骰子の眼

cinema

東京都 品川区

2015-08-14 12:30


自らのルーツはどこにある!?映画『僕たちの家に帰ろう』『Dressing Up』を観て思い巡らす

中国と日本、気鋭のインディペンデント作家が監督・脚本・編集を手がけた2作を音楽家・松本章が解説
自らのルーツはどこにある!?映画『僕たちの家に帰ろう』『Dressing Up』を観て思い巡らす
映画『僕たちの家に帰ろう』ポスター[左]、映画『Dressing Up』ポスター[右]

過酷だがほのぼのとした長い旅路の果てにある現実
──映画『僕たちの家(うち)に帰ろう』

お盆も近づき実家の伊勢にかえらねばなーと思っている時に、映画「『僕たちの家に帰ろう』(リー・ルイジュン監督・脚本・編集・美術/出演:タン・ロン、グオ・ソンタオ)を鑑賞したのです。

お話は、中国の河西回廊(かせいかいろう/古代シルクロードの一部としてかつて繁栄した地域)で、水が枯れてきたことから放牧する土地を求めて両親が奥地の草原に移住するため、ユグル族(中国に居住するテュルク・モンゴル系の少数民族)の兄のバーテル(グオ・ソンタオ)は祖父と暮らし、弟アディカー(タン・ロン)は学校の寮で暮らしている。夏休みになるが両親は迎えにこない。アディカーは兄を説得して両親を探す為にラクダに乗って砂漠を二人きりで旅をしていく……。

映画『僕たちの家に帰ろう』より ©2014 LAUREL FILMS COMPANY LIMITED
映画『僕たちの家に帰ろう』より、兄バーテル役のグオ・ソンタオ(左)と弟アディカー役のタン・ロン(右) ©2014 LAUREL FILMS COMPANY LIMITED

この映画に出演している役者は皆素人なのですが、幼い兄弟役の二人は、自由で伸び伸びとした演技で、弟のアディカー役のタン・ロンのひたむきな瞳に魅力があったのでした。子供の演出だけでも大変だと思うのですが、ラクダもいるし、しかも砂漠での撮影なので、苦労がたくさんあったのだと感じました。

兄弟の人物設定も丁寧に作られていて、兄は弟の事を母親の愛情を独り占めしていると感じている。弟はいつも兄ばかり新しい洋服やおもちゃを父親に買ってもらって、自分はいつもお下がりばかりと感じていて、お互いが嫉妬し合ってるのです。弟は父の放牧を手伝っていたのでラクダに乗っての旅も慣れているのですが、兄は弟の意見や助言を無視するし貴重な水も飲みまくる。兄は弟が父親と放牧で一緒に旅をしているので嫉妬があり、意地悪だけど繊細で、要は甘えん坊で、弟は体は小さいけれどしっかりもので、長い道中での二人のやり取りを丁寧に素朴に描いているのです。

映画『僕たちの家に帰ろう』より ©2014 LAUREL FILMS COMPANY LIMITED
映画『僕たちの家に帰ろう』より ©2014 LAUREL FILMS COMPANY LIMITED

二人が旅をするロケーションが広大で力のある風景ばかりなのでした。石窟の放置された壁画(文化大革命時の新聞が貼付けられたりもしていた)、巨大な岩壁に囲まれた路、砂と岩と少ない緑と空と後は何もない景色だけで、非常に孤独で厳しい環境だけれども「自由」があるように感じたのでした。昔は、二人が旅をしている場所は大草原で、砂漠もあったがこんなに広がっておらず、自由に移動して放牧し暮らしていたのかもしれないのです。

ユグル族について調べてみると、ユグル族はウイグル族にも匹敵する大民族であったが、栄枯盛衰があり、現在では1万4,000人の少数民族になっており、近代化の流れ、省間政府と漢民族間紛争の巻き添えになり、街が廃墟になったり、農業化、工業化の政策により、草原の砂漠が進み、放牧する暮らしが失われていっているのでした。

映画『僕たちの家に帰ろう』より ©2014 LAUREL FILMS COMPANY LIMITED
映画『僕たちの家に帰ろう』より ©2014 LAUREL FILMS COMPANY LIMITED

幼い兄弟が反目しながらも過酷な砂漠をラクダと共に旅するなかで、出会いも別れもあり、兄弟は様々なことを学びます。白い風船を希望の様に掲げ旅をする姿にユグル族の放牧民族の小さな誇りを感じたのでした。やっと家族一緒に暮らせると思い、過酷だがほのぼのとした長い旅路の果てにある現実は非常に厳しかったのでした。ユグル族の当たり前にあったモノが、失われていく現実。その大きさに言葉を失ったのでした。「現実の背中」を見つめ歩くひたむきな二人の兄弟の背中は、旅立つ前よりも逞しく感じたのでした。二人で現実を乗り越えて、空に浮かぶ白い風船の様に自由に生きて欲しいなと感じたのでした。

繊細に揺れ動く少女の佇まいは祷キララにでしかできない
──映画『Dressing Up』

小学生の時に将棋をわざと父は、一日おきに負けてくれたのだなーと思い出した時に、映画『Dressing Up』(安川有果監督・脚本・編集/出演:祷キララ、鈴木卓爾、佐藤歌恋)を鑑賞したのです。

お話は、育美(祷キララ)は中学一年生で父親(鈴木卓爾)と二人で暮らしている。「将来の夢」を考える授業で「母親の様に立派な人になりたい」とクラスメイトの発言を聞いた時に、幼い時に死んだ母親に興味を持ち、父親が話してこなかった事を、偶然見つけた母親の手記で知り始める。そして母親の隠された闇を追体験していく……。

映画『Dressing Up』より ©2015 Dressing Up
映画『Dressing Up』より、育美役の祷キララ(右)と父親役の鈴木卓爾(左) ©2015 Dressing Up

この映画は非常に不思議な魅力のある作品なのです。クラスで浮いてる育美と交友を結ぼうとする女子のいい子ぶってる部分も描き、一人で育美を育てる父親の不器用な優しさが育美の心の中では「ごまかし」に感じることなど、中学一年生の多感な時期の心の有り様を丹念に捉えているのです。孤独な尖った心の育美の再生を描くヒューマンドラマであるのですが、その枠から溢れ出るイメージがあるのです。母親の事を知っていく過程にはスリラーの要素があり、母親の闇を知る中で自らの破滅的な衝動性の存在に気付く時に、その闇は「怪物」として強烈に表現される。ホラー的テイストもあり、育美の心の有り様は、現実と想像の境界線が溶けていく表現にファンタジーな部分もあるのです。具体性と抽象性が絶妙なバランスで物語られていて、監督独自のイメージも溢れ出しているが、客観性のある尖ったオリジナリティーがあるのです。

映画『Dressing Up』より ©2015 Dressing Up
映画『Dressing Up』より ©2015 Dressing Up

この映画の不思議な大きな魅力は、主演の祷キララの存在にあるのです。柴田剛監督『堀川中立売』に出演し、『Dressing Up』での撮影時は小学校6年生であり、事務所に所属せず、演技のレッスンもしていないが、この映画で、圧倒的な存在感があるのです。

演技する事に慣れていないのだろうけど、頑張って演技している感じでもなく、器用に演技して型にはまった感じもない。安川監督の想像した物語に共振して、溶け合い、演技を超えてその世界に「生きている」かの様なのです。繊細に揺れ動く少女の静かな佇まいは祷キララにしかできない。この歳にしか撮影できない奇跡的な魅力を残しているのです。

映画『Dressing Up』より ©2015 Dressing Up
映画『Dressing Up』より ©2015 Dressing Up

破滅的な衝動を持つ育美は、それを排除するのではなく自ら受け入れる。そんな自分を他者に受け入れてもらいたいという切実な願いは、ある種の「許し」の物語であり、安川監督の独自の優しい視点を感じたのでした。ラストカットの育美の表情は言葉にできない様々な痛切な思いに溢れ、非常に強く心に残る奇跡的な作品なのでした。

結論!両作品とも、自らルーツを探しながらアイデンティティを発見し成長する物語であり、主演は素人であるが、監督の演出力と独自の存在感で成立している希有な作品なのです。ラストの痛切な希望(願い)に対する強い様々な思いと、深い表情、ひたむきな眼差しは、痛烈に心に刻まれ動かされたのでした。映画でしか語りえない手法で語っている力の在りすぎる両作品なのでした。是非とも映画館で鑑賞してもらいたいなーと感じたのでした。

(文:松本章)



【映画『僕たちの家に帰ろう~』を観て思い出したキーワード】
・NHK特集「シルクロード」
・NHK「人形劇 三国志」
・日本テレビドラマ「西遊記」シリーズ
・ダライ・ラマ
・ホーミー
・映画『霧の中の風景』
・『辺境から眺める―アイヌが経験する近代』(テッサ・モーリス=鈴木著/大川正彦訳)

【映画『Dressing Up』を観て思い出したキーワード】
・映画『灰色の鳥』
・映画『ザ・ブルード/怒りのメタファー』
・映画『ポゼッション』
・『スクールアタック・シンドローム』(舞城王太郎著)
・『野生のしらべ』(エレーヌ・グリモー著/北代美和子訳)
・たけし軍団

(文:松本章)



■松本章(まつもとあきら)プロフィール

1973年生まれ、大阪芸術大学映像学科卒。東京在住。熊切和嘉監督作品、山下敦弘初期作品の映画音楽を制作に係る。これまでに熊切和嘉監督『ノン子36歳(家事手伝い)』、内藤隆嗣監督『不灯港』、山崎裕監督『トルソ』、今泉力哉監督『こっぴどい猫』、内藤隆嗣監督『狼の生活』、吉田浩太監督『オチキ』『ちょっと可愛いアイアンメイデン』『女の穴』『スキマスキ』などの音楽を担当。




映画『僕たちの家(うち)に帰ろう』
8月29日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

監督・脚本・編集・美術:リー・ルイジュン
出演:タン・ロン、グオ・ソンタオ、パイ・ウェンシン、グオ・ジェンミン、マ・シンチュン
2014年/中国/103分/カラ―/デジタル/1:1.85/テュルク語、北京語
配給・宣伝:マジックアワー

公式サイト:http://www.magichour.co.jp/uchi/


映画『Dressing Up』
8月15日(土)より、シアター・イメージフォーラムにて劇場公開

監督・脚本・編集:安川有果
出演:祷キララ、鈴木卓爾、佐藤歌恋
撮影:四宮秀俊
照明:大嶋龍輔
録音・音楽:松野泉
美術:塩川節子
衣装:金井塚悠香
制作:横田蕗子、草野なつか
チラシロゴ・イラスト:小林エリカ
2012年/カラー/68分
制作・配給:ドレッシング・アップ
配給協力:トラヴィス
宣伝:細谷隆広、岩井秀世

公式サイト:http://dressingup.jp/

▼映画『僕たちの家に帰ろう』予告編

▼映画『Dressing Up』予告編

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