骰子の眼

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東京都 千代田区

2015-11-14 10:00


アメリカが仕組んだもうひとつの9.11―世界初の選挙による社会主義政権とクーデター

民族問題研究家・太田昌国さんによる『光のノスタルジア』『真珠のボタン』トーク・レポート
アメリカが仕組んだもうひとつの9.11―世界初の選挙による社会主義政権とクーデター
"映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

チリのドキュメンタリー作家、パトリシオ・グスマンの2部作『光のノスタルジア』『真珠のボタン』を公開中の岩波ホールにて、トークイベントが3日間にわたり実施。11月10日は民族問題研究家の太田昌国さんが登壇した。

グスマン監督は、「世界で最も優れた10本の政治映画のうちの1本」と言われる『チリの戦い』をはじめ、キャリアを通じて自国チリの歴史の暗部を告発し続けており、1973年のピノチェト将軍によるクーデターの際に逮捕された経験を持つ。この『光のノスタルジア』『真珠のボタン』では、独裁政権下多くの命が奪われたチリの人々の姿を、宇宙の神秘と自然の美を交錯させて描いている。太田さんはこの日、チリの社会主義政権成立までの道のりと軍事クーデターが世界に及ぼした影響、そしてチリの現代史を主題とするチグスマン監督の功績について解説した。

【『真珠のボタン』について】

全長4300キロ以上に及ぶチリの長い海岸線。その海の起源はビッグバンのはるか昔まで遡る。そして海は人類の歴史をも記憶している。チリ、西パタゴニアの海底でボタンが発見された。―そのボタンは政治犯として殺された人々や、祖国と自由を奪われたパタゴニアの先住民の声を我々に伝える。火山や山脈、氷河など、チリの超自然的ともいえる絶景の中で流されてきた多くの血、その歴史を、海の底のボタンがつまびらかにしていく。

【『光のノスタルジア』について】

チリ・アタカマ砂漠。標高が高く空気も乾燥しているため天文観測拠点として世界中から天文学者たちが集まる一方、独裁政権下で政治犯として捕らわれた人々の遺体が埋まっている場所でもある。生命の起源を求めて天文学者たちが遠い銀河を探索するかたわらで、行方不明になった肉親の遺骨を捜して、砂漠を掘り返す女性たち……永遠とも思われる天文学の時間と、独裁政権下で愛する者を失った遺族たちの止まってしまった時間。天の時間と地の時間が交差する。

世界で初めて選挙によって成立した社会主義政権

近代チリのもっとも重要な産業基盤になったのが、アタカマ砂漠一帯に開発された銅山です。世界のどの国であっても炭鉱労働者や鉱山労働者は労働組合運動において大きなウェイトを占めるのですが、チリとて例外ではなく、鉱山労働組合はチリ全体の社会運動のなかで大きな比重を持つようになります。1920年から1930年代にかけて、社会党や共産党などの政党が形成され、保守派の政権に対して人民戦線的な連合政権をつくる動きの中で出てきたのが、1930年代後半の人民戦線のなかで一閣僚を占めるサルバドール・アジェンデという人物でした。

太田昌国さん
太田昌国さん

彼は1908年の生まれですから、閣僚になったときは30代そこそこで非常に若かったと思います。彼は一貫して社会党のなかの有力なメンバーの一人で、何度も大統領選挙にも出ており、四度目で当選したときの大統領選挙は1970年でした。得票数は50%に満たなかったと思いますが最高得票数ではあった。20世紀の現代史においては、世界で初めて選挙によって成立した社会主義政権であると言うことができます。それまでのロシア革命あるいは中国やキューバにおいても様々な運動がありましたけれども、最終的には武力によって前の政権を打倒するかたちでの社会主義政権を成立した。そういう意味において、1970年代のチリでは世界史的に見ても画期的な事態が起きていたわけですね。

映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

福祉政策に力を入れたアジェンデ政権への富裕層の反発

1970年というのはキューバ革命から11年目です。1959年にキューバ革命で勝利して以降、キューバはアメリカ帝国によって経済的に全面的に封鎖されていた。とくに革命初期にはCIAが資金援助や武器援助を行ったうえで反革命軍がキューバに上陸するというような企てが何度もあったが、それでもキューバは持ち堪えていたわけです。そこへキューバのあり方に同調する、あるいはアメリカ帝国のやり方に反対する政権がチリにできた。チリの鉱山企業や電信電話公社(ITT)は全て多国籍企業が運営しており、アメリカ企業の利権も非常に大きなものがあったわけですが、アジェンデの国有化政策によって断ち切られて経済的なメリットを奪われていく。しかも政治的にはキューバに同調する動きを決して許すことができないというのがアメリカ政府およびCIAの考え方だったわけです。

ですから、大統領の決選投票の段階から「アジェンデ政権をどうやって潰すか」ということが彼らにとっての課題になり、具体的な策謀が試みられていきます。

映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015
映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

アジェンデは、チリは経済的に貧富の差が激しい社会であることを自覚していましたから、当然のことながら福祉政策に力を入れる、つまり、より貧しい層に対して経済政策や福祉政策を手厚く実施し、社会的な公平さを保とうとするわけです。当然、チリには富裕層、中産階級もそれなりの厚みを持って存在していたわけですが、経済的な格差をなくすという政策が行われることによって、富裕層はいままで自分たちが享受していた独占的な豊かな生活を奪われていくことになる。そうするとCIAの工作に付和雷同するわけですね。「こんなアジェンデは潰さなければならない」と。

一番力を発揮したのはトラック業者に対するサボタージュ工作でしょう。規模の大きいトラック業者を買収して輸送業務をストップさせるわけです。輸送路を麻痺させれば、当然日用必需品や食料品の輸送ができなくなり、福祉政策の恩恵に浴している貧しい層も含めて人民の不満が高まる。そういった狙いで、CIAはトラック業者を買収し、サボタージュ工作を行うことで大きな力を発揮しました。このように内からは富裕層・中産階級などの策謀があり、外からはCIA側の策謀があった。

ディズニー映画、女性雑誌の価値観の押付けへの批判

三年間にわたるチリ的社会主義は非常に面白い方法を編み出したと思います。僕が一番注目しているのは、「大きな力や資本を持った国々の文化浸透がどのように行われているのか」の研究です。映画でいえばハリウッドであったり、テレビではアルゼンチンやメキシコなどの大国であったり、小さな国はどうしたって大きな金を動かして浸透させることのできるメディアに牛耳られている。そうすると、小さな国は自国の文化的な独立性や自立性を考えたときに、非常にまずい傾向あるということに気付くわけです。それを学生や大学教授たちが具体的に研究して批判していくわけですが、いちばん重要視されたのはディズニー文化の批判です。現在、ディズニーは世界を席巻していて、あのような娯楽の世界は子供だけでなく、大人にも夢をもたらすようなものであると一般的に信じられている。

映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015
映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

しかし、ウォルト・ディズニーがつくってきた世界はどういう価値観を生み出しているのか。ディズニーランドはどういう価値観を押し付けようとしているのか。それを批判的に分析する非常にすぐれた研究が行われました。日本で紹介されたものとしては、アリエル・ドルフマンたちの『ドナルド・ダックを読む』(晶文社)があります。これはコミック批判ですが、どの表現ジャンルにも応用できるでしょう。

また、現代日本の問題でもありますが、チリでは女性雑誌も批判的な検証の対象となった。いわゆる女性雑誌が女性たちをどれだけ精神的に疎外していくか。「美しくなる」「痩せる」「おいしいものを食べる」「男にどうやって好かれるか」と、ある特定の価値観に人々を誘導していく。そういう文化的な浸透は何を意味するのか。そういったことに対する真剣かつ刺激的な研究がなされており、その試行錯誤には見るべきものがあったと今でも思っています。

革命は民主的な方法で行われなければならない

カストロや毛沢東とはちがい、アジェンデは民主的な方法で、段階を踏んで革命は行われなければならないと考えて、とうとう軍隊には手をつけませんでした。つまり、昔ながらの革命であれば、人民軍を名乗ったり革命軍を名乗ったりする、いわば人民の軍隊というものがあった。それは新しい体制のなかでは、抑圧軍になる場合もありますから、微妙な問題があるのですが、チリの軍隊というのは、社会主義政権が成立する過程では何も革命には何も貢献していないわけですね。グスマンの『チリの戦い』という映画に出てくる軍人を見ると、「本当に悪い奴が集まっているな」と思わざるを得ない顔つきの白人エリートがいるわけですが、最終的に彼らはCIAの側につき、とうとう1973年9月11日に大統領官邸を爆撃し始めるわけですね。

アジェンデは最後にラジオ放送で、民衆に訴える演説を行ないます。クーデターで殺される前に自分の頭に銃弾を撃ち込んで自ら死んでいった、という説が有力です。それが『光のノスタルジア』『真珠のボタン』で語られている軍事政権の出発点なんです。

そこでピノチェトという陸軍の最高司令官が軍事評議会の議長だったんですが、やがて大統領を名乗って1973年から1989年の19年間、軍事政権が続くわけです。そこで行われたほんの一部が、『真珠のボタン』で描かれた、レールをつけて太平洋に人を突き落して殺したというあり方なわけです。

映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015
映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

もうひとつの9.11―
アメリカが黒幕となったチリの軍事クーデター

その前から軍事政権は近隣諸国にありましたが、チリはあまりにも軍事クーデターのやり方がショッキングだった。しかも打倒されたのは選挙を通じて成立した社会主義政権で、クーデターの背後にはCIAがいた。そういういろんな事情が重なっているので、世界の現代史のなかで見ても非常に大きな事件であると思います。これの起こった日付がなんと1973年9月11日なんですね。2001年の「9・11」については、アメリカは自分たちが世界で唯一こうむった悲劇的な大事件だというふうに振舞って一ヶ月後にはアフガニスタン攻撃を始めたわけです。しかし十数年前には自分たちが黒幕になった、もうひとつの9・11があった。ラテンアメリカの人々にとっては「もうひとつの9・11」というのは定着した言い方です。2001年の事件だけを言い募るアメリカ的な言論があるが、アメリカが起こした1973年の9・11があるではないか。すべての悲劇をなくす努力をしなければならないのに、なぜ自分たちの2001年の9・11だけをとりあげて、愚かな「反テロ戦争」なるものを始めるのか、という考え方があるのを知っておかなければならないと思います。

映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

チリの歴史とグスマン監督について―
『チリの闘い』三部作の不思議な迫力

パトリシオ・グスマンというのは、私も30年前から名のみ知っている非常に有名なドキュメンタリー作家でした。ただ、日本ではなかなか見る機会がなく、『光のノスタルジア』が4年前の山形国際ドキュメンタリー映画祭のコンペティション部門で上映されました。今年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で『チリの闘い』という全三部作の5時間近い大作が上映されたんです。グスマンはアジェンデ政権が成立し、チリ的な社会主義が始まるということで記録映像を撮り始めたわけですね。

『チリの闘い 三部作』
『チリの闘い 三部作』より、サルバドール・アジェンデ

第一部「ブルジョワジーの暴動」では社会主義の道をつぶすために、有産階級がどのような動きをしたのかということをかなり克明に、日常的な記録としてカメラにおさめました。第二部「反乱」ではクーデター直前の不穏な軍の動きを伝え、第三部「民衆の力」では、業者がサボタージュするのであれば、小さい規模であるが自分たちで輸送車の手配をする。日用必需品、食料品を輸送して、平等にそれぞれ必要とするひとたちにどのように分けるかというような民衆の動きが映し出されています。

ですから、チリ革命の3年間、1000日間はまさに革命と反革命の攻防であったと、その事態がはっきりと記録されているわけですね。それでとうとう、1973年9月11日に大統領府が爆撃されるとこまですべて撮ってしまい、そのままグスマンは逮捕される。当時は16mmフィルムで、おそらく何百時間も撮っているでしょうから膨大な量になるわけですね。『チリの闘い』の制作を手伝った方に話を聞いたら、グスマンにはピアニストで政治とも社会ともまったく無関係に生きているおじさんがいて、彼にすべてのフィルムを託したと。軍事政権が利口であれば、親類縁者の家宅捜索をしたんじゃないかと思うんですが、幸い発見されずにフィルムはキューバに船便で運ばれたわけです。グスマンは逮捕されてから2ヶ月くらいで釈放され、すぐにキューバへ行って無事だったフィルムと再会すると、編集をして4時間半のものになんとかまとめた。これはじつに面白いというか、不思議な迫力に満ちた映画でした。

グスマンというひとは、もちろん厳しさもあるが、全体的にはものすごく静かな映画を撮るひとだと思うんです。しかし彼が若かった時代のチリ革命の日々のカメラの回し方はなかなかすごかったのだなあと感じます。ある意味で、チリ現代史と生きてきて、いろんなチリ現代史の顔をここまで刻み込むことのできた稀有な作家だと思います。

(2015年11月10日、岩波ホール内・岩波シネサロンにて)



太田昌国(おおた・まさくに) プロフィール

現代企画室編集長。民族問題・南北問題を軸に、世界、東アジア、日本の歴史過程と現状を分析・解釈することに関心を持つ。主な著書に『チェ・ゲバラ プレイバック』(現代企画室、2009年)、『「拉致」異論』(太田出版、2003年/河出文庫、2008年)、『テレビに映らない世界を知る方法』(現代書館、2013年)など、編訳書に『アンデスで先住民の映画を撮る―ウカマウの実践40年と日本からの協働20年』(現代企画室、2000年)などがある。




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映画『光のノスタルジア』
岩波ホールにて11月20日(金)まで上映中、他全国順次公開

映画『光のノスタルジア』より
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproduktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

監督・脚本:パトリシオ・グスマン
プロデューサー:レナート・サッチス
撮影:カテル・ジアン
天文写真:ステファン・カイザード
製作:アタカマ・プロダクションズ
配給:アップリンク
2010年/フランス、ドイツ、チリ/1:1.85/90分
© Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproduktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

映画『真珠のボタン』
岩波ホールにて11月20日(金)まで上映中、他全国順次公開

映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

監督・脚本:パトリシオ・グスマン
プロデューサー:レナート・サッチス
撮影:カテル・ジアン
編集:エマニエル・ジョリー
写真:パズ・エラスリス、マルティン・グシンデ
製作:アタカマ・プロダクションズ
配給:アップリンク
2014年/フランス、チリ、スペイン/1:1.85/82分
© Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/nostalgiabutton/
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▼映画『光のノスタルジア』『真珠のボタン』予告編

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