映画『蜃気楼の舟』がワールド・プレミア上映されたカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭会場にて、竹馬靖具監督(右)
7月3日から11日までチェコ共和国の西部に位置するカルロヴィ・ヴァリ市でカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭が開催された。カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭は、チェコ西北部の都市カルロヴィ・ヴァリで開かれる国際映画祭。国際映画製作者連盟公認で、1946年に第1回を実施、東欧最大の映画祭として知られる。今年は日本から、フォーラム・オブ・インディペンデンツ・コンペティション部門に竹馬靖具監督の『蜃気楼の舟』が出品された。webDICEでは、映画祭に出席した竹馬監督によるレポートを掲載する。
『蜃気楼の舟』は、引きこもりの若者の心理を描いた2009年の『今、僕は』に続く竹馬監督の第2作。ホームレスの老人たちを東京から連れ去り、小屋に詰め込み世話をするかわりに生活保護費をピンハネすることを生業とする「囲い屋」の若者たちを描く物語。竹馬監督は、ホームレスも金に換えようとする日本の生の劣化に抗いたいと今作を完成。カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭でのワールド・プレミア上映が実現した。
『蜃気楼の舟』は、世界からインディペンデントの長編映画が集まるフォーラム・オブ・インディペンデンツ・コンペティション部門に選出。今年の今部門グランプリは、アメリカのショーン・ベイカー監督がトランスジェンダーの娼婦を巡る騒動を全編iPhone5Sにアナモレンズを装着し撮影したドラマ『タンジェリン』が受賞した。『タンジェリン』は現在開催中の第28回東京国際映画祭・ワールドフォーカス部門で上映される。『蜃気楼の舟』は受賞を逃した。
『蜃気楼の舟』は現在、クラウドファンディング・サイトMotionGalleryにて、1,000個以上のリターンが用意された、2016年1月渋谷アップリンクほかでの劇場公開のためのプロジェクトを11月30日(月)まで実施している。
硬さではなくしなやかさを磨いていきたい
―カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭に参加して
文:竹馬靖具
カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭の会場に到着した時には、東京の自宅を出てから丸一日が過ぎていた。
イスタンブール乗り換えで6時間近く待ち、プラハ空港からカルロヴィ・ヴァリまでは車で2時間弱かかった。
前作の『今、僕は』以来の海外渡航と映画祭になるので、あれからもう6、7年経過しているのだと飛行機の中でしみじみと感じながら、初めての観客にはこの映画がどう映るのかと、胸が高鳴っていた。
映画『蜃気楼の舟』海外版ポスター
カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭オープニングの会場入口(公式サイトより)
ファンでごったがえすカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭会場入口(公式サイトより)
4年前、脚本を書くことに行き詰まっていた時に、たまたま恵比寿にある東京都写真美術館に行った。
その時の企画展が、チェコスロバキア出身のジョセフ・クーデルカによる「プラハの春」(1968年に起きた社会主義改革運動)をテーマにした『プラハ1968』という写真展だった。
革命という言葉からはかけ離れた世界に育った僕は、なんとはなしに観にいったその展示に動揺し、内面を深く抉られるような衝撃を受けた。
自身の生を機関銃に晒す若者達、デモ鎮圧で殺された人の顔。
今、自分が映画を作ることとはどういうことなのだろうと、改めて考え直すきっかけになったように思う。
そんなチェコの映画祭で『蜃気楼の舟』のワールド・プレミア(世界初上映)を迎えるのは、偶然にしては何か意味を帯びているようだなと、そんな感慨にも耽っていた。
カルロヴィ・ヴァリは、チェコ西部にあり、おそらく車でも数時間でドイツの国境にたどりつけるところにある。
世界的に有名な温泉地だそうだが、裸になってお湯につかるような風呂はひとつも見当たらなかった。
カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭は、今年で記念すべき50回目を迎える、東欧でも最大の映画祭だ。
ゲストには、リチャード・ギアやハーヴェイ・カイテル、ウド・キアなどの著名人がいた。
会場に到着して手続きをこなし、まずはホテルに向かう。
山間の窪地に敷き詰められるように、建物が建ち並んでいる。
外壁は薄いピンクやグリーン、ブルーなど、添加物がいっぱい入っていそうな海外のケーキのようであり、おもちゃみたいにも見える。
ショパンやゲーテ、ベートーヴェンが訪れた場所らしいが、歴史を感じるというよりは即席で作られたセットの中を歩いているような気もするのだった。
ワールド・プレミア上映での発見
翌日の7月7日、『蜃気楼の舟』のワールド・プレミアが行われた。
247人収容できるホールのチケットが、嬉しいことにソールドアウトし、キャンセル待ちの行列ができるほどであった。
賞を競うコンペティション・セクションに出品されていたので、注目度はあったのかもしれない。
カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭会場前の竹馬靖具監督
映画祭のポスターの前に立つ竹馬監督(右)と主演の小水たいが(左)
『蜃気楼の舟』チームは、プロデューサーの汐田海平と主役の小水たいが、助監督の池田健太、ヘアメイクの寺島和哉さん、アップリンクの浅井隆さんというメンバー。上映前の舞台挨拶があるため、会場入り口の脇で時間になるまで待機していた。
映画祭会場にて、『蜃気楼の舟』チーム 竹馬靖具監督、汐田海平(プロデューサー)、小水たいが(主演)、池田健太(助監督)、寺島和哉(ヘアメイク)、浅井隆(アップリンク/配給・ワールド・セールス)
満席になった席を見ると、半分以上が20代前半の若者や学生のようだった。
彼らは26年前にチェコで起きた民主化革命・ビロード革命の時には生まれていなかった、革命を知らない世代である。
この若者たちがこの映画をどのように感じるのか、興味深かった。
僕は、やっと映画を観客に観てもらえるという高揚感と、ほっとするような虚脱感がいりまじる、なんともいえない気分になっていた。
映画『蜃気楼の舟』より
舞台挨拶を終えて、関係者席に着席すると電燈が消え、巨大なスクリーンにメル・キブソンが出演する映画祭のトレーラーが映し出される。
数分でその映像がおわり、『蜃気楼の舟』のファーストカットがスクリーンに出現した。
いくども観ているファーストカットではあるが、満席の会場で観客と一緒に観るそのカットは特別なものだった。
この映画が、僕にとってのクーデルカの写真のように、見る人にとって強く衝撃を受けるものになることを期待しながら、蜃気楼の舟の行き先を見届けた。
ラストシーンがおわり、黒みにエンドクレジットが流れ始める。
会場から拍手と歓声が沸く。
光栄に思う半面、どう受け取ってもらえたのか気になり始めた。
上映後のQ&Aでは、「タイトルについて」「作品をつくるきっかけや何にインスピレーションをうけたか」「主人公の内面は監督自身の投影か」など、かなり多くの突っ込んだ質問が挙がる。
「タイトルについて」質問してくれた青年は、僕の返答をふまえてこう感想をくれた。
「一見、よくある社会問題を扱う映画に見えるが、そうではなく今を生きる人間自身への問いでもあり宿命でもある映画だと感じました。その運命を非常に詩的に表現しているところがタイトルにも反映されていると改めて感じました」
その後も白熱する観客との対話の中で、僕も新たな発見をしていった。
そう実感した時に、もうこの映画は製作者から離れ、観客のものになっていったんだと、深い感動を覚えたのだった。
『蜃気楼の舟』カルロヴィ・ヴァリ映画祭での上映に登壇した竹馬監督
Q&Aが終わり会場から出ると、ひとりの青年が話しかけてきた。
チェコ語の通訳を介して青年から「とても刺激的な映画だった。僕は今とても興奮しています」と言われ、かろうじてお礼を言ったが、彼が、直接自分に感想をくれた初めての観客なのだということに戸惑ってしまった。
彼の目がその興奮を物語るほどの輝きを放っていたせいかもしれない。
僕は「このために映画を作ったんだ」ということをあらためて認識することができた。それは心強い励みになった。
『蜃気楼の舟』カルロヴィ・ヴァリ映画祭での竹馬監督登壇の様子
その後も、多くのお客さんから直接感想を聞くことができた。
社会主義時代や革命を体験した中年女性からは、「目眩がするほど甘美な映像が私を満たした」と言われ、呆然としてしまった。
「難解な部分はあるが、幻想的シーンの連なりに圧倒された。新たな日本映画の地平を見せてくれた」「今までとは異なる映画の見方をしないといけないところがあり、少し困惑してしまった」などの感想もあった。
この映画を早く日本のお客さんに観てもらいたいという高まる気持ちに駆られながら会場を後にした。
キム・ギドク監督の『STOP』
映画祭では、毎晩ディナー・パーティーに招待される。
他国間の映画製作者やセールスエージェントなどに交流してもらう目的もあるのだろう。
僕は初日にキム・ギドク監督と話す機会があった。
彼も福島原発を題材にした映画『STOP』をワールド・プレミアするために、ゲストとして呼ばれていたのだった。
デタラメな英語で会話をして、よくわからない微笑みを互いに浮かべ合うようなやりとりではあったが、暖かくバイタリティのある人であることはわかった。もちろん彼の作品は、ほとんど観ている。
キム・ギドク監督(左)と竹馬靖具監督(右)
翌日、僕は浅井さんと『STOP』を観にいった。
キム・ギドクの原発問題に対する意見と僕個人の意見は一致するが、誤解を与えかねない内容ではあった。
観客は、登場人物が原発の問題にあたふたしていく様子が可笑しいのか、大笑いで見ている。
それは監督の意図したことではないように思われたが、僕はこの複雑なテーマを爆笑させてしまう内容には疑問を感じずにはをいられなかった。
後日、彼に会ってその感想を伝えた。
彼は「この問題を世界が考えなくてはいけないものだ」と返答した。
僕は、その返答を聞いて、もっと言葉が通じ合って深くこの問題を話すことが出来たらと思わずにはいられなかった。
ただ、この複雑な問題をどのくらい真摯に捉えているかはわかった気がした。
映画祭出席を終えて
そうこうするうちに、『蜃気楼の舟』2回目の上映も、会場のCas Cinemaは満杯の観客で埋まり、取材やインタビューなどをこなし、あっという間に翌日の最終日を迎えた。
クロージングセレモニーには、ふだん着慣れない正装をして出席することになった。
クロージングセレモニー会場にて、竹馬靖具監督(左)と主演の小水たいが(右)
残念ながら賞は逃してしまったが、貴重な体験をすることができたこと、作品を選出してくれた映画祭に、感謝の気持ちでいっぱいだった。
セレモニーのあとは、『007』のロケーションや『グランド・ブダペスト・ホテル』のモチーフになったホテル・プップでクロージングパーティーが行われた。
なんだか、場違いな気もしたが、アルコールを飲んで余計な邪念を払い、片言の英語でウド・キアと話したりしたのだった。
ステーキを出すコーナーでは、正装をした男女が行列をなしていた。
庶民的な行列なら日本でもよく見かけるが、タキシードやドレスで着飾っている紳士淑女が肉の周りにたむろする姿は凄まじい猛々しさを感じた。それを観てローストビーフで我慢することにしたのだが、その肉がホルモンのように硬く噛みきれも飲み込むことも出来ず、若干の敗北感をここで感じるはめになった。
他の食事にもあまりなじめず、仕舞いには足利のポテト入りソースやきそばが食べたくなる始末だった。
この違和感は、きっと次作に活かされる教訓と捉え、硬さではなくしなやかさを磨いていこうと思いもしたのだった。
そうして映画祭は幕を閉じ、僕はチームの皆と別れ、カルロヴィ・ヴァリを後にし、プラハへ向った。
竹馬靖具 プロフィール
1983年、栃木県足利市生まれ。役者としての活動を経て、2009年、自身が監督・脚本・主演を務めた映画『今、僕は』を発表。2011年、真利子哲也監督の映画『NINIFUNI』に脚本で参加。2016年1月、監督第2作『蜃気楼の舟』がアップリンクの配給により公開。
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映画『蜃気楼の舟』
2016年1月、渋谷アップリンク他、全国順次公開予定
監督・脚本:竹馬 靖具
撮影:佐々木 靖之
照明:關根 靖享
助監督:池田 健太
編集:山崎 梓、竹馬 靖具
録音:上條 慎太郎
整音:鈴木 昭彦
効果:堀 修生
スタイリスト:碓井 章訓
ヘアメイク:寺島 和弥
プロデューサー:竹馬 靖具、汐田 海平
テーマ曲:「hwit」(坂本龍一『out of noise』より)
音楽:中西俊博
製作:chiyuwfilm
出演:小水 たいが、田中 泯、足立 智充、小野 絢子、竹厚 綾、川瀬 陽太、大久保 鷹、中西 俊博、北見 敏之、三谷 昇 他
配給:アップリンク
2015年/99分/1:1.85/カラー & モノクロ/5.1ch/DCP
MotionGallery特設ページ:
https://motion-gallery.net/projects/SHINKIRO_NO_FUNE/
映画『蜃気楼の舟』クラウドファンディング特設サイト:
http://uplink.co.jp/SHINKIRO_NO_FUNE/funding/
映画『蜃気楼の舟』公式サイト:
http://uplink.co.jp/SHINKIRO_NO_FUNE/