映画『野火』より © Shinya Tsukamoto/海獣シアター
大岡昇平の同名戦争文学を塚本晋也が監督・主演で映画化した『野火』が7月25日(土)より公開される。第二次世界大戦末期のフィリピンを舞台に、結核のため部隊を追い出されひとり彷徨う兵士・田村を塚本監督が自ら演じ、彼の視点から戦地の極限状態におかれた人間の本能を描いている。彼をとりまく日本軍兵士を、リリー・フランキー、中村達也、山本浩司、そして新人の森優作が演じている。今回は塚本監督が今作に込めた思いを語ったインタビューを掲載する。
これは密室劇ではないか
──大岡昇平さんの原作を映画化しようと思った理由を教えて下さい。
大岡昇平さんの『野火』は日本の戦争文学の傑作のひとつで、高校生の時に初めて読んで衝撃を受けまして、まるで、自分が戦争に行っているような気持ちになりました。語り手の主観で描いているんですけど、普通の人が実際に戦場へ行くとこういう事になってしまうんだとリアルに感じたので、いつか映画にしたいと、20年以上前から考えていました。
映画『野火』塚本晋也監督
──原作のどのようなところに衝撃を受けたのでしょうか?
美しい大自然と、そこでなぜか人間だけがボロボロになっていくコントラストです。作りながら気づいたのは、これは密室劇ではないかということ。ある空間の中で非常に不条理なことが起こる、巨大な自然を舞台にした密室劇なんだと思って。登場人物の主だった人以外に敵も映らないですし、弾もある日突然緑の中から飛んできますし、飛行機の実態は見えないけどいきなり病院が爆発したりする。その突発的な恐怖を描きたかったんです。登場人物の視点からすると、何が起こっているのか、誰の命令でやっているのか分からない。ひどい状況の中、不条理に彷徨っている姿を描きたいと思いました。
映画『野火』より © Shinya Tsukamoto/海獣シアター
戦争へ実際に行かれた方が現在90歳を越えていますから、亡くなられる方も増え、実際に戦争がいかに痛くて辛いかということを、肉体的な実感をもって語られる方が少なくなってきた。会わないと大変だ!といろんな方にお会いして、脚本に織り込んだのが、今から10年前なんです。だけど、映画にするには、お金がなかなか難しい状況で、さらにこういう映画が受け入れられない状況がありました。すると、日本という国が戦争に傾いていくような恐怖が自分の中であったので、今作らないといけないという危機感がありました。痛みとか、顔が腐るとウジ虫が湧くとか知らない人が増える。そうすると、人間の本能として「痛い」や「怖い」を知らないから戦争をするという動きがだんだん強くなってくる。これからもっと戦争映画は作りにくくなるし、作るチャンスがますますなくなるという危機感を抱いて、とにかく作り始め、ボランティアの協力を得て形になりました。
メインのスタッフ1~2名は以前、自分の作品でボランティアをやったことがあって、そこから成長したスタッフを据えさせてもらいました。あとはボランティアにお願いしました。それでも、2度目からの参加者はプロとして、ちゃんとお金を支払うというのが僕のやり方。今回はTwitterで募集をして来てくれた方々ですね。10人ぐらいの人がべったり参加で、あともう10人ぐらいの人が仕事をしながらもかなりべったりで。あとは少しの参加でも情熱を持って来てくれた人です。兵士の軍服50着分の衣装も、20丁作らなきゃいけない銃も、それぞれ1つだけ専門店で買ってきたり借りたりして、さぁ、これをどうする?というところから考えて。どうするも何も、自分たちで作らなきゃいけないんですけどね(笑)。
映画『野火』より、森優作 © Shinya Tsukamoto/海獣シアター
この映画でもドラマチックなものは描かれてないんですけど、印象に残っているのは悲惨さより、物理的に人間がこうなっちゃったとか、自分から湧いたウジ虫を自分で朦朧と食べたとか伺った話を体に染み込ませて、大岡さんの『野火』を追体験するかのように作りました。
──銃で射たれて、剥けた自分の背中の肉を食べるシーンがありました。
原作にあるシーンなんです。映画で無茶苦茶やっている自分でも、「無茶苦茶だ!」と思うシーンのある小説。本当に戦争に行った方がいかに恐ろしいものを見たかを感じてしまいます。
戦争映画はヒロイズムで描いたりしますけど、そうではないということです。またよく被害者の目線で描かれるものもありますが、僕が描こうと思ったのは、戦争へ行くと加害者になってしまうということなんです。どんな人も加害者になってしまう恐怖を描かなければならないと思った。憎んでもないし、何もしてない人を殺してしまうことになる。だから帰ってくると、トラウマになってしまう。そのことを描きたかった。
ですから最後で、日本兵同士で戦ってしまうことになりますが、仮想敵を作ったり、その人たちが悪くて自分たちが正しいと描いているうちは、戦争なんてなくならない。相手も同じ人間だと考えると、とても出来ないと思うんですけど、それこそが戦争なんだと思います。
映画『野火』より © Shinya Tsukamoto/海獣シアター
それから、作家としてのモチベーションもあります。今までの僕の映画は、東京という都市に生きてきたこともあり、コンクリートジャングルと人間の関係性みたいなものをずっと描いてきました。そのコンクリートの中で生きていると、バーチャル・リアリティと言いますけど、現実感が希薄になって、夢の世界にいるようになる。そんな人たちを描いてきたんですね。
でもそのコンクリートも、大きな自然が海だとしたら、そこに浮かんでいる舟に過ぎない。その舟を取っ払えば、美しい自然がある。その美しい自然の中で、なんで人間が戦争という不可思議な動きをしなきゃいけないのかなぁ?と思いまして。で、これまでは都市と人間だったんですけど、今回は美しい自然の中で、なんでこんな愚かしいことをするんでしょう?という風に、テーマが移行していきました。
映画『野火』より © Shinya Tsukamoto/海獣シアター
戦争を体験してもらうような脚本
──製作・脚本・撮影・主演も担当していますが、俳優としては、どのように感情を作り上げていったのでしょうか?
いつもわりと、僕は自分の映画に出演するんですけど、その時は「これは自分じゃなきゃダメだ!」と思って出演します。でも今回は多くの人にこの映画を観てもらいたかったので、本当はポピュラーな俳優さんに出て頂いて共感してもらいたいと思ったんです。だけど製作のお金が集まらず、主人公を撮影で100日間も拘束しなきゃならないしで、そこに俳優さんに来てもらうのは不可能で、仕方なく自分が出ることになりました。
映画を観て頂くと分かるのですが、お腹を空かせた兵士なのでげっそりしなければならず、あまり感情表現をする余裕がなかった。どちらかというと、リリーさんや中村さんといった素晴らしい俳優の受けに回っています。リアクションをすることで感情を作っていったというのが正直なところです。お金があった映画にしても、この方たちをお願いしました。最高の俳優さんたちだったので良かったなと思ってます。
映画『野火』より、中村達也 © Shinya Tsukamoto/海獣シアター
映画『野火』より、リリー・フランキー © Shinya Tsukamoto/海獣シアター
──監督・製作・脚本・主演のうち、最もチャレンジなことは何ですか?
原作がとにかくあまりにも素晴らしいので、そこを傷つけてしまわないよう、自分なりの視点で、一生懸命近づこうと思いました。実際に兵士が戦争で体験したことを追体験するような、お客さんもその世界に入って戦争を体験してもらうような感じで脚本を書きました。
──どなたかを想定して脚本を書いたことは?
長い20年の間はありました。
──本当ですか!?
皆さんが知っている方にお願いしたいと思ったんです。でも、現実的には厳しかった。結果これ以下はないというところから始めようと思いました。自分なら、もし誰もいなくても、カメラ1台持って、その場に据えてボタンを押して演じれば良い。そういう発想から、絵コンテもすべてカメラはフィックスで描いていました。でも長年のスタッフが助っ人に入ってカメラが動き始めたんです。
──音楽の構想については、映画を撮っている時からありましたか?
音楽を付ける場所は自分で考えましたけど、曲は石川さんにお任せしました。でも、いかにも音楽がかかりそうな場面には付けてません。昔、やんちゃな頃につくっていた『鉄男 TETSUO THE IRON MAN』は暴れる時に、いかにも!という音楽の付け方でしたけど。本当は、最初は音楽なしも考えていたんです。戦争映画は音楽が付くとドラマチックになるけど、実際の現場はない。急に弾が飛んできたり、肉が弾ける。それをやりたいと思ったんですけど、やはり必要だなと思って。でも、盛り上がっている時より、(感情が)引いている場面に付けて頂いきました。
映画『野火』より © Shinya Tsukamoto/海獣シアター
──監督の想像力の源、映画を作るエネルギーはどこから来ているのでしょうか?
なんですかね、自分はいわゆる職業監督とは言えないので、本当に自分でやりたいものを選んで作っています。今もいくつか作りたいものがあるんですけど、その中で時代が何か必要としていたり、がっつりと今の時代にテーマが合ってなくても、水面下で自分の中で感じるものがあったら、「作りたい」というモチベーションがだんだん出てきて、「今しかない!」という気持ちになります。普段はぼーっとしているんですけど、そういう衝動が起こった時は、自分ひとりで緊急事態のように思って作るんです。そうやっていると、自分でやりたかったことなので飽きが来ないんです。この映画も、何年も準備して、半年かけて撮影しています。
──“人食い“というテーマに対してどのように思いましたか?原作にもその部分は出て来ますが、観客には非常にショッキングなシーンだと思います。
原作の中では“人を食べる”というのを物凄く重いテーマとして描いています。食べるのか?食べないのか?食べようとした自分が、刃物を持って兵隊を裂こうとする場面では、自分でその手を止めたりする、まさに映画になりそうな劇的なシーンもあります。だけど僕は、そこが大きなテーマではないんです。原作ではまた、キリスト教の事も大事に描かれていますが、今回はなくさせてもらいました。“人食い”に関しても、もし自分が戦争へ行って死んでしまったら、大好きなお友達に食べてもらった方が良いぐらいに思っています。ただ、食べなきゃいけない状況になってしまうというのが戦争。戦争になると、こんな恐ろしい事が起こるんだということを描きたかったんです。
(オフィシャル・インタビューより)
塚本晋也 プロフィール
1960年1月1日生まれ。東京出身。14歳で初めて8mmカメラを手にし、88年に映画『電柱小僧の冒険』(87)でPFFアワードでグランプリを受賞。劇場映画デビュー作となった『鉄男 TETSUO』(89)が、ローマ国際ファンタスティック映画祭でグランプリを獲得し、以降、国際映画祭の常連となる。中でも世界三大映画祭のイタリア・ベネチア国際映画祭との縁が深く、『六月の蛇』(02)はコントロコレンテ部門(のちのオリゾンティ部門)で審査員特別大賞、『KOTOKO』(11)はオリゾンティ部門で最高賞のオリゾンティ賞を受賞。さらに97年と05年の2度、コンペティション部門の審査員を務め、第70回大会時には記念特別プログラム「Venezia70ーFuture Reloaded」の為に短編『捨てられた怪獣』を制作している。その長年の功績を讃え、09年にはスペインのシッチェス・カタロニア国際映画祭から名誉賞、14年にはモントリオール・ヌーヴォー映画祭から功労賞が授与された。俳優としても活動しており、02年には『クロエ』、『殺し屋1』、『溺れる人』、『とらばいゆ』の演技で毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。遠藤周作原作×マーティン・スコセッシ監督『SILENCE(原題)』(2016年全米公開予定)にも出演している。
映画『野火』
7月25日(土)よりユーロスペース、立川シネマシティほか全国順次公開
映画『野火』より © Shinya Tsukamoto/海獣シアター
第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。日本軍の敗戦が色濃くなった中、田村一等兵(塚本晋也)は結核を患い、部隊を追い出されて野戦病院行きを余儀なくされる。しかし負傷兵だらけで食料も困窮している最中、少ない食料しか持ち合わせていない田村は追い出され、ふたたび戻った部隊からも入隊を拒否される。そして原野を彷徨うことになる。空腹と孤独、そして容赦なく照りつける太陽の熱さと戦いながら、田村が見たものとは……。
監督・脚本・編集・撮影・製作:塚本晋也
原作:大岡昇平「野火」
出演:塚本晋也、リリー・フランキー、中村達也、山本浩司、森優作
音楽:石川忠
サウンドエフェクト/サウンドミックス:北田雅也
助監督:林啓史
2014年/日本/87分/PG12
配給:海獣シアター
公式サイト:http://nobi-movie.com/
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