骰子の眼

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東京都 渋谷区

2015-10-17 16:05


戦争の時代だからこそグロテスクな笑いを、青山南×巽孝之がアルトマンと文学を語る

ドキュメンタリー映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』トークレポート
戦争の時代だからこそグロテスクな笑いを、青山南×巽孝之がアルトマンと文学を語る
映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』より © 2014 sphinxproductions

1970年代に『M★A★S★H マッシュ』『ロング・グッドバイ』といった名作を生み出し、アメリカ・インディペンデント映画の父として今も多くのリスペクトを集めるロバート・アルトマン監督のキャリアを紐解くドキュメンタリー映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』が現在、YEBISU GARDEN CINEMAにて公開中。10月9日(金)の公開記念イベントに、アメリカ現代文学の紹介者でありエッセイストの青山南氏と、慶応義塾大学教授・アメリカ文学研究者の巽孝之氏が登壇した。この日は「アルトマンと文学の魅惑の関係」と題し、文学から見るロバート・アルトマンをテーマに、彼のフィルモグラフィーとアメリカ文学の繋がりを中心に、まさにアルトマン作品の台詞のように話題が縦横に飛び交うアフタートークとなった。webDICEでは、このイベントのレポートを掲載する。

文学と映画とのキャッチボールのできる監督

巽孝之(以下、巽):アルトマンの大ファンです。以前に「ロバート・アルトマン わが映画わが人生」(キネマ旬報社/2007年)を書評する機会があって、そのときに全貌に馴染みがあったのですけど、今回ドキュメンタリーを観て、本だけでは分からないことが伝わってきました。一種の拡大家族。一家でアルトマン作品を支えていたことが分かる。とくに心臓手術の前後が非常に感動的に思いました。“アルトマネスク”というのがいろんな定義ででてくるのが効果的ですね。

ひとつ強烈な再認識の瞬間だったのは『ショート・カッツ』(1993年)。青山さんはレイモンド・カーヴァーの紹介も多くやられていますけど、ごく短いカーヴァーの短編を継ぎ合わせて、オリジナルのストーリーも巧妙に紛れ込ませて、一気にまとめ上げていくという手法に圧倒された経験があります。昨今ではアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014年)もカーヴァーの原作ですね。アルトマンは文学と映画とのキャッチボールのできる非常に貴重な映画監督と思っています。

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』

青山南(以下、青山):僕は、アルトマンはなんだかんだと観てきて、ファンというか、アルトマンならば観たいなというのがあった。見る機会を逸したのがあるととても悔しがって名画座に追いかけて見に行くというようなことをやってきましたね。

映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』青山南×巽孝之
映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』トークイベントに登壇した青山南氏(左)と巽孝之氏(右)

“アルトマネスク”という言葉

巽:“アルトマネスク”という、人によって違うビジョンが出てくるのは大変面白かったんですが、この単語を、私は現代小説の書評のなかで初めて知ったんです。忘れもしない93年頃、つまり『ショート・カッツ』が撮られた頃に、現代小説の評で「この小説の作りは“アルトマネスク”だ」と一種の批評用語として出てきたんですね。それはおそらくは“群像劇的”というニュアンスだったと思いますけれども。作品は、作家ウィリアム・ギブスンの『ヴァーチャル・ライト』(1993年)という長編小説を評するのにまず出てきたのは間違いないと思います。そのほかスティーヴ・エリクソンとか、ポール・オースターとか、そういう人たちの作品も時として“アルトマネスク”という風に呼ばれることがありました。90年代前後に頭角を現したポストモダン作家のひとつの手法がなにか“アルトマネスク”だと評される現象が非常に気になっていました。

ウィリアム・ギブスン著『ヴァーチャル・ライト』

青山:劇中でいろんなひとたちが“アルトマネスク”について話しているのが印象的で、その都度、章が変わっていくみたいな作りですよね。

映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』より © 2014 sphinxproductions
映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』より © 2014 sphinxproductions

原作も脚本も無視するアルトマン

青山:僕がアルトマンで驚いたのは『ショート・カッツ』、ごく短い短編ですよね、それが映画になることが、まず驚きでした。そしてもっと驚いたのは、レイモンド・チャンドラー原作の『ロング・グッドバイ』(1973年)。アルトマンが1973年に撮っていますが、この映画、ぜんぜん原作と違うんですよね。犯人も違うし、殺し方も違う。めちゃくちゃ違う。それで『ロング・グッドバイ』と名乗って、一応〈based on novel by レイモンド・チャンドラー〉となっている。非常に驚いた記憶がありますね。

レイモンド・チャンドラー著『ロング・グッドバイ』

あとは、『M★A★S★H マッシュ』も原作があるんですよね。今回のトークに備えて『M★A★S★H マッシュ』のDVDを観返してきたんですが、そのDVDにアルトマンが自作に解説をつけている特典映像があるんですけど、そのなかでアルトマンが「いやー、原作がひどいんだよ。あんな駄作はない!とにかく人種差別でいっぱいだし、どうしようもないんだよね」と言っている。脚本はリング・ラードナー・ジュニア。小説家のリング・ラードナーの息子なんですが、アルトマンは「リング・ラードナー・ジュニアがいい脚本を書いてくれたから、あのゴミみたいな小説もよくなったんだよね」と言っている。さらにこの特典映像を見ていましたら、アルトマンって、役者にどんどんアドリブさせるんですよね。それで、脚本家であるリング・ラードナー・ジュニアが怒った。ドキュメンタリーにも出てきますよね。がんがん怒ったけど、リング・ラードナー・ジュニアは結果、この映画でアカデミー賞脚本賞をとったんですよね(笑)。怒っていたとしても、脚本賞もらったらやっぱり嬉しいですよね。

巽:アルトマン自身はずっと賞をもらえなかったわけですからね。

青山:そうですね。だからあれにはリング・ラードナー・ジュニアも微妙な気持ちだったでしょうけど。

たとえば、原作が長いから映画でも観て、ちょっとごまかして読んだ振りしよう、とかいうふうなことをよくやるんですけど(笑)、アルトマン作品に関してはその手は使えない(笑)。

映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』より © 2014 sphinxproductions
映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』より © 2014 sphinxproductions

巽:ジョン・ヒューストン監督の『白鯨』(1956年)もそうです。原作であるハーマン・メルヴィルの小説を学生が読み切れないので、代わりに映画を観てきました、というんですけど、映画はキャラクターも結末も違う。映画の文法と小説の文法がそもそも違うんです。アルトマンは、私が感じるには文学とやりとりしている感じはあるんですが、やっぱり原作とか脚本家とはかなりの闘争がある。スタンリー・キューブリック監督も必ず原作者を怒らせるということでウラジーミル・ナボコフも怒ったし、アーサー・C・クラークも怒ったし、スティーブン・キングなんかあまりにも怒りすぎて自分のバージョンの『シャイニング』を撮ってしまったというエピソードもあります。

「即興!即興!」音楽のように映画を撮る

青山:『今宵、フィッツジェラルド劇場で』(2006年)に出演しているケヴィン・クラインがアルトマンに「ところでロバートさんは脚本を読まないんですか?」と聞いていて、アルトマンが「読まないな……、1~2回見るくらいかな」って言うんですよ。勝手に進んでいくからこそ、いいんだと。原作も無視するし、脚本も無視する。それでひたすら「僕は役者を信頼しているから」とか「即興!即興!」と言ってるんですよね。ジャズみたいにライブならば分かりますが、映画ってライブじゃないですよね。ライブでない映画で即興をやるってとんでもないことをやっているんだなと。改めて、大変なヤツですよねえ。

映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』より © 2014 sphinxproductions
映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』より © 2014 sphinxproductions

巽:即興の要素を入れながら、実に巧妙に群像劇を撚り合わせて、最後はぎゅっと収束させるような、計算をしているような感じになっていくんですね、なぜか。いろんな偶然の事件とか事故を演出しながら、それが最後見事に寄り合わさっていくという、そういう群像劇が私にとっては“アルトマネスク”かなと思うんですけど。

青山:即興性ですよね。

巽:『イメージズ』(1972年)だったか、最初女優に出演をオファーしたら、「妊娠中だから」と断わられて、「だったら役柄を妊婦にするから出てくれ」という形で臨機応変に口説いたとか。そのあたりも即興性ですよね。

“アルトマネスク”と村上春樹の関係

巽:イニャリトゥ監督の『バードマン』もレイモンド・カーヴァーを使って、“アルトマネスク”を意識したものだったというのはさきほど指摘しましたが、本編にも登場してきたポール・トーマス・アンダーソン監督。最近ではトマス・ピンチョン原作の『インヒアレント・ヴァイス』(2014年)がありますが、私は『マグノリア』(1999年)が素晴らしい“アルトマネスク”な映画だと思うし、村上春樹とのあいだに影響関係が見て取れる映画ですね。

ポール・トーマス・アンダーソン監督『マグノリア』

青山:『マグノリア』って、蛙が降ってくる映画でしたっけ。

巽:そうです。蛙が降ってくる『マグノリア』が1999年で、2002年に村上春樹が『海辺のカフカ』を書くわけですが、それはニシンが空から降ってくるという光景にしているわけですが、おそらく影響関係がある。日本では村上春樹はアルトマンを意識している作家だろうとなるわけですけれども。ちょっと面白いと思ったのは、『M★A★S★H マッシュ』のなかにダヴィンチの「最後の晩餐」にそっくりなシーンがありますよね。それを、PTA(ポール・トーマス・アンダーソン)はピンチョンの原作に忠実に撮っているとはいえ、『インヒアレント・ヴァイス』のなかに「最後の晩餐」のシーンを作っている。あれは実はアルトマンの『M★A★S★H マッシュ』にオマージュを捧げているんではないかと見ることができますね。

村上春樹著『海辺のカフカ』

“アルトマネスク”を文学に置き換えたら

青山:『M★A★S★H マッシュ』もそうですが、アルトマンの映画は台詞がごちゃごちゃになりますよね。

巽:それも彼のテクニックで、“アルトマネスク”と言われますよね。英語で言うと「オーバーラッピング・ダイアログ」(アルトマンが用いた、複数の人物の声が重なり合う台詞)。

青山:ああいうことって文字の世界でできますかね?

巽:いや、難しいでしょうね。タイポグラフィを駆使してやってみると、一時の筒井康隆さんがそういうのを実験していたことはありますね。2段組にして、上と下の内容が入り組んだりとかね。

映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』より © 2014 sphinxproductions
映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』より © 2014 sphinxproductions

今の時代だからこそ、アルトマンのブラックユーモアを!

青山:群像劇ですけど、誰が撮られているか分からない、脇役だと思っていたひとが大きく使われていたり、そういう特殊な撮影方法をとっていたりもしていますね。アルトマンは主役が嫌いなんじゃないですかね。話の中心人物がいて、それによって話が進んで行く、というようなものが嫌いなんじゃないかなと思いました。それで思い出したのが、作家のカート・ヴォネガット・ジュニアが『チャンピオンたちの朝食』(1973年)という小説のなかで、“小説のなかにヒーローがいるのはよくない、小説のなかでヒーローを作ろうとするから戦争が起きるんだ”と書いている。ヒーロー=英雄ということですよね。だからこの小説にはヒーローはいませんよ、と言ってるんですが、アルトマンも徹底してヒーローを作らない。

カート・ヴォネガット・ジュニア著『チャンピオンたちの朝食』

巽:アンチ・ヒーロー。『M★A★S★H マッシュ』もあらゆるタブーを破っていく。カート・ヴォネガットもそういうところありましたよね。要するに体制批判。ブラックユーモア。ドナルド・サザーランド(『M★A★S★H マッシュ』主演)はアルトマンのこと「インサニティ(insanity)」=狂ってると言ってました。「マッド(mad)」じゃなくて、完全に病院に入れないといけないんじゃないかっていうレベルだと(笑)。アンチ・ヒーローが中心だし、一種「ピカレスク」でもありますね。『ザ・プレイヤー』(1992年)のハリウッド批判。殺人している登場人物は、普通のハリッドの文法だったら勧善懲悪になるところを、最後までのうのうとサバイバルするという。主役が因果応報で罰を受けるのではなく、“悪い奴がハリウッドでは生き延びていく”、ハリウッドを茶化してピカレスクで描いているという感じがしましたね。

巽:今の時代ってどうしても『M★A★S★H マッシュ』を連想させる時代なんですよね。アメリカ文学だと、マーク・トウェインに「The War Prayer」(出兵の祈り/1904年)というブラックユーモアに満ち満ちた作品があるんですけど、最近それと『M★A★S★H マッシュ』を比べる研究も出てきたりしているんですね。戦争の時代だからこそ、グロテスクな笑いを。ブラックユーモアによって徹底的に批判すること。『M★A★S★H マッシュ』は今のような時代にも、痛切なメッセージをはらんでいる映画だと思います。ブラックユーモア感覚をごくごく自然にアルトマンで身につけてはいかがでしょうか。

マーク・トウェイン『出兵の祈り』収録の『地球紀行—マーク・トウェインコレクション (18) 』

(10月15日、YEBISU GARDEN CINEMAにて)
※文中のジャケット写真・書影はAmazonにリンクされています。



映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』より © 2014 sphinxproductions
映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』より © 2014 sphinxproductions

映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』
YEBISU GARDEN CINEMAにて公開中、ほか全国順次公開

監督:ロン・マン
証言者:ジュリアン・ムーア、ブルース・ウィリス、ポール・トーマス・アンダーソン、エリオット・グールド、サリー・ケラーマン、ジェームズ・カーン、キース・キャラダイン、フィリップ・ベイカー・ホール、ライル・ラヴェット、マイケル・マーフィー、リリー・トムリンほか
配給:ビターズ・エンド
原題:Altman/カナダ/2014年/95分

公式サイト:http://www.bitters.co.jp/altman/
公式Facebook:https://www.facebook.com/Altman.movie
公式Twitter:https://twitter.com/Altman_movie


【公開記念イベント】

10月21日(水)19:35回終了後
菊地成孔氏(音楽家・文筆家)「アルトマン初のドキュメントを語る」

10月28日(水)最終回終了後
樋口泰人氏(映画評論家・boid主宰)×中原昌也氏(ミュージシャン・作家)「アルトマン映画をマニアックに語り尽くす!」

会場:YEBISU GARDEN CINEMA


▼映画『ロバート・アルトマン/ハリウッドに最も嫌われ、そして愛された男』予告編

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