骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2016-01-01 12:00


娘を訪ねて三千里、愛だけが突き動かすロードムービー『消えた声が、その名を呼ぶ』

両親がトルコ人のファティ・アキン監督が語るトルコ最大のタブーを映画にした理由
娘を訪ねて三千里、愛だけが突き動かすロードムービー『消えた声が、その名を呼ぶ』
映画『消えた声が、その名を呼ぶ』より ©Gordon Muhle/ bombero international

『愛より強く』『そして、私たちは愛に帰る』『ソウル・キッチン』で知られるドイツのファティ・アキン監督が、ヨーロッパ近代史最大のタブーとされる1915年にオスマン・トルコで起きた150万人のアルメニア人が犠牲になったと言われる事件を基に、ひとりの男が8年をかけ生き別れた家族に会いに行く過程を描くドラマ『消えた声が、その名を呼ぶ』が現在、角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて公開中。webDICEでは、トルコからの移民の両親のもと生まれたファティ・アキン監督が、自らのルーツであるトルコのジェノサイドを描くことになった理由を語ったインタビューを掲載する。

トルコの憲兵により強制連行され暴行で声を失いながらも、トルコからシリア、レバノン、キューバそしてアメリカ・ノースダコタまで地球半周の旅路を通し双子の娘を探し続ける主人公のアルメニア人の鍛冶職人ナザレットを、『パリ、ただよう花』『預言者』のタハール・ラヒムが演じている。

善と悪との境界線は明解ではない

──自らのルーツのトルコで最大のタブーと言われるアルメニア人のジェノサイドを新作のテーマにしたのはなぜですか。

私がテーマを選んだのではなく、テーマが私を選んだのです。両親がトルコ人なので興味を持ち、タブーであるという事実により興味を覚えました。どんな話題であろうとも、禁じられていると気になって、もっと知りたくなります。まだ対処されていない、折り合いがついていないことがたくさん存在するのに気づきました。

映画『消えた声が、その名を呼ぶ』ファティ・アキン監督
映画『消えた声が、その名を呼ぶ』ファティ・アキン監督

──この事件を扱うのがトルコ人にとって、まだこんなにも難しいのはどうしてだと思いますか?

もし、全国民が歴史家や政治家によって騙され、何世代にもわたり「そんなことは起こらなかった」と嘘をつかれていたら、国民はその事件を胸の内に閉じ込めるだけになります。それが、多くのトルコ人に起きていることです。両親、教科書、そして新聞はその出来事を違う側面から語ることも報じることもしませんでした。だから彼らを非難することはできません。しかし、歴史は我々のもので、人々のものです。世界中で報じられた、アルメニア系ジャーナリスのトフラント・ディンクが殺された7年前のイスタンブールで、ジェノサイドについてパブで話をすれば、隣の席の人に絡まれて「なに言ってんだよ?」なんて言われたでしょう。けれど今では声を潜ませなくても話すことができるようになりました。

──テーマの取材はどのようにして行いましたか?

100冊くらい本を読みました。キューバに移住したアルメニア人の日記も読みました。孤児の記録やアレッポ(シリア北部の都市)にあった売春宿の物語も読みました。初めてアルメニアを訪れ、首都のエレヴァンにある虐殺記念館に行き、館長にも会いました。たくさんのアルメニア人が北アメリカに渡るためにキューバに移住したと彼に聞きました。そのことを知らないアルメニア人もたくさんいるんです!だから、それも映画に組み込みました。

──主人公のナザレットは、トルコ共和国南東部のシリア国境部の都市・マルディンに住んでいます。マルディンを選んだのはなぜですか?

フランスの歴史家イヴ・テノンがマルディンにいるアルメニア人を書いた本を読んだんです。マルディンはシリアの国境からそう遠くないので、地理的にも、ストーリーテリングの観点からも、ナザレットの試練の旅を始めるのに意味のある場所だと思いました。砂漠の近くでなければなかったのです。デリゾール(シリア北東部の都市)に強制送還されるアルメニア人にはしないことを決めました。

映画『消えた声が、その名を呼ぶ』より ©Gordon Muhle/ bombero international
映画『消えた声が、その名を呼ぶ』より ©Gordon Muhle/ bombero international

──本作で描きたかったことはなんですか?

二人の娘を探すために世界を旅する父親の話です。西部劇であり、父親はアメリカにたどり着くまで西へと向かいます。移民と移住についての物語です。物語の背景にはこのジェノサイドがありますが、ジェノサイドについての物語ではありません。私は政治家ではないので、映画で政治的なメッセージを発したいわけではありません。未解決の衝撃的な歴史的事件を取り上げて、物語にまとめました。『消えた声が、その名を呼ぶ』では、善と悪との境界線はつねに明解ではありません。たとえば、アルメニア人の主人公ナザレットは被害者から加害者になります。彼は、トルコ人の思いやりと慈悲のみによって生き延びるのです。

映画『消えた声が、その名を呼ぶ』より ©Gordon Muhle/ bombero international
映画『消えた声が、その名を呼ぶ』より ©Gordon Muhle/ bombero international

壮大な旅が映画の中心となるテーマ

──主人公を演じた俳優タハール・ラヒムはいかがでしたか。

タハールが主演を務めたジャック・オディアールによる『預言者』を観ました。この10年で公開されたヨーロッパ映画の中で最高の作品のひとつだと思います。どのシーンにも彼が登場し、ほとんどセリフがなくても、映画を確実に背負って立っていました。『消えた声が、その名を呼ぶ』も同じように、ナザレットは声帯を傷つけられ、黙ったままなのです。

──本作は『太陽に恋して』以来となる、複数の国にまたがる撮影となりました。たくさんの国でロケーション撮影するのはいかがでしたか。

これまでの映画の中で、特に物理的な点において、製作するのが一番困難な作品となりました。結局、この映画の中心となるテーマは壮大な旅なのです。各ロケーションの独自性を捉えるのが重要だと考えていました。都市と砂漠、都市と海、海とジャングル、ジャングルと平原、のそれぞれの境界のことです。こういった“自然の映画”が好きなのです。観客に実際にこれらのロケーションにいるような感覚を持って欲しいと思っています。砂嵐がスクリーンを通り過ぎるとき、それがデジタルではなく本当に感じられるように。

──そのこだわりは視覚的コンセプトにどのように影響しましたか?ロケーションごとに別々のムードを演出するつもりだったのでしょうか。作品の見え方に明確な方針はありましたか?

撮影初期、まず映像については、威厳を与えたかったのでカメラマンのライナー・クラウスマンとともに、全体のコンセプトを“距離”という言葉で定義し、デヴィッド・リーンやセルジオ・レオーネなどをイメージした“古典的なストーリーテリング”を採用しました。決してふざけることなく、過度に芸術的にもしないようにしました。異なるロケーションによって異なる印象を与えることも心配すらしませんでした。ロケーション自体に、風や気候や緯度の相違がありましたから。強調しようとすれば、画がオーバーロードしてしまったでしょう。私たちはテレンス・マリックの『天国の日々』を研究し、できるだけ太陽がカメラの後ろにくるようにしました。現場に到着するのが遅くなる時があり、太陽のバックライトと戦わねばならないことがありました。石鹸商人のオマルがナザレットを荷車に乗せる砂漠のシーンなどがそうです。その日は強風が砂を舞い上がらせ、映像のダイナミックさを強めることもありました。偶然が大きな働きをしたのです。

予測のつかない自然の中で動きを撮るためには、ステディカムを使うことになります。そうでなければ、“伝統的スタイル”でドリーやパンを使った撮影をしました。

映画『消えた声が、その名を呼ぶ』より ©Gordon Muhle/ bombero international
映画『消えた声が、その名を呼ぶ』より ©Gordon Muhle/ bombero international

企画の初めから、シネマスコープで撮影がしたいと主張していました。アナモルフィック・レンズをもちろん35mmフィルムで。夢のようでした!たまに自分をつねって現実かどうか確かめていたほどです!このフォーマットではレンズが非常に重く、世界を半周しなければならなかったので、映画にはたった2つのレンズだけを使用しました。クローズアップには75mmを、他には万能の40mmです。40mmがもっとも広いアングルの撮影用でした。個人的には、40mmは人間の視覚を再現するのに最適なレンズだと思います。また、『消えた声が、その名を呼ぶ』の撮影の中では、映画の中で殺される人たちの尊厳を保つように心掛けていました。

撮影期間はとても短く、50人のスタッフとすべての機材と再び一緒に地球を半周する予算さえもありませんでした。映画に本当に必要なものだけを撮影しました。考えうるあらゆる角度からの撮影はできません。何ヵ月も前からすべてのショットを計画しなければなりませんでした。別バージョンや代替ショットを撮る時間はありませんでした。ヨルダンは小さな国で撮影しやすい距離にあり、まだ稼働する昔ながらの蒸気機関車と線路が砂漠の中に残っています。ヨルダンのチームは国際的な映画の経験が豊富でやりやすかったです。キューバでの撮影を経験したスタッフはいませんでしたが、フロリダにあるようなマングローブ林はヨーロッパには存在していません。そのような植生がキューバにあり、結果的に天の恵みとなりました。一度、カナダで撮影したときに、吹雪ですべてが何メートルもの雪の下に埋まってしまったので、雪が溶け、ライトが点くのを待たなければならない時もありました。

──美術のアラン・スタースキーは世界的にヒットした『シンドラーのリスト』や『戦場のピアニスト』も担当していました。彼のクリエイティビティはどのように発揮されていますか?

アランは真の巨匠でした。私の師であり、たくさんのことを学びました。木を撮影するときの照明や、色がいかに構造を作り出せるか、本当の深さの作り方を教えてくれました。元々、この作品の映像にはクラシックで説得力のあるものにするというコンセプトを持っていました。私たちが捉えて、スクリーンが映している世界を観客が理解し、感じ、掘り下げて考えてほしいのです。もちろん、ドキュメンタリー映画ではないので、特定の色に染め上げることは避けました。

アランは偉大な監督たちと仕事をしてきたので、360度全方位のセットを作るのに慣れていましたが、我々にはその予算がありませんでした。何ヵ月も前に、ショットの始まりと終わりの場所を正確にアランに伝えました。町の全てのブロックを飾るのではなく、3棟の建物の表面だけに取り組めばよかったのです。アランのセットを実際に目にすると、どこまでも続いているように見えました。

これは映画への情熱についての映画

──『愛より強く』『そして、私たちは愛に帰る』に続き、「愛、死、悪についての三部作」の結論となる映画ですが、“悪”を見つけるのは困難でしたか?

われわれ一人一人の中に悪が存在すると確信していました。『愛より強く』で描いたように、人間には愛が不可欠です。『そして、私たちは愛に帰る』では死が変容の引き金となります。『消えた声が、その名を呼ぶ』は自らの歴史に向き合うことへの恐怖を扱っています。テーマが違いますし、トルコ系ドイツ人の問題ではないので、違う作品だと思われるかもしれませんが、どの映画も実はお互いに地続きの作品なのです。『愛より強く』における愛する妻を失い自殺を図る男ジャイトと『そして、私たちは愛に帰る』の父の犯罪を償おうとするネジャットと、今回のナザレットは似ていると思います。彼らは三兄弟のようで、周りの世界を注意深く観察し、目標に執着しています。

──アルメニア系脚本家のマルディク・マーティンの助けを借りましたね。映画における彼の役割は?

この作品を撮ると決めた時、誰かにアメリカ的な脚本に直してほしいと思っていました。どの脚本家が一番いいかなと考えていた時に、『ミーン・ストリート』『ニューヨーク・ニューヨーク』『レイジング・ブル』をスコセッシと手掛けた脚本家がイラク人だったなと思って調べてみたら、アルメニア人だったんです。もう、彼しかいない!と思いました。マーティン・スコセッシが私と彼とつなげてくれましたが、初めて電話をしたときは「自分はもう引退したし、そういう話は持って来ないで欲しい」と言って、まるで頑固オヤジのようでした。でも脚本を送ったら感動してくれて、アルメニア人ジェノサイドについての映画を作ろうとする意志や気概を評価してくれて、「こっちに来ていいよ」と言ってくれたので、会いに行きました。最初彼にはダイアローグの修正だけをお願いしたのですが、「それだけでは不十分だ」と言われました。たくさんのシーンを微調整し、削除し、さらに物語のラストもすっかり書き換えました。二人での執筆活動は愉快だったと同時に、多くのことを学びましたが、歳をとった自分のおじさんと仕事をしているような雰囲気でもありましたよ。

マルディクはニューヨーク大学でスコセッシと共に、アルメニア系アメリカ人のヘイグ・P・マヌギアン教授に師事していたのです。『レイジング・ブル』はマヌギアン教授に捧げられています。

映画『消えた声が、その名を呼ぶ』より ©Gordon Muhle/ bombero international
映画『消えた声が、その名を呼ぶ』より ©Gordon Muhle/ bombero international

──スコセッシ本人にもアドバイスを仰いだそうですね。彼はどのように関わりましたか?

彼と初めて出会ったのは、『そして、私たちは愛に帰る』で参加していた2007年のカンヌ国際映画祭です。その時に彼が携わっていた第三世界のフィルムを修復するプロジェクトに招待されて、夕食を一緒に食べました。その後、2本のトルコ映画を一緒に修復しました。それ以来友人として連絡を取り合ってヨーロッパやロサンゼルス、ニューヨークで会ったりしていますよ。彼はとても好奇心旺盛で、世界中の新しいフィルムメーカーにとても興味を持っています。

彼はこの映画を2回観ました。アルメニア人がノースダコタに移住したという、多くのアメリカ人がまったく知らなかったアメリカの歴史を掘り下げたのを気に入ってくれました。2回目にみんなでニューヨークで観た時、スコセッシはマルディク・マーティンと数年ぶりの再会を果たしていましたよ。

本作には、私が映画について好きなことが全部、詰まっています。映画への情熱についての映画なのです。エリア・カザンの『アメリカ アメリカ』にインスパイアされ、2シーンを“借りて”います。ラストでは、トルコのユルマズ・ギュネイ監督の『路』の主人公のように、ナザレットは頭にスカーフを巻いています。ドラマの組み立てについては、ジョン・フォードの『捜索者』を参考にしました。スコセッシはカザンについてのドキュメンタリー映画『A Letter to Elia(原題)』の中で、「あなたは私の父です」と言っています。スコセッシは私の“映画における父”です。つまり、カザンは私の映画における祖父となりますね。偶然にも、カザンもイスタンブール生まれでした。

──この映画はトルコでどのように受け止められると思いますか?

トルコ人映画プロデューサーの友人二人が、この映画を観てくれました。一人は「石を投げられるぞ」と言い、もう一人は「いや、花を投げてくるよ」と言いました。究極には、どちらも少しずつあるのだと思います。銃とバラですね。

(オフィシャル・インタビューより)



ファティ・アキン(Fatih Akin) プロフィール

1973年8月25日、トルコからの移民の両親のもと、ドイツ・ハンブルクに生まれる。俳優を志していたが、トルコ移民役などステレオタイプの役柄ばかりであることに嫌気がさし、ハンブルク造形芸術大学へ進学。95年、監督デビュー作となる短編『Sensin - Du bist es!』を発表し、この映画でハンブルク国際短編映画祭で観客賞を受賞。98年、初の長編映画『Kurz und schmerzlos』発表。その後『太陽に恋して』(06年)、『WIR HABEN VERGESSSEN ZURUCKZUKEHREN』(00年)、『SOLINO』(02年)を発表したのち、偽装結婚から生まれる愛を情熱的に描いた『愛より強く』(06年)で、第54回ベルリン国際映画祭金熊賞をなど数々の賞に輝く。監督6作目『クロッシング・ザ・ブリッジ~サウンド・オブ・イスタンブール~』(05年)では音楽ドキュメンタリーに挑む。『そして、私たちは愛に帰る』(08年)で第60回カンヌ国際映画祭最優秀脚本賞と全キリスト協会賞を受賞。『ソウル・キッチン』(11年)では、第66回ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞を受賞し、30代にして、ベルリン、カンヌ、ヴェネチアの3大映画祭で主要賞受賞を果たす。2013年のドキュメンタリー『トラブゾン狂騒曲~小さな村の大きなゴミ騒動~』(13年)では、かつて祖父母が暮らしたトルコ北東部の小さな村のごみ騒動を題材にした。待機作は『14歳、ぼくらの疾走 マイクとチック』(ヴォルフガング・ヘルンドルフ著)を原作にした『Tschick』(16年予定)。




映画『消えた声が、その名を呼ぶ』
角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて公開中

映画『消えた声が、その名を呼ぶ』ポスター
映画『消えた声が、その名を呼ぶ』より ©Gordon Muhle/ bombero international

1915年、オスマン・トルコ(正式国名はオスマン帝国)。夜更けに現れた憲兵によって、アルメニア人鍛冶職人、ナザレットの幸せな日々は終わった。妻と娘と引き離され強制連行された砂漠で、突然死刑が宣告され、ナイフで喉を切られた。声を失いながらも、奇跡的に生き延びたナザレットは、生き別れた娘に再び会うため、灼熱の砂漠を歩き、海を越え、森を走り抜ける。娘に会いたい。その想いはたった一つの希望となり、平凡だった男をトルコの砂漠から、遠くアメリカ、ノースダコタの雪降る荒れ地へと導いていく……。

監督・脚本:ファティ・アキン
出演:タハール・ラヒム、シモン・アブカリアン、マクラム・J・フーリ
共同脚本:マルディク・マーティン
撮影:ライナー・クラウスマン
美術:アラン・スタースキー
音楽:アレクサンダー・ハッケ
原題:THE CUT
2014年/ドイツ・フランス・イタリア・ロシア・カナダ・ポーランド・トルコ/シネマスコープ/138分
提供:ビターズ・エンド、ハピネット、サードストリー
配給:ビターズ・エンド

公式サイト:http://www.bitters.co.jp/kietakoe
公式Facebook:https://www.facebook.com/映画消えた声がその名を呼ぶ-1476848329279980/
公式Twitter:https://twitter.com/kietakoe_movie


▼映画『消えた声が、その名を呼ぶ』予告編

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