骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2016-04-07 21:10


“母子監禁”からの脱出と新しき世界―監督が語る映画『ルーム』の作り方

アカデミー主演女優賞受賞、監督は『FRANK-フランク-』のレニー・アブラハムソン
“母子監禁”からの脱出と新しき世界―監督が語る映画『ルーム』の作り方
映画『ルーム』より ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

アイルランド出身の作家エマ・ドナヒューによる世界的ベストセラー『部屋』を『FRANK -フランク-』のレニー・アブラハムソン監督が映画化した映画『ルーム』が4月8日(金)より公開。webDICEではアブラハムソン監督が製作の経緯を語ったインタビューを掲載する。

息子のジャックとともに閉じこめられた部屋で暮らすことを強いられ、脱出を図る母親を『ショート・ターム』のブリー・ラーソンが演じ、本年度のアカデミー賞主演女優賞を受賞している。インタビューにもあるように、緊張感溢れる脱出劇を経て、7年間の監禁から開放されたふたりがどのように世界で生きていくか葛藤する親子の姿にアブラハムソン監督は焦点を当てている。不安を抱えながら息子と生きていくことを決意した母親を演じたブリー・ラーソンのみならず、彼女を支える勇気ある少年ジャックに扮した、撮影当時弱冠8歳のジェイコブ・トレンブレイの堂々たる演技にも注目してほしい。

原作者へ映画化への思いを伝え説得

──原作を読んで監督に決まるまでの経緯を教えてください。

長年の製作パートナーであり良き友達でもあるエド・ギニーと気になる小説はないかといろいろ探していた時、小説『部屋』を知りました。読み終えるなり、これは特別な本だと思いました。本が大評判となったから、だけではなく、人々、育児、広い世界そのものについて人の心を動かす要素を見出したのです。映画製作者として、親として、かつて子供だった者として、本能的に小説に衝撃を受けました。とても強い直感で映像が目に浮かびました。あまりにも強い想いだったので、原作者のエマ・ドナヒューに実際に会うよりはるか前から、頭の中で彼女と会話をしてしまったくらいです。心の中ではすでに映画を作り始めていて、実現していないことに憤りを感じたほどでした。だからせめてきちんと、もれなく、情熱を持って伝えるべきことを伝えるために、彼女へ手紙を送るべきだと思ったのです。

映画『ルーム』レニー・アブラハムソン監督 ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015
映画『ルーム』レニー・アブラハムソン監督(左)とジャック役のジェイコブ・トレンブレイ(右) ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

腰を下ろして書き始めてみると、次第に本全体の分析へと内容は発展し、製作者の落とし穴となりそうな点、どのようにそれを防ぐかを整理していました。私の強みは映画製作者としては分析好きという点です。エマに彼女の本をスクリーン上でどのように魅せるべきか説明する準備はできていましたので、彼女が心を開いてくれることを期待していました。

彼女からは「すぐには決断できない」という返事がありましたが、他の映画製作者も関心を寄せ始め、彼らの考えを聞くにつれ、私の手紙に記された具体的な内容をより意識するようになったことが、私にとって朗報でした。並行して私が映画製作者としての評判をあげていけたことも、悪くない影響を与えたのではないでしょうか(笑)。

──映画化が決まってからは、どのように進めていったのでしょう?

私と会社エレメント・ピクチャーズがエマを口説き落とした後、出資会社が決まり、米国の配給会社、カナダの製作会社の参画が決まりました。私たちはクリエイティブなプロセスを理解している人々に守られた空間で、製作に取り組むことができました。とても、とても協力的な環境であり、それこそが今回のような映画を作る唯一の方法なのです。

エマも私自身も、世界的ベストセラーになった小説を、どうやってスクリーンで表現するかが最大の問題でした。ある意味で、多分最初に本を読んだ時から答えの予感はあった気がします。5歳のジャックの言葉で表現されている出来事を想像しながら、スクリーンの中の彼を感じることができました。映画も一人の視点からの語りを力強く表現しますが、ただ、文字ほどストレートではなく、もっと柔軟に伝えることができます。うまくいかないんじゃないかと思うことも幾度とありましたが、何が起きても当初の狙い通り、明らかに型にはまったテクニックや、あからさまに主観的な目線からの撮影スタイルは避けました。それらは真実味を損ない、私たちをジャックから遠ざけてしまうだけです。

映画『ルーム』より ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015
映画『ルーム』より、ジャック役のジェイコブ・トレンブレイ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

小説に忠実に一人称で映像化すると、この本を特別なものにしているポイントである、閉じ込められた少年ジャックへの親近感が損なわれてしまいます。エマも快く理解を示してくれたので、後で数ヵ所ナレーションを追加しましたが、それでも最低限に抑えています。もちろん、それでもジャックがストーリーの中心です。いくつかの選択肢がありましたが、私たちは彼から離れず、よって彼が登場しないシーンはありません。どのように彼を見せるか、彼の表情をどのように捉えるか、彼が周りの大人の会話のどの部分に注意して聞くのか、というより深いところに選択肢があります。映画には小説とは異なる「間」や様々な声のトーンがあり、それぞれが表現の手段となります。それに表情があります、ジャックの表情が。彼が彼の周りで起きるドラマや危険の意味を理解しようと、遊んだり、聞いたり、考えたりする表情を近くで捉えています。私たちが大人目線でその子への思いやりを同時体験できた時には、得も言われぬ気持ちになります。

映画『ルーム』より ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015
映画『ルーム』より、ママ役のブリー・ラーソン(左)とジャック役のジェイコブ・トレンブレイ(右) ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

ジャックとママに深く共感すれば、より広い感情の余波を感じられる

──製作においては、その他にどんな点に気を配りましたか?

私は自分の直感を、そしてストーリーの力を信じていました。だから曖昧にしなかったのです。小技は使いませんでした。ただ、彼らのストーリーについてより広く風刺的な、悲劇的な、社会的な、心理的な、家族の洞察を加えるのと同時に、感受性を最大にして主人公のふたりが感じていること、彼らを危険にさらしていることの詳細を捉えるように心がけました。無難で曖昧な幼少期の宇宙から危険と不確実な大人の世界へと移ること、そして親としての役目に関して、エマの傑作ではより寓話的に描かれている側面を、私は若干強調するのと同時に、リアルに感じられるよう務めました。それにより、観客は強要されることなくふたりの感情を感じ取れ、より力強く描写できるからです。

アニメなど典型的な方法を使って、こちらが意図した通りにジャックの主観性を表現する方法でこのストーリーにアプローチするのはとても簡単なことです。でも、私はその方法は違うと感じていました。この出来事が実際にママとジャックに起きていると認識できる自然さを失ったら最後、そのストーリーが持つ潜在的な力強さも失ってしまうと思いました。

映画『ルーム』より ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015
映画『ルーム』より、ママ役のブリー・ラーソン(右)とジャック役のジェイコブ・トレンブレイ(左)©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

映画製作者としての私は、一旦世界を作ったら、そこに人を入れ、行動を形作り、ただ後ろに立って心を開いて誠実に見ているだけで、すごい力が生まれてくると信じているんです。『ルーム』の場合、その話が根本的に真実だと感じられる限り、観客がジャックとママに深く共感すれば、より広い感情の余波を感じられるとわかっていました。『ルーム』は、ストーリーの詳述以外の部分に大きな余韻があり、偉大なおとぎ話がもつ寓話的な力があります。しかし、これを中心に据えると映画自体が死んでしまうのです。映画製作者に説明されるよりも、実際に観客がその世界にいるような気持ちになって、自分自身で発見する方が、一層パワフルだというのが私たちの考えなんです。

映画『ルーム』より ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015
映画『ルーム』より ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

どうやって幼少期を終え大人の人生と向き合うか

──ジャック役の子役探しには苦労しましたか?

私たちが求めるジャックを見つけられるか心配して眠れない夜もありました。この部分は、常に最大の予測不可能な部分でした。ジャックは5歳という設定で、その年頃ならではの難しさがあります。通常多くの子役には、単に本来の彼らのままでいることを望むことが多いのですが、ジャックの役には演技ができる俳優が必要でした。しかも大人にはまだなりきっていない子供です。そしてその年頃の子供にそういうものを求めるなんて、ほぼ不可能なことでした。

実際にジャック探しは大変なもので、膨大なテープとオーディションをチェックして、選んだ子役が成長の次の段階に突入してしまっているようなことがないように、撮影が始まる数ヵ月前から探し始めました。私は素晴らしい子供たちにたくさん出会い、たくさんの子供を気に入ったし、彼らに可能性を見出せました。でも、ジャック=ジェイコブ・トレンブレイがやって来た時、ひときわ目立っていたのです。だって彼はチャーミングでスウィートなだけでなく、俳優として素晴らしい技術を持ち合わせていたのです。まるでカジノで大金を当てたような気分でした。警報は鳴り止み、天井からキラキラと光が落ちてきたように思えました。

映画『ルーム』より ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015
映画『ルーム』より、ジャック役のジェイコブ・トレンブレイ ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

──ジェイコブ・トレンブレイくんへの演出については?

私は他の大人たちに話すように子供たちにも話すことが大切だと思っています。そしてその方法はジェイコブとのやりとりでは功を奏しました。私たちは彼のキャラクターについて、そのシーンで何が起こっているのか、真剣に話し合いました。もちろんジェイコブの年齢の子供が理解できる言葉・表現を使ったけれどね。ジェイコブは真っさらな純真さ、そして並外れた忍耐力とやる気ももっていたので、撮影を楽しむことができていました。時にはナーバスになるときもあったけど、撮影の最後にはセットを下着一枚で駆け回って、撮影クルーと手品をして遊んだりもしていました。また、ブリーとジェイコブは多くの時間を一緒に過ごし、深い絆で結ばれていました。ブリーがジェイコブの微妙なリアクションをうまく引き出すことができるほどにね。この映画は、ブリーがジェイクへの気遣いをしながらも、卓越した感情むき出しの繊細な演技ができるということを証明しています。ブリーは全く私欲的じゃないんだ。「彼女がジェイコブとのシーンを共同監督しているようだ」と、彼女に言ったこともあります。

──ではブリー・ラーソンは適役だったのですね。

ジャック探しをかなり心配していたけど、もしもブリーをキャスティングできていなかったら、この映画は今ある姿にはなっていなかったと思います。彼女は能力が高く、労を惜しまないのです。彼女以外の女優だったら、あれほどまでに感情的な真実味を体現したママを生むことはできなかったでしょう。

映画『ルーム』より ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015
映画『ルーム』より、ブリー・ラーソン ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015

──今作のポイントは後半にあると思います。ふたりが開放されてから、新たな物語がスタートするような印象があります。

「ここで話は終わったと思うだろうけど、さあ息を吸って」と伝えるのは面白いことです。ふたりが閉じ込められたあの部屋から出られただけで、問題の深層は解決されたわけじゃない。ジャックとママはまだ自由になれたわけじゃない。彼らを解放してあげるために、映画の後半があるんです。前半部分では、ママとジャックにとっての問題は、ふたりを閉じ込めた男・通称オールド・ニックだけだった。しかし、後半では、問題はもっと大きなものになります。それは私たちみんなが直面している、または、直面したことがある問題です。最悪なこととどう対峙するのか、そしてその世界でそれでも生きていくのか?どうやって心地よい単純な幼少期を終え、混沌とした大人の人生と向き合うのか?子供と自分に変化が訪れた時、親としてどうやって関係を再構築するのか?それが私たちが伝えたかったことなのです。

──ラストシーンについては、監督はどのような意見を持っていますか?

エマの小説は偉大で、そのシーンでジャックが母親に自分の視点からものを見せ、それが彼にどれほどの意味をもつかを伝えていることにより、リアリティが感じられました。この部屋はとても小さく見えるけれど、そこでの体験はとてつもなく大きなものだったと。ラストシーンを過剰に音楽で盛り上るべきじゃないと思っていました。お涙ちょうだい的なシーンではく、感情豊かなものにしたいと思いましたので、繊細な作業が必要でした。ブリーとジェイコブの演技が信じられないほど感動的でしたので、このシーンは真実味を帯びさせたかったのです。

(オフィシャル・インタビューより)
映画『ルーム』より ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015
映画『ルーム』より、ママの母親ナンシー役のジョアン・アレン(右)、ママ役のブリー・ラーソン(中央)、ナンシーの新しいボーイフレンド、レオ役のトム・マッカムス(左) ©ElementPictures/RoomProductionsInc/ChannelFourTelevisionCorporation2015



レニー・アブラハムソン(Lenny Abrahamson) プロフィール

1966年、アイルランド、ダブリン生まれ。トリニティ・カレッジで物理と哲学を学び、卒業後はカリフォルニアのスタンフォード大学で学ぶ。初めて手掛けた短編映画『3Joes』(91)で高く評価される。世界各国で数多くのCMを監督した後、『アダムとポール』(04・未)で長編映画監督デビューを果たし、いきなりアイルランド・アカデミー賞の8部門にノミネートされ、監督賞に輝く。続く『ジョジーの修理工場』(07)ではカンヌ国際映画祭でC.I.C.A.E.賞を受賞、アイルランド・アカデミー賞でも11部門にノミネートされ、作品賞、監督賞を含む4部門で受賞する。『WhatRichardDid』(12)はトロント国際映画祭でプレミア上映され、アイルランド・アカデミー賞10部門ノミネート、作品賞、監督賞を含む5部門を獲得する。ドーナル・グリーソン、マイケル・ファスベンダー、マギー・ギレンホールが出演した『FRANK-フランク-』(14)は、サンダンス映画祭でプレミア上映され、アイルランド・アカデミー賞9部門ノミネート、監督賞を含む3部門で受賞する。アイルランドでは絶大なる評価を獲得していたが、本作がゴールデン・グローブ賞作品賞、アカデミー賞作品賞と監督賞にノミネートされ、一躍世界の映画界の未来を担う監督として注目されている。




映画『ルーム』ポスター

映画『ルーム』
4月8日(金)よりTOHOシネマズ新宿、TOHOシネマズシャンテ他全国公開

閉じこめられた[部屋]で暮らす、ママとジャック。体操をして、TVを見て、ケーキを焼いて、楽しい時間が過ぎていく。しかし、この部屋が、ふたりの世界の全てだった。ジャックが 5歳になった時、母は[部屋]しか知らない息子に本当の世界を見せるために命を懸けた脱出を図る。だが、二人が飛び込んだ現実の世界はあまりにも大きすぎた……。

監督:レニー・アブラハムソン
出演:ブリー・ラーソン、ジェイコブ・トレンブレイ、ジョーン・アレン、ウィリアム・H・メイシー
原題:ROOM
2015年/アイルランド・カナダ/118分/カラー/シネスコ/5.1ch/デジタル
字幕翻訳:稲田嵯裕里
提供:カルチュア・パブリッシャーズ、ギャガ
配給:ギャガ

公式サイト


▼映画『ルーム』予告編

レビュー(1)


  • 天見谷行人さんのレビュー   2016-07-31 16:44

    ルーム

    2015年5月6日鑑賞 そして「母になる」映画なのだ! 観終わってから、改めて本作の上映時間を調べてびっくり。 118分である。なんと2時間を切るのだ。 しかし体感としては、3時間ほどの超大作を観たのと、同じぐらいの「ボリューム感」が...  続きを読む

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