骰子の眼

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2015-06-30 23:20


『アクト・オブ・キリング』続編!虐殺を被害者の視点から迫る『ルック・オブ・サイレンス』

すべては沈黙を終わらすため、被害者は殺人者たちと対峙する
『アクト・オブ・キリング』続編!虐殺を被害者の視点から迫る『ルック・オブ・サイレンス』
映画『ルック・オブ・サイレンス』より © Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014

60年代にインドネシアで起きた大虐殺の実行者たちにカメラを向けたドキュメンタリー『アクト・オブ・キリング』の続編で、虐殺で家族を失った被害者側からこの出来事を描く『ルック・オブ・サイレンス』が7月4日(土)より公開。ジョシュア・オッペンハイマー監督が来日し、6月3日に東京・早稲田大学小野記念講堂でパネルディスカッションを行った。

この日はサプライズ・ゲストとして、今作の主人公で、「9.30事件」と呼ばれるこの虐殺で兄を殺されたことについて権力者たちのもとを訪れ直接問いかける眼科技師のアディ・ルクンさんが登壇。「9.30事件」の研究者、慶應義塾大学名誉教授の倉沢愛子先生を進行役に、学生パネラーの野間千晶さんと二重作和代さんとともに、事件についてそして撮影について語った。

軍が撮影中止のため被害者たちを脅迫した(オッペンハイマー監督)

──監督が『アクト・オブ・キリング』『ルック・オブ・サイレンス』の2作品を制作したきっかけと、アディさんとの出会いについて教えて下さい。

オッペンハイマー監督:アディと出会ったのは、私がインドネシアを訪れて間もない2003年のことでした。その当時で虐殺からすでに40年を経ていたにも関わらず、多くの被害者たちが、今も権力を持ち続ける加害者たちに囲まれ、恐怖の中での暮らしを強いられ続けており、私はそのことについての映画を作りたいと考えました。虐殺されたアディの兄・ラムリは、殺害現場を目撃された唯一の犠牲者であり、村では「ラムリ」という名前が「虐殺」という言葉と同義語として使われるほど、その名は有名でした。調査を進めると、すぐにアディの両親であるロハニとルクンに行き当たり、そしてロハニが、アディを私に紹介してくれたのです。

アディはすぐに映画制作の中心人物となりましたが、わずか3週間ほどで軍が我々の行為に気づき、撮影に関わらないようにとアディの家族や他の被害者たちを脅迫しました。するとアディは私に、「被害者の撮影が難しければ、加害者たちを撮ってほしい」と頼みました。加害者と会うなんて恐ろしいと思いましたが、実際に会ってみると、彼らは皆、自分の犯した殺人の詳細を、とてもオープンに、自慢気に語りました。私にはそれがまるで、自分の祖先の多くが命を落としたホロコーストから40年後のドイツで、ナチスが未だ権力を持ち続けていたかのような光景に見えました。ナチスの親衛隊が自分の行為を語るとしたら、きっとこのような感じだろう、と。その瞬間から、すべての仕事を捨て、何年かかってもいいからこの問題を掘り下げようと誓いました。その時からすでに、2つの映画を作ることになるだろうと思っていました。

映画『ルック・オブ・サイレンス』イベントより
映画『ルック・オブ・サイレンス』パネルディスカッションより、ジョシュア・オッペンハイマー監督(左)、アディ・ルクンさん(右) © Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014

加害者ときちんと対話したかった(アディさん)

──加害者と対峙することはとても勇気が要ったと思います。強い恐怖を感じたのでは?

アディ:加害者と対峙するのはとても恐ろしかったです。しかし私は被害者たちが口を閉ざし、沈黙を続ける状況を、もう終わりにしたいと思いました。私が加害者たちに会いに行ったのは、きちんと対話したかったからで、決して恨みを晴らすためでも、無理難題を押し付けるためでもありませんでした。実際に、私の村には加害者と被害者が一緒に暮らしており、嫌悪感や恨みの気持ちが蔓延しています。それを無くしたいと思ったのです。今後、加害者と被害者の子孫が結婚することだってあるかもしれません。自分の父や母が経験した恐ろしい思いを、もう二度と繰り返したくはありませんでした。加害者と対話をすることで、そうしたことに終止符が打てるかもしれないと思ったのです。もし加害者たちが自分の行為を謝罪してくれるのならば、私は彼らを許したいと考えていました。

オッペンハイマー監督:2009年から10年ごろ、私はアディにビデオカメラを渡しました。まだ彼が『ルック・オブ・サイレンス』の主人公になるとは思っていませんでしたが、主要な協力者になることは分かっていましたので、映画制作のヒントを見つけるための手がかりとして、カメラをメモ代わりに使ってほしいと頼んだのです。

そして2012年に再会した時、彼は私に提案しました。「あなたが7年間、加害者たちを取材する様子を観て、自分も兄を殺した加害者に、直接会いたいと思った」と。私は「それは危険すぎる」と、すぐさま反対しました。しかし彼は「理由を説明させてほしい」と言って、自分で撮影した1本のテープを取り出しました。「あまりにパーソナルで、意味を持ちすぎるから、今まで見せなかったんです」そう言って再生ボタンを押しながら、アディはすでに涙を流していました。そこに映っていたのは、映画の最後に出てくる、アディの父親が記憶を失って、部屋を徘徊する映像でした。日本のお正月にあたるラマダンの終わり頃、彼の父親が初めて記憶を失ってしまった日の記録です。勢揃いした家族のことを認識できず不安げな父親と、それに対して何もできない自分に憤り、彼は思わずカメラを手に取ったと言います。そして撮影しながらハッと気づいたそうです。今日が、父親にとってすべてが「手遅れ」になってしまった日だと。つまりその日、今まで沈黙を強いられてきたことも、失った息子の存在すらも忘れてしまった父は、唯一残された「恐怖」という檻の中で、死を迎えるしかなくなってしまったのです。それに気づいたアディは「自分は子どもたちの世代に、こんな思いを受け継がせたくない。だから加害者たちに会いたいんです」そう言って強く私を説得したのです。

映画『ルック・オブ・サイレンス』より © Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014
映画『ルック・オブ・サイレンス』より © Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014

映画のお陰で、人々が虐殺について語る道が開かれた(アディさん)

──『アクト・オブ・キリング』『ルック・オブ・サイレンス』という2つの映画が完成した後、アディさんの周辺やインドネシアという国に、何か変化はありましたか?また、現在はアディさんの身に危険はないのでしょうか。

アディ:映画が公開される以前は、この問題について公に語ることは不可能でした。メディアにおいてはもちろん、村の中で話すことも難しい状況だったのです。しかし、映画のお陰で、人々が虐殺について語る道が開かれたと感じています。私自身は、映画の完成後、家族の安全を守るため、別の場所へ移り住みました。ですから今のところ、大きな身の危険が生じたことはありません。

学生パネラー野間千晶さん:リスクを冒してでもこの映画制作に関わろうと思った一番の理由は何ですか?

アディ:すべてを終わらせるためです。共産党員に対するスティグマは私たち以前の世代だけの問題ではなく、我々の子孫にも係る重要な問題です。インドネシア中の子どもたちを、そのようなレッテルから守らなければならなりません。この問題について、もっとオープンに話すことのできる状況を作らなければ、同じような事態が、いつか再び起きてしまうのではないかと危惧していたのです。

映画『ルック・オブ・サイレンス』より © Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014
映画『ルック・オブ・サイレンス』より © Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014

被害者と加害者の恐怖を視覚化する(オッペンハイマー監督)

学生パネラー二重作和代さん:危険な状況は監督にとっても同じだったと思います。それでも撮影を続けることのできた原動力とは何だったのでしょうか?

オッペンハイマー監督:私にとっての動機は、沈黙や恐怖など、目に見えないものを見えるようにしたい、という想いでした。被害者たちが感じる恐怖と、加害者たちが感じる罪悪感に伴う恐怖。これらの言葉にできない恐怖がインドネシアの人々を、時には家族の中でさえ、ふたつに分断しています。それを視覚化できれば、人々がこの問題について公に話すことができるようになるのではないかと思ったのです。私の2作品が、閉ざされていたカーテンを開いて、かつての悪夢がどのようなものだったかを見せてくれた、という意見があります。しかし私自身はそう思いません。そのカーテンこそが、悪夢だと思っているからです。

(観客からの質問)『アクト・オブ・キリング』にはユーモラスなシーンもありましたが、『ルック・オブ・サイレンス』は最後まで息が詰まるような緊迫感が続きます。2つの作品の対比について教えて下さい。

オッペンハイマー監督:2つは異なる形式ですが、互いを補完し合うものです。『アクト・オブ・キリング』の“オリジナル全長版”を観てもらえればわかりますが、すべてのシークエンスが、沈黙で終わっています。犠牲になった人たちの霊がそこにあるかのような風景です。その風景は『ルック・オブ・サイレンス』でもたくさん感じて頂けたと思いますが、それは私が2本の映画のすべてのフレームの中に、今はこの世界に存在しない死者たちの姿を映し出したいという意図がありました。観客のみなさんにも、加害者たちに囲まれ、沈黙の中で生きていくとはどういうことかを感じて頂きたいと思ったのです。この作品は、被害者たちを悼むポエムだと言えます。虐殺で命を失った人だけでなく、それを機に50年もの間沈黙と恐怖を強いられたまま、亡くなってしまったすべての人々に捧げるポエムなのです。

映画『ルック・オブ・サイレンス』より © Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014
映画『ルック・オブ・サイレンス』より © Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014

自分自身の姿を映し出す「鏡」(オッペンハイマー監督)

(観客からの質問):映画の中でアディさんのお父さんが歌う曲は、彼の思い出の曲でしょうか?

アディ:実はありきたりな曲で65年の事件に関するものではありません。ただ、父が歌うのは心の傷を癒やすためだったのではないかと思います。父は虐殺について、私には一言も語ろうとしませんでした。私が持っている虐殺に関する知識はすべて母から得たものでした。ですので父が歌う曲がどのような意味を持つか、正確なところはわかりません。

学生パネラー二重作和代さん:日本では、過去の戦争や歴史問題について、若者同士が語り合うことは多くありません。インドネシアの若い人たちは、こうした問題について考える機会を持っていますか?

アディ:インドネシアでの『ルック・オブ・サイレンス』の上映には、たくさんの観客が集まり、ジャカルタでのプレミア上映では3,000人の来場者がありました。その他の地域でも本当に多くの人たちが映画を観に来てくれました。そして、その大多数が若者だったのです。私はその事実にとても感動を覚えました。

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映画『ルック・オブ・サイレンス』より © Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014

──最後に、日本の若者へあらためて伝えたいことがあればお願いします。

オッペンハイマー監督:この映画を、遠い異国で起きていることを映し出す「窓」ではなく、自分自身の姿を映し出す「鏡」だと感じて頂きたいと願っています。我々は過去から逃げることはできません。私たちはみな、過去そのものだからです。失敗から学ばなければならないし、平和的に立ち止まって振り返り、言い訳をせず、受け入れ、理解することが重要だと思います。これは世界のすべての人々に伝えたい言葉です。

アディ:日本の若者たちには、歴史を、特に自分の国の過去をしっかりと学んでほしい、そう願っています。

(2015年6月3日、東京・早稲田大学小野記念講堂にて)



【関連記事】

この大虐殺には日本も関与していた─映画『アクト・オブ・キリング』デヴィ夫人によるトーク全文(2014-04-09)
http://www.webdice.jp/dice/detail/4161/




ジョシュア・オッペンハイマー(Joshua Oppenheimer) プロフィール

1974年、アメリカ、テキサス生まれ。デンマークのコペンハーゲンに拠点を奥、制作会社ファイナル・カット・フォー・リアル社の共同経営者を務める。10年以上にわたり民兵や殺人組織とその犠牲者を置い、政治的な暴力と市民の想像力との関係性を研究してきた。ハーバード大学とロンドン芸術大学に学ぶ。10年以上政治的な暴力と想像力との関係を研究するため、民兵や暗殺部隊、そしてその犠牲者たちを取材してきた。2012年、『アクト・オブ・キリング』で長編映画デビューを果たした。そのほかのこれまでの作品に、シカゴ映画祭ゴールド・ヒューゴ受賞の『THE ENTIRE HISTORY OF THE LOUISIANA PURCHASE』(1998年)など。ウェストミニスター大学のInternational Centre for Documentary and Experimental Filmで芸術監督を務める。




映画『ルック・オブ・サイレンス』
7月4日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次公開

映画『ルック・オブ・サイレンス』ポスター © Final Cut for Real Aps, Anonymous, Piraya Film AS, and Making Movies Oy 2014

虐殺で兄が殺害された後、その弟として誕生した青年アディ。彼の老いた母は、加害者たちが今も権力者として同じ村に暮らしているため、半世紀もの間、亡き我が子への想いを胸の奥に封じ込め、アディにも多くを語らずにいた。2003年、アディはジョシュア・オッペンハイマー監督が撮影した、加害者たちへのインタビュー映像を目にし、彼らが兄を殺した様子を誇らしげに語るさまに、強い衝撃を受ける。「殺された兄や、今も怯えながら暮らす母のため、彼らに罪を認めさせたい―――」 そう願い続けたアディは、2012年に監督に再会すると、自ら加害者のもとを訪れることを提案。しかし、今も権力者である加害者たちに、被害者家族が正面から対峙することはあまりに危険だ。眼鏡技師として働くアディは、加害者たちに「無料の視力検査」を行いながら、徐々にその罪に迫る。

製作・監督:ジョシュア・オッペンハイマー
製作総指揮:エロール・モリス、ヴェルナー・ヘルツォーク、アンドレ・シンガー
共同監督:匿名
撮影:ラース・スクリー
原題:THE LOOK OF SILENCE
2014年/デンマーク・インドネシア・ノルウェー・フィンランド・イギリス合作/インドネシア語/103分
ビスタ/カラー/DCP/5.1ch
日本語字幕:岩辺いずみ
字幕監修:倉沢愛子
配給:トランスフォーマー
宣伝協力:ムヴィオラ

公式サイト:http://www.los-movie.com/
公式Facebook:https://www.facebook.com/lookofsilence.movie
公式Twitter:https://twitter.com/los_movie


▼映画『ルック・オブ・サイレンス』予告編

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