映画『ナイトクローラー』より © 2013 BOLD FILMS PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
『ボーン・レガシー』で兄の映画監督トニー・ギルロイと共同脚本を務めるなど脚本家として活躍するダン・ギルロイの初監督作『ナイトクローラー』が8月22日(土)より公開される。
『ブロークバック・マウンテン』の俳優ジェイク・ギレンホールが共同プロデューサーも務め、報道スクープ専門の映像パパラッチ=ナイトクローラーとして、視聴率稼ぎのために危険な事故現場や殺人事件の模様を押さえようと、報道倫理を破って過激な映像を追い求めていく主人公ルイスを異様な迫力と不気味さで演じている。「視聴者が求めるもの」を映像に残すために、スナッフ・フィルムのような凄惨な現場に乗り込んでいく主人公の姿は、視聴率至上主義や刺激を極限まで追い求めていく現代のメディアの象徴として描かれるが、ダン・ギルロイ監督は決して彼を断罪することなく、そしてヒーロー扱いするのでもなく、冷静かつ客観的な視点で行動をエスカレートさせていく過程を捉えている。ポール・トーマス・アンダーソンの『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』でアカデミー撮影賞を受賞した名撮影監督、ロバート・エルスウィットによるロサンゼルスの夜の街の美しさも、主人公ルーの不気味さを際立たせている。
webDICEでは今作の公開にあたり、ダン・ギルロイ監督のインタビューを掲載する。
ロサンゼルスという街を、これまでとは違うやり方で見せたかった
──長いあいだ脚本家としてすばらしい作品を手掛けてきた立場として、『ナイトクローラー』で監督も務めるというのは、大きな意味合いがありましたか?なぜ監督をやろうと思ったんですか?
それは自分でも時々疑問に思うよ(笑)。なぜなら、その生活を時折懐かしく思うからね。僕は自分のヴィジョンを自分のやり方で提示する機会が欲しかった。それは脚本家には得られない機会だ。監督の手に渡れば、彼の作品となってしまう。これは自分のヴィジョンを表現する機会だった。
映画『ナイトクローラー』ダン・ギルロイ監督
この初監督作を非常に真剣に捉えていたよ。ナイトクローラーの世界を知ったとき、これは映画にとって非常に面白い背景となると悟った。警察の無線をキャッチしながら、ロサンゼルスを猛スピードで走り回る人々の話だ。その世界を発見してから、様々なキャラクターをそこに埋め込んでいった。ルイスのキャラクターが立ち上がると、全体がうまくまとまったよ。
僕が描いたのは、ローカルテレビ局ニュースという、人々が日常的に目にしている世界だ。重要なトピックだと感じたし、完全なリアリズム以外の手法は僕にとって考えられなかった。だから途方もない量のリサーチを行った。フェアでありたかったし、報道用語を使えば、「偏り」がないようにしたかった。僕が普段見ている局はいくぶん偏りがあるけどね……(苦笑)。とにかく、題材を正しく描き出すために、リサーチの部分は非常に重要だった。
──実際のナイトクローラーたちを衝き動かすものとは何だと思いますか?
僕は何人かのナイトクローラーに会った。生計を立てる必要に迫られて仕事をしている者もいれば、睡眠障害を持つ者もいた。他にもいろんな問題を抱えているのかもしれないが、ともかく彼らは夜行性の人々のようだった。仕事に就いた理由は人それぞれだと思う。けれど僕が皆に感じたのは、戦場の兵士や救急隊員と同じようなアドレナリンのほとばしりだね。犯罪現場や誰かの死に目というドラマチックで緊迫感のある状況に身を置くことから生じるんだ。そして奇妙なことに彼らはそれに中毒になっているようだった。
映画『ナイトクローラー』より、ルイス役のジェイク・ギレンホール © 2013 BOLD FILMS PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
──ロサンゼルスという街は、数多くの映画の舞台になっており、世界中の人々に知られています。でもこの映画はLAの異なる側面を見せてくれたように思います。ナイトクローラーが暗躍する世界や視聴率競争、そういった世界の存在を私は知りませんでした。このローカル文化について、どんなことが分かりましたか?
それについては何点か言えると思う。まずローカルテレビ局ニュースというローカル文化は、もちろん取材をして映像を撮影する人々によって成り立っている。だからある意味でその指摘は正しい。僕はこの映画の撮影を通して──つまり夜中のロサンゼルスを経験することで──街の全く異なる側面を知った。そこでは全く異なる種類の人々が動き回り、全く異なるエネルギーが発生する。僕らは、ロサンゼルスという街を、これまでとは違うやり方で──少なくとも通常とは異なるやり方で──見せたかった。つまり、フィジカルな意味合いできわめて美しく、ワイルドで手つかずの自然が広がる風景の中で興味深い人々が活動する街として見せたかった。撮影では、撮影監督のロバート・エルスウィットを中心に、広角レンズを使って被写界深度を深く保つことで、街のフィジカルな美しさを捉えようとしたんだ。普段目にしているのとは異なるLAの姿をね。
──夜間の撮影でしたが、最も苦労したのはどのシーンですか?
時間が足らないという意味では、毎晩苦労した。大抵の映画の撮影では、「日が傾いてきたな。そろそろお終いだ」と思う。でも僕らにとっては鳥が鳴き始める時が、焦り出す時間だった。「まだ2ページ撮影が残っているのに」とね。だから毎晩時計とにらめっこしながら、「まだ1ページ半残ってるぞ」という感じだった。昨日完成した映画を見た時も思ったよ。「ああ、この夜は本当にギリギリだった」と。ルイスがドライブウェイを走るシーンがあるんだけど、鳥は鳴き始めるわ、犬は吠え始めるわ、配達が始まるわで──つまり1日が始まろうとしていた。うん、苦労したね。
映画『ナイトクローラー』より、ルイス役のジェイク・ギレンホール(左)、TV局のディレクター、ニーナ役のレネ・ルッソ(右) © 2013 BOLD FILMS PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
──監督としてのあなたの姿勢は、非常に慎み深いように感じられました。カメラの存在を意識させません。私はまるで目撃者のような気分になって恐怖を感じました。映画だということを忘れてしまうんです。どうやってこれを成し遂げたんですか?
それは、登場人物を含めて映画のあらゆる要素に道徳的判断を下すことを避けようと、早い段階で決めたからだと思う。僕たちは観客自身に判断を委ねたかった。だからある種象徴主義的なアプローチを取ったんだ。つまりルイスが野生動物であり、そのドキュメンタリーを撮影しているかのようにね。
アイデアは、あらゆる道徳的批判を避けることだった。だから映画手法の話をすれば、劇中では何か悪いことが起きても、画面は決して暗くなったりしない。むしろその逆で、明るくなるんだ。彼は風景の中を動き回る動物だ。キリンの赤ちゃんを殺すライオンを道徳的に批判しないだろう──たとえそれがおぞましい光景だとしても。ありのまま世界を見せるだけだから、道徳的判断は介在しない。それが僕たちが捉えようとした要素だ。できるかぎりリアリスティックに撮影しようとしたんだ。
──ルイスのモラルは相容れないものを感じながらも、それと同時に彼のことを理解し容認できるようにも感じました。
観客とジェイクのキャラクターの繋がりを保つことが狙いだった。「あいつは社会病質者だ。サイコパスだ」という判断は決して下したくなかった。キャラクターの中に常に人間性を見つけ出すことに苦心した。ジェイクはルイスを人間らしいキャラクターとすることを常に意識していた。そうすることで、彼の所業にも関わらず、その心の内を理解できるようにしたんだ。
映画『ナイトクローラー』より © 2013 BOLD FILMS PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
社会にどうしても完全にフィットすることができない主人公
──ルイスの人物像について教えてください。
彼は絶望して孤独で、資本主義を自らの宗教としている。それだけが彼に慰めと方針を与えてくれるからだ。そしてルイスは資本主義のいわば原理主義者だ。彼が正気を保つ拠りどころとなる唯一のものが、究極的には彼を狂わせるんだ。
ルイスという人物の悲劇は、彼は人々と結びつき交流することを心底欲していながら、口を衝く言葉が常に致命的にズレている点なんだ。彼にできるのは、何かを丸暗記して、情報をばらまくことだけ。彼としては、それを社会的に適切な方法でやっているつもりだが、客観的にみると彼の行動は馬鹿げている。それがこのキャラクラーのジレンマなんだ。社会にどうしても完全にフィットすることができない。
──ジェイク・ギレンホールの演技は見事でした。非常に幅があり、またいつもとは異なる側面を見せています。彼だと分からないほどでした。彼は本作のプロデューサーでもありますが、共同作業はどのようなものでしたか?
彼はこの作品のクリエイティブなパートナーだった。非常に早い段階で、力を合わせて制作すると2人で決めたんだ。彼は脚本に並外れた敬意を払ってくれた。台詞を一言も変えなかったよ。お互いを信頼して、失敗を恐れずに挑戦していった。それは予期せぬ物事を探求し発見していくプロセスだったよ。
撮影が始まる8週間ほど前に、ジェイクと話し合ったんだ。ルイスというキャラクターを、物語上もしくはイメージでたとえるならば、コヨーテだって。夜になると餌を探して山から出てくる動物だ。実際にコヨーテを見たことがあるか分からないけど、あの動物は常に痩せこけているんだ。太ったコヨーテというのは存在しない。そこでジェイクが言った。「コヨーテのイメージがあるだろ。体重を落とそうと思うんだ。うん、体重を落とすよ」と。「そりゃいいね。落としなよ」と僕は答えた。彼は実際に何キロか痩せ始めて、最終的に12キロくらい落とした。いくぶん物議を醸したよ。「ずいぶん体重を落ちたな。いったいどうしたんだ?」と人々が訊ねるんだ。今じゃ合点が行くだろうけど、なんとなく恐ろしい感じがした時もあった。驚異的な変身ぶりだったと思うね。彼にとってこの役柄は、様々な意味でまさに変身だったと思う。文字通りの変身だ。肉体を変身させたし、そのコミットメントの度合いは──いや、彼にとっては普通のことなのかもしれない。彼はどの役柄にもこのレベルでコミットするんだと思う──でも僕の経験から言うと、彼ほど自らを駆り立てる役者は稀だね。
野次馬となってしまう。それは僕たちのDNAの一部なんだ
──これはグローバルで普遍性のあるストーリーだと思います。舞台はロサンゼルスですが、それに普遍性をもたらしているのはどんな要素でしょう?
ルイスというキャラクターは、グローバルレベルで悲惨な労働環境に身を置く30歳以下の若者たちの現状を知ったところから出てきたんだ。その世代の何千万もの若者たちが、統計的に言って、失業しているか、もしくはパートタイム雇用しか見つけられず、自活が困難な状況にある。僕はそういった絶望の中から発生するキャラクターに非常に興味があった。これはある種の風土病であり、またありふれた現象だからだ。
まず登場人物が経験するのは、世界中で多くの若者たちが経験していることだ。2つめに、僕らは誰もが露骨でセンセーショナルな映像にチャンネルを合わせて見てしまう。その性向を抑えられない。事故現場で立ち止まって野次馬となってしまう。人間はそのようにできている。それは僕たちのDNAの一部なんだ。観客はそのことに理解を示し、共感すると思う。ローカルニュースというのは、おそらく世界中で似通ったものだと思う。
僕らが住むこの世界では、命には限りがあり、何かの原因で命を落とすことがある。そして我々は、何かが死んでいたり苦しんでいる場面に対して、自然な興味があるんだと思う。自然な欲求として、「見て」しまうんだ。ロサンゼルスでは5マイル続く交通渋滞に遭うことがある。僕だって経験がある。「なにが渋滞の原因なんだよ?」と思っていると、急にそれが別の車線で起こった車5台を巻き込んだ悲惨な衝突事故だと分かる。そして渋滞が起きているのは、みんなが止まってそれを見ているからだと気がつく。「自分は見たくない」と思っていても、十中八九はチラっと横目で見てしまう。生まれつき備わった傾向なのだろうね。
そして僕は、この映画をサクセス・ストーリーだと捉えている。映画が始まった時点では失業している若者が、最後には成長ビジネスのオーナーになる。悪魔が成功するおぞましいストーリーだと見る人々もいるだろう。けれど、登場人物に道徳的レッテルを貼ることを避けようと努めた。僕の狙いは、リアリスティックに客観的にストーリーを語ることだった。トラブルを抱えているが、ある種の才能がある若者が、ある世界に足を踏み入れて行き、そのトラブルや才能が罰せられるのではなく報いられるストーリーなんだ。
映画『ナイトクローラー』より © 2013 BOLD FILMS PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
大企業のグローバリゼーションにより、
人間的精神を尊重する心の居場所がなくなった
──大企業によって、ルイスのような若い世代の世界観が変化し、機会が奪われていると思いますか?
大企業は世界にネガティヴな影響を与えていると思う。世界観というよりは、生活していくのに十分な給料を払わず、キャリアの希望を与えないという意味合いで、彼らは人間の精神に対する敬意が欠けている。今30歳以下の世代には、自らのキャリアに対して希望のかけらも持てない人々が何百万といると思う。ルイスという人物は、そういった絶望的な状況から生まれたんだ。大企業を責めるべきか否かは別として、グローバリゼーションは、究極的には多国籍企業が原因なんだが……ともかく、大企業によって世界は経済活動の場と化してしまい、人間的精神やそれを尊重する心の居場所はなくなってしまった、そう感じている。
──業界では、超大作映画やポップコーン片手に見るような娯楽映画が主流ですが、そんな中で知性のあるインディーズ映画を製作するのは困難なことですか?
面白いことに、今業界は二手に分かれていると思う。片方は、1億5千万ドル以上の予算のシリーズ映画を作っている。もう片方の良質で新しいマーケットは──新しいというか、いわば健康的なマーケットだね──2千万ドル以下の予算の映画を作る。そして脚本とジェイクの様なプロデューサーがいれば、資金を調達することは可能だ。こういったレベルで仕事をするには面白い時代だと感じているよ。
──映画が完成して最も満足した点は何ですか?
僕は非常に幸運なフィルムメイカーだと思う。自分の作りたい映画を作れたからね。そして兄のトニーがプロデューサーを務めたおかげで、編集の最終決定権も手にした。これはレアなことなんだ。もしその権限がなかったら、作品はまったく違ったものになっていたと思う。その権利を手にしたのは、本当に幸運なことだった。
僕らはこの映画で、答えを与えたくなかった。問題を提起したかったんだ。それが成功したことを願うし、人々が映画館から出た後に自らに質問を投げかけてくれればと思う。
(オフィシャル・インタビューより)
ダン・ギルロイ(Dan Gilroy) プロフィール
1959年6月24日アメリカ、カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。本作が初監督作品となる。脚本家として『トゥー・フォー・ザ・マネー』(05)、『落下の王国』(06)、『リアル・スティール』(11)などを担当、また兄トニー・ギルロイが脚本・監督を務めた『ボーン・レガシー』(12)の共同脚本も手掛けている。芸術一家の生まれで、父フランク・D・ギルロイはトニー賞およびピューリッツァー賞受賞戯曲家、双子の兄ジョン・ギルロイは『フィクサー』(07)、『ソルト』(10)、『ボーン・レガシー』(12)、『パシフィック・リム』(13)などを手がけた映画編集者。妻であるレネ・ルッソは今作で、ルイスが撮影した映像を売り込むTV局のディレクター、ニーナ役で出演。
映画『ナイトクローラー』
8月22日(土)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー
職探し中の男・ルイスは、あるきっかけで報道スクープ専門の映像パパラッチ=ナイトクローラーとなり、スクープを追い始める。良心の呵責など1秒たりとも感じないルーの過激な映像は高く売れるが、テレビ局の要求はさらにスカレートしていき、遂にルイスは一線を越える──。
監督・脚本:ダン・ギルロイ
出演:ジェイク・ギレンホール、レネ・ルッソ、ビル・パクストン
撮影:ロバート・エルスウィット
編集:ジョン・ギルロイ
プロダクション・デザイン:ケヴィン・カヴァナー
衣装デザイン:エイミー・ウェストコット
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
提供:カルチュア・パブリッシャーズ、ギャガ
配給:ギャガ
原題:NIGHTCRAWLER
2014年/アメリカ/英語/118分/カラー/シネスコ
公式サイト:http://nightcrawler.gaga.ne.jp
公式Facebook:https://www.facebook.com/gagajapan
公式Twitter:https://twitter.com/gagamovie