映画『ディーパンの闘い』より © 2015 - WHY NOT PRODUCTIONS - PAGE 114 - FRANCE 2 CINEMA - PHOTO: PAUL ARNAUD
『預言者』『君と歩く世界』などを手掛けるフランスのジャック・オディアール監督の新作で、2015年の第68回カンヌ国際映画祭で見事パルムドールに輝いた『ディーパンの闘い』が2月12日(金)より公開。webDICEではオディアール監督のインタビューを掲載する。
家族を殺されてしまった、スリランカの反政府組織「タミル・イーラム解放の虎」の兵士ディーパンは、見ず知らずの女性ヤリニを妻と偽り、9歳の少女イラヤルとともにフランスへ渡る。強制送還を逃れるために偽造家族として暮らすことを決めた3人。ディーパンはパリ郊外の集合住宅の管理人に、ヤリニはそこに住む老人の介護という職を手にするものの、団地にたむろする麻薬密売グループの抗争に巻き込まれてしまう。タミル語と片言のフランス語しでしか語ることができず、堅物と揶揄されるディーパンは、フランスでの暮らしに馴染もうとコミュニケーション能力を身につけていくものの、その一方で兵士としての闘争心が次第に露わになっていく。
主人公ディーパンを演じたアントニーターサン・ジェスターサンは作家であり、スリランカ内戦の元兵士だった経歴を持つ人物で、今作が初演技となる。彼を主役に抜擢したオディアール監督は、現在ヨーロッパで議論を呼んでいる人種・宗教・移民問題をベースに、これまでの作品でも一貫してモチーフとしてきた人間の本能、動物的な衝動をディーパンの姿を通して描いている。
演技未経験のディーパン役アントニーの意見に耳を傾ける
──映画はスリランカのシーンから始まりますが、今回なぜスリランカという国を選ばれたのですか?
脚本家のノエ・ドブレが紹介してくれた、BBCの『No Fire Zone: The Killing Fields of Sri Lanka』(13)というドキュメンタリーがきっかけでした。それまでわたしはスリランカのことは紅茶の国、というぐらいで、何も知りませんでした。でも彼が80年代に起こった内戦のことや、その番組を紹介してくれました。
映画『ディーパンの闘い』ジャック・オディアール監督
フランスではスリランカの内戦のことはほとんど知られていません。スリランカはもともと英国の植民地でしたし、フランスとはほとんど繋がりがない、とても遠い国だった。でもスリランカのことを知って、すぐにとても興味を持ちました。それからどんどんイメージが広がっていったのです。ドキュメンタリーを観たあと、パリのタミル人のコミュニティについてリサーチしました。元兵士にも会いました。彼らは最初、とても用心深かった。でも何度も会っているうちに、みんな打ち解けて話してくれるようになりました。兵士たちと民間人の距離は決して近くありません。ちょうど映画のなかの前半でディーパンとヤリニがそうであったように、相容れない距離があるのです。
映画『ディーパンの闘い』より © 2015 - WHY NOT PRODUCTIONS - PAGE 114 - FRANCE 2 CINEMA - PHOTO: PAUL ARNAUD
──ディーパンを演じたアントニーターサン・ジェスターサンは、プロの俳優ではないわけですが、彼を器用しようと思った理由と、プロの俳優ではない人を主人公にするのは、はじめてだと思いますが、いままでの演出方法と違ったところはありますか。
それこそわたしが望んだことです。つまりこれまでと異なるやり方で仕事をしたかった。タミル人のプロの俳優ではない人々と仕事をすると決めた時点でそれは必然であり、欲求でもあったわけです。お互い言語がわからないなかで、平等の立場で働きたかったのです。
ですから必然的に現場で変化していくことがたくさんありました。それは前作の、『君と歩く世界』とはまったく異なるやり方でした。結果的に適切な方法だったと思います。というのも、プロではない彼らはシナリオに根ざすよりも、その場で自然にやりとりをしながら作っていった方がやりやすかったように思うからです。リハーサルではなく、現場で彼らの意見に耳を傾けながら作っていきました。彼らはとても反応が鋭かったです。
映画『ディーパンの闘い』より、ディーパンを演じたアントニーターサン・ジェスターサン © 2015 - WHY NOT PRODUCTIONS - PAGE 114 - FRANCE 2 CINEMA - PHOTO: PAUL ARNAUD
オーディションの時、アントニーターサンの傷だらけの肉体に宿る、ある種のチャーミングさ、無頓着さに惹かれて彼を選んびました。ただ早い段階で、それだけではだめだと気がつきました。彼とは違う立ち姿、もっと堂々たる雰囲気が必要でした。ゴミ箱を押して移動させる時も、戦士のように押してほしかった。管理人のようにではなくね。
すごく刺激的な体験でした。たとえ不安を感じることはあったとしてもね。言葉で理解しあえないというのは素晴らしいことです。演技指導という決まりごとが空疎に思えるほどの事を学びました。
映画『ディーパンの闘い』より © 2015 - WHY NOT PRODUCTIONS - PAGE 114 - FRANCE 2 CINEMA - PHOTO: PAUL ARNAUD
──出演者たちの意見を聞きながら、ということは、撮影期間は必然的に長くなりましたか。
というわけでもないですよ。まあ必要な期間だけ掛かったとでも言えるでしょうか。この映画は、インドやパリ郊外などいろいろなところで撮影しましたが、トータルで約9週間でした。
──共同脚本のノエ・ドブレとトマ・ビデガン、カメラマンのエポニーヌ・モマンソー、音楽担当のニコラス・ジャーなど、いままでの作品と違い、若いスタッフと本作は一緒に制作しています。今回、新しいスタッフとの仕事はあなた自身にとってそして映画にとって、どんな影響を及ぼしましたか。
まず音楽についてですが、とくに新しい人とやりたかったという気持ちがありました。最初の時点でわたしは、どんな音楽がどのぐらい欲しいか、イメージが浮かばなかった。それで作曲家と臨機応変な関係を必要としました。もちろんこれまでやってもらったアレクサンドル・デスプラも大好きです。でも今回は彼のやり方──彼はどちらかというと、ここはこういう雰囲気ときっちり決めてくる方なので、それよりもいつでも変更可能な柔軟性が欲しかった。それで異なるアプローチの作曲家にしたのです。
映画『ディーパンの闘い』より、ヤリニ役のカレアスワリ・スリニバサン(左)、麻薬密売グループを率いるブラヒム役のヴァンサン・ロティエ(右) © 2015 - WHY NOT PRODUCTIONS - PAGE 114 - FRANCE 2 CINEMA - PHOTO: PAUL ARNAUD
最初にストーリーの大枠が自分の頭にあったことはたしかですが、それでもわたしの直感として、この作品は制作の過程で大きく変化するだろうと予想していました。撮影、編集、さまざまな段階で自然な形で進化するだろうと。むしろそれがわたしの願いでもありました。基本の設定をもとに、できる限り柔軟な形をキープし、あらかじめ決めすぎることはせずに自由に変化していく。カンヌ国際映画祭に出品が決まったときは、じつはまだ作品は完成していませんでした。カンヌに決まったことで、やっと完成させることになったと言ってもいいかもしれません(笑)。
映画『ディーパンの闘い』より、ヤリニ役のカレアスワリ・スリニバサン(左)、ディーパン役のアントニーターサン・ジェスターサン(右) © 2015 - WHY NOT PRODUCTIONS - PAGE 114 - FRANCE 2 CINEMA - PHOTO: PAUL ARNAUD
──毎回これで終わりだと決めるのは難しいですか。
今回はとくに難しかったです。もしカンヌに選ばれていなかったら完成させるのにもっと時間が掛かったかもしれません。
結果的にカンヌで認められたことで、本作はわたしにとって多くの自信をもたらしてくれることにもなりました。こういう撮り方が自分にできるのだという、確信を得ることができたのです。プロではない俳優たちを使い、あらかじめいろいろなことを決めすぎずに現場で進発展させていくやり方。実験映画ではなく、映画自体がラボラトリーのような実験で、最終的にどんな形になるのかを決めずにやっていくのです。わたしにとってはとても新しい経験でした。
映画『ディーパンの闘い』より、ディーパンたちを世話するユスフ役のマルク・ジンガ © 2015 - WHY NOT PRODUCTIONS - PAGE 114 - FRANCE 2 CINEMA - PHOTO: PAUL ARNAUD
仏テロ事件をとりあげるとしたらどんな形で描けるだろうか
──世界的に今、移民問題が大きな問題となっています。また、先日パリでおきたテロ事件。まさに本作は、現代のヨーロッパが抱える問題を予見していたかのような内容になっていますが、このような問題は、映画を製作する上でどのような影響を及ぼすのでしょうか。
じつは共同脚本家のトマ・ビデガンともそういうことを話し合いました。その質問にはちょっと角度を変えて答えたいと思います。我々が考えたのは、果たして明日、つまりテロが起こったあとに我々は『ディーパンの闘い』を作るかということ。答えはノンです。というのもそれは現実をなぞることになるから。映画は現実をなぞるものではない、それはもうクリエーションではなくなってしまいます。もしこれからテロのことを考えるとしたら、あの事件をとりあげるとしたらどんな形で描けるだろうか?答えは『ディーパンの闘い』とはまったく異なるものになるだろうということです。
映画『ディーパンの闘い』より、イラヤル役のカラウタヤニ・ヴィナシタンビ(左)、ヤリニ役のカレアスワリ・スリニバサン(右) © 2015 - WHY NOT PRODUCTIONS - PAGE 114 - FRANCE 2 CINEMA - PHOTO: PAUL ARNAUD
──次回作は、西部劇で、パトリック・デイヴィッド著「シスターズ・ブラザーズ」の映画化が予定されていると発表になっていますが、はなせる範囲でどのような作品になるのでしょうか。
脚本は『ディーパンの闘い』の前に書いていたものです。今回それを読み直して新たに少し書き直しています。ゴールドラッシュの時代を舞台に、ふたりの兄弟とある反逆者を描くものですが、西部劇というのはわたしにとって初の試みです。まだ全体のフォルムもわかりません。できれば来年の夏あたりから撮影に入りたいと思っていますがどうなるか。どこで撮影するかもまだはっきりしていません。
今日西部劇を作るとしたら、それは映画史、西部劇の歴史をあらためて振り返ることが必要でしょう、それによって今日、西部劇を作るということは何か、その価値はどこにあるか、といったことを考えることになるのです。それはたとえば自然や野生といったものへのノスタルジーなのか、エコロジー的な観点なのか、デモクラシーの誕生にあるのか、それを今わたしは考えているところです。
──最後に、日本には何度か、来日されていると思いますが、どのような印象をお持ちですか。
日本の文化は大好きです。もちろん日本食も(笑)。多くのフランスの映画監督が日本文化に関心を抱いていると思いますよ。どこに惹かれるか? その答えはロラン・バルトの著書、『表徴の帝国、記号の国』にあると思いますよ(笑)。たとえばバルト的に言うと、日本文化においてはさまざまな記号が集まって、それ自体がひとつの完成された記号になっているという印象があります。オブジェなどは、コンセプトというよりはプレゼンテーションにとてもこだわりがあるように感じられます。西洋の場合とかく意味付けが大事ですが、日本の芸術の場合は総合的な効果、印象が大事にされるように思います。
日本映画だと黒澤明、溝口健二なども好きですが、もっとも衝撃を受けたという点では小津安ニ郎でしょうね。彼のフレーミング、カメラを据え置いた長回し──これほど簡潔なものは観たことがありませんでした。
(オフィシャル・インタビューより)
ジャック・オディアール(Jacques Audiard) プロフィール
1952年4月30日、フランス生まれ。父親は、フィルム・ノワールのジャンルで数々のヒット作を手がけたフランス映画界を代表する脚本家ミシェル・オディアール。ソル ボンヌ大学で文学と哲学を専攻し、その後、編集技師として映画に携わるようになる。ジョルジュ・ロートネル監督「プロフェッショナル」(81)、クロード・ミレール監督『死への逃避行』(83)、エドゥアール・ニエルマン監督『キリング・タイム』(87)などの脚本に参加したのち、『天使が隣で眠る夜』(94)で監督デビュー。『預言者』(09)ではカンヌ国際映画祭グランプリを受賞ほか、これまで発表した作品は世界中の映画祭で高い評価を得る。また脚本家として ジェローム・ボワヴァン監督『バルジョーでいこう!』(92)、トニー・マーシャル監督『エステサロン ヴィーナス・ビューティ』(99)に参加。 そして本作では、コーエン兄弟、グザヴィエ・ドランら審査員たちの満場一致でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した。次回作は、西部劇でパトリック・デウィット著「シスターズ・ブラザーズ」の映画化が予定されている。ジョン・C・ライリーが出演予定、その相手役にハリウッドスターからのラブ・コールが後をたたない。
映画『ディーパンの闘い』
2016年2月12日(金)、TOHOシネマズ シャンテ、大阪ステーションシティシネマほか全国公開
映画『ディーパンの闘い』より © 2015 - WHY NOT PRODUCTIONS - PAGE 114 - FRANCE 2 CINEMA - PHOTO: PAUL ARNAUD
内戦下のスリランカを逃れ、フランスに入国するため、赤の他人の女と少女とともに“家族”を装う元兵士ディーパン。辛うじて難民審査を通り抜けた3人は、パリ郊外の集合団地の1室に腰を落ち着け、ディーパンは団地の管理人の職を手にする。日の射すうちは “家族”として生活し、ひとつ屋根の下では他人に戻る日々。彼らがささやかな幸せに手を伸ばした矢先、新たな暴力が襲いかかる。戦いを捨てたディーパンだったが、愛のため、家族のために再び立ち上がる。
監督・脚本:ジャック・オディアール
出演:アントニーターサン・ジェスターサン、カレアスワリ・スリニバサン、ヴァンサン・ロティエ、カラウタヤニ・ヴィナシタンビ
脚本:ノエ・ドブレ、トマ・ビデガン
音楽:ニコラス・ジャー
撮影:エポニーヌ・モマンソー
2015年/フランス/フランス語、タミル語/115分/シネマスコープ/カラー/5.1ch
原題:DHEEPAN
提供:KADOKAWA、ロングライド
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