骰子の眼

cinema

東京都 中央区

2015-11-25 15:25


安楽死が有罪のユダヤ教国イスラエルで大ヒット『ハッピーエンドの選び方』

発明好きのヨヘスケルが作ったのは「安楽死マシーン」監督インタビュー
安楽死が有罪のユダヤ教国イスラエルで大ヒット『ハッピーエンドの選び方』
映画『ハッピーエンドの選び方』より ©2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION

人生の最期をどのように選ぶか、というテーマをユーモラスに描くイスラエル映画『ハッピーエンドの選び方』が11月28日(土)より公開される。老人ホームで暮らし発明にいそしむ老人ヨヘスケルが、親友の願いで、自らスイッチを押して苦しむことなく最期が迎えられる「安楽死マシーン」を開発したことからトラブルに巻き込まれていく姿を綴るドラマだ。

今作は安楽死という問題に加え、認知症の症状が進行していく愛する妻に尽くすヨヘスケルの姿を通じて、人間のモラルについても肉薄。ロイ・アンダーソン作品とも通じる丹念な画、そしてヨヘスケルが生み出すローテクな発明品の数々など、随所にユーモアとペーソスを加えることで、図らずも神の力を手に入れてしまった主人公の葛藤に観客がより共感できる仕上がりとなっている。webDICEではシャロン・マイモンとタル・グラニット監督が作品のテーマから、大ヒットを記録した自国イスラエルでの安楽死についての考え方までを語ったインタビューを掲載する。

最期、自分だったらどうするだろう?

──おふたりの出会いや、一緒に映画に携わるきっかけを教えてください。

シャロン・マイモン:君のように物事を斜めに見る人がいると友人から紹介され、タルの短編映画を観に行きました。その後、僕の作品も観てもらい、社会性のあるテーマを、ユーモアを通して描く映画を作りたいという共通点があることがわかったんです。それからふたりで40分の短編を監督して、12年、一緒にやっています。

タル・グラニット:人生観も似ていますね。つらいことがあっても悲しいことがあっても笑顔でいる、とか。今つけているTheoというデザイナーの同じ眼鏡も買ったり、カップルセラピーにもいったこともあります。カップルじゃないのに!

映画『ハッピーエンドの選び方』シャロン・マイモン&タル・グラニット監督
映画『ハッピーエンドの選び方』シャロン・マイモン監督(左)とタル・グラニット監督(右)

──おふたりの役割分担は?

シャロン・マイモン:すべて一緒にやっています。リサーチ、脚本執筆、撮影も、俳優と話すときも、編集もとことん話し合います。撮影方法で意見が違うときは、各々で撮ってみて、それを観てどうするか決めるということもあります。

──この映画のテーマはどこから発想されたのですか?

シャロン・マイモン:自分の前のパートナーのおばあさんが亡くなった場に居合わせたのですが、やっと安らかに眠れると思ったら救命士の方が来て30分も蘇生措置を行いました。それがすごく不条理だと感じて、更にその方が亡くなる数日前に「自分が最期こんなに苦しむと思わなかった」と言っていたのも忘れられず、そこからすべてのストーリーが始まりました。自分たちだったらどうするだろう?と思って、安楽死マシーンのアイデアが生まれたんです。その後、深刻な話題を扱うので、かなりリサーチをしました。医師、介護ホームにも何度も足を運び、リサーチ・脚本執筆に3年、映画完成まで5年という時間をかけました。入念なリサーチによって、この映画の複雑なバランスの保ち方が見つかったと思います。

映画『ハッピーエンドの選び方』より ©2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION
映画『ハッピーエンドの選び方』より、ヨヘスケル役のゼーブ・リバシュ ©2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION

ユーモアでシリアスなテーマを伝える

──ヴェネチア国際映画祭観客賞受賞ほか、各国映画祭で高い評価を受けていますが、どのような点が評価されたと思いますか?

シャロン・マイモン:ひとつはテーマへのアプローチ、ドラマとユーモアですね。もうひとつは、世界のどこでも人はいつかは死ぬという普遍性です。

──ユーモアがあるからこそ、切なさが引き立つ作品ですよね。

タル・グラニット:ユーモアや笑いって、人々の心を解き放ったり、ふと身近に感じさせてくれたり、心を軽くしたりできると思うんです。経験からもシリアスな問題に向き合って乗り越えるのにとても有効だと知りました。映画としても難しくシリアスなテーマを、観客により身近なものとして訴えることができたし、涙を流しながらも笑ってもらえる作品にできたかなと感じています。

映画『ハッピーエンドの選び方』より ©2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION
映画『ハッピーエンドの選び方』より、ヨヘスケル役のゼーブ・リバシュ(左)、レバーナ役のレバーナ・フィンケルシュタイン(右) ©2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION

──ヨヘスケル夫婦は当て書きだったそうですね。

シャロン・マイモン:ヨヘスケルを演じたゼーブ・リバシュは、イスラエルを代表するコメディ俳優で、子供のころからずっと観てきた僕たちのヒーローです。ユーモアというエッセンスを効かせるには彼しかいないと思いました。髪と髭も本当は黒いのですが、白髪にしてもらったり。ただ、お得意の顔芸は一切しないようにお願いしました。まあ、カメラがまわっていないところでは十分に楽しませてくれましたが(笑)。妻のレバーナを演じたレバーナ・フィンケルシュタインは、私の初長編監督作『A MATTER OF SIZE』にも出演してもらった名優です。ぜひ、また一緒に作品を作りたいと思っていました。

──重い癌のような病気は安楽死について語るのはわかりますが、認知症にまで広げた理由はあるのでしょうか?

シャロン・マイモン:ヨヘスケルは装置を作ってしまうことで、実は映画を通して神を演じていることにもなります。ドラマの常として神のような行為を行う役は、罪を償わなければならない。そのため、彼の奥さんは認知症に倒れる。癌も難しい病気だけど、認知症の方が主人公の葛藤を描けます。また、物理的な病気と違って、認知症やアルツハイマーといった病気はよりパートナーの苦しみがわかりづらい。患者が自分で決断することが難しい。その意味で、より複雑なモラルの問題を描けるのではと思いました。あと、安楽死装置を作り、何人も安楽死を施したことで有名なアメリカのジャック・ケヴォーキアン医師のしたことをリサーチし、彼の最初の患者も認知症だったことを知ったんです。

人生をどう終わらせるかは教えてくれない

──もし、自分のパートナーが尊厳死、安楽死を望んだらどうされますか?

シャロン・マイモン:うーん、そのときになってみないとわからないですね。

タル・グラニット:最近2頭の犬を安楽死させたが、本当につらかったです。大切なことは選択できる自由があることだと思います。例えば、アメリカのオレゴン州は安楽死が合法だが、75%の人は安楽死を認める処方箋が手元にあっても使わない。いつでも自分で選んで旅立てるんだ、と思う事が人の心を軽くするのだと思います。

映画『ハッピーエンドの選び方』より ©2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION
映画『ハッピーエンドの選び方』より ©2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION

──イスラエルについて、いくつか聞かせてください。まず、安楽死についてイスラエルではオープンに話せるのでしょうか?

タル・グラニット:国家は宗教に厳格ですが、敬虔な信者は20%に満たないんです。安楽死については違法ですが、メディアでも安楽死の問題はよく取り上げられますし、話し合ったりはオープンにできます。国家として合法になることはないでしょうが……。

──イスラエルというユダヤ教の国で、こういう題材を扱うにあたって苦労はありましたか?

タル・グラニット:宗教的な人々はTVもみないし、映画館にも行かないからそんなに問題はなかったです。多くの非宗教的な人々が映画館に観に来てくれてイスラエルで大きなヒットになって嬉しく思っています。軽いテーマではないのに、ユーモアとドラマが良いバランスだから、そして思いやりを込めて作っているからヒットしたのではと考えています。ですので、ぜひご家族全員で観に来てほしいです。

──日本では高齢化が進み、介護をはじめ様々な問題がでてきています。イスラエルはいかがですか?

シャロン・マイモン:介護はイスラエルでも問題になっています。とくに認知症は、なかなか解決法が見出せず、とても難しい問題です。また、医学の進歩、薬のおかげで寿命が延びていますが、どこまで治療するのかということも考えないといけない。精神的なものはケアされず、死の話題は話したくないという傾向もあります。人生をどう終わらせるかは教えていない。この映画で、最期についてみんなが考えるようになればと思っています。

(オフィシャル・インタビューより)



シャロン・マイモン&タル・グラニット(Haron Maymon&Tal Granit) プロフィール

シャロンは1973年ラムル生まれ、カメラ・オブスキュラ映画学校卒業。タルは1969年テルアビブ生まれ。サム・スピーゲル大学卒業。2人は本作以前に3本の映画を共同脚本・監督している。短編『SUMMER VACATION』は2013年のサンダンス映画祭短編コンペティション部門でプレミア上映され、オーストラリアのフリッカーフェストで最優秀賞を受賞。2009年の『TO KILL A BUMBLEBEE』はロカルノ映画祭でプレミア上映され、ヴァリャドリッド国際映画祭の最優秀短編賞など世界中の多くの賞を受賞した。シャロンはエレツ・タドモーとともに共同脚本・共同監督を手掛けた長編映画『A MATTER OF SIZE』が2009年のトライベッカ映画祭のディスカバリー部門でプレミア上映され、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭の観客賞受賞、イスラエル・アカデミー賞13部門ノミネート・3部門で受賞など高い評価を得た。『A MATTER OF SIZE』は2009年イスラエルで最も興行収入の高かった作品となり、現在アメリカのパラマウントピクチャーズでリメイクが進められている。




映画『ハッピーエンドの選び方』
11月28日(土)銀座シネスイッチ他ロードショー

映画『ハッピーエンドの選び方』

発明好きのヨヘスケル。病に苦しむ友人から頼まれた秘密の発明が、思わぬ評判を呼んでしまい―!?エルサレムの老人ホームに暮らすヨヘスケルはユニークなアイディアでみんなの生活を少しだけ楽にするような発明が趣味。ある日、彼は望まぬ延命治療に苦しむ親友マックスから、発明で安らかに死なせてほしいと頼まれる。妻レバーナは猛反対するがお人よしのヨヘスケルは親友を助けたい一心で、自らスイッチを押して苦しまずに最期を迎える装置を発明する。同じホームの仲間たちの助けも借りて計画を準備し、ついに自らの意思で安らかに旅立つマックスを見送る。しかし、秘密だったはずのその発明の評判は瞬く間にイスラエル中に広がり、依頼が殺到してしまい!?そんななか、愛するレバーナに認知症の兆候があらわれ始めて……。残された時間と向き合って見えてくる、人とのつながり、人生の輝き。ヨヘスケルとレバーナの選択とは?

監督・脚本:シャロン・マイモン&タル・グラニット
出演:ゼーブ・リバッシュ、レバーナ・フィンケルシュタイン、アリサ・ローゼン
英題:THE FAREWELL PARTY
日本語字幕:稲田嵯裕里
字幕監修:笈川博一
後援:イスラエル大使館
配給:アスミック・エース
2014年/イスラエル/カラー/93分/ビスタ/5.1ch サラウンド/ヘブライ語
©2014 PIE FILMS/2-TEAM PRODUCTIONS/PALLAS FILM/TWENTY TWENTY VISION

公式サイト:
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▼映画『ハッピーエンドの選び方』予告編

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