映画『蜃気楼の舟』より、小野絢子さん
引きこもりの青年を描いた前作『今、僕は』が国内外から高い評価を得た竹馬靖具監督の新作『蜃気楼の舟』が1月30日(土)より公開される。東京からホームレスの老人たちを連れ去り、小屋に詰め込み世話をするかわりに生活保護費をピンハネすることを生業とする「囲い屋」の若者たちを主人公に、ホームレスも金に換えようとする日本の「生の劣化」に警鐘を鳴らす力作だ。webDICEでは、本作が映画初出演となる新国立劇場バレエ団プリンシパルの小野絢子さんと竹馬監督の対談を掲載する。
出演経緯について
竹馬:オファーしたとき、まずは会ってお話しして、脚本と企画書を渡したのですが、そのときのお気持ちはいかがでしたか?初めての映画出演ということもあり、びっくりしたんじゃないですか?
小野:もちろんびっくりしました(笑)。たまにファンレターをもらうことはあるのですが、こういう出演依頼の手紙をもらうのは初めてで。それも竹馬さんはバレエに詳しいということではなく、たまたま私が踊っている動画を見たとのことで。何でバレエが必要なんだろう?という疑問がまずあったんですけど、でもそういう求められ方をしたのは初めてでとても嬉しかったですし、会ってお話してみて参加したいと思えるような内容でした。
竹馬:小野さんに頼んだ理由と、なぜバレエなのか。主人公の男をはじめ、囲い屋で働いている若者やホームレスの人たちは、生きてはいるのだけど、自分の身体に意識的でない。例えば、小水たいがくん演じる男は、ホームレスの人が亡くなる場面で、さらっと携帯が壊れたみたいに扱うんです。ホームレスの人たちもあそこで飲み食いはするけれども、あそこにただ置かれている。生きるということに対して、自覚的でなくて、身体性がないように思うんですよね。
小野:そうですよね。
竹馬:小野さんに演じてもらったシーンには、混沌とした中で立つ「線」のようなイメージがありました。肉体を使って線を見せたいという強いイメージがあって、主人公がある種の無感覚状態というか、それとはかけ離れている、小野さんの鍛錬された肉体の表現が出来るピンと張りつめたものというのはバレエなのかなって思ったんですよね。こういう風にというイメージだけ伝えて、小野さんに丸投げしちゃったんだけど(笑)。
映画『蜃気楼の舟』より
映画について―
旋回していくようなダンスのイメージ
小野:最初、脚本から映画がどう出来るのか想像ができなかったんですけど、完成した作品を観て一番思ったのは、何か、映画らしくない映画だなって。いい意味でですよ。
セリフというよりは、静かな、音も何もない、でも心に来るものがすごいあって。池のシーンの表現力も、そこで考えるものがあって、印象的でした。
ちょっと本を読んでいる感覚に近いという気がしました。私の中では、映画はもっとセリフがいっぱいあって、お芝居をしている人の印象が強かったので、無言でこんなに訴えかけてくるのか、みたいなというのはありました。映像にしてしまうと意味やイメージが限定されてしまうじゃないですか?でも本だと読んでる人が考える余地があって。そういう感覚に近いなと。だから観終わっても、まだこの後も続くのかな、みたいな。
竹馬:それは嬉しい感想ですね。映画は確かに終わるんだけど、見た人がそこで終わってほしくないと思ったから。余韻という言葉がありますけど、それともちょっと違う感覚的なものなんですけど。
小野:すごい残りました。また元に戻るじゃないですけど、エンドレスな感じで。
竹馬:螺旋状に風が巻くような。振付を作るときにも、螺旋状に上がっていくというか、旋回していくようなダンスのイメージですって伝えてましたよね。映画の中でモノクロとカラーが混ざり合って行くというのはあって、全体的なイメージでもあるんですけど。
どうやって振付を作っていったか
小野:普段は振付けをもらってやるんですけど、イメージをもらって自分で作って踊らなければいけないのは難しかったです。
竹馬:まず音楽を決めたんですよね?
小野:そうですね。音楽をいくつか聞いてみてドビュッシーの「月の光」に決まって。言葉では説明が難しくて、何となくはわかっていたんですけど、これは大変だな、抽象的だなと思いました。ここで跳んで、回って、足を上げてという具体的な指示ではなかったので。でも音楽を決めてくれたことでイメージがしやすかったです。
竹馬:完成した作品ではドビュッシーを使っていないんですが、「音楽がない」ということについてどう思われましたか?
小野:そういえばそう、いま言われて、「ない」ということに気づきました。映画自体も音楽が少なくて、あるのは最初のところだけですよね?音楽って強くて、感情もそっちに向いてしまう。ごくまれに無音の状態で踊ることもあるんです。あと、詩を見せてもらって。
竹馬:リルケの詩を読んでもらって。あれも抽象的な内容でしたね(笑)。
小野:しかも結構複雑な(笑)。
竹馬:ある人にとっては唐突と思うかもしれないけど、僕にとっては全然不思議じゃなくて。その小野さんの踊るダンスと、小野さんに伝えていたイメージのシンプルなものを、モノクロでサイレントで見せることで、その感覚を伝えられるなと思ったんですよ。でもあの映像一つあっても意味がなくて、映画として連続性の中で見られないといけないし、抽象なんだけど僕の中では具体なんですよ。
映画『蜃気楼の舟』より
「意味」として映像が立ち上がって来ちゃうといけないと思ってました。ふと、いるというか。「いる」とか「ある」とか人やモノそのものになることを意識してたんですよね。意味を上乗せしていくのではなく。「そのもの」を映像で繋げていきたかったんですよね。映画を観て「難しい」と言う方がいたのですが、難解なことをやったつもりは僕にはなくて、そのものの持っているイメージ、感覚、匂い、音だったりを観ている人に想像の中で紡いでほしかったというか。その中で表れる人それぞれのイメージを作りたかったんですよね。映画と、観た人がいて、完全になる映画というか。だから映画だけでは完全になってない。観る人がいて作られるような。
踊りの中でも、肉体そのもの、小野さんの持ってる、踊ると出てしまう美しさや、線そのものを感じてほしいというか。そういう意図もあったんですけど。
だから、リルケの詩を選んだのも、あの詩が持っているイメージが、小野さんのシーンとすごく近かったんですよ。小野さんの踊りそのものというか、存在性というか、それがリルケの詩と近かったんですよ。だから小野さんにあの詩を読んでもらったんですけど、実際読んでみてどうでしたか?
小野:ちょっともう覚えてない(苦笑)。だけど、言葉から受け取るのは難しかったかと思います。結局池でのイメージが勝ってしまったので。言葉は、同じ言葉でも受け取り方が違うと思うので。
竹馬:雨池のロケ地に先に行って、そのあとにダンスを考えてもらったんですよね。波を打っている水面に垂直に立つイメージで、という指示で。人間が立てない水面にイメージで立つというか。あそこは過酷な撮影でしたね。標高2000mのところで。石の上に「ただ立ってくれ」、「瞬きしないでくれ」とか言って。
小野:瞬きしないのは無理ですよね。風が吹いてて。
竹馬:「風待ちです」みたいな(笑)。でも、最初にダンスのシーンじゃなくて、山を歩いたのはよかったですね。ああいうところって歩きにくいじゃないですか。でも歩くのは結構意味があった気がして。やっぱりこの映画って演技というよりは、そのものを撮ろうとしたところがあって。「歩く」ということが重要なんですよ。小野さんの青い服の女も歩いてたし、みんな歩く。池のシーンが最初に撮れたのはよかったなと。小野さんにとっての始まりとしてはよかったなと勝手に思っています。
小野:そうですね。振付を考える時に、池で自分が立っていた石とか、水面の色んな表情を表現したいなというのがありました。それが私にとって具体的にピンと来るイメージでしたね。言葉で解釈するのが私には難しかったので、池のイメージを想像して。
竹馬:ずっと石の上に佇んでましたもんね。2時間以上は。
小野:そこでずっと見ていた水や感じていた空気の感じで。
竹馬:そこで感じてたのと、僕が伝えていたイメージをつなげた感じなんですかね?
小野:そうですね。というよりかは、言葉で理解できなかったら、自分で実際に行ったことのある、自分で感じたことのある池の方を思い出した方が早いというかわかりやすかったので。
映画『蜃気楼の舟』より
竹馬:踊りの振付けは、身体を動かしながら考えて行くんですか?それとも頭の中で、例えば手を一つ動かすにしても、最初から何となく決めてやっているのか。
小野:両方です。考えて、わからなかったら動いて、動いてわからなくなったら考えて、というのを繰り返して。そのときは、嫌なんですけど自分の姿を映像で撮りながら、「違うな」とかそういう感じです。どっちの方向でも試しました。
竹馬:自分でも撮ってたんですか?
小野:……はい、仕方なく(苦笑)。
映画『蜃気楼の舟』より
振付家と映画監督
小野:私の出演シーンは、その後から田中泯さんが出て来て、たいがさんに表情が表れ始めるという、お話の変わり目になっているんですが、自分が出ているのに何の違和感もなく観られたのがすごいなと思いました。頭の中で作品を構想していくわけですよね?
竹馬:そうですね。最初はぼんやりしたものなんですけど、カメラを回してわかることもありますし、撮られたシーンを見てわかることもありますが、イメージを一つのシーンでは成り立たない風に最初から考えてたので、全部のシーンを最初から繋いでみて通しで見て、最初に思ってたイメージといまの自分があの頃考えてたイメージとを併せて考えてみることが重要で。
小野:普段は振付家の人がいて、その人の中で新しいのが出来て作っていくんですけど、それがちょっと竹馬監督と似ていて。こういう風に頭の中なっているんだと、モノを作る人は似ているなと。やっぱり最初に出来ているんですよね?
竹馬:できてるんですよ。できているというか、あるんですよ。
小野:私はすごい不思議なんですよ。この振付家の頭の中はどうなっているんだろうって。考えながら一緒に作っていくので、いつもその人の頭の中を想像しながら作るのが楽しいので。
竹馬: だけど、そこにはコミュニケーションも必要かもしれないですね。言葉のやりとりだけじゃない、呼応というか、音楽というか。僕が「ド」だったら、小野さんが「レ」で、こうやっていく内に「ミ」になったりとか、それで一つの音楽を作るみたいな。
田中泯さんは、この映画を観た時に「この映画は踊りだ」みたいなことを言っていたんです。泯さんにとっては、存在している、生きていることも踊りなのかもしれないです。
映画『蜃気楼の舟』より
小野:私がやっているクラシック・バレエは、形やステップに決まりがあり、ある程度の制限があります。泯さんにとっては、(片腕を上げながら)この動作一つがもう踊りなんでしょうね。
竹馬: 自分の中にあるんだけど、小野さんがいないとできないというか、小野さんがいないとイメージの色とか手触りがわからない。それって自分の中にあるんですけど、はっきりと見えてるけど、見えてないような(笑)。あるんだけど、まだないんですよ。振付家の人と、そんな共通点もあったんですね。
小野:いつか竹馬監督の頭の中も覗いてみたいですね。
竹馬:とんでもないものが出てきますよ(笑)。
小野:私にとっては宇宙です。
(劇場パンフレットより)
小野絢子(おのあやこ) プロフィール
新国立劇場バレエ団プリンシパル。東小林紀子、パトリック・アルモン、牧阿佐美に師事。入団直後に『アラジン』の主役に抜擢され成功を収めた。その後、数多くの作品で主役を踊っている。主な受賞歴にアデリン・ジェニー国際バレエコンクール金賞、スワン新人賞を受賞、第61回芸術選奨文部科学大臣新人賞、第42回舞踊批評家協会新人賞、第30回服部智恵子賞など。『蜃気楼の舟』が映画初出演。
竹馬靖具(ちくまやすとも) プロフィール
1983年、栃木県足利市生まれ。役者としての活動を経て、2009年、自身が監督・脚本・主演を務めた映画『今、僕は』を発表。2011年、真利子哲也監督の映画『NINIFUNI』に脚本で参加。2016年1月、監督第2作『蜃気楼の舟』がアップリンクの配給により公開。
【関連記事】
地縁・血縁でない、体験や問題を共有する“居場所”作りへ―映画『蜃気楼の舟』から考える
竹馬靖具監督×つくろい東京ファンド・稲葉剛氏「都電テーブル」イベント・レポート(2016-01-19)
http://www.webdice.jp/dice/detail/4992/
革命から26年豊かになったチェコの映画祭で豊かな国の囲い屋たちの映画はどう映ったのか:
カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭コンペ作『蜃気楼の舟』竹馬靖具監督の映画祭体験記(2015-10-24)
http://www.webdice.jp/dice/detail/4803/
田中泯出演、映画『蜃気楼の舟』リターン総数1,000以上の〈体験型〉クラウドファンド始動(2015-09-07)
http://www.webdice.jp/dice/detail/4844/
映画『蜃気楼の舟』
2016年1月30日(土)より、渋谷アップリンク他、全国順次公開
主人公の男は、友人に誘われたことがきっかけで、囲い屋で働いていた。ある日、それまでモノのように扱ってきたホームレスのひとりに、自らの父を発見する。導かれるように父を連れて囲い屋を出た男は、自身の欠落を問うために車を走らせる。現実と異世界を揺れ動くドライブの中で父と訪れた廃墟には、母親の幻影がさまよっていた。そして、並行して描かれる、現実と幻想の狭間を航海する一艘の舟が向かう先には……。
監督・脚本:竹馬 靖具
撮影:佐々木 靖之
照明:關根 靖享
助監督:池田 健太
編集:山崎 梓、竹馬 靖具
録音:上條 慎太郎
整音:鈴木 昭彦
効果:堀 修生
スタイリスト:碓井 章訓
ヘアメイク:寺島 和弥
プロデューサー:竹馬 靖具、汐田 海平
テーマ曲:「hwit」(坂本龍一『out of noise』より)
音楽:中西俊博
製作:chiyuwfilm
出演:小水 たいが、田中 泯、足立 智充、小野 絢子、竹厚 綾、川瀬 陽太、大久保 鷹、中西 俊博、北見 敏之、三谷 昇 他
配給:アップリンク
2015年/99分/1:1.85/カラー & モノクロ/5.1ch/DCP
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/SHINKIRO_NO_FUNE/
公式Twitter:https://twitter.com/shinkiro2015
公式Facebook:
https://ja-jp.facebook.com/shinkiro.film
【トークショー開催決定!】
●1月31日(日)12:40の回上映後
ゲスト:宮台真司(社会学者・首都大学東京教授)
●1月31日(日)19:30の回上映後
ゲスト:真利子哲也(映画監督)
●2月1日(月)19:30の回上映後
ゲスト:瀬々敬久(映画監督)
●2月2日(火)19:30の回上映後
ゲスト:木村元彦(ジャーナリスト)
●2月3日(水)19:30の回上映後
ゲスト:稲葉剛(NPO法人もやい理事)
●2月4日(木)19:30の回上映後
ゲスト:堀江敏幸(作家)
●2月5日(金)19:30の回上映後
ゲスト:小谷忠典(映画監督)
●2月6日(土)夜の回上映後
ゲスト:三宅唱(映画監督)
詳細は下記アップリンク公式サイトより
http://www.uplink.co.jp/movie/2015/42073