映画『Maiko ふたたびの白鳥』より
ノルウェー国立バレエ団プリンシパルの西野麻衣子さんに密着したドキュメンタリー『Maiko ふたたびの白鳥』が2月20日(土)より公開。webDICEでは西野麻衣子さんのインタビューを掲載する。
麻衣子さんはトップダンサーとして最も充実した時期に子供が欲しい気持ちとキャリアの間で葛藤する中、妊娠。本作は、出産後、再び『白鳥の湖』の主役に挑戦するひたむきな姿を記録している。そして、麻衣子さんの仕事と育児への情熱はもちろん、「此の親にしてこの子あり 」という形容がふさわしい母親の西野衣津栄さんの一途なサポートと親子の関係を通して、トップバレエダンサーであり続けることの困難さを描いている。監督を務めるのは、本作が長編デビューとなるノルウェーのオセ・スベンハイム・ドリブネス。日本とノルウェーの社会保障制度の違いについても注目してほしい。
なお、西野さんがオスロのバレエスクールで教えていた3人の少年の奮闘を描くドキュメンタリー映画『バレエボーイズ』も全国公開中となっている。
母として、女性として、キャリアウーマンとして
──バレエを習い始めたきっかけを教えてください。
幼稚園を卒園間近の頃、叔父の結婚式に出席した際に、お嫁さんの妹さんが余興でバレエをなさったんです。忘れもしない「眠れる森の美女」。白いチュチュ姿にすっごく憧れたんです。すぐ母に「バレエをやりたい」と言いました。母も仕事を持っていたので、あまり遠くまでは送り迎えできない。そんなときたまたま近所に橋本先生の教室が開かれて。ここならおじいちゃんおばあちゃんに送り迎えしてもらって通える!ということでバレエを始めることができました。母はバレエ経験者ではないのですが、バレエを鑑賞するのが大好きだったので、内心大喜びだったと思います。
映画『Maiko ふたたびの白鳥』西野麻衣子さん
──子供の頃憧れていたバレエダンサーは誰ですか?
うーん……一人に絞るのはなかなか難しいですね。憧れはやっぱりまず橋本先生。それからイタリア人のアレッサンドラ・フェリさん。小学校高学年の頃、外国人のダンサーに憧れ、ロイヤルバレエのビデオで「ロミオとジュリエット」を繰り返し見て当時はまだ名前もわからず憧れていました。あと同じ世代の方ではフランスのシルヴィ・ギエムさんにも憧れていました。
──映画の中でも非常に仲良しで楽しそうな麻衣子さんの素敵なご家族について教えてください。
両親と2歳下の弟、4歳下の妹がいます。妹も中学生の時にひざを怪我してしまうまでバレエをしていて、教室には一緒に通っていました。弟はバレエは一切してませんけど(笑)。子供の頃は今は亡き父方の祖父母と一緒に暮らしていました。映画には母方のおばあちゃんも登場しています。
──子供の頃のご家族との楽しかった思い出を教えてください。
家族旅行によく行きました。一番心に残っているのは映画にも出てくる琵琶湖でのキャンプ。母方の親戚20人くらいで行きました。お母さん6人兄弟なんですよ。おじやおば、いとこたち皆ですごい大人数で。おじいちゃんがお魚を釣ってくれたり、バーベキューをしたり、すごく楽しかったです。
映画『Maiko ふたたびの白鳥』より
──15歳で英国ロイヤルバレエスクールに留学された経緯やその時のご家族の反応はどんな感じでしたか?
まず中学1年生の夏休みにハンス・マイスター先生に招待されてスイスのサマースクールに参加しました。ハンス先生の勧めもあり、当時から中学を卒業したらすぐに海外へ出ようと思っていました。日本の高校に行くことは全く頭になかったですね。両親は驚いたと思います。父親からは「もう3年くらい待ったら?」「高校を出てから考えてみたら?」と言われました。でも「ダメ」とは決して言われなかった。母親は小さい時からずっと交換日記をしていて私がどのくらいバレエが好きかということをよく知っていたので、すんなり受け入れてくれました。でも本音はわかりません。「本当に一人で行けるの?」という心配はあったと思います。私は英語の成績も最悪だったので (笑)。最終的にはスイス(のサマースクール)から帰ってきた私を見て何か違うもの、私の固い決意を両親が感じ取ってくれたのでしょう。
──15歳で日本を離れて単身留学中、「やめたいな」「帰りたいな」と思ったことはありますか?
「やめたい」とか「帰りたい」とか思ったことは一切ないです。先生のお家にお世話になっていて、炊事や洗濯を自分ですることも全く苦ではなかったです。ただやはり言葉で上手く自分の不安や悩みを言える相手がいないことが辛く、ホームシックにはなりました。当時まだ今みたいにインターネットが発達してなくて、メールやスカイプもできなかった。日本への電話もコレクトコールで1回6,000円くらい。週に1回だけと決められていて。なので1日に何回も母にFAXを送ってました。手紙や記念日のカードもたくさん書きました。やりとりした手紙やFAXは今でも全部取っておいてあります。
──映画をご覧になった方は皆パワフルなお母様のファンになってしまいます!ご自身で「ここは母親ゆずりだな」と思うところはありますか?
何でも100%でがっつりしてしまうところ!母として、女性として、キャリアウーマンとして、どの自分でも100%でパワフルに輝いていたい、という想いは母を見て育ってきたからこそだと思います。
映画『Maiko ふたたびの白鳥』より
有給で育児休暇が1年もらえるノルウェー
──ニコライさんは非常に理解のある旦那さまですね。
ノルウェーという国のお国柄や制度の良さも関係していると思います。ノルウェーでは有給で育児休暇が1年もらえます。その1年の期間をだんなさんと分け合うことができます。映画の中で描かれていますが、私は「白鳥の湖」での復帰を決めて、育児休暇中からトレーニングを開始しました。その分ニコライが5ヵ月間の育児休暇を取ってくれました。育児・家事とも本当にたくさん助けてくれています。お料理は私が大好きなので、私がしますけどね。子育てとバレエを両立していく上ではやっぱり旦那さんの理解が一番大きいですね。ダンサーはときにすごく自分中心。ニコライは私に必ず自分だけの時間をくれるんです。それはすごくありがたいです。舞台の前の日は「睡眠が大切だからぐっすり寝ておいで」と絶対に一人で寝かせてくれます。すごく理解してくれますし、優しいです。(※ニコライさんのお母様はオペラ歌手で、舞台に立つ前のアーティストの気持ちをよく察してくれるそう)
映画『Maiko ふたたびの白鳥』より
──そんな素敵な旦那さまニコライさんとの馴れ初めを教えてください。
ニコライは7歳年上でオペラハウスの映像と音響の総監督をしています。2002年のツアーのときに声をかけられたことがきっかけです。以前から当時舞台裏で音響をしていた彼の存在は知っていたのですが、話をしたことはなくて。ツアーのときにはじめて一緒にお茶する機会があり、2004年の5月からおつきあいをはじめました。はじめてのデートはピクニック。ノルウェーにうさぎがいっぱい住んでる島があるんですよ。ニコライに誘われて船に乗って行きました。そしてその年の10月にはもう婚約しました。お付き合いを始めて1ヵ月もたたない頃に夏休みで日本に一人帰省したのですが、関空に着いた私の顔を見たとたん迎えに来た母はピンときたらしいんです。私の顔が違ってたみたいで。「恋してるでしょ?」って。スカイプでニコライを両親に紹介すると「優しそうなスマイルの人やね」と言われました。
──お子さんが欲しいと思い始めたのはいつ頃からですか?
子供のころからずっと「お嫁さんになりたい、ママになりたい」と思っていました。ママの真似がしたかったのかな(笑)。いつも絶対にスーツを着ていてキャリアウーマンな母はかっこよくて憧れでした。学校行事にスーツで駆けつけてくれると仕事帰りのママを皆に見せられるのがうれしくて。自慢のママですね。
──子供を持つことについてどのくらいの期間悩まれましたか?
時期については悩みました。父方の祖母を3~4年前に亡くしたとき、突然「ママになりたい」という思いが強くなったんです。ただそのときは長年のパートナーだったリチャードの引退の時期で、自分のキャリアの中で一番大事な時期を失うことはできなかったんです。そのときの自分にはまだママになる準備ができていないのかなと感じました。でもいずれはママになりたいという気持ちをニコライに話しました。ただバレリーナとして生きてる以上、「今ならいい」という時期はない。何歳で産んだとしてもキャリアの中で何かしら落としてしまうものはあります。祖母を亡くしたときは、母親になりたいと強く感じたものの、キャリアがやはり大事でした。実は妊娠は予期していなかったんです。その頃すごく大変な演目を踊っていて。検査結果を見てもこんなにガリガリなのに妊娠してるなんてとても信じられなかった。でも初めてエコーを見たとき「ああママになるんだ」と実感し、今だったらがんばってママにもなれると思いました。出産までもすごく元気でつわりもまったくなくて妊娠5ヵ月まではお腹も目立たなかったので普通に舞台に出てました。
映画『Maiko ふたたびの白鳥』より
──妊娠中から必ず復帰するという決意はしていたんですか?
必ず復帰する気持ちはありましたが不安もありました。自分が元気でも産まれた赤ちゃんがもし元気じゃなかったら、自分の復帰のことだけを考えるわけにはいかないですしね。でも母子ともに健康で順調に行けば「白鳥の湖」で復帰したいという思いはずっとありました。なのでトレーニングも出産2日前まで毎日していました!アイリフが2週間早く生まれてきたっていうのもあるんですけど(笑)。つわりもゼロで。もともと母にはあと2週間だからゆっくりしときって言われててトレーニングしてることを内緒にしてたんです。陣痛が来たらすぐに電話する約束でした。でも翌朝いきなり破水して、病院へ行ったら電話をさせてもらう間もなくすぐ分娩台に連れてかれて緊急出産。2時間後にお母さんに電話しました。「お母さん、産まれた」「は?病院行く前に電話してって言うたやんか」「いや病院着いたらもう8センチ開いててん」てやりとりしてたら「あんた嘘ついてんの?」って言われたのでアイリフを見せて「冗談ちゃうよ。産まれてるよ。ほらほら~」ってね。そのとき母はすごく麻衣子は自分に似てるなと思ったそうです。
──日本は福祉や少子化対策の面でまだまだ遅れていて、今世間で「マタハラ」という言葉が急速に認知されてきています。
日本もだいぶ改善されてきたって聞きますけど、ノルウェーはやっぱりかなり進んでますね。「セクハラ」は知ってるけど「マタハラ」って何ですか?(※「マタハラ」の説明を聞いて)信じられない!ノルウェーでは捕まりこそしないですけど絶対有り得ないですね。ノルウェーでは男の人と女の人は平等なんです。仕事を持つ女性がすごく多いですし、育児も男女一緒。通常父親には育児休暇が3ヵ月与えられます。これは法律で決まっていて絶対にとらないといけません。そしてニコライみたいに母親の分の育児休暇を父親がプラスしてとることもできる。夫婦合わせて10ヵ月の育児休暇をとらなければいけないんです。ノルウェーはすごく家族の時間を大切にする国ですね。
──映画の中で、バレエ団の仲間に妊娠したことを打ち明けたときに皆が心から祝福している様子が非常に印象的でした。日本の社会しか知らない立場からすると職場で妊娠を報告すると、まず仕事は続けるのか、辞めるのか、という話の流れになってしまう気がして、勝手に身構えてしまったのですが。打ち明ける際に緊張や不安はありましたか?
それは母にも言われました!3ヵ月になる前にダンサーの皆に伝えるより先に監督とバレエマスターにだけまずは伝えました。本当は安定期に入るまで言いたくなかったんですけど、バレリーナってレオタード姿なんで、体の変化がすぐにわかっちゃうんですよね。北欧のバレエ団というのは受け入れてくれる環境がすごく整っていると思います。ノルウェー国立バレエ団ではママでバレエダンサーの方いっぱいいますよ!3人の男の子のママもコール・ド・バレエとしてまだ踊ってますよ!
──同じバレエ団のママダンサーの方たちと育児の情報交換などしますか?
アドバイスは色々もらいますよ。彼女たちからはやはり「『白鳥の湖』でプリンシパルとして復帰というのはかなり大変だと思うよ」と言われました。母乳をあげると体力が奪われるし「白鳥の湖」は難しい役なので。「本当に白鳥で復帰しないといけないの?」と何回も言われました。映画の中に出てくる彼女とは楽屋もずっと一緒で私の性格もよくわかってるので最終的には「麻衣子がそうしたいなら100%でやればいいよ」って背中を押してくれました。
映画『Maiko ふたたびの白鳥』より
──お母様からも「トップじゃないといけないの?」と言われるシーンがありましたね。
それは私にとって一番ショックなコメントでした。「ママだって子供ができたからって仕事辞めてないじゃない!だから私だってできる!」って意地で言ったのを覚えています。子供3人生んでもバリバリ仕事をしてきた母みたいに家庭も仕事も100%で臨みたいという気持ちがありました。
トライする女性を国はサポートするべき
──ワーキングマザーにとって助かる制度、政策があったら教えてください。
妊娠中のケアや出産には費用は1円もかかりません。子供は14歳くらいまで小児科も歯医者も医療費は何もかもタダです。ヘルスケアにはとても恵まれています。
──出産後トレーニングやレッスンをしていく中で大変だったことを教えてください。
お腹が大きくなるまでトレーニングをしてたので、身体のバランスが変わってしまっていて、一からバランスを探していくのがすごく大変でした。また母乳をあげてたので体力的には疲れやすくて。よく授乳しながら寝てましたね。長いリハーサルのときに胸が張って痛くなってしまうとニコライと一緒にアイリフがレッスン場に母乳を呑みに来てくれて私を助けてくれました。
映画『Maiko ふたたびの白鳥』より
──二人目のお子さんについて考えますか?
欲しいですね。今はまだ踊りたいですし、4年間くらいはアイリフ一人を可愛がってあげたい。でも自分も弟と妹がとても大切ですし、ニコライにも弟がいるので、アイリフにも弟か妹ができるといいなと思います。
──お子さんを産んでよかったなと思う一番の瞬間はどんなときですか?
もちろんアイリフを抱いた瞬間ですかね。舞台が終わって家に帰ってアイリフがいる。やっぱり今は自分のためだけに踊っているのではないという思いがあります。自分のため、お客様のため、そしてアイリフに「ママはこうやってがんばっていたんだな」ということを認識してほしいという気持ちが加わって、だからこそすごくがんばれます。
──今、キャリアをとるのか、子供を産むのか、で悩んでいる女性は多いと思います。何か日本の女性にアドバイスをお願いします。
今、日本の女性はすごくパワフルだと思います。皆が皆、仕事と育児の両立を目指すべきかどうかはわからないけれど、両立したい気持ちがあるのであればまずはトライして欲しい。大変かもしれないし、止むを得ない状況に直面することもあるかもしれないけれど。そしてトライする女性を国はサポートするべき!あと出産前に日本の妊婦さんのための本を読んで、日本では一般的な「里帰り出産」というものについて初めて知ったんですけど、生まれたばかりの赤ちゃんと父親の間に始めから距離をつくってしまうのは何か変ではないですか?自分のお母さんからのサポートはありがたいしもちろん必要ですが、夫婦が初めて両親になる奇跡的で一番エキサイティングな時期をできれば夫婦二人でそろってスタートしてほしいな。
(オフィシャル・インタビューより)
西野麻衣子(Nishino Maiko) プロフィール
大阪生まれ。6歳よりバレエを始め、橋本幸代バレエスクール、スイスのハンス・マイスター氏に学ぶ。1996年、15歳で名門英国ロイヤルバレエスクールに留学。1999 年、19 歳でオーディションに合格し、ノルウェー国立バレエ団に入団。2005年、25歳で同バレエ団東洋人初のプリンシパルに抜擢される。同年、『白鳥の湖』全幕でオデット(白鳥)とオディール(黒鳥)を演じ分けたことが高く評価され、ノルウェーで芸術活動に貢献した人に贈られる「ノルウェー評論文化賞」を受賞。2008年4月に新国立オペラハウスのこけら落とし公演で主役を演じた際には、ハーラル5世ノルウェー国王のご臨席も賜った。2009年には同年新設されたトム・ウィルヘルムセン財団オペラ・バレエプライズを授与された。現在も同バレエ団の永久契約ダンサーとして精力的に活躍中。
映画『Maiko ふたたびの白鳥』
2016年2月20日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBIS GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー
監督:オセ・スベンハイム・ドリブネス
出演:西野麻衣子
原題:MAIKO: DANCING CHILD
2015年/ノルウェー/70分/英語・ノルウェー語・日本語
配給:ハピネット/ミモザフィルムズ
公式サイト:http://www.maiko-movie.com/
公式Facebook:https://www.facebook.com/MaikoDancingChild.jp/
公式Twitter:https://twitter.com/MaikoDC
▼映画『Maiko ふたたびの白鳥』
映画『バレエボーイズ』
2月27日(土)よりシアタードーナツ・オキナワ、
3月5日(土)よりフォーラム山形にて上映、全国順次公開
映画『バレエボーイズ』より
監督:ケネス・エルヴェバック
出演:ルーカス・ビヨルンボー・ブレンツロド、シーヴェルト・ロレンツ・ガルシア、トルゲール・ルンド、他
配給・宣伝:アップリンク
2014年/ノルウェー/75分/カラー/英題:BALLET BOYS
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/balletboys/
公式Facebook:https://www.facebook.com/balletboys.jp/
公式Twitter:https://twitter.com/balletboys_jp