映画『ワイルド・スタイル』より ©New York Beat Films LLC
ヒップホップ・カルチャー最初期の熱気を描く映画『ワイルド・スタイル』と、ヒップホップ・アーティストNasの伝説的名盤の製作過程を追ったドキュメンタリー映画『Nas/タイム・イズ・イルマティック』のDVDリリースを記念して、7月5日、HMV record shop 渋谷にてKGDR(ex.キングギドラ)によるトークセッションが開催された。
ヒップホップは温故知新の文化
KGDR(ex.キングギドラ)は、Kダブシャイン、Zeebra、DJ OASIS、からなる日本のヒップホップ・シーンの草分けのグループのひとつ。デビュー・アルバム『空からの力』20周年記念リマスタリング盤をリリースしたばかりの彼らが、自身のキャリアと重ねながら両作品の魅力を語った。
HMV record shop 渋谷でのトークセッションに登場したKGDR。右からZeebra、DJ OASIS、Kダブシャイン
この日は、『ワイルド・スタイル』の字幕監修を担当したKダブシャインが用意した『ワイルド・スタイル』全米公開時のラジオなど貴重な音源を聴いたり、両作品のソフトの特典映像などを上映しながら進行。Zeebraは「当時VHD(ビデオディスク)を持っていました。1984年のグラミー賞のハービー・ハンコックのパフォーマンスでブレイクダンスに出会って『なんだこれは!』と驚いて、どうやって踊ったらいいか知るためのひとつとしてゲットした」と、『ワイルド・スタイル』が日本のブレイクダンスのムーヴメントに大きな影響を与えたことが語られた。
DJ OASISは『ワイルド・スタイル』との最初の出会いを「グラフィティ・ライターたちは命がけなんだな、と思った。あとバスケットコートでラップするシーンに『これがヒップホップか、すげえ!』と思った」と語った。
映画『ワイルド・スタイル』より、バスケットコートでのラップバトル ©New York Beat Films LLC
Zeebraは、『ワイルド・スタイル』劇中でグランドマスター・フラッシュがキッチンでDJをするシーンに「俺もキッチンにターンテーブル置きたかったけど、親に怒られるなと思った」と回想。現在彼が行っているUsteram番組「THE GRAND MASTER SHOW」内の様々なアーティストが新曲を披露するコーナー『Fresh Outta Kitchen』は、このシーンにオマージュが捧げられていると明かした。
映画『ワイルド・スタイル』より、グランドマスター・フラッシュのキッチンでのDJのシーン ©New York Beat Films LLC
『ワイルド・スタイル』は、『ビート・ストリート』(1984年)『ブレイクダンス』(1984年)『クラッシュ・グルーブ』(1985年)『タファー・ザン・レザー』(1988年)と、その後のヒップホップを紹介する映画の先駆けと呼べる作品。Kダブシャインは今作のヒップホップ・カルチャーにおける位置づけについて、次のように解説した。「この作品はヒップホップ黎明期の作品と言われていますが、実際にヒップホップが生まれたとされるのは1973年なのでそこから10年経過している。最初からその現場にいた人たちの文化や技術がちょうど完成したタイミングの映画なんです。それまでのヒップホップのレコードはバンドがディスコヒットを演奏してそこにラップをのせるのが主流だったけれど、RUN DMCを筆頭によりドラムマシーンやブレイクビーツで曲を作るアーティストが増えて、ロックっぽいアプローチが増えた。この映画以降、ヒップホップもガラッと変わってしまったんです」。
Zeebraは映画『Nas/タイム・イズ・イルマティック』のテーマでもある、1994年にNasがリリースした『イルマティック』について、「ヒップホップは温故知新の文化でもあって、当時オールド・スクールを理解してやっているかどうかはすごく大切だった。そんなときにNasは『俺が継承者です』と表明しているアルバムだった」と解説。また『ワイルド・スタイル』とNas、そしてギドラとの関連について、Zeebraは「80年代に『ワイルド・スタイル』をバイブルとして過ごした後、90年代『とんでもないリリシストが現れた』と鳴り物入りで登場したのがNas。ちょうど俺らが『空からの力』を作るためにKダブシャインが住んでいたオークランドにいたときに『イルマティック』のテープとレコードを買って、3人で車の中で聴いて驚いた」と語ると「アルバムを2回連続で聴いて『ヤラれた』って感じた」とKダブシャインも当時の衝撃を述べた。
映画『Nas/タイム・イズ・イルマティック』より ©COPYRIGHT ILLA FILMS, LLC 2014
またDJ OASISも『空からの力』をはじめとする90年代のギドラの活動を振り返り、「毎日Zeebraの家に行って、毎日ヒップホップの話をして、毎日なにか思いついて、常に刺激的だった。あのエネルギーはすごかったと今でも思う。『空からの力』は8割は3人の合宿で生まれた、生活のなかで生まれた作品なんです」と、現在も多くのアーティストに影響を与える『空からの力』という作品にあるリアリティの秘密について語った。
映画『ワイルド・スタイル』より ©New York Beat Films LLC
ヒップホップの始まりを映しだした『ワイルド・スタイル』
ヒップホップ・カルチャーを知るうえで欠かせない両作品について日本のヒップホップ・シーンをサバイブしてきたKGDRが語る貴重な夜となった。イベントの後、webDICEからの質問に3人が答えてくれた。
──Nasが『ワイルド・スタイル』のサウンドトラックからサンプリングしたりリリックを引用しているという関係がありますが、それ以外に、『ワイルド・スタイル』『Nas/タイム・イズ・イルマティック』の映画としての共通点はどこにあると思われますか?
Kダブシャイン:アルバム『イルマティック』の冒頭、『ワイルド・スタイル』の主人公ゾロが軍隊から帰ってきた兄ちゃんに「俺は懸命に頑張って家族に仕送りしてる。なのに落書きなんかご立派だよ。遊びはやめて大人になれ。何もできねえくせに」と説教されて、「できるよ、これさ」と答えるセリフから、1曲目「The Genesis」に続く展開は、まさに繋がってる。ヒップホップの精神性が『ワイルド・スタイル』から『イルマティック』に継承されているんだと思います。
映画『ワイルド・スタイル』より ©New York Beat Films LLC
Zeebra:現在のアメリカのチャートにあがっているヒップホップのなかに、そうした精神性がどのくらい残っているかは微妙ですが、もともとヒップホップが持っていた精神性を、『イルマティック』はもちろん、今でもそれを姿かたちを変えながらキープしているアーティストだと思います。『Nas/タイム・イズ・イルマティック』に関してはまだ新しいので、これから「マストで観なくてはいけない作品」として年月を経て意味合いが濃くなっていくものなのかな、という気がします。
DJ OASIS:『ワイルド・スタイル』はヒップホップの始まりを映しだしていると思います。「どれだけヒップホップをやることが大切か」を、出演している人たちはとてもプライオリティを高く置いていることがわかりました。そしてNasは、そのストリートでヒップホップが始まったときの大切さをちゃんとキープしたまま、10年後に『イルマティック』をニューヨークの、ヒップホップでストリートでリアルなかたちで出した。どちらの作品も、ヒップホップでいちばん重要なポイントを表現していると思います。
──ヒップホップというカルチャーのなかで、映像で記録を残すということの重要性は高いと言えるでしょうか。
Kダブシャイン:ひとくちにドキュメンタリーといっても、映画館で上映するだけでなく、テレビで放映したり、もすごいお金をかけているものから低予算のものまであって、いろいろなものが残っているんです。『ワイルド・スタイル』で描かれるニューヨークより前の時代が舞台で、70年代のギャングがどうやって暴力を止めてヒップホップで表現するようになったのかがテーマの映画『Rubble Kings』がアメリカで公開になったり、『Fresh Dressed』というドキュメンタリーはNasがプロデュースしていて、ヒップホップのファッションがどうやって変わっていったかをテーマにしている。いろんなものがアーカイヴとして残っていることが、後になって役に立つんだろうなと思っています。
Zeebra:今ってiPhoneでサクッと映像を撮れるから、何でもあるじゃないですか。例えば昨日やったライヴがすぐにYouTubeにアップされて今日観られたりする。そういう意味で、今後はよりアーカイヴ化されていくものが多いと思う。ベータやVHSのテープから起こさなければいけないような昔の映像に関しては、早く全てデジタル化して、きちんと保存してほしいと思います。それこそうちらも、ノーギャラで活動していた頃のビデオとかどこかを探せば出てくるはずだから。捨てないでとっておかないとね。
Kダブシャイン:今回の『空からの力』のデラックス・エディションにボーナストラックとして収録した未発表のデモも探すのも、捜索願いを出してすごい大変だったからね。結局OASISの家にあったんですよ。
DJ OASIS:絵だと写真で記録しておけるけれど、音はもちろん、歩き方やポージング、DJやグラフィティのやり方といった動きも含めてすべてヒップホップ。だからヒップホップにとって映像が残っていることはすごいデカいと思います。俺たちも『ワイルド・スタイル』がなければ、ヒップホップを始めることがもっと難しいものだったかもしれない。
映画『ワイルド・スタイル』より ©New York Beat Films LLC
Zeebra:当時、参考にできるものがあったということだね。
DJ OASIS:だから、どんなものでも映像で残っていることは大切だし、昔からもっと分かっていれば自分でも残していたかな。
Zeebra:「ヒップホップはロックの次に登場した若者を扇動するカルチャー」とよく言われますけれど、ギターが生まれたときの映像ってたぶんないですよね。だけど、初めてターンテーブルでスクラッチをしてみた映像はあるかもしれない。だから、よりアーカイヴが残りやすい時代ではあったろうと思います。
──では次は、KGDRのレアな映像作品の発表も期待します(笑)。あらためて、みなさんのなかで印象に残る『ワイルド・スタイル』のシーンを教えてください。
Zeebra:好きなのは、ビジー・ビーがお金をばらまくシーン、あれは絵になるよね。あとはイントロのグラフィティが動くシーンが大好き。
Kダブシャイン:俺はダブル・トラブルが階段でラップし始めるときに、もう一人が横からやってきてふたりと一緒にフィンガースナップするところが忘れられないね。
映画『ワイルド・スタイル』より、ダブル・トラブル ©New York Beat Films LLC
DJ OASIS:俺は、新聞記者のヴァージニアが取材のためにブロンクスにやってきて、車が街中で停まってしまって、子供たちに押してもらうシーン。「もしかしてグラフィティの取材に来た人?」と聞かれて「そうよ、ライターを捜してるの」と答えると「僕たちみんな ライターだ」と答えるんだけど、最初に観た10代の頃に、黒人の子たちってこういう感じなんだ、楽しそうだけど、クラブで銃を向けられる怖さもあるんだ、すごいなこの街は、と思ったんだ。
──では最後に、両作品のおすすめのポイントをもう一度お願いします。
DJ OASIS:ヒップホップ業界にいて、観ていない人はいないと思う、みたいな感じかな(笑)。
Zeebra:『Nas/タイム・イズ・イルマティック』に関してはやはりアルバム『イルマティック』を聴いてからのほうがいいと思うね。
Kダブシャイン:Nasをまったく知らない人だと難しいかもしれないからね。
Zeebra:ただ、ヒップホップの精神性に興味がある人は観ておかないと。『ワイルド・スタイル』は観てない人は許さないです(笑)。
(取材・文:駒井憲嗣)
KGDR、右からZeebra、DJ OASIS、Kダブシャイン
KGDR プロフィール
Kダブシャイン、Zeebra、DJ OASISにより93年に結成。1995年に発表したHIPHOP史上に残る名盤「空からの力」で彗星の如くシーンに登場し、当時の日本語でのHIPHOPの概念を根底から覆すライミング、フロウ、トラックメイキング、思想、姿勢で旋風を巻き起こすが、アルバム、シングル、ビデオ各1枚を残し、わずか2年の活動で姿を隠した伝説のグループ。活動停止後、各自ソロ活動をスタート。ソロでの活躍とも相まって日本の多くのアーティストに多大な影響力を与えた唯一無二の存在である。2002年、6年ぶりに封印を解き、活動再開。2002年4月10日シングル「UNSTOPPABLE」「F.F.B.」リリース。オリコンチャート初登場5位(F.F.B.)、6位(UNSTOPPABLE)のダブルチャートイン。2002年9月11日シングル「911(Remix)」「ジェネレーションネスクト」リリースし、再びダブルチャートインを果たし、2002年10月17日に満を持して発売されたアルバム「最終兵器」はオリコンチャート初登場3位を記録し、日本の音楽界の新たなマスターピースとなった。政治、宗教、社会、マスメディアやシーンに対しての痛烈なメッセージ、過激な批評精神は、時にCDの回収騒動やメディアでオンエア禁止に発展したり、大手新聞やマスコミで論争が起こるほどの影響力を持つ日本で唯一のHIP HOPグループ。その後、再びソロ活動をしつつも、2011年の東日本大震災による原発事故に対しメッセージを伝えるため、他のチャリティーソングとは異なる目線からの「アポカリプスナウ」を発表し、同年活動を再開した「Hi-STANDARD」の呼びかけに賛同し、横浜スタジアムで開催した「AIR JAM 2011」に出演した。そして、「空からの力」発表から20年目を迎えた2015年、三本の首が再び集結する。
公式サイト:https://kinggiddra.amebaownd.com/
■LIVE情報
7月18日(土)「NAMIMONOGATARI 2015」
@愛知県・ZEPP NAGOYA
http://www.namimonogatari.com
8月15日(土)「SUMMER BOMB produced by Zeebra」
@東京都・ZEPPダイバーシティ東京
http://summerbomb.com
9月6日(日)「SUNSET LIVE 2015」
@福岡県・芥屋海水浴場
http://www.sunsetlive-info.com
9月19日(土)「第8回高校生RAP選手権」
@大阪府・堂島リバーフォーラム
http://www.bs-sptv.com/bazooka/rap/
9月22日(火)「MUSIC TRIBE」
@岡山県・岡山武道館
http://www.musictribe2015.info
【関連記事】
1983年『ワイルド・スタイル』初公開の熱気と「文化の衝突」―葛井克亮さんとフラン・クズイさん語る(2015-04-25)
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K DUB SHINE「『ワイルド・スタイル』はヒップホップというアートの博物館」
(2015-03-28)
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80年代サウス・ブロンクスの熱気と美意識をそのまま封じ込めた『ワイルド・スタイル』論 (Text:荏開津広)(2015.3.13)
http://www.webdice.jp/dice/detail/4624/
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