骰子の眼

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東京都 千代田区

2015-10-02 19:13


ドキュメンタリーの巨匠ワイズマン×グスマンが語るチリ独裁政権、そして民主主義のこと

グスマン監督がチリの歴史暴く連作『光のノスタルジア』『真珠のボタン』公開
ドキュメンタリーの巨匠ワイズマン×グスマンが語るチリ独裁政権、そして民主主義のこと
パリにて、フレデリック・ワイズマン監督(左)、パトリシオ・グスマン監督(右)

チリのドキュメンタリー作家として、自国の歴史を描きつづけてきたパトリシオ・グスマン(74歳)の新作で、2015年ベルリン国際映画祭で銀熊賞脚本賞を受賞した『真珠のボタン』。今作が、その連作となる前作『光のノスタルジア』とともに10月10日(土)より岩波ホールにてロードショー公開となる。公開にあたり、パトリシオ・グスマン監督とフレデリック・ワイズマン監督(85歳)というドキュメンタリーの2大巨匠の対談が実現した。

フレデリック・ワイズマンは、40年間にわたり30本にのぼる作品を撮り、米国社会の土台を批評しつづけてきた。今回の対談では、パトリシオ・グスマンとは近しい友人であり、グスマン作品を初期から追いかけてきたワイズマン監督が、『光のノスタルジア』『真珠のボタン』の2作で描かれている独裁政権のこと、現代チリのこと、そして民主主義のことについて質問を投げかけている。

“現代”のチリはパラドックスに陥っている
(パトリシオ・グスマン)

フレデリック・ワイズマン(以下、ワイズマン): 『真珠のボタン』と、前作の『光のノスタルジア』とはどんなつながりがあるのですか?

パトリシオ・グスマン(以下、グスマン):私は2部作だと考えているよ。最初の『光のノスタルジア』はチリの最北部で、2作目『真珠のボタン』は真反対(最南端)で撮影を行ったからね。他の極限の地での撮影も考えていたが、3作目はチリと南アメリカの背骨に当たるアンデス山脈になると思うよ。

映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

ワイズマン:なぜあなたはピノチェトの軍事クーデターの話にこだわっているのですか?(1973年9月、ピノチェト将軍はクーデターによりアジェンデ大統領による人民連合政権を倒し、独裁的な軍政が1990年まで敷かれた)なぜこのテーマに常に戻ることが重要だと思うのでしょう?

グスマン:あの事件から逃れることはできないよ。まるで子供の頃、自分の家が燃え落ちるのを目撃したような衝撃だったからね。私のストーリーブック(絵コンテ)、ゲーム、収集品、コミックスなど全部が、目の前で焼けてしまったんだ。あの火事のことは子供時代の記憶のように忘れられないよ。あれは私にとっては、ごく最近の出来事なんだ。時間の感覚というのは、人によって違う。チリで軍事クーデターのことを覚えているかと友人に聞くと、彼らの多くが遠い昔のことだと言うよ。遙か前に起こったことだとね。でも私にとっては、時が止まったままで、まるで去年か、先月か、先週起きたことのようだ。カプセルに包まれた琥珀の中にいるようなものだ。動けない状態で飾り玉の中に永遠に閉じ込められた古代の昆虫のようにね。そんな私をチリ人の友人は「落とし穴に落ちたまま生きている。病気だ」と言うよ。だが私から見れば、彼らのほとんどが自分より年寄りに見え、太って見え、猫背に見えるね。だから私はカプセルの中でも、ちゃんと生きているんだと納得しているよ。

映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

ワイズマン:チリの人たちは、こういった質問のことを忘れたいと思っていると感じますか?それがあなたの映画制作のモチベーションになっているのでしょうか?つまり人々に忘れさせないようにすることが……。

グスマン:若い人たちは、何が起きたのかをすべて知りたいと思っている。彼らの祖父母や両親、教師たちの多くが、詳しいことを話していないからね。だから彼らは自分たちの知らない過去の話に飢えているんだ。また彼らは恐れを知らない世代だから、何が起きたかを理解する心構えもできている。チリは学生運動が盛んで、そのリーダーたち(ガブリエル・ボリック、ジョルジオ・ジャクソン)にもインタビューをしたよ。彼らにとって、私の2004年のドキュメンタリー『サルバドール・アジェンデ』(アジェンデは1970年から1973年まで、世界初の自由選挙により合法的に選出された社会主義政権の大統領となった)はお手本なんだ。

その一方で、“現代”のチリはパラドックスに陥っている。“現代”のチリは、私が知っているチリよりも、遙かに古くさいものになっている。“現代”のチリは、ホモセクシャルの人間に権利はなく、中絶も違法とされている。ピノチェト時代の憲法のもとで暮らしているんだ。

映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015
映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

ピノチェトは大衆運動のパワーに引きずり下ろされた
(パトリシオ・グスマン)

ワイズマン:そのことをもう少し説明していただけませんか?

グスマン:40年もの間、政権を担う右派が多くの問題を抱えた憲法を堅持してきた。民主主義を求める反対票が“内なる敵”という概念を標榜する右派に、数で勝てずにきた。だが、こういった状況も議会が多数二名制(2009年に大幅な選挙改革がおこなわれ、各小選挙区から必ず計2名が当選することになっており、与野党各陣営がそれぞれ2名ずつ計4名の候補者を擁立する制度)の改革を決定し、比例制になるため、変わる可能性もある(2015年1月20日現在)。少しずつではあるが、チリはピノチェトの独裁制の遺産から脱却しつつあるね。私としては、より面白みと多様性を持つ、民主的な国に戻ることを望んでいるんだ。サルバドール・アジェンデは、それを実行していた。彼は民主主義者で自由論者だったからね。これが、彼がチリに残した大いなる遺産だ。

映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015
映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

ワイズマン:なぜピノチェト憲法は、それほど長く変わらなかったのですか?

グスマン:ピノチェトは大衆運動のパワーに引きずり下ろされたんだ。近隣の労働者階級、大学、高校、サンティアゴの中心部に起こった扇動運動があまりにも強かったため、CIAがピノチェトに国民投票をさせるようにし向け、反乱を沈静化させたんだ。ピノチェトは国民投票を仕切ったのだが、不信任となった。翌日にはプロの政治家たちが権力に就いて、軍部と“沈黙の協定”を結んだ。

ワイズマン:軍部が介入したために、起きたのですか?

グスマン:チリで起こる問題には、常に軍部がからんでいるよ、今でもね。なにせ政府の正規部隊だからね。あの“沈黙の協定”というアイデアは、政権移行期にスペインの元首相フェリペ・ゴンサレスの影響を受けたんだ。フランコ亡き後のスペインで用いられていた協定では、あらゆることが話し合いに含まれていた。歴史的な事象認識と共同墓地以外のこと以外はね。チリでは、独裁政権と戦った市民に人気のあったグループは、権力から遠ざけられた。権力を中道左派が取り戻したからね。だが、この“左派”はだんだんと力を失っていき、現在に至っている。

映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015
映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

独裁政権時の4割ほどの犯罪が裁判に掛けられたが、それ以外の犯罪者は無罪放免状態だ。たとえば独裁政権に荷担した市民などは手つかずのままだ。基本的にチリは、巨大な孤島のようなもので、国民は働き者で、早起きだ。毎晩、奥さんがアイロンをかけるスーツを1着しか持たない労働者もいて、中流階級にしがみつこうと格闘しているが、そこには幸せなんてない。私が思うに、あのクーデターが1世紀の間、つきまとうだろう。スト権もなく、表現の自由もなく、教会が国政に干渉してくる島だ。私が若かった頃、チリの教会は大陸の中でも最も寛容なところだった。だから本当の共和主義的な現代性は隠れてしまって、表には出てこないんだ。

(2015年1月16日、パリにて。この対談の全文は『光のノスタルジア』『真珠のボタン』劇場パンフレットに掲載されていますので、ぜひ公開劇場でお求めください。)



フレデリック・ワイズマン(Frederick Wiseman) プロフィール

1930年生まれ。イェール大学大学院卒業後、弁護士として活動を始める。やがて軍隊に入り、除隊後、弁護士業の傍ら大学で教鞭をとるようになる。63年にシャーリー・クラーク監督作品『クールワールド』をプロデュースしたことから映画界と関係ができ、67年、初の監督作となるドキュメンタリー『チチカット・フォーリーズ』を発表。マサチューセッツ州で公開禁止処分となるが、その後も社会的な組織の構造を見つめるドキュメンタリーを次々に制作する。71年に現在も拠点とする自己のプロダクション、ジポラフィルムを設立。以後、劇映画『セラフィータの日記』(82)『最後の手紙』(02)をはさみ、精力的にドキュメンタリーを作り続けている。最新作『ジャクソン・ハイツ』(2015)は、10月22日より開催の第28回東京国際映画祭で上映される。「現存の最も偉大なドキュメンタリー作家」と称される。

パトリシオ・グスマン(Patricio Guzmán) プロフィール

ラテンアメリカを代表するドキュメンタリー映画監督。1941年チリ、サンティアゴ生まれ。アジェン政権時代の政府とその崩壊を描いた三部作、全5時間のドキュメンタリー『チリの戦い』は、アメリカの雑誌「シネアスト」で「世界で最も優れた10本の政治映画のうちの1本」と評された。 ピノチェトによるクーデター後、グスマンは逮捕され、2週間監禁された。1973年にチリを出国し、その後はキューバ、スペイン、フランスと移り住み、多くの作品を発表し続けている。1997年に始まったサンティアゴ国際ドキュメンタリー映画祭(FIDOCS)の創設者であり、同映画祭の代表を務めている。




映画『光のノスタルジア』
10月10日(土)より、岩波ホール他全国順次公開

映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproduktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

チリ・アタカマ砂漠。標高が高く空気も乾燥しているため天文観測拠点として世界中から天文学者たちが集まる一方、独裁政権下で政治犯として捕らわれた人々の遺体が埋まっている場所でもある。生命の起源を求めて天文学者たちが遠い銀河を探索するかたわらで、行方不明になった肉親の遺骨を捜して、砂漠を掘り返す女性たち……永遠とも思われる天文学の時間と、独裁政権下で愛する者を失った遺族たちの止まってしまった時間。天の時間と地の時間が交差する。

監督・脚本:パトリシオ・グスマン
プロデューサー:レナート・サッチス
撮影:カテル・ジアン
天文写真:ステファン・カイザード
製作:アタカマ・プロダクションズ
配給:アップリンク
2010年/フランス、ドイツ、チリ/1:1.85/90分
© Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproduktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

映画『真珠のボタン』
10月10日(土)より、岩波ホール他全国順次公開

映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015
映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

全長4300キロ以上に及ぶチリの長い海岸線。その海の起源はビッグバンのはるか昔まで遡る。そして海は人類の歴史をも記憶している。チリ、西パタゴニアの海底でボタンが発見された。―そのボタンは政治犯として殺された人々や、祖国と自由を奪われたパタゴニアの先住民の声を我々に伝える。火山や山脈、氷河など、チリの超自然的ともいえる絶景の中で流されてきた多くの血、その歴史を、海の底のボタンがつまびらかにしていく。

監督・脚本:パトリシオ・グスマン
プロデューサー:レナート・サッチス
撮影:カテル・ジアン
編集:エマニエル・ジョリー
写真:パズ・エラスリス、マルティン・グシンデ
製作:アタカマ・プロダクションズ
配給:アップリンク
2014年/フランス、チリ、スペイン/1:1.85/82分
© Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/nostalgiabutton/
公式Facebook:http://on.fb.me/1KNUYgS
公式Twitter:https://twitter.com/nostalgiabutton

▼映画『光のノスタルジア』『真珠のボタン』予告編

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