映画『サウルの息子』より、サウル役のルーリグ・ゲーザ ©2015 Laokoon Filmgroup
アウシュビッツ強制収容所を舞台に、ユダヤ人の同胞の死体処理に従事するハンガリー系ユダヤ人を描く『サウルの息子』が1月23日(土)より公開。webDICEでは、自身の祖父母をはじめとする家族が収容所で犠牲となったネメシュ・ラースロー監督のインタビューを掲載する。
本作は第68回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールに続くグランプリを受賞。また1月10日に発表された第73回ゴールデン・グローブ賞で外国語映画賞を受賞し、さらに2月28日に授賞式が行われる第88回米アカデミー賞でも外国語映画賞にノミネートされている。
第二次世界大戦中の1944年10月、ナチス政権下で行われたユダヤ人の大虐殺の象徴とされる、アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所で「ゾンダーコマンド」と呼ばれる囚人たちをガス室に入れ、死体を処理する役目を担当する男・サウル。彼が収容所内で遺体で発見された息子をユダヤ式に正しく埋葬するために奔走する姿を通し、ホロコーストの現実を突きつける。カメラは終始サウルの表情を、そして収容所内を歩きまわるサウルの背中を捉え、ユダヤ人が次々と運ばれガス室へ入れられていく強制収容所の過酷で凄惨な生活を想像させる演出により、観客は強制収容所に放り込まれたような「体験」を味わうことができる。
毎日数千人のユダヤ人が殺された収容所の過酷な現実
──『サウルの息子』のアイデアは、どこから得たのですか?
助監督として参加していた『倫敦から来た男』の撮影でバスチアにいたとき、1週間ほど撮影が中断した際に書店でショア・メモリアルが出版した〈灰の下からの声〉(〈アウシュビッツの巻物〉という題でも知られる)という目撃証言を集めた本を見つけたんです。強制収容所の「ゾンダーコマンド」の元メンバーが書いたテキストを集めたもので、彼らは1944年に反乱を起こす前に、記録を埋めたり隠したりしたので、現在の記録は何年も後に発見されたものですが、それらの記録には彼らの日常の作業、どのように仕事が組織され、どのようなルールで収容所が運営され、ユダヤ人が虐殺されていったか、彼らがどのようにして一種のレジスタンスを行ったかが記述されていました。
映画『サウルの息子』ネメシュ・ラースロー監督
──「ゾンダーコマンド」とは何ですか? 彼らは実際には何をしたんでしょうか?
親衛隊に選ばれた囚人で、新たに移送されてきた囚人たちをガス室のある建物に連れて行き、衣服を脱がせ、彼らを安心させてガス室に入れる役目をする者のことです。その後、死体を運び出し、焼却している間、ガス室の掃除もします。それらすべては迅速に済ませなければなりません。というのは、すぐにも次の囚人たちの貨車が着いてしまうからです。アウシュビッツ・ビルケナウ収容所は、まるで何かの生産工場のように、産業的規模で死体を処理していたのです。1944年夏には工場の生産規模は最大限に達していました。歴史学者は毎日数千人のユダヤ人が殺されていたと言います。ゾンダーコマンドたちは役目を果たしている間は比較的優遇されていました。移送の途中で見つけた食糧を自分のものにすることも許されていましたし、ある程度の範囲内なら自由に動き回ることも出来ました。しかし、彼らの仕事は過酷ですし、大量殺戮の目撃者を残さないよう、親衛隊によって3、4ヵ月ごとに殺されていました。
映画『サウルの息子』より ©2015 Laokoon Filmgroup
私の家族の歴史と結びつけて考えるようになった
──あなたのご家族にはホロコーストの影響がありましたか?
私の家族の一部はアウシュビッツで殺されました。そのことについては家族の間で毎日話題に出ていました。私がまだ小さい頃は“悪魔が行ったこと”のように感じていました。家族の中に黒い穴が開いていて、そこで何かが壊れているのに、それが何かわかず、私を孤立させているように思っていまいした。それが何年もわからなかったのです。ある時期から、私の家族の歴史と結びつけて考えられるようになりました。
映画『サウルの息子』より ©2015 Laokoon Filmgroup
──なぜゾンダーコマンドの記録を映画化しようと思ったのですか?
収容所を描いた映画にいつも失望していたからです。それらの映画はサバイバルやヒーローのストーリーを作ろうとしているのですが、それは過去を神話的概念で再構築することだと私は思うのです。ゾンダーコマンドの記録は逆に、具体的で現実的で確実です。彼らは、死の工場の“正常な”働きについて、その組織、ルール、作業のリズム、シフト、偶然、最大の生産力について、詳細に記述しています。実際に親衛隊は、死体を指すときは“シュトゥック”(部品、パーツ)という言葉を使っています。死体がこの工場の生産品なのです。これらの記録によって、私は虐殺収容所の亡者の目ですべてを見られるようになりました。
──でも、完全に機能している強制収容所の中で、どのようにフィクションのストーリーを成り立たせようとしたのでしょうか?
確かにそれが問題でした。私はどんな英雄も作りたくなかった。生存者の視点にしたくなかったし、この死の工場をすべて見せるのも見せすぎるのも嫌だった。一部だけを少しずつ見せるようなアングルで、なるべくシンプルで古風なストーリーを語るという風にしたかった。そこで、ユダヤ系ハンガリー人で、ゾンダーコマンドのメンバーであるサウル・アウスランダーという男の視点を設定し、彼の目に映るものだけを見せるように、このポジションを厳格に保持するようにしました。とはいえ、それは“一人称カメラ”ではありません。というのは、主人公としての彼が画面で見えているわけですし、この作品を純粋な映像的アプローチに矮小化したくなかった。そうなると人工的になってしまう。芸術的表現、映像表現の試みや、卓越した表現といったものは避ける必要があります。さらに言えば、この男こそが、このユニークで素朴な執念のストーリーの出発点なのです。彼はガス室の犠牲者の中から息子の死体を見つけだしたと信じ、息子の体を火葬の炎から救い出し、律法師を見つけてカディッシュを唱えてもらい、埋葬してやろうと決意するのです。強制収容所という地上の地獄で、まったく無意味に見える彼の行動のすべては、この使命にかられてのことなのです。1つの視点と1人の行動の道程に集約しつつも、そこに主人公が遭遇する他人の視点や行動がクロスしてきます。それでも、収容所はサウルの旅のプリズムを通してのみ理解されるのです。
映画『サウルの息子』より ©2015 Laokoon Filmgroup
撮影前に決めたドグマ
──この映画を作るには、多くの資料集めや調査が必要だったでしょうね、まさに歴史学者的なアプローチというか……。
共同で脚本を執筆したクララ・ロワイエと一緒に勉強しました。シュロモ・ヴェネジア、フィリップ・ミュラーといった人達の目撃証言や、火葬場で働かされていたユダヤ系ハンガリー人の医師ニスリー・ミクローシュの証言。それから、もちろんクロード・ランズマンの『ショア』の中の、映画に引用したアブラハム・ボンバの証言を含むゾンダーコマンドの部分を参考にしました。それから、ギデオン・グライフ、フィリップ・メナール、ヴァージ・ゾルターンといった歴史学者から非常に助けになる助言を受けました。
映画『サウルの息子』より ©2015 Laokoon Filmgroup
──どうやって撮影したんですか?
撮影監督のエルデーイ・マーチャーシュ、プロダクション・デザイナーのライク・ラースローと私で、撮影の前に一種のドグマを決めました。「美しく見せてはならない」「魅力的に見せてはならない」「ホラー映画にしてはならない」「サウルの視点に止まり、彼の視力、聴力、存在を超えたフィールドに立ち入らない」「カメラは彼の相棒となり、この地獄を通してずっと彼のそばにいる」というようなことです。
また、すべての段階で伝統的な35ミリ・フィルムと現像のプロセスを用いました。イメージにある種の不安定さを持たせ、この世界を有機的な映像として表現するには、この方法しかなかったのです。我々の挑戦は観客の感情の琴線を打つことで、それはデジタルでは決して得られないものです。
これらのすべてに照明の技術が含まれています。一般に普及している工業的で、なるべくシンプルな照明です。また、同じ40ミリのレンズで、スコープ・サイズのような視野を広げる画面比でなく、狭いスタンダード・サイズで撮影しました。常に主人公の目のレベルで、彼の位置にいなければならなかったからです。
観客に想像して補完してほしかった
──主演のルーリグ・ゲーザは詩人ですが、演技についてはどのようにアドバイスして演出したのですか?
ルーリグ・ゲーザは、演技に関してはまったく素人ではなく、役者をかじっていた程度で、経験もあった。彼を起用したのは、自分が考えるサウルのイメージに合っていたからです。彼は私生活でも自分の考えに忠実で、強固な意志があります。彼は、内面的にサウルの役柄を理解していたので、基本的にはあまり細かい指示はいりませんでした。
映画『サウルの息子』より、主演のルーリグ・ゲーザ ©2015 Laokoon Filmgroup
──そのほかのキャスティングについては?
キャスティングはかなり大変でした。表情や体格、収容所にいても違和感がない人を意識して、1年半かけて配役を決めていきました。様々な国の俳優を、小さな町の劇団の役者からも選びました。いろんな国の言葉を使って表現していますが、話している言葉が分からない不安感というカオスが観客を引き込めるとも思いました。
──ハンガリーの映画製作の状況を教えてください。国からはどのようなバックアップがあるのですか?
今作の機材などのバジェットは150万ユーロ(約1億9千万円)でした。初監督作品にしては十分かもしれないが、平均的には大きくはありません。ハンガリーは国立映画基金があり、あまり大きくはありませんが助成金を得ました。常に俳優の後ろから強制収容所を描く、というこの撮り方だから詳細を描く必要が省け、予算を抑えることが可能になりました。どれだけつくりこんでも実際の収容所は再現はできないと思ったので、観客の頭で想像して補完して欲しかった。死体の一部分をみせるだけで観客は想像できる、ゆえにリアルな作品に仕上がりました。
──サウルは背中に大きな赤い十字が描かれたジャケットを着ていますね。
ええ、あれは的なんです。親衛隊が逃亡した者を狙い撃ちしやすいように作ったものですが、我々にとってはカメラの焦点を合わせるのに役立ちました。
(オフィシャル・インタビューより)
ネメシュ・ラースロー(Nemes Laszlo) プロフィール
ハンガリー出身、1977年2月18日生れ。38才の若き新鋭監督ネメシュ・ラースローは、監督・脚本を手がけ、長篇デビュー作にして、2015年・第68回カンヌ映画祭でグランプリを見事獲得。『ニーチェの馬』で知られる名匠タル・ベーラの助監督をつとめた経歴を持つ。
映画『サウルの息子』
1月23日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
1944年10月、アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所。サウルは、ハンガリー系のユダヤ人で、ゾンダーコマンドとして働いている。ゾンダーコマンドとは、ナチスが選抜した、同胞であるユダヤ人の死体処理に従事する特殊部隊のことである。彼らはそこで生き延びるためには、人間としての感情を押し殺すしか術が無い 。ある日、サウルはガス室で生き残った息子とおぼしき少年を発見する。少年はサウルの目の前ですぐさま殺されてしまうが、サウルはなんとかラビ(ユダヤ教の聖職者)を捜し出し、火葬は死者が復活できないとして禁じられているユダヤ教の教義にのっとって手厚く埋葬してやろうと収容所内を奔走する。そんな中、ゾンダーコマンド達の間には収容所脱走計画が秘密裏に進んでいた。
監督・脚本:ネメシュ・ラースロー
共同脚本:クララ・ロワイエ
主演:ルーリグ・ゲーザ、モルナール・レヴェンテ、ユルス・レチン
編集:マチェー・タポニエ
撮影:エルデーイ・マーチャーシュ
美術:ライク・ラースロー
2015年/ハンガリー/カラー/ドイツ語・ハンガリー語・イディッシュ語・ポーランド語他/107分/スタンダード
原題:Saul Fia
英題:Son of Saul
後援:ハンガリー大使館、イスラエル大使館
配給:ファインフィルムズ
配給協力・宣伝:ミモザフィルムズ
© 2015 Laokoon Filmgroup
公式サイト:http://finefilms.co.jp/saul
公式Facebook:https://www.facebook.com/サウルの息子-1639262379688939/
公式Twitter:https://twitter.com/SON_OFSAUL