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2015-11-12 19:02


天文学者はチリの砂漠の夢を見るか?宇宙や天文学と人の営み描く『光のノスタルジア』

国立天文台チリ観測所の平松正顕さんによるトークイベント・レポート
天文学者はチリの砂漠の夢を見るか?宇宙や天文学と人の営み描く『光のノスタルジア』
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproduktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

フレデリック・ワイズマンやクリス・マルケルなど、一筋縄ではいかない巨匠たちを魅了した南米ドキュメンタリーの巨匠、パトリシオ・グスマンの2部作『光のノスタルジア』『真珠のボタン』を上映中の岩波ホールで、両作を読み解くトークイベントが開催された。 岩波ホール内の岩波シネサロンを会場に3回にわたって行われたこのイベント、11月9日は「『光のノスタルジア』の宇宙」と題し、国立天文台チリ観測所の平松正顕さんが登壇した。

この日は、映画の舞台となるチリ・アタカマ砂漠になぜ世界有数の国立天文台が存在するのか、といった素朴な疑問にはじまり、アルマ望遠鏡がどのような宇宙の謎を解明しようと運用されているのか、そして天文学の役割に至るまでが、映画の内容とともに語られた。

【『光のノスタルジア』について】

チリ・アタカマ砂漠。標高が高く空気も乾燥しているため天文観測拠点として世界中から天文学者たちが集まる一方、独裁政権下で政治犯として捕らわれた人々の遺体が埋まっている場所でもある。生命の起源を求めて天文学者たちが遠い銀河を探索するかたわらで、行方不明になった肉親の遺骨を捜して、砂漠を掘り返す女性たち……永遠とも思われる天文学の時間と、独裁政権下で愛する者を失った遺族たちの止まってしまった時間。天の時間と地の時間が交差する。

チリ・アタカマ砂漠

日本を含めてアメリカやヨーロッパを合わせて約22の国と地域が一緒になって行っているのが、アルマ望遠鏡のプロジェクトです。わたしもこのプロジェクトの一員として、チリには十数回行っています。アタカマ砂漠にはアルマ望遠鏡をはじめ、その他のたくさんの望遠鏡があります。ここが天文学に適した土地だから、たくさんの望遠鏡があるのです。なぜ天文学に適しているかというと、映画のなかでも言われていたとおり、非常に乾燥していた砂漠が続いていますので、平たくいうと「天気がいい」わけですね。天気がいいと星を観測しやすいので、世界中の人たちがここに望遠鏡をつくるために集っている。そして、その望遠鏡を使い、いろんな宇宙の研究をしているのです。

平松正顕さん
平松正顕さん

わたしも年に1、2回ほどチリを訪れますが、日本から向かう場合は、飛行機と車で約1日半をかけて現地まで行きます。また、日本からみると、地球の反対側に位置しているので、時差が12時間。それから、チリは南半球の国なので季節も反対です。日本からはとても遠いですし、現地の気候も厳しいのですが、「天文学に向いた場所」ということで、日本も国際的なパートナーと力を合わせて望遠鏡をつくって、この望遠鏡を動かしているというわけです。

アルマ望遠鏡がある場所は標高5000mです。『光のノスタルジア』でご遺族が骨を探していたところは少し標高が低くて2000~2500m程度だと思います。映画を観ると、息を切らしながらお話をされている方もいらっしゃったと思うのですが、それはおそらく標高が高くて空気が薄いからなのですね。

▼アルマ望遠鏡 国立天文台のグーグルマップ

アルマ望遠鏡以外にも、チリにはたくさんの望遠鏡が置かれています。南北に細長い国で、真ん中あたりにあるのがサンティアゴですが、それ以北はほとんどがアタカマ砂漠と呼ばれる場所です。アタカマ砂漠は非常に広くて非常に乾燥しています。つい先日、アタカマ砂漠に花が咲いたことがニュースになっていましたが、それはこの広い砂漠のどこかにそういった花畑が突然出現したということですね。こういうことがときどきあります。

星の娘バレンティナと天文学

アルマ望遠鏡は、日本・台湾・韓国・北米・ヨーロッパの国際協力で運用しているものです。望遠鏡というと、細長い筒のようなものを思い描くかもしれませんが、写真に載っているたくさんのアンテナはすべて望遠鏡です。これら66台のパラボラアンテナを直径16.5kmの範囲に点々と並べ、それら全体をつないで一つの巨大な望遠鏡にしているというのがアルマ望遠鏡の特徴です。直径16.5kmというのは大体山手線くらいです。望遠鏡は大きくすればするほど、倍率が上がって細かいものが見える、つまり宇宙の詳しい様子を調べることができるようになります。

この望遠鏡は、アメリカやヨーロッパと一緒に運用していますが、ヨーロッパ側のパートナーは、映画にも出てきた欧州南天天文台です。『光のノスタルジア』の映画の最後、バレンティナ・ロドリゲスという赤ちゃんを抱いた女の人が出てきますが、彼女はそこの職員でサンティアゴで仕事をしています。わたしと同じく、彼女の仕事は広報活動なので、かつて一緒に仕事をしたこともあります。もちろん、映画のなかで紹介されていたようなバックグラウンドをお持ちの方だとは知らずにいたわけですが、この映画で彼女のご両親が行方不明という辛い環境にあったということを初めて知って、つよいインパクトを受けました。しかし、それでも彼女が天文学を支えにして現在も強く生きているということ、それからおじいさんに星を見ることを勧められたということは、わたし自身にとっても「一体何のための天文学なのか」ということを考えるうえで非常に印象深いエピソードになりました。


〈『光のノスタルジア』に登場する天文台〉

■アルマ望遠鏡

アルマ望遠鏡 Credit: ESO/C. Malin
(Credit: ESO/C. Malin)

■欧州南天天文台パラナル

(欧州南天天文台パラナル Credit: ESO)
(Credit: ESO)

天文学で自分のルーツがわかる?!

アルマ望遠鏡はどのような宇宙の謎に迫っているか。一つには「宇宙における物質進化」。わたしたちの身体はタンパク質でできていますが、タンパク質はアミノ酸からできています。じつは天文学者は「宇宙にはアミノ酸があるか」ということも調べています。アミノ酸も特定の波長の電波を出すので、電波望遠鏡であるアルマ望遠鏡で宇宙を観測すれば「宇宙にアミノ酸があるかどうか」ということも調べられるわけです。アミノ酸はまだ見つかっていないのですが、宇宙にはたくさんの有機分子が存在することはわかっているので、天文学者は「有機分子が化学反応を起こしていけば、生物の種ができるかもしれない」と思っています。

二つには、「惑星系の誕生」。「太陽系のような惑星系」あるいは「地球のような惑星」がどれくらい珍しいのか。あるいは、どのような条件であれば地球のような惑星ができるのか。このような問題を考えるためには「どのような場所で惑星ができるのか」ということを調べなければなりません。惑星の材料は「砂粒」です。砂粒は温度が低く、光を出さないので、電波で観測する必要があります。アルマ望遠鏡を使えば、いままさに夜空のなかで生まれつつある惑星の様子を詳しく調べることができます。たとえば、太陽系には8つの惑星があります。水、金、地、火、木、土、天、海ですね。そして、それと同じように夜空の星のまわりに2000個くらいの惑星が見つかっていて、それらの惑星がどのように生まれているのかを調べることもアルマ望遠鏡の役割です。

最後に「銀河の誕生と進化」。銀河は太陽のような星が一千億くらい集まっている、非常に巨大な集団です。宇宙のなかには、銀河は何千億個もあるのですが、さらに一つの銀河のなかには何千億個も星が入っている。そのような銀河が「いつ生まれ・どのように大きくなったのか」といこと、いわば「宇宙の歴史」を調べることもアルマ望遠鏡の役割です。

アルマ望遠鏡は電波で宇宙を観測していますが、そういった電波の強さを測ることによって写真を撮ることができます。この写真は「年老いた星 ちょうこくしつ座R星」をガスが取り巻いている様子です。この中心に一生を終えつつある星があります。太陽のような星、夜空に光っている星にも「一生」があって、生まれたり死んだりします。

太陽の寿命はおよそ100億年です。現在、生まれてから46億年ほど経過しているので、あと50億年が経てば太陽は死にます。宇宙のなかには、死につつある星もあれば、いままさに生まれ来る星もあります。アルマ望遠鏡では、星がどのように死んでいくのかということを、きちんと調べることできました。

Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO)
(ちょうこくしつ座R星 ※実は、色は天文学者が勝手につけているだけで、実際の画像はモノクロだそう。明暗は、電波の強さに応じていて、明るいところは電波が強いところ Credit: ALMA [ESO/NAOJ/NRAO])

宇宙に生命体は存在するか?

わたしたちの身体をつくっている「アミノ酸」はさまざまな元素からできていますが、宇宙にはじめから存在した元素は水素とヘリウムだけです。それ以外の、わたしたちの身体のもとになっているような、酸素や炭素や窒素などは、すべて星のなかからつくられました。映画のなかで、カルシウムが地球に来て、骨のもとになる、という話が出てきましたが、138億年前に宇宙がビッグバンから始まったときには、宇宙には水素とヘリウムしかありませんでした。その水素とヘリウムの雲から星ができます。星のなかで核融合反応が起きて、水素がヘリウムになり、ヘリウムが炭素になり、酸素になり、窒素になり、あるいは鉄になり、カルシウムになる、ということが起きます。そして、星が死ぬと、爆発したり、星からガスが吹き出したりして、星のなかでつくられた物質が宇宙空間にばらまかれます。ばらまかれて生まれた雲から、また新たな星が生まれます。そこで、またそうした重い元素が水素をもとにつくられて、星が死ぬと宇宙空間にばらまかれます。

そういうふうに、非常に長い時間をかけて、宇宙空間には炭素や酸素が溜まっていくんですね。いまから46億年くらい前までに、そのように溜まったものがぎゅっと集まって太陽ができて、太陽のまわりに同じ雲が集まってできた砂粒がぐるぐる回っているあいだに地球ができます。地球のなかには――われわれ人間も含めて地球と言っていますが――太陽が生まれる瞬間より前に死んだ星でつくられた物質が入っているわけですね。そして、その地球の上でさまざまなことが起こって人間が生まれるわけです。つまり、ここにある元素というのは、宇宙が始まってから90億年のあいだに星々のなかでつくられたものだということです。

地球上で生物がどのように生まれたかということはまだ解明されていないですが、有機分子(炭素が主要な構成要素)ができて、それが化学反応を起こして、原始的な生物ができて、何十億年かかかって人間に進化していきます。ですから、わたしたちの身体に含まれている炭素や鉄っていうのは、100%もれなく宇宙からきたものです。しかし、それは「いま」の宇宙ではなくて、地球ができた瞬間、太陽ができた46億年前よりももっと以前につくられたものが、われわれに取り込まれているということですね。だから、「星が死ぬところを観測する」ことは「どのように元素は宇宙空間に広まってきたのか」を調べることであり、いわばこれもある意味では「わたしたちのルーツ」「元素レベルのルーツ」を知る試みの一つになるわけですね。

映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproduktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

科学は誰のものか?

こういった研究を行って「星がどのように生まれてどのように死ぬか」ということを理解したところで、明日のごはんが食べられるようにはならないわけです。このような学問では、税金を使って研究を行っているので、僕たち天文学者は「天文学はそれだけの価値がある」とみなさんに思っていただかなければならない立場です。

この映画は、宇宙や天文学とひとの営みをつなぐように描かれていたと思います。チリの軍事政権のひどい行いと天文学を対比させることによって、より天文学の姿を浮き彫りにする、同時に人間が行ったことを浮き彫りにするというようなことが、映画の大きなテーマだったと思います。そういう意味では、天文学が人間を見る鏡として働いたのではないかとも考えています。直接的な科学の成果ではないにしろ、科学の成果・営みをさまざまなひとがいろいろな見方で解釈し、その視点をもって社会を見ることによって新たな切り口、新たな見方が生まれるということがあるのではないかと思っています。そして、天文学やアルマ望遠鏡の成果が、そのようなことの一助になれたら非常にうれしいです。

科学の成果についてお話することはあっても、科学のさらに背後にある「科学という営みがどのような役割を果たしているか」ということや、それが「人類や社会にとってどのような役割を担っているのか」ということについては、ありきたりの言葉では語りにくい部分があるんですね。しかし、『光のノスタルジア』『真珠のボタン』という映画は、そういうことを語る、あるいは再認識するという手がかりをくれたという意味でも、天文学をやっている人間にとってとても興味深い題材だったと思っています。

映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
映画『光のノスタルジア』より、バレンティナ・ロドリゲス © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproduktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

ですから、バレンティナ・ロドリゲスがああいうバックグラウンドを持って、それでも天文学をやっている。むしろ、天文学があったからこそ、彼女がああやって仕事ができている、というのは、天文学が人間の根源的なところを支えているということを感じることができたという点で、わたしにとっては嬉しくもあり、感動したエピソードでした。

また、自分は広報担当なので、世界中の研究者によるアルマ望遠鏡の研究成果をいろんなところでお話するのですが、「宇宙の謎に触れることができた」あるいは「宇宙の謎に挑もうとしているひとがいるということを知って世の中の見方が変わりました」と言ってくださる方もいらっしゃる。天文学はダイレクトに生活を豊かにすることには繋がらないですけれども、深い意味で「役に立つ」学問になっていければいいなと思いながら仕事をしています。

(2015年11月9日、岩波ホール内・岩波シネサロンにて)



平松正顕(ひらまつ・まさあき) プロフィール

天文学者。2008年、東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程修了。 中央研究院天文及天文物理研究所(台湾)研究員を経て、現在、国立天文台 チリ観測所 助教/教育広報主任、国立天文台 天文情報センター広報室長を務める。




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映画『光のノスタルジア』
岩波ホールにて11月20日(金)まで上映中、
他全国順次公開

映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproduktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

監督・脚本:パトリシオ・グスマン
プロデューサー:レナート・サッチス
撮影:カテル・ジアン
天文写真:ステファン・カイザード
製作:アタカマ・プロダクションズ
配給:アップリンク
2010年/フランス、ドイツ、チリ/1:1.85/90分
© Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproduktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

映画『真珠のボタン』
岩波ホールにて11月20日(金)まで上映中、
他全国順次公開

映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015
映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

全長4300キロ以上に及ぶチリの長い海岸線。その海の起源はビッグバンのはるか昔まで遡る。そして海は人類の歴史をも記憶している。チリ、西パタゴニアの海底でボタンが発見された。―そのボタンは政治犯として殺された人々や、祖国と自由を奪われたパタゴニアの先住民の声を我々に伝える。火山や山脈、氷河など、チリの超自然的ともいえる絶景の中で流されてきた多くの血、その歴史を、海の底のボタンがつまびらかにしていく。

監督・脚本:パトリシオ・グスマン
プロデューサー:レナート・サッチス
撮影:カテル・ジアン
編集:エマニエル・ジョリー
写真:パズ・エラスリス、マルティン・グシンデ
製作:アタカマ・プロダクションズ
配給:アップリンク
2014年/フランス、チリ、スペイン/1:1.85/82分
© Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/nostalgiabutton/
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公式Twitter:https://twitter.com/nostalgiabutton

▼映画『光のノスタルジア』『真珠のボタン』予告編

キーワード:

平松正顕 / チリ / アルマ


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