映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
南米チリを代表するドキュメンタリーの巨匠パトリシオ・グスマン監督が、壮大な宇宙とチリの歴史を圧倒的映像美で捉えた『光のノスタルジア』が、連作『真珠のボタン』とともに、10月10日(土)より岩波ホールにてロードショー。公開を記念したトークイベントが10月1日、渋谷アップリンクで行われ、音楽家の蓮沼執太氏と音楽・批評家の大谷能生氏が登壇した。この日は、本作に感銘を受けたという両氏が、グスマン監督が用いた映像のメタファーや、時間と歴史に対する視座について持論を展開した。webDICEでは、当日のトーク・レポートを掲載する。
もうこれしか考えられないぐらいのメタファーのあり方
大谷能生(以下、大谷):最近は、ドキュメンタリーですごくいい作品が多いですね。わたしはグスマン監督のことは存じ上げなかったんですが、チリの虐殺の話というと、音楽をやっている人間としては、ビクトル・ハラのことを想いました。ピノチェト独裁政権の前、アジェンデの社会主義政権のときに民衆から大きな支持を得て活躍したシンガー・ソングライターで、軍事政権が発足したときに拘束されて、ギターを弾けないように両手を打ち砕かれて殺された人です。『光のノスタルジア』では、そのときに行方不明になった方々のことがもう一つのテーマになっているんですよね。音楽を通して、そうした歴史を気にしてなかったわけじゃないけど……今回こういうかたちで映画で見せられて、「油断していたらいきなり違う角度から切り込んできたな」と。
蓮沼執太(以下、蓮沼):最初、ロマンティックな話なのかなと思って観たんです。ところが突然、チリの歴史のけっこう重い内容が連続して、たまにそれを救うように星の話が出てくる。
大谷能生さん(左)、蓮沼執太さん(右)
大谷:天文のロマンだけじゃなくて、ここで人が40年前に殺されている、という現実。
蓮沼:僕はべつに星の専門家でもないですし、社会体制に対する音楽をやっているわけでもないので、わりと客観的に見ていますが、それでもストレートに、この天文と政治の対比が入ってきた。
大谷:それは映画としてすごく優れているということだと思います。もうこれしか考えられないぐらいのメタファーのあり方というか。
星の光を見ることは、僕らの生きている時間軸では測れないようなものを見ること
大谷:『光のノスタルジア』は「天文台で星を見る=遠くのものを見る」ということと、「それには何の意味があるのか」という話を延々としている映画だと思うんです。星のアップを見たときには「近い」けれども、実際は「遠い」ということ。ロング・ショットなのかクローズ・ショットなのかわからない。そういうシーンがいっぱい出てくる。
蓮沼:かなり至近距離でビー玉を撮ってたでしょ?あれはメタファーだよね。
大谷:接写で撮ると、ビー玉も遠くの星も変わらないんだよね。カメラが引くと、他のものとの対比でビー玉ってわかる。クローズ・アップで見ているときは本質を見ているわけではない。引きの画で、つまり、他のものと比較して、他のものが同じフレームに入ってきて初めて、そのものの尺や質感がわかる。そのとき、物事は相対的なのだな。ということに気づかされてドキッとする。
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
蓮沼:光の届く時間という、僕らの生きている時間軸では測れないようなもの。星を見るというのは、星の「光」を見ているわけだから、そういうものを、やっと映像メディアに落とし込めて見ているというフレームのつくり方が面白い。
大谷:そういうやり方もあったか、と思う。映画でしかできない感じだよね。望遠鏡で見ているときは「生目」で見ていて「記録媒体」じゃないんだけど、そのあいだに時間が挟まる。「とっくの昔に終わっている時間を見ている」ということが、そのまま「映画を観る状態」になっていて、それを重ねて繋げていくのはとても面白い。良く考えて作られた映画ですね。
論理的な説明はできないけれど琴線に触れるもの、そのロマンティック
大谷:映画を観ながら、音楽でならこれをどう表現するかって考えたりすることはない?
蓮沼:あぁ……それは考えなかったなあ(笑)。
大谷:星とか砂漠とか土地の記憶とか、そういうものをこういうかたちでの視覚表現ではなくて、モンタージュを聴覚上でやれるのかしら?みたいな感じのことを思うんです。でも、難しいんですよね。音は距離がとれないから、モンタージュではなくミックスになっちゃう。重なり合っちゃうので。音だけで何かやるというのは、けっこう難しい。
蓮沼:この映画の舞台、チリのアタカマにあるアルマ望遠鏡という電波望遠鏡の観測データをオルゴール化して、その音色からインスピレーションを受けた音楽を作るプロジェクト『Music for a Dying Star』に参加させてもらったんです。このプロジェクトにはロマンティック感があるんですよね。まず、「わざわざデータを十二音階のメロディにするのはなぜだろう」って思ったんです。あまり合理的ではないですよね。ただ、メロディっていうのはなぜか知らないけれど琴線に触れるというか、電車の音とか信号機のノイズと比べると、メロディは勝手に入ってくるという感じがする。そこがロマンティックだなと解釈したんです。メロディって解読できないというか、論理的な説明が難しいですよね。
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
大谷:相手に与えるエモーションとか、こういう入力があるとこういう出力があるとか、計量的にとるのは難しいだろうね。メロディというのは、リズムとかサウンドとか、いろいろなものに輪郭線を与える作業なんですよ。さまざまな付帯情報があるんだけど、線の流れにしていく。一つのアウトプットしかできないところに強引に100個くらいの情報を捻じ込んで相手に何かを伝えようとするわけで……。
蓮沼:単純に見えるメロディの奥にはさまざまな情報が入っていて、それを圧縮してリリースしているっていうことだよね。
大谷:本当はうしろにたくさん聞こえてるものを単線的に記述してみる。そういうのが音楽の強さではある。それは映画のようなモンタージュではない。
蓮沼:アルマ望遠鏡のプロジェクトで生まれた70個のオルゴールはかなり限定的な音楽のメロディの作り方をしていたけれども、べつにオルゴールじゃなくても、サイン・ウェーブでも何でもいいんですよ。ただ、それをあえてオルゴールにしたいというところに情緒を感じました。
大谷:『光のノスタルジア』を観て『Music for a Dying Star』を聴く(笑)。そういうふうにロマンティックなものとハードなモンタージュを同化していくことは、ちょっとやりたいことではありますね。
映画『光のノスタルジア』より、バレンティナ・ロドリゲス © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproduktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
「意識のポジショニングでがらりと世界が変わる」という気づき
蓮沼:『光のノスタルジア』に、両親が捕まってしまって行方不明で、おじいちゃんとおばあちゃんに育てられたバレンティナ・ロドリゲスさんという女性が出てきます。歴史と天文学がクロスするところですね。その部分で彼女が「天文学は私を支えてくれた。両親がいなくなった大きな喪失感と別な角度から向き合えた。私たちは、永遠に続く生命のエネルギー、そのすべてに存在する。そう考えれば、両親の不在も別の意味を持つようになる」と、すごくいいことを言っていて。僕は「意識のポジショニングでがらりと世界が変わる」という意味に受け取ったんです。それって音楽の捉え方も似ているんじゃないかなって。サウンドも一つの波形なので、その波形をミクロに見るか、引いてみるか。現代になってものを見る尺度がどんどんと増えていくなかで、だからこそ、「人間の意識の問題で物事の捉え方を変えていくことができる」という気付きがあるだけで、とても素晴らしいことで。たとえば、人間がつくってきた過去の音楽をものさしで捉えてみるとか、「じゃあ未来の音楽はどんなふうになるんでしょう?」とか、考えてみる行為はとても意義があることだと思っていて。だから、ロドリゲスさんは涙がちょちょ切れるくらい良いことを言うなって。
大谷:そこからまた次の新しい世代、新しいサイクルや波が生まれてくるんですね。10年前くらいにアップリンクで「大谷能生のフランス革命」っていうイベントを定期的にやっていたんですけど、フランス革命は200年くらい前なんですが、200年前、2時間前、音楽でいうと2小節前、いろんな単位があって、どこを塊で捉えるか、ということ。時間の伸び縮みや繋がり方は、どんどん変わって認識を変えられるんですね。それは音楽の魅力だし、自分から程遠いもの、自分の基準から外れるものをどんどん取り入れられる。さっきの話と絡めれば、世界はノイズに満ちていて、『光のノスタルジア』はその世界から美しく人の心に伝わるメロディを紡いだ映画ですね。映画はそういう一つの装置だと思っています。
(2015年10月1日、渋谷アップリンク・ファクトリーにて)
蓮沼執太(はすぬま・しゅうた) プロフィール
1983年、東京都生まれ。音楽作品のリリース、蓮沼執太フィルを組織して国内外でのコンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、音楽プロデュースなどでの制作多数。近年では、作曲という手法を様々なメディアに応用し、映像、サウンド、立体、インスタレーションを発表し、個展形式での展覧会やプロジェクトを活発に行っている。自ら企画・構成をするコンサートシリーズ『ミュージック・トゥデイ』を主催。2014年はアジアン・カルチャル・カウンシル(ACC)の招聘によりニューヨークに滞在。最新アルバムに『蓮沼執太フィル:時が奏でる Time plays - and so do we.』(2014)。主な個展に『作曲的|compositions - space, time and architecture』(国際芸術センター青森2015)、『have a go at flying from music part3』(東京都現代美術館 ブルームバーグパヴィリオン 2012)など。「アルマ望遠鏡」という電波望遠鏡が捉えたデータを音と映像に置き換えたアート作品「ALMA MUSIC BOX」をもとにしたコンピレーションアルバム『ALMA MUSIC BOX:死にゆく星の旋律』を製作するプロジェクトに音楽家の一人として参加している。
大谷能生(おおたに・よしお) プロフィール
1972年生まれ。音楽(サックス・エレクトロニクス・作編曲・トラックメイキング)/批評(ジャズ史・20世紀音楽史・音楽理論)。96年~02年まで音楽批評誌「Espresso」を編集・執筆。菊地成孔との共著『憂鬱と官能を教えた学校』や、単著『貧しい音楽』『散文世界の散漫な散策 二〇世紀の批評を読む』『ジャズと自由は手をとって(地獄に)行く』など著作多数。音楽家としてはsim、mas、JazzDommunisters、呑むズ、蓮沼執太フィル、「吉田アミ、か、大谷能生」など多くのグループやセッションに参加。ソロ・アルバム『「河岸忘日抄」より』、『舞台のための音楽2』をHEADZから、『Jazz Abstractions』をBlackSmokerからリリース。映画『乱暴と待機』の音楽および「相対性理論と大谷能生」名義で主題歌を担当。東京デスロック、中野茂樹+フランケンズ、岩渕貞太、鈴木ユキオ、室伏鴻、大橋可也+ダンサーズほか、演劇やダンス作品への参加も多い。
【関連記事】
ドキュメンタリーの巨匠ワイズマン×グスマンが語るチリ独裁政権、そして民主主義のこと(2015-10-02)
http://www.webdice.jp/dice/detail/4864/
映画『光のノスタルジア』
10月10日(土)より、岩波ホール他全国順次公開
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
チリ・アタカマ砂漠。標高が高く空気も乾燥しているため天文観測拠点として世界中から天文学者たちが集まる一方、独裁政権下で政治犯として捕らわれた人々の遺体が埋まっている場所でもある。生命の起源を求めて天文学者たちが遠い銀河を探索するかたわらで、行方不明になった肉親の遺骨を捜して、砂漠を掘り返す女性たち……永遠とも思われる天文学の時間と、独裁政権下で愛する者を失った遺族たちの止まってしまった時間。天の時間と地の時間が交差する。
監督・脚本:パトリシオ・グスマン
プロデューサー:レナート・サッチス
撮影:カテル・ジアン
天文写真:ステファン・カイザード
製作:アタカマ・プロダクションズ
配給:アップリンク
2010年/フランス、ドイツ、チリ/1:1.85/90分
© Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproduktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
映画『真珠のボタン』
10月10日(土)より、岩波ホール他全国順次公開
映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015
全長4300キロ以上に及ぶチリの長い海岸線。その海の起源はビッグバンのはるか昔まで遡る。そして海は人類の歴史をも記憶している。チリ、西パタゴニアの海底でボタンが発見された。―そのボタンは政治犯として殺された人々や、祖国と自由を奪われたパタゴニアの先住民の声を我々に伝える。火山や山脈、氷河など、チリの超自然的ともいえる絶景の中で流されてきた多くの血、その歴史を、海の底のボタンがつまびらかにしていく。
監督・脚本:パトリシオ・グスマン
プロデューサー:レナート・サッチス
撮影:カテル・ジアン
編集:エマニエル・ジョリー
写真:パズ・エラスリス、マルティン・グシンデ
製作:アタカマ・プロダクションズ
配給:アップリンク
2014年/フランス、チリ、スペイン/1:1.85/82分
© Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/nostalgiabutton/
公式Facebook:http://on.fb.me/1KNUYgS
公式Twitter:https://twitter.com/nostalgiabutton
■リリース情報
CD『Music for a Dying Star - ALMA MUSIC BOX x 11 artists』
発売中
2014年、アルマ望遠鏡が捉えた電波データをもとに、クリエイターたちが観測データをオルゴール盤に置き換えたアート作品「ALMA MUSIC BOX」を制作。70枚のオルゴール盤を制作し、70種類の「死にゆく星のメロディ」が生まれた。そのメロディを元に、国内外で活躍するミュージシャンたちが制作した楽曲11曲を収めたコンピレーション・アルバム。
Epiphany Works
EPCT-2
3,000円(税込)
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