骰子の眼

cinema

東京都 中央区

2016-03-16 15:00


大切なのはエディ・レッドメインの中にある“女性”を解き放つこと『リリーのすべて』

『英国王のスピーチ』アカデミー監督トム・フーパーが語る製作秘話
大切なのはエディ・レッドメインの中にある“女性”を解き放つこと『リリーのすべて』
映画『リリーのすべて』より、リリー役のエディ・レッドメイン ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

1930年代に世界で初めて性別適合手術を受けたデンマーク人、リリー・エルベの人生を基にした小説『世界で初めて女性に変身した男と、その妻の愛の物語』の映画化『リリーのすべて』が3月18日(金)より公開。『博士と彼女のセオリー』で第87回アカデミー賞主演男優賞に輝いたエディ・レッドメインが主人公のリリーを演じ、妻ゲルダを演じたアリシア・ヴィキャンデルがアカデミー賞助演女優賞を受賞した。webDICEでは、『英国王のスピーチ』でアカデミー賞監督賞、作品賞など4部門を受賞し、本作で『レ・ミゼラブル』に続きエディ・レッドメインを起用したトム・フーパー監督のインタビューを掲載する。

肖像画家ゲルダを妻に持つ風景画家アイナーが、偶然女性用のストッキングと靴を穿いてゲルダの女性モデルになったことを契機に、内在する女性リリーを自覚する。エディ・レッドメインはその戸惑いと、リリーとして振る舞うことの喜びを繊細に演じている。アーティストとしてライバルでもある夫に嫉妬しながら、最初はゲームのように女性の服やメイクを提供する気丈なゲルダ。自分を愛せるようになるために果敢に性別適合手術に臨むリリーの姿をクライマックスに据えた構成になっていることで、ゲルダのリリーに対する葛藤よりも献身が強く印象に残る。

脚本を読んで3回泣いた

──毎回難しい題材を扱われていますが、今回はどのような経緯でこの作品を監督することになったのですか?この物語のどのような点に魅力を感じたのでしょう?

素晴らしい脚本に惚れ込んだところから全てが始まったんだ。ルシンダ・コクソンが2008年後半に書いた脚本で、当時私は『英国王のスピーチ』の準備の初期段階にいた。美しい脚本に深く感動したし、僕は感傷的な人間ではないけれど、読んでいる間に3回は泣いたよ。それから7年間ずっと映画化したいと思い続けて、やっと実現したんだ。

映画『リリーのすべて』トム・フーパー監督
映画『リリーのすべて』トム・フーパー監督

僕にとってこの作品は『英国王のスピーチ』と関連したテーマを持っている。現実の自分と理想の自分との間にある壁をどうやって乗り越えるかというテーマだ。この映画は、リリー・エルベという世界で最も早くジェンダー・コンファメーション・サージェリー(性別適合手術)を受けた人のひとりについての驚くべき物語で、リリーのトランジション(性別移行)の旅路を共にする妻との力強いラブ・ストーリーだ。深い部分で変容していくふたりの関係を描いている。

──特に、リリーの感情を丁寧に描いていますね。

この作品は素晴らしいラブ・ストーリーで、私自身とても感動したよ。どんな結婚生活や人間関係であれ、変化はつきものだと思う。この作品で描かれている結婚生活では特に、とても大きな変化が起こった。そんな変化に対して2人が真摯に向き合う様は、思いやりや優しさにあふれていて、とても感動的なんだ。

映画『リリーのすべて』より ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.
映画『リリーのすべて』より、エディ・レッドメイン(左)、アリシア・ヴィキャンデル(右) ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

──製作の初期段階では、リリー役に女優を起用することも考えましたか?

私が作品に参加する前の段階では、女優の起用も検討されていたようだ。 私は最初からエディ・レッドメインがいいと思っていたけどね。もちろん、女優の起用であれ何であれ、あらゆる可能性について柔軟な姿勢でいたけど、私は最初からエディが最適だと感じていた。

映画『リリーのすべて』より ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.
映画『リリーのすべて』より、エディ・レッドメイン(左)、アリシア・ヴィキャンデル(右) ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

──エディがベストだと考えた理由は?

エディと初めて一緒に仕事をしたのはヘレン・ミレン、ジェレミー・アイアンズ出演のテレビ・ドラマ『エリザベス1世 ~愛と陰謀の王宮』で、当時彼は22歳だった。このHBOのミニシリーズの中で、ヘレン・ミレン演じるエリザベス女王に対する反逆罪により、エディが死刑宣告を受けるシーンがあったんだ。その時、彼は驚くべき感情の変化を表現してみせたよ。あのエディの演技はすごくリアルだったし、彼がいかに素晴らしい俳優であるかに気づかされた。それから長い間、エディには私の作品で主役を演じてほしいと思っていたんだ。

初めて脚本を読んだ時、リリー役はエディしかいないと思った。脚本を渡したのは『レ・ミゼラブル』を撮影していた時だ。『レ・ミゼラブル』のバリケードのセットにいた時に脚本を渡した。「ぜひ参加したい」と言ってくれた。

映画『リリーのすべて』より ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.
映画『リリーのすべて』より、リリー役のエディ・レッドメイン ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

『レ・ミゼラブル』で彼はマリウスを演じた。彼が「Empty Chairs at Empty Table」(邦題「カフェ・ソング」)を歌うシーンは最高だったよ。エディがリリー役に最適だと考えた理由は、彼の並外れた演技力、あとは、彼の中にあるフェミニンな要素だ。彼はマーク・ライランスのシェイクスピア劇「十二夜」でヴァイオラという女性役を演じた経験があるから、そういったフェミニンな部分を追求してみるのも彼にとって興味深い経験になるんじゃないかと思ったんだ。

映画『リリーのすべて』より ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.
映画『リリーのすべて』より、ゲルタ役のアリシア・ヴィキャンデル ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

誰かに深く愛されることで、自分の本当の声を見つけることができる

──実際にリリーの姿をしたエディを見て、どのような印象を持ちましたか?まさにあなたが期待した通りのリリーでした?

エディにとって、不安は驚くべき意識のレベルとハードワークに駆り立てる燃料になる。彼は演じている時、自由だ。カメラが回った瞬間、その不安を完全に乗り越える事ができるのは、彼を偉大な役者にしている要素のひとつだ。

映画の中でリリーが初めて女性として外の世界に出た時、彼女は少し居心地が悪そうだった。それと少し似ているところがあって、エディも最初にリリーになった時は役に慣れようと努めていたよ。でも、これはエディと私が時間をかけて話し合ったことなんだが、彼がリリーを演じるというのは女性のマネをすることではなく、彼の中に存在する「女性」を解き放つということなんだ。だから、リリーが自分の中にある女性性をあらわにしたのと同様、エディの中にある女性的な部分を表現していくことにした。外見的なプロセスではなく、すでに心の中に存在しているものを表に出すという行為だったんだ。

映画『リリーのすべて』より ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.
映画『リリーのすべて』より、リリー役のエディ・レッドメイン(左)、ゲルタ役のアリシア・ヴィキャンデル(右) ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

──製作チームはイギリスのエルストリート・スタジオをベースに、ふたりが住んだパリのアパートなどのインテリアがそこに作られ、他にもイギリスの各地、コペンハーゲン、ブリュッセルでも撮影が行われたそうですね。

コペンハーゲンでは世界レベルの素晴らしいチームのサポートによって、ロンドンと同レベルのクオリティーで、同じペースで撮影を進めることができた。

コペンハーゲンにはある種の厳格さがあって、それがアイナーとして生きていたリリーがこの街にいたのだと直感的に教えてくれた。コペンハーゲンのシャーロッテンボー宮殿で撮影した舞踏会のシーンでは、協力してくれた画家やエキストラたちが素晴らしい演技を見せてくれたよ。トランスジェンダーのエキストラや役者も出演してくれた。コペンハーゲンの中心部には撮影に適した美しい場所がたくさんあって、僕のお気に入りはメイン・ハーバー。ニューハウンの近くにあるデンマーク王立芸術アカデミーも大好きだ。ふたりが実際に学んだ学校で撮影ができて興奮したよ。そこはふたりが出会った場所なんだ。

映画『リリーのすべて』より ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.
映画『リリーのすべて』より、エディ・レッドメイン ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

──リリーと妻ゼルダの関係についてはどのように考えていますか?

僕らの映画は、リリーとゲルダの非常に稀有な無条件の愛、寛容さ、思いやりを描いていく。ゲルダは愛の力で変化を可能にする。一方で、アイナーの画は題材のバリエーションが単調で陰気……いつも何かを閉じ込めている感じなんだ。

映画『リリーのすべて』より ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.
映画『リリーのすべて』より、リリー役のエディ・レッドメイン ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

──観客にはどのようなメッセージを届けたいですか?リリーのどのような面を感じてほしいと思いますか?

そうだね……最高の自分になる上での障害物に打ち勝つ最善の方法、かな。自分の本当の姿を見つけるベストな方法は、誰かに愛されることだ。誰かに深く愛されることで、自分の本当の声を見つけることができると思う。

当時、手術に踏み切った彼女がどれだけ勇敢だったかを強調したい。抗生物質やペニシリンなど存在しない時代で、感染症のリスクが高く、治療方法も確立していないから非常に危険だった。こんなリスクに立ち向かったなんて、リリーは並外れた勇気の持ち主だ。

(オフィシャル・インタビューより)



トム・フーパー(Tom Hooper) プロフィール

1972年イギリス・ロンドン生まれ。10代の頃から短編映画を制作し、ウェストミンスター・スクールを経てオックスフォード大学を卒業、在学中に舞台演出やテレビCMを監督し、1992年に15分の短編映画『ペインテッド・フェイス(Painted Faces)』でプロの演出家としてデビュー。1997年からテレビドラマを手掛け、2005年に『エリザベス1世 愛と陰謀の王宮』でエミー賞のミニシリーズ・テレビ映画部門監督賞を受賞した。2004年に『ヒラリー・スワンク・イン(IN)・レッド・ダスト』で映画監督としてデビューし、2009年に『くたばれ!ユナイテッド』の監督を務め、2010年にイギリス国王ジョージ6世を題材にした『英国王のスピーチ』で第83回アカデミー賞の監督賞、作品賞など4部門で受賞した。2012年、世界各地でロングランされていた同名ミュージカルの映画化『レ・ミゼラブル』を監督。アカデミー賞でアン・ハサウェイの助演女優賞をはじめとする3部門を受賞した。




映画『リリーのすべて』より ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.
映画『リリーのすべて』より ©2015 Universal Studios. All Rights Reserved.

映画『リリーのすべて』
2016年3月18日(金)全国公開

1926年、デンマーク。風景画家のアイナー・ヴェイナーは、肖像画家の妻ゲルダと共に公私とも充実した日々を送っていた。そんなある日、ゲルダに頼まれて女性モデルの代役を務めたことをきっかけに、アイナーは自分の内側に潜んでいた女性の存在に気づく。それ以来、“リリー”という名の女性として過ごす時間が増えていったアイナーは、心と身体が一致しない自分に困惑と苦悩を深めていく。一方のゲルダも、夫が夫でなくなっていく事態に戸惑うが、いつしかリリーこそがアイナーの本質なのだと理解するようになる。移住先のパリで問題解決の道を模索するふたり。やがてその前にひとりの婦人科医が現れる。

監督:トム・フーパー
脚本:ルシンダ・コクソン
出演:エディ・レッドメイン、アリシア・ヴィキャンデル、ベン・ウィショー、アンバー・ハード、マティアス・スーナールツ 他
原題:The Danish Girl
提供:ユニバーサル映画
製作:ワーキング・タイトル、プリティ・ピクチャーズ
2015年/イギリス、ドイツ、アメリカ/120分
配給:東宝東和

公式サイト

▼映画『リリーのすべて』予告編

レビュー(1)


  • 天見谷行人さんのレビュー   2016-07-27 13:08

    リリーのすべて

    2016年4月2日鑑賞 誰にも渡したくない、この余韻を 2016年春、早くも今年ナンバーワン!、と思える作品に出会えました。 「リリーのすべて」 私はとても良い作品だと思いました。 エンドロールでは不覚にも涙してしまいました。 世界で...  続きを読む

コメント(0)