映画『FOUJITA』より ©2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド・フィルム・プロダクション
『泥の河』『死の棘』などの小栗康平監督が、オダギリジョーを主演に迎え、戦前のフランスを中心に活躍した日本人画家・藤田嗣治の生涯を描く『FOUJITA』が11月14日(土)より公開。webDICEでは小栗監督のインタビューを掲載する。
小栗監督にとって2005年の『埋もれ木』以来10年ぶり、日本とフランスの合作となる今作は、1920年代のパリで“乳白色の肌”と称される裸婦画で寵児としてもてはやされ、享楽的な生活を続けるフジタと、1940年代日本に帰国し、裸婦画から一転、「アッツ島玉砕」など戦意高揚のための「戦争協力画」を描いていくフジタを対比させる。インタビューのなかの言葉にもあるように、小栗監督はあえて史実と異なる設定を用い、パリの場面でのフェリーニ的な祝祭のイメージや、帰国後のフジタが生きた日本の生活のなかに幻想的な画を織り交ぜる。異なる手法の作品を発表しながらも、そのなかに一貫したフジタの生き様、そしてイマジネーションの源泉を、小栗監督は静謐な美しさをたたえたショットにより捉えている。
日本が西洋から受け入れてきた近代の問題を描く
──まず、小栗監督がフジタを撮る、というのが意外でした。
もともとは持ちかけられた企画でした。とくに好きな画家というわけでもなく、通りいっぺんのフジタ像しか持ち合わせていませんでした。ただ映画の主人公として、画家は魅力的だと思っていました。ゲオルギー・シェンゲラーヤ監督の『放浪の画家ピロスマニ』(1969年)などは大好きな映画の一つです。で、勉強してみると、フジタは面白かった。1920年代のパリでの裸婦と戦時中の「戦争協力画」との、絵画手法のあまりの違いに、あらためて驚かされたのです。この両者を分かつものはなにか。文化としての洋の東西、私たちが西洋から受け入れてきた近代の問題など、そっくりそのまま私自身に引き戻される課題でした。
映画『FOUJITA』小栗康平監督(右)、プロデューサーのクローディー・オサール(左)
──日仏合作にされた経緯を教えてください。
映画化の許諾条件に日仏合作であることが明記されていましたし、そもそもがパリで暮らしたフジタを撮るのですから、海外ロケに行けばいいという性質のものでもありませんでした。人づてにクローディー・オサールさんを紹介されて、先ず、シノプシスを読んでもらったのです。私の前作『埋もれ木』などをパリの劇場で見てくれていて、私の映画のスタイルを気に入ってくれていました。フジタはよく知られているけれど、戦争画のことは自分も知らなかった、もの凄くおもしろい企画です、やりましょう、とすぐに決断してくれました。日本では見かけないタイプのプロデューサーでした。
映画『FOUJITA』より ©2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド・フィルム・プロダクション
自分が関心をもてないものはどんなにお金がよくてもやらない。僕と会っても制作の枠組みとかについては触れないまま、時間がある限り僕と話をしたいと思っている。それが伝わってくる。「こういう絵が撮りたい」と言うと、いくらでもパリ中を連れ回してくれた。エッソンヌの最後のアトリエ、ランスの教会などにも同行してもらいました。書籍で見るものとは違って、現場に立つといろいろ触発されるものがありました。フランスでの撮影は日仏の混成でしたが、いいスタッフィング、キャスティングになりました。
フジタは実在した人物ですから、彼が遺した素敵な絵画を映画の中で使わせていただきました。伝記的な映画にはせず、1920年代のパリと1940年代の戦時中の日本の二つを並べて文化や歴史の違いを浮かび上がらせました。オダギリ君はとても素敵なフジタになりましたし、中谷さんは5番目の妻ですが、いい妻になりました。
映画『FOUJITA』より ©2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド・フィルム・プロダクション
こういう人とはお友達になりたくない(笑)
──フジタについてどのように「勉強」されたのですか?
フジタはいろいろあった人、でしたから、ありあまるほどのエピソードが人口に膾炙(かいしゃ)しています。知っていくとこういう人とはお友達になりたくないなあ(笑)と思えることまで含めて、虚実いろいろです。実在した人物が題材ですし、彼の残した絵画も映画の中で使わせてもらうわけですから、歴史的なことについては知っていた方がもちろんいい。関連書籍も少なからず読みました。でも資料はざっと読んで、早く事実から離れる。それがシナリオを書く作業の始まりでした。
資料はたくさん残っていますし、エピソードもたくさんある人です。一通りは見ましたが、オダギリ君と一緒に「全部忘れてやろう」と。
映画『FOUJITA』より ©2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド・フィルム・プロダクション
──なぜ事実から離れようとするのですか?
離れると言うと語弊がありますが、これまでに言われてきたこと、こう知られているとそれぞれが知った気になっているようなことを積み上げても、類型的な人物像を上塗りするだけです。映画は、映画という独自な時間の中で成立するのですから、もっと自在でなければいけないと考えます。二時間強の映画になりましたが、20年代のパリと戦時の日本とをそれぞれ一時間ずつ、ほとんど真っ二つに断ち切ったように並置して、描いています。「歴史的」に見れば、ここでの十何年間を跨いでフジタは変節した、などといろいろに言えるでしょうが、断ち切られたのは、生きていたフジタその人だったと考えれば、その感情世界こそが大事になってきます。物語は歴史に縛られがちですが、感情は歴史的事実から自由です。
映画『FOUJITA』より ©2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド・フィルム・プロダクション
オダギリジョーは佇まいとしてフジタを表現した
──主演のオダギリさんは、監督からのオファーだった聞きました。
そうです。オカッパにロイドメガネ、フジタになるなあ、とまず思いました。でもそうした外見以上に、フジタのなんとも言えない、独特な皮膚感覚のようなものがオダギリ君にもあるように思えたからです。結果もよかったと思います。フランス語もよく頑張ってくれました。
撮影現場では、芝居のハウツーではなく、いつも考え方を話し合っていたのです。先ほど、フランス語のことを答えたときに「丸暗記ですよ」、今回も「丸投げですよ」と、答えましたが、これはマイナスではないですね。何かに預けるということはとても勇気がいることです。20年代のパリと40年代の日本で、変わらなくてもいい、一つの命がそこをまたいでいるだけですから、変わるために何をしようかと話し合ったことは一度もしていません。
映画『FOUJITA』より ©2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド・フィルム・プロダクション
オダギリ君はフランス語を音で全体として覚えましたが、それはオダギリ君の芝居全体にも言えることで、彼は分析的に芝居をしません。フジタを伝記映画として演じるのではなく、佇まいとして20年代はこんな姿、40年代はこんな姿だったと表現するとき、オダギリ君がどう感覚的にいられるか。それを出来る役者は少ないのです。オダギリ君は、自分の身体感覚全体で芝居を掴むという難しいことができる俳優だと思います。
──戦後70周年となる2015年に公開されることになりましたが、そのことについてはどうお考えですか。
期せずして、そうなりました。『泥の河』でデビューして、『FOUJITA』でもう一度、自分の映画的な原点に立ち戻った気がしています。
私は1945年に生まれ、今年70歳になります。35歳でデビューしましたから、約半分かかってフジタに辿りついたという印象でしょうか。フジタは矛盾の多い人物です。20世紀という戦争の世紀を生きた故に、多くの矛盾を抱えた。そういう人物を、戦後70年を機に撮れた。その歓びでしょうか。
映画『FOUJITA』より ©2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド・フィルム・プロダクション
──今回映画を作り、あらためてフジタとお友達になりたいと思いましたか?
イジワルな質問ですね。同じ時代に生きていたら、友達にならなかったと思います。2015年の今から1920年代や1940年代のフジタを思い描くと、私にとってのフジタは何かという問いが生まれますので、映画を撮った今は、とても親しい存在です。
(オフィシャル・インタビューより)
小栗康平 プロフィール
1945年10月29日生まれ。群馬県出身。早稲田大学第二文学部演劇専修卒後、フリーの助監督として浦山桐郎、篠田正浩監督らにつく。1981年、宮本輝の小説を映画化した『泥の河』で監督デビュー。キネマ旬報ベストテン第1位、日本映画監督賞、毎日映画コンクール最優秀作品賞、最優秀監督賞など数多くの賞を受賞、海外でもモスクワ映画祭銀賞を獲得し、米アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされるなど高い評価を受ける。1984年、李恢成の原作による『伽倻子のために』を監督。フランスのジョルジュ・サドゥール賞を日本人として初受賞、ベルリン国際映画祭国際アートシアター連盟賞を受賞する。1990年、島尾敏夫の小説『死の棘』を映画化。第43回カンヌ国際映画祭でグランプリと国際批評家連盟賞をダブル受賞する。『泥の河』『伽倻子のために』『死の棘』は、いずれも1950年代を舞台にしており、小栗康平監督の“戦後3部作”と位置づけられている。1996年、自身初となるオリジナル脚本で『眠る男』を監督し、モントリオール映画祭審査員特別大賞を受賞。2005年、オリジナル脚本による『埋もれ木』を監督。第58回カンヌ国際映画祭で上映された。著書に「見ること、在ること」(平凡社)、「時間をほどく」(朝日新聞社)、「映画を見る眼」(NHK出版)などがある。
映画『FOUJITA』
11月14日(土)角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館、
渋谷ユーロスペース ほか全国ロードショー
映画『FOUJITA』より ©2015「FOUJITA」製作委員会/ユーロワイド・フィルム・プロダクション
1920年代、フランス・パリ。乳白色の裸婦像で絶賛されたフジタは、エコール・ド・パリの寵児としてもてはやされていた。「いくら絵がうまくても名前が知られていなくては」と考えるフジタは、お調子者という意味の“フーフー”という愛称も、すぐに自分のことを覚えてもらえるからと歓迎。毎夜のようにカフェ・ロトンドへと繰り出しては、画家仲間たちとバカ騒ぎに興じていた。1940年代、日本。戦意高揚のための絵画を集めた「国民総力決戦美術展」で自らが描いた「アッツ島玉砕」に人々は手を合わせ、画を拝んでいる姿にフジタは敬礼し、頭を下げる。東京空襲が現実のもとなり、フジタと妻の君代は村へ疎開する。昔からの村の暮らし、習俗、豊かな自然のなかでフジタは新しく“日本”を発見していく。
監督・脚本:小栗康平
出演:オダギリジョー、中谷美紀、アナ・ジラルド、アンジェル・ユモー、マリー・クレメール、加瀬亮、りりィ、岸部一徳、青木崇高、福士誠治、井川比佐志、風間杜夫
製作:「FOUJITA」製作委員会(K&A企画、小栗康平事務所、ユーロワイド・フィルム・プロダクション)、
井上和子、小栗康平、クローディー・オサール
音楽:佐藤聰明
照明:津嘉山誠
録音:矢野正人
美術:小川富美夫、カルロス・コンティ
VFXスーパーバイザー:牧野由典
衣装デザイン:オリヴィエ・ベリオ、コリーヌ・ブリュアン、半田悦子
配給:KADOKAWA
2015年/日本・フランス/日本語・フランス語/カラー/126分/PG12
公式サイト:http://foujita.info/
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