骰子の眼

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東京都 中央区

2015-08-07 19:16


オゾンの皮肉で奇抜な企画書“男が自分にドレスを買いに走る映画を”『彼は秘密の女ともだち』

違いや偏見を乗り越えそれぞれの個性を受け入れていくこと、フランソワ・オゾン監督が込めた思い
オゾンの皮肉で奇抜な企画書“男が自分にドレスを買いに走る映画を”『彼は秘密の女ともだち』
映画『彼は秘密の女ともだち』より © 2014 MANDARIN CINEMA – MARS FILM – FRANCE 2 CINEMA – FOZ

『8人の女たち』『しあわせの雨傘』のフランソワ・オゾン監督が、幼い頃からの友人を亡くした主婦と、妻の死をきっかけに女装にのめりこむ夫との関係を描く『彼は秘密の女ともだち』が8月8日(土)より公開される。

生まれて間もない娘を育てなければいけないという気持ちもあり、女装への欲望を募らせる男ダヴィッドを『ムード・インディゴ うたかたの日々』のロマン・デュリスが演じ、唯一無二の友人と慕っていたローラを失った喪心の後、特別な「女ともだち」と出会うことにより、女性としての輝きを取り戻していく主婦クレールを『キリマンジャロの雪』のアナイス・ドゥムースティエが好演。ヴィルジニアという女性として生きることを決めたダヴィッドに戸惑いながらも惹かれていく主婦クレールにシンパシーを覚えるのは、ドゥムースティエの飾らない魅力によるものが大きいだろう。男女という区分けを越えて関係を深めていくクレールとダヴィッド=ヴィルジニア、そしてローラの夫ジルを含めた三角関係を、決してシリアスになりすぎず随所にユーモアを交え描くオゾン監督の手腕が全編にわたり冴えている。今作と合わせて、webDICEで掲載した「女装とは自由の本質を露呈させる行為」という東大教授の安冨歩さんの『わたしはロランス』のトークイベントレポートもぜひ読んでほしい。

今回はオゾン監督が制作の経緯を語ったインタビューを掲載する。

異性装という自身の欲望を受け入れて、行動に移す

──本作のアイデアはどこから得たのですか?

おおまかにだが、ルース・レンデルの15ページの短編「女ともだち」を基にしたんだ。テレビシリーズの『ヒッチコック劇場』に似た雰囲気を持った作品で、ある主人公の女性が、隠れ異性装者である親友の夫に興味を持ち「女友達」になるのだが、彼から愛を告白され愛し合おうとした時、彼女はふと我に返り、彼を殺してしまう、という物語だ。僕は20年前、『サマードレス』を撮っていた頃にこの短編を読み、忠実な脚色で短編映画用の脚本を書いた。でもあの頃は資金を集められなかったのと、ふさわしいキャストを見つけられなかったために、企画を断念したんだ。

フランソワ・オゾン監督
『彼は秘密の女ともだち』フランソワ・オゾン監督(右)と主演のアナイス・ドゥムースティエ(左)

だがこのストーリーはずっと僕の頭を離れなかった。異性装を描いた映画で僕が好きなのは、個人の欲望からではなく、外圧によって異性装をするキャラクターを描いたもの。例えば、マフィアを出し抜くためにミュージシャンが女装する『お熱いのがお好き』や、仕事にあぶれた男優が仕事を得るために女優になる『トッツィー』、経済的に困窮した女優が男優になる『ビクター/ビクトリア』など。状況に迫られて仕方なく異性装をするキャラクターは、観客が感情移入しやすいし、罪悪感や不快感を抱かずに異性装というものを楽しめる。本作ではロマン・デュリス扮するダヴィッドが、妻に先立たれる前から異性装への強い欲望を抱いている、という点が大きな違いだけどね。

──妻の死に打ちのめされているという設定をつくる事で、観客はダヴィッドに同情し、感情移入しやすいと考えたのですか?

そうだね。妻の死やそれに続く悲劇は短編にはないシーンだが、それらを付け加えることで、観客はダヴィッドが自身の欲望を受け入れて、行動に移すまでの経緯を理解できる。ダヴィッドが亡き妻のブラウスと香水を使って、赤ん坊をあやし、食事させるフラッシュバックのシーンが重要になってくるというわけだ。そのシーンはシャンタル・プポー監督との会話で考え付いた。彼女は『CROSSDRESSER』というドキュメンタリーを撮っていて、これはトランスジェンダーをテーマにした「日々の変身の儀式」を追った作品だ。ムダ毛を抜き、メイクを施し、ひげを隠す。シャンタルはその世界に詳しいので、彼女が知っている異性装者について尋ねたところ、奥さんが重い病気にかかっていたという1人の異性装者の話を聞かせてくれた。奥さんは自分が不治の病だと知り、夫の前から姿を消すことを選んだ。するとその夫は、妻を取り戻すために彼女の服を着ることを望み、やがて定期的に女装をするようになったそうだ。僕はその話に魅了されたし、感動的な話だと思ったよ。これがカギになり、脚本を書き上げた。

映画『彼は秘密の女ともだち』より © 2014 MANDARIN CINEMA – MARS FILM – FRANCE 2 CINEMA – FOZ
映画『彼は秘密の女ともだち』より、ダヴィッド/ヴィルジニア役のロマン・デュリス © 2014 MANDARIN CINEMA – MARS FILM – FRANCE 2 CINEMA – FOZ

ダヴィッドの欲望は実に率直であり純粋無垢なんだ

──冒頭の悲痛さは物語の序盤で薄れ、ヴィルジニア(ダヴィッドが異性装をした時の名)という解放的な存在が生きる希望を与えますね。

ローラの生と死を描く冒頭部分はかなり悲劇的だが、クレールとヴィルジニアの友情が育まれていくにしたがい、少しずつ生きる喜びが戻ってくる。ショッピングに出かけたり、映画を見に行ったり、ナイトクラブに繰り出すなど、2人は多くの時間を共有し、互いに慰め合い、次第に心の支えとなっていくんだ。ヴィルジニアは今までになく幸せで、クレールも快活に生を謳歌する。

ある時、僕は少々皮肉で奇抜な企画書を書いた。「私が本作で目指すのは、映画を見終わったすべての男性がストッキングや化粧品、ドレスを買いに走ること。妻のためではなく、自分自身のために」と。プロデューサーたちは投資家が逃げるのではないかと恐れていたが、僕のゴールは男性にも女性的な楽しみを見い出してもらい、ユーモアと優しさを持って、自分らしく生きることへ理解を示して欲しいと思ったんだ。決して登場人物を笑い者にせず、少しでも共感をしながら、「彼女たち」の冒険に寄り添えるようにね。

映画『彼は秘密の女ともだち』より © 2014 MANDARIN CINEMA – MARS FILM – FRANCE 2 CINEMA – FOZ
映画『彼は秘密の女ともだち』より、ダヴィッド/ヴィルジニア役のロマン・デュリス(右)、主婦クレール役のアナイス・ドゥムースティエ(左) © 2014 MANDARIN CINEMA – MARS FILM – FRANCE 2 CINEMA – FOZ

──われわれ観客は、ダヴィッド/ヴィルジニアを笑い者にするというより、異性装から喜びを得た彼を見て微笑ましい気持ちになります。特にショッピングのシーンなど……。

キャラクターが経験する喜びからユーモアが生まれている。ダヴィッドの欲望は実に率直であり純粋無垢なんだ。映画の中盤までに、彼は自分らしさを見つけ、ヴィルジニアになりたいと願う。ジルにも真実を告げるようにとクレールに告げるが、クレールはこの状況に怯えてしまう。彼女は悩みと疑問だらけで、一進一退の状態なんだよ。皮肉なことに、彼女のほうが神経過敏になり、ショックを受けてダヴィッドを病気だと言い放つ。そこからクレールの発見の旅が始まり、最終的にはダヴィッドの欲望を受け入れ、ヴィルジニアに対する自分自身の欲望をも認めることになる。

映画『彼は秘密の女ともだち』より © 2014 MANDARIN CINEMA – MARS FILM – FRANCE 2 CINEMA – FOZ
映画『彼は秘密の女ともだち』より、主婦クレール役のアナイス・ドゥムースティエ © 2014 MANDARIN CINEMA – MARS FILM – FRANCE 2 CINEMA – FOZ

ロマン・デュリスの男性らしさを消し去らずに女性化させる

──ダヴィッド/ヴィルジニア役に、ロマン・デュリスを起用した理由は?

大勢の俳優をテストしたんだ。化粧を施し、ウィッグをかぶせて、どんな女性になるかをチェックした。役にふさわしいかどうかをね。そしてそれは「女性らしくなりたいという欲望」をテストする機会でもあった。多くの俳優陣の中で、ロマンは際立っていたよ。最も美しいだけでなく、異性装をする喜びがあふれていたんだ。そこには皮肉さも感じられず、ストッキングを履いてドレスを身にまとうというフェティッシュな喜びを表現する姿はとても自然に映った。クリストフ・オノレの『SEVENTEEN TIMES CECILE CASSARD』(原題『17 fois Cecile Cassard』)で、ジャック・ドゥミの『ローラ』の歌を嬉しそうに優雅に歌っている彼を見た時から、その点には気づいていた。ダヴィッド/ヴィルジニアを演じたいというロマンの想いは強く、彼を選ぶのはごく自然の流れだったよ。

──身体的な点においては、どのようにダヴィッド/ヴィルジニアのキャラクターを作っていったのですか?

撮影前、我々は様々なメイクや髪形を試したし、ロマンが身体的にも女性になりきることが重要だったので、彼に体重を落とすよう頼んだ。いつも女優に頼むようにね。また、彼は衣装デザインのパスカリーヌ・シャヴァンヌに頼んで、ハイヒールを取り寄せ、暇な時間に歩き方を練習してくれた。

また、ロマンの男性らしさを消し去らずに女性化させる点も重要だった。シーンやキャラクターの心情に応じ、その時々で適切なバランスを見つけるべきだと判断したんだ。劇中には、ヴィルジニアが男性的な歩き方をしたり、無精ひげを生やしているシーンもあるからね。最初、ヴィルジニアは未完成の状態だ。過度に上品すぎたり、わざとらしいまでに女性らしさを強調したりする。僕が会った異性装者の多くがそうであるように、彼女はまず妻や母親の服を着る。自分を知り、自分のスタイルを確立しようとしているんだ。少しずつ、彼女は自分に合った服を見つけ、適切な歩き方を身に着ける。映画の最後では、ズボンをはき、ジャケットを着ている。髪の毛はローラの金髪から地毛の色に戻っている。もはや必要以上に着飾って自分の女性らしさを強調する必要はなく、彼女は本当の意味で女性として花咲いた。自分のスタイルを見つけたとも言える。

映画『彼は秘密の女ともだち』より © 2014 MANDARIN CINEMA – MARS FILM – FRANCE 2 CINEMA – FOZ
映画『彼は秘密の女ともだち』より © 2014 MANDARIN CINEMA – MARS FILM – FRANCE 2 CINEMA – FOZ

我々の欲望は他の人の欲望に対する応えである

──物語が進むにつれ、クレールも一層女性らしくなりますね。

物語の冒頭でクレールが着ている服は、極めて地味で平凡だ。彼女は「女装の男性」を通してオシャレの喜びを再発見し、やがて自身の中に眠っていた女らしさが開花してゆく。真っ赤なルージュをつけ、ワンピースを着るようになるんだ。そして映画のラストには、ドレスを着て、妊娠しているクレールの姿が。本作を観た観客は、ダヴィッドの変化だけに目を向けがちだが、実は女性性を最も謳歌するのはクレールなんだ。

──あなたの映画ではキャラクターが互いを映し出す関係になっていることがよくありますね。クレールの欲望は、ダヴィッド/ヴィルジニアの欲望を見て、花咲きます。

我々の欲望は他の人の欲望に対する応えであることが多い。他人の欲望を糧にして自分が何者かを発見するんだ。過去作『海をみる』は、鏡の関係が悲劇的な結末を迎える物語で、2人の女性の一方が、他方にアイデンティティーを奪われ殺されてしまう。しかし本作では、彼女たち欲望が互いの糧となる。きっかけはローラの死。ローラの不在が穴をうがち、その穴の中でクレールとヴィルジニアはお互いを見い出すんだ。

──主婦クレール役に、なぜアナイス・ドゥムースティエを選んだのですか?

クレールは複雑なキャラクターだ。劇中では多くを語らないが、観客はクレールの豊かな表情から、彼女の“冒険の旅”を読み解く。ダヴィッドの変身を見届ける過程で起こる、欲望、不安、ジルと自分自身へのウソなどをね。配役にあたり大勢の女優を面接したが、アナイスは観察者の役を演じさせたら誰よりも面白いことが、すぐに分かった。彼女の表情はいつも豊かで、目は何かを物語っている。ロマンと一緒にスクリーンテストをした時も、彼女のすばらしさは際立っていた。

この映画のために、彼女には髪の色を変えてもらった。明るい色にして、そばかすを強調したかったんだ。撮影のパスカル・マルティと僕は様々な色を検討したが、赤毛がこの映画の色調に一番合っていると判断した。

──クレールの夫役に、ラファエル・ペルソナーズを起用した背景を教えてください。

当初、彼にはヴィルジニア役をお願いしようと考えていたんだ。身体的に考えた場合、ロマンより彼の方が女性として想像しやすいからね。でも、うまくいかなかった。彼を呼び出し、ヴィルジニア役には起用しないが、ジルの役をやってほしいと告げると、ラファエルは直ちに言った。「よかった、ジルの方がいい。別の役ではしっくりこなかったんだ」とね。

映画『彼は秘密の女ともだち』より © 2014 MANDARIN CINEMA – MARS FILM – FRANCE 2 CINEMA – FOZ
映画『彼は秘密の女ともだち』より、クレールの夫ジル役のラファエル・ペルソナーズ(右)、クレール役のアナイス・ドゥムースティエ(左) © 2014 MANDARIN CINEMA – MARS FILM – FRANCE 2 CINEMA – FOZ

感情的サスペンスを維持しながら、ラブストーリーを描きたかった

──ナイトクラブのシーンはドキュメンタリーのようですね。

このシーンを書いた時、僕の頭には好きなメロドラマの2つのシーンがあった。1つはダグラス・サークの『天はすべて許し給う』における庭師の友達のパーティーのシーン。このシーンで主人公2人の恋愛が突然、可能なものに見える。もう1つはレオ・マッケリーの『めぐり逢い』でリヴィエラの祖父を訪ねるシーンだ。

──ダグラス・サークのメロドラマ同様、あなたの映画も違いを受け入れることがテーマですね。

そうだね、異性装がこの映画のテーマではなく、違いや偏見を乗り越え、それぞれの個性を受け入れていくことがテーマだ。時代も社会も変わったから、サークの映画よりもっと内面の問題を扱っているけどね。

この映画には、現実には起こりにくい展開が含まれており、それに共感する観客も、しない観客もいる。どちらにせよ、重要なのはキャラクターが互いに特異点を認めて、ジェンダーにとらわれないアイデンティティーを見つけること。「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」というシモーヌ・ド・ボーヴォワールの有名な一節にもあるようにね。

また、原案のルース・レンデルの感情的サスペンスを維持しながら、できるだけラブストーリーを描きたかった。秘密の電話やガレージでの密会などをね。彼らが惹かれ合っていることに気づき、自分の気持ちにウソをつくことをやめるのはいつか。社会や家族に縛られているクレールは、自身がヴィルジニアに惹かれていることを認めることができない。でも結局、彼らの欲望はそれに勝るんだよ。

(オフィシャル・インタビューより)



フランソワ・オゾン(François Ozon) プロフィール

1967年フランス、パリ生まれ。90年、国立の映画学校フェミスの監督コースに入学。次々に短編作品を発表し、『サマードレス』(96)でロカルノ国際映画祭短編セクション・グランプリを受賞。1997年の中編『海をみる』を経て、翌年に発表した長編第一作目『ホームドラマ』がカンヌ国際映画祭批評家週間で大きな話題となる。1999年には『クリミナル・ラヴァーズ』がベネチア国際映画祭に正式出品され、続く『焼け石に水』(00)で、ベルリン国際映画祭のテディ2000賞を受賞。2001年、『まぼろし』がセザール賞の作品賞と監督賞にノミネートされ国際的にも高い注目を集め、翌年には『8人の女たち』で、ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。その後『スイミング・プール』(03)、『しあわせの雨傘』(10)、『危険なプロット』(12)、『17歳』(13)など多種多様な作品を発表し続けている。




映画『彼は秘密の女ともだち』ポスター

映画『彼は秘密の女ともだち』
8月8日(土)より、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

クレールは幼い頃からの親友のローラを亡くし、悲しみに暮れていた。残された夫のダヴィッドと生まれて間もない娘を守ると約束したクレールは、二人の様子を見るために家を訪ねる。するとそこには、ローラの服を着て娘をあやすダヴィッドの姿があった。 ダヴィッドから「女性の服を着たい」と打ち明けられ、驚き戸惑うクレールだったが、やがて彼を「ヴィルジニア」と名づけ、絆を深めていく。夫に嘘をつきながら、ヴィルジニアとの密会を繰り返すクレール。優雅な立ち居振る舞いにキラキラ輝く瞳で、化粧品やアクセサリー、洋服を選ぶヴィルジニアに影響され、クレール自身も女らしさが増してゆく。とある事件を境に、ヴィルジニアが男であることに直面せざるを得なくなったクレールが、最後に選んだ新しい生き方とは──?

監督・脚本:フランソワ・オゾン
出演:アナイス・ドゥムースティエ、ロマン・デュリス、ラファエル・ペルソナ
撮影:パスカル・マルティ
編集:ロール・ガルデット
原案:短編『女ともだち』ルース・レンデル著(小学館文庫)
配給:キノフィルムズ
2014年/フランス/フランス語/107分/ビスタ/カラー/5.1ch/日本語字幕
字幕翻訳:松浦美奈

公式サイト:http://girlfriend-cinema.com/
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▼映画『彼は秘密の女ともだち』予告編

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