなり「外側」感がありますよね。

しりあがり:漫画でも「外」だし、美術でも「外」だし、家庭でも「外」だしね(笑)。アートっていろんな捉え方があって、それこそ日々更新されていくのだろうけれど、その頃、「外側」っていうのがキーワードだなって気がしていたんですね。 僕らはいつだって変化していくし、次から次にいろんなことを求めていくと、どうしても世の中に理解されないものが出てきますよね。それを「正しい/正しくない」とか「値段がつかない」とか「役に立たない」と切り捨てるんじゃなく、とにかく、その未知のものを取り入れる。それをやらないといけないんじゃないかな。アートだけじゃなく、科学も同じだと思う。そこにこそ目配りしておかないと、その先にあるものを見過ごしてしまうんじゃないかな。

バンクシーは常識や既成概念の「壁」を壊していくじゃないですか。バンクシーは「壁」を壊しに来る。「外側」からね。

毛利:普通、作家って「作品を残したい」という欲望がみんなあると思うし、残すために書くし、コレクターもいる。パレスチナのプロジェクトをみると、バンクシーはやっぱり「壁を無くしたい人」なんですよね。「なくすために壁に描く」っていう。それが、すごい切実。だから、壁の意味が違うということがバンクシーは特徴的。

鈴木:実際、ウエストバンクの分離壁は一部壊されたみたいですよね。世界中からファンやコレクターが作品を見に来て、壁ごと撤去して持っていっちゃう。最終的には狙い通りに壁がなくなっているっていうのがすごいなって。

映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』より
映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』より

バンクシーはポップスター

しりあがり:バンクシーは、何で食っているんですか?

鈴木:そこもブラックボックスですよね。でもパトロン的な人は何人かいますね、アーティストや著名人も含めて。ポール・スミスは、ファンを公言していいるし作品も所蔵していて、一度インタビューさせていただきました。

毛利:諸説ありますが、バンクシーファンのセレブな人達―マドンナとか名前がちょちょい上がってきますよね。そういう人たちが、定期的に作品を買っているという話もありますね。噂の域をもちろん出ないんですけれども。

しりあがり:あれだけのことをやろうと思ったら、相当な人数とお金が必要ですよね。

毛利:NYのこのプロジェクトは、たぶん何十人という人数がいないとできないですよね。毎日あれを見つからないように設置するって、相当周到に準備されているし、お金もそれなりにかかっていると思います。

しりあがり:すげぇなぁ。やってみたいな、ああいうことなぁ。ところで、バンクシーを「アートじゃない」っていう人達も多いですよね。

毛利:バンクシーの大衆性というか、わかりやすさに対する反感というか。最近の現代美術は昔に比べると随分わかりやすくなったとはいえ、やはりある種のゲームとして見た場合、バンクシーってものすごく直球じゃないですか。パッと見て、子供が見ても面白い。絵もある種シンプルなリアリズムですよね。そうものは、今の現代美術の文法に「無い」んですよ。

しりあがり:(映画チラシのビジュアルを見ながら)コレなんかね、ほんとわかりやすいっていうか。普通にナンセンスカートゥーンというか、1コマ漫画ですよね。

映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』チラシ
映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』のチラシビジュアル

毛利:そうですよね。イラストや広告に近い。でも、100年ぐらいの単位で考えて、2000年代に誰がいたのか?となった時、バンクシーは確実に残ると思うんですよ。それは別に絵が売れたからではなく、ずっと事件として記憶されるような気がしていて。芸術家というより、むしろポップスターに近い。

しりあがり:今回の映画を観て最初に思ったのは、ここまでのことやられちゃうと、「ストリートで出来ることが、もう相当やられちゃったな。どうするの、これから先」みたいな。

毛利:僕らも結構前から「バンクシーはもう先がないことをやっている」と思ったんだけど、その後パレスチナの壁に書いたり、この映画の通りNYでやったりしてる。意外とネタが尽きないんですよね。びっくりするくらい新しいことをやっていたりする。

しりあがり:「バンクシーを超えるのは、バンクシー」ってことかな。 お金があると出来ることもありますよね。

鈴木:お金の問題は大きいですよね。アーティストのインディペンデント性。

しりあがり:バジェットが大きくなると、いままで出来なかったことができるようになる。気づかれないうちに宇宙船に落書きしたりね。

毛利:あと、ああやってNYでバーンと大きなことをやったかと思うと、地元のブリストルで「スーパーマーケットの建設反対」とかね。そういうところも面白いですよね。落差がすごい。だから、バジェットがあるからといって、必ずしも活動を大きくしているというだけではないんですよね。

映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』より
映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』より

しりあがり:鈴木さんはバンクシーに取材してるんですよね。どういう人だったんですか?それは絶対本人なの?

鈴木:当時はまだストリートアート系の雑誌のインタビューも普通に受けていたんですよ。さすがに顔は出していないけど。その時に話していた内容から本人だと思っていますけど、今やバンクシーという“コレクティヴ(集団)”になってきているので、「誰がバンクシーなのか」というと、今はどうなっているんでしょうね(笑)。私が会った人は、普通のお兄ちゃんでした。良くも悪くも目立たない感じ。当時20代後半~30代後半で、世界平和や社会改革をストレートに語っていて、ここまでビジョンが大きいんだ、と思いました。

しりあがり:アートで、世界平和を実現しようと?

鈴木:グラフィティという手法を使って社会を改革したいという意思はハッキリありましたね。「自分の作品で、みんなの心が少しずつでも変わっていけばいい。これは“視るだけ”の革命なんだ」って言っていました。実際にバンクシーの政治的なスタンスやメッセージは、言葉にすると刈り取られやすいけど、スタイリッシュな絵柄やユーモアに包んで表現しているから、何年も続けられている気がします。

日本に島崎ろでぃーさんというデモの写真を多く撮っているカメラマンがいますが、被写体として警察の側を正面から撮った写真も結構あるんです。それは何故なのか聞いたら、デモの中にいると、デモ隊と警察が小競り合いになって物理的に危険な状態になることがあると。その時にデモ隊側に立って警察側を撮ることは「監視しているぞ」と無言の抑止力になるんですよね。市民のひとりとして権力側を監視していることを表現するために撮っているというお話をされていたんです。バンクシーの作品もそういうアクション的な表現があると思います。

しりあがり:「見てるぞ」って必要だよね。神様もういないからね、「代わりに見てるぞ」みたいなね。

狂乱のNY展覧会「Better Out Than In」3選

『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』で描かれる2013年の展覧会「Better Out Than In」で好きな作品をそれぞれ伺いました。

映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』より
▲「静謐」を運ぶトラック。音声ガイドでは「世界大恐慌時代の不法農園をグラフィティを描く行為と対応させようとする試みだ」と説明している。

「この中に居たい」(しりあがり寿)


映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』より
▲セントラルパークにて、観光客相手の土産物屋風にバンクシーのオリジナル作品が60ドルで販売されていた。現在、作品の評価額は25万ドル。

「この土産物屋に遭遇したわけじゃないのに悔しい。でも、悔しい自分がまた恥ずかしい。 “『本物が欲しい』と思う浅ましい俺”ってなんだろう、みたいなよくわからない感情になる」(毛利嘉孝)


映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』より
▲NPO団体事務所の風景画にナチス党員が描き足された「悪の陳腐さの陳腐」

「バンクシーは有名な絵画のパロディ的な作品いくつか描いていますが、これもそのシリーズ。今回はもともとの風景画にナチス党員を描き加えたことで、現代においてリアルで批評性のある作品へとアップデートしていいます。タイトルのネタ元は、ハンナ・アーレントが『ザ・ニューヨーカー』に寄稿したアイヒマンの裁判記録の副題。しかもNPO団体所蔵の絵画に筆を加えて寄贈したことで、チャリティ活動にもなっています」(鈴木沓子)




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映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』
渋谷シネクイント、渋谷アップリンクほか全国順次公開中

監督:クリス・モーカーベル
提供:パルコ
配給:アップリンク、パルコ
宣伝:ビーズインターナショナル
2014年/アメリカ/81分/カラー/16:9/DCP


公式サイト


▼映画『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』予告編




『バンクシー・イン・ニューヨーク』

書籍『バンクシー・イン・ニューヨーク』
著:レイ・モック 翻訳:毛利嘉孝、鈴木沓子
発売中

現地の凄腕グラフィティ・ライターが、バンクシーのニューヨークでの活動に完全密着。撤去された作品も全て見られる貴重な作品集/ルポルタージュ。

2,376円(税込)
パルコ出版

Amazonでの購入は下記より
http://www.amazon.co.jp/dp/4865061606/

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