骰子の眼

cinema

東京都 千代田区

2015-09-25 13:10


安保法制が超強行採決されたなか、チリの負の歴史描く『光のノスタルジア』『真珠のボタン』を観た

音楽家・松本章が南米ドキュメンタリーの巨匠グスマン監督による連作を解説
安保法制が超強行採決されたなか、チリの負の歴史描く『光のノスタルジア』『真珠のボタン』を観た

■過去を問いかける語り口に知性と良心を感じる
──『光のノスタルジア』

アメリカの要請に応え自衛隊がアメリカ軍の下請けになる違憲の安保法制が超強行採決されたなか、ドキュメンタリー映画『光のノスタルジア』(パトリシオ・グスマン監督作)を鑑賞したのです。

お話は、チリのアタカマ砂漠は座標が高く湿度が低く天文観測所拠点として世界中から天文学者が集まる一方、砂漠には、ピノチェト独裁政権下で虐殺された政治犯が埋められている。生命の起源を求める天文学者、砂漠で行方不明の肉親の遺骨を捜す女性達……。

映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

チリの負の歴史を描くドキュメンタリー映画なのですが、監督はいろんな視点で見つめていくのです。アタカマ砂漠の岩と砂の火星の様な砂漠と近未来な造形の天文台群の映像は、SF映画の様であったのです。夜空に浮かぶ幾千もの星は現実でない様なのでした。何億年もかけて地球に到達する光を観察し、もはやその光の元は何億年も経っているので、壮大な過去なのです。広大な星々の過去を調べ、生命の誕生の謎を解こうと全てに忍耐がいる学問であったのです。天文学は宗教的、哲学的な学問なのでした。砂漠では古代の文明も発見され、ミイラも腐敗せずドライフラワーのよう残っていたのでした。過去を辿り生命の謎に迫るのは、天文学も考古学も手法は違えど似ていたのでした。

1970年代にチリでは、選挙でアジェンデ社会主義政権が誕生したのですが、冷戦時のアメリカは第二のキューバ誕生を恐れ、チリの軍事クーデターを支持し、アジェンデ政権は崩壊し、ピノチェト軍事独裁政権は左派や市民を弾圧し虐殺した負の歴史があるのでした。

世界一星の美しい場所で、いたたまれない事が行われていたのです。砂漠には、多くの虐殺された人達が埋められているのですが、その事実の発覚を恐れ、遺体を掘り返し、海に捨て、現在でも遺体の場所は不明なのです。年老いた遺族達は、スコップを持ち砂漠で肉親の骨(過去)を捜し続けるのです。それは宇宙で新たな星を捜す位、果てしない事なのです。世間では、もう終わった事だと無関心になっており、取り残された年老いた遺族には深い悲しみと疲労があったのです。

映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

白髪の考古学者の、負の歴史を抹殺する事に怒りをもって語り、遺族の為に砂漠で人骨の捜し方を教える、その行動力と良心に感服したのです。古代のミイラは宝石の様に保管され、身元不明の遺体は、埋葬されず慰霊碑にも刻まれず段ボールに保管され、抹殺されているのでした。

映画の後半で登場する両親を虐殺された若い女性の天文学者は、過去の傷を星と対話する事により乗り越え今を生きている。その思想は普遍的で広い大切なものだと感じました。ピノチェト政権時を知らない若い男性の天文学者と遺族が希望を見つめる姿に深く感動しました。

映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

チリの砂漠にある天文学、考古学から抹殺されているチリの歴史を語るグスマン監督の手法は独自で、美しい星と砂漠が不思議な事に同居しており、美しさの中でより歴史の残酷性が浮かび上がっていました。詩的な映像に、監督の過去を問いかける語り口に深い知性と良心を感じました。

■略奪された人々の人生に対する洞察の深さに驚嘆した
──『真珠のボタン』

安保法制の審議の合間に、派遣法が改悪され、規制をなくし新自由主義に政府がひた走る中、『真珠のボタン』(パトリシオ・グスマン監督作)を鑑賞したのです。

お話は、チリ南部に位置する西パタゴニアは無数の島や岩礁、フィヨルドが存在する世界最大の群島と海洋線が広がり、かつて水と星を生命の象徴として崇めた先住民が住んでいた。そこで発見されたボタンが植民者によるこの地に住む先住民大量虐殺とピノチェト独裁政権下で海に投げられた犠牲者たちの歴史を繋ぐ……。

映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015
映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

前作に続き圧倒的なチリの自然の映像はさらに洗煉され、豊かな水の流れを反射する光は、砂漠の夜空の星の輝きのようであり、巨大な氷河は砂漠のように人が住めない過酷な環境であるので、手つかずの美しさがあったのです。

この豊かな海と群島の自然で暮らしていた先住民族は、定住せずに小型のカヌーのような船で移動して生活しており、水にも魂があると信じていたのです。この地域の先住民族を研究する人類学者は、人間も、他のものも水が存在すると語るのです。森の小川のせせらぎや鳥の声に会わせて歌う学者の歌は、モンゴルのホーミーのような歌い方で不思議な豊かな響きの原始的な音楽を奏でる。それを見事に映像でも表現していたのです。 先住民族は死んだら星に生まれ変わると信じており、体に星の様なものをペイントし、まるで宇宙人のような不思議な造形の仮面で装飾した古い白黒の写真に驚きました。美しい星を眺める事でこの不思議な造形はできたのだろうか?もしかしたら宇宙人を模倣したのかも?この先住民は豊かな想像力で宇宙の真理を知っていたのかも?と感じました。

しかし、19世紀に白人の入植者が増え、先住民族は迫害され同化政策がとられ、大虐殺も行われるのでした。その時の白黒写真は、壮絶で子供達の瞳は絶望の光しかなかったのでした。僅かに残っている先住民族は、民族の言葉をまだ覚えていて、その言語には神、警察という言葉はなかったのです。その言葉がなくても暮らしていけたのです。この文化が失われたのは非常にやるせなくなったのです。

映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015
映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

この先住民族はあまり知られていなく、この映画に出て来るモノクロ写真は非常に貴重なのです。唯一、有名になった男ジェミー・ボタンは、真珠のボタンと引き換えに、騙されて進歩的な船長にイギリスへ連れられて、「文明化」されたのです。この時のイギリスの船長の地図を元に白人の入植が始まっていったのでした。

それからチリは白人が治め、前作に引き続き1970年代にアジェンデ政権は、労働者、国民の声を聞く政治を行い、少数民族にも土地を返していくのですが、クーデターが起こりピノチェト独裁軍事政権が発足し、弾圧と虐殺が始まるのでした。パタゴニアでも容赦なく小島の収容所に入れられ拷問されたのでした。収容された人達の瞳は、かつての少数民族の弾圧の写真の人達と同様の弾圧の傷を宿していたのです。

映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015
映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

前作の砂漠同様に、この美しい海にも虐殺された遺体が沈んでいたのです。鉄道レールを重しにして死体を海に沈めていたのです。その手法を、監督はダミー人形を使い実際に再現するのです。監督の演出によるフィクションなのですが、丹念に再現するので本物の死体であるかのように強烈に心に残りました。まるでゴミの様な扱いで、人間はどこまでも残酷になれるのだと感じました。「殺人を罰しない事は死者を二度殺す」という詩人ラウル・スリータの言葉が重く心に残りました。

2004年にようやく警察が海に沈む数々のレールの調査をし始めたのです。引き上げられたレールには40年の歳月が刻印されており、ボロボロで、死体は跡形もなく、珊瑚や貝の死骸がこびり付いている。そこに奇跡的に真珠のボタンが引っ付いているのでした。残っているのも見つけるのも奇跡に感じました。海の恵みの真珠から作られたボタンが、人間の残酷性の象徴、あるいは証拠として捉えられ、少数民族の真珠のボタンの逸話と結びつく時に監督の略奪された人々の人生に対する洞察の深さに驚嘆しました。前作同様に様々な視点からチリの歴史を自問する監督の語りには、深い良心と負の歴史に対する真摯な眼差しと問いかけがあり、心に強く訴えるのでした。

結論!両作品とも、チリの歴史、特にピノチェト政権の独裁、弾圧、虐殺と捉えているのですが、直接的に負の歴史を告発するのではなく、砂漠、天文台、星、海、水などからの自然美の圧倒的な視点で比喩的に問いかけ、被害者の証言と対比をなし、最後に一つに集約されていく傑作なのでした。監督の自問自答する豊かな語りは、深く心に「歴史に於ける人間性」を問いかけてくるのでした。負の歴史をなかったかの様にしても、記憶は死にはしないし、過去は死なない。過去をより良く見つめる事でしか、より良い未来は築けないと感じたのでした。

蛇足ですが、チリにはアメリカの指示でピノチェト軍事独裁政権が誕生し、アメリカはそこで共産主義から守るという大義名分のもと虐殺を行い、経済成長を免罪符にアメリカの新自由主義の学者ミルトン・フリードマンを招き新自由主義政策(大規模な民営化)を行ったが、大きな格差が生まれ、経済構造もいびつなものになったのです。現在の日本政府は、国民の要望でなくアメリカの要望で、急速に国のシステムを変えていっているので、今作で描かれるのはチリの出来事とはいえ、とても他人事とは思えなかったのでした。

(文:松本章)



【映画『光のノスタルジア』『真珠のボタン』を観て思い出したキーワード】
・オムニバス映画『セプテンバー11』イギリス編(ケン・ローチ監督)
・『戒厳令下チリ潜入記―ある映画監督の冒険』(ガブリエル・ガルシア=マルケス著/後藤政子翻訳)
・映画『NO』(パブロ・ラライン監督)
・『ショックドクトリン―惨事便乗型資本主義の正体を暴く』(ナオミ・クライン著/幾島幸子翻訳)
・『禁じられた歌―ビクトル・ハラはなぜ死んだか』(八木啓代著)

(文:松本章)



■松本章(まつもとあきら)プロフィール

1973年生まれ、大阪芸術大学映像学科卒。東京在住。熊切和嘉監督作品、山下敦弘初期作品の映画音楽を制作に係る。これまでに熊切和嘉監督『ノン子36歳(家事手伝い)』、内藤隆嗣監督『不灯港』、山崎裕監督『トルソ』、今泉力哉監督『こっぴどい猫』、内藤隆嗣監督『狼の生活』、吉田浩太監督『オチキ』『ちょっと可愛いアイアンメイデン』『女の穴』『スキマスキ』などの音楽を担当。




映画『光のノスタルジア』
10月10日(土)より、岩波ホール他全国順次公開

映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010
映画『光のノスタルジア』より © Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproducktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

2011年山形国際ドキュメンタリー映画祭 「山形市長賞(最優秀賞)」受賞作品

監督・脚本:パトリシオ・グスマン
プロデューサー:レナート・サッチス
撮影:カテル・ジアン
天文写真:ステファン・カイザード
製作:アタカマ・プロダクションズ
配給:アップリンク
2010年/フランス、ドイツ、チリ/1:1.85/90分
© Atacama Productions (Francia) Blinker Filmproduktion y WDR (Alemania), Cronomedia (Chile) 2010

映画『真珠のボタン』
10月10日(土)より、岩波ホール他全国順次公開

映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015
映画『真珠のボタン』より © Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

2015年 山形国際ドキュメンタリー映画際 インターナショナル・コンペティション部門出品
2015年 ベルリン国際映画祭銀熊賞脚本賞受賞

監督・脚本:パトリシオ・グスマン
プロデューサー:レナート・サッチス
撮影:カテル・ジアン
編集:エマニエル・ジョリー
写真:パズ・エラスリス、マルティン・グシンデ
製作:アタカマ・プロダクションズ
配給:アップリンク
2014年/フランス、チリ、スペイン/1:1.85/82分
© Atacama Productions, Valdivia Film, Mediapro, France 3 Cinema - 2015

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▼映画『光のノスタルジア』『真珠のボタン』予告編

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