骰子の眼

cinema

東京都 新宿区

2015-06-26 21:40


『そこのみにて光輝く』呉美保監督が描く「うまく生きられない人たち」の群像劇『きみはいい子』

高良健吾x尾野真千子出演、虐待・育児放棄・認知症…問題を乗り越え一歩を踏み出すまで
『そこのみにて光輝く』呉美保監督が描く「うまく生きられない人たち」の群像劇『きみはいい子』
映画『きみはいい子』より © 2015「きみはいい子」製作委員会

昨年公開された『そこのみにて光輝く』が高い評価を得た呉美保(お みぽ)監督が、中脇初枝の同名小説を映画化した『きみはいい子』が6月27日(土)より公開される。ある町を舞台に、奔放な生徒たちに手を焼く新米教師、暴力を振るわれた過去を持つ母と彼女の娘、認知症の不安を募ら焦る独居老人という人々の繋がりを描く群像劇だ。

今回は呉美保監督が原作への思い、北海道・小樽で撮影した理由、そして高良健吾、尾野真千子、池脇千鶴そして学校の子供たちの演技について語ったインタビューを掲載する。

大げさではない等身大の一歩がある原作

──映画の原作は中脇初枝さんによる小説ですが、なぜこの小説を映画として撮ろうと思ったのでしょうか?

最初から映画にすることが前提にあったうえで読み始めたのですが、集中して一気に読んでしまいました。いつもなら“映画化できるかどうか”という目線になるのですが、今回はすぐに仕事を忘れて夢中になって、読み終えたあと「絶対、私がやりたい」と思いました。原作は5篇の短篇からなる小説で、虐待や育児放棄、認知症など、出てくる人たちはみなさまざまな問題を抱えています。だけど、そのすべての物語に、大げさではない等身大の一歩があり救いがある。そこに惹かれました。

『きみはいい子』呉美保監督
映画『きみはいい子』呉美保監督

──撮影は北海道・小樽ですね。なぜこの地を選ばれたのでしょうか。

原作小説はあるひとつの町が舞台で、それがどこかは特定されていないのですが、「坂のある町」ということで、全国のさまざまな場所を探していました。横浜も想定しましたが、それでは距離的に一日の撮影が終了したあと東京に帰ることができてしまうんですね。私はもともと地方ロケが好きなのですが、その理由のひとつとして、通いにならない分、役者たちの気持ちが切れることがない、というのがあります。そこで、坂の多い小樽にロケハンに行ったところ、高良健吾さんが演じる主人公の教師・岡野が勤務する小学校の窓から町を眺めた風景が、パステルカラーの屋根が点在していて絵本のようで。

映画『きみはいい子』より © 2015「きみはいい子」製作委員会
映画『きみはいい子』より、教師・岡野を演じる高良健吾 © 2015「きみはいい子」製作委員会

──これまでひとつの家族を描いてきた呉監督が、本作では初めて群像劇にチャレンジしています。

これまでは、基本的に、ひとつの映画で、ひとつの家族を描いてきました。ですがこの原作はひとつの町を舞台にした、いくつかの家族の物語です。大勢の人が登場するので、ひとりに割ける時間は少ない。1シーンで人物の多面性や背景まで描いて見せるのは、やり甲斐のある挑戦でした。登場人数の分だけ、それぞれの役に対する演出を考えなければいけないですし、社会問題を取り上げることもあり、生半可な気持ちでそれぞれの人物を描くことはできないので、とても覚悟がいりました。

映画『きみはいい子』より © 2015「きみはいい子」製作委員会
映画『きみはいい子』より、主婦・陽子役の池脇千鶴 © 2015「きみはいい子」製作委員会

人を傷つけるのは人、でも、人を救えるのも人でしかない

──岡野が担任するクラスの子どもたちはじめ、たくさんの子どもが登場しますが、これまでにはない経験だったのでは?

岡野のクラスの児童は、ひとりを除いて皆、地元・北海道の子どもたちです。一般公募で選んでいます。一般の方がほとんどで、なかには劇団に入っていても映画は初めてという子もいました。一人ひとりと話してふさわしい役、セリフを考えました。この子の隣はこの子がいいよねとか、席順も助監督と一緒に考えたんです。でも現場に入ったら先生役の高良さんに丸投げしてしまいました。

映画『きみはいい子』より © 2015「きみはいい子」製作委員会
映画『きみはいい子』より © 2015「きみはいい子」製作委員会

──尾野真千子さん演じる、娘に手を上げる母親・雅美が、池脇千鶴さん演じるママ友の陽子に手をさしのべられる姿が印象的でした。

人を傷つけるのは人ですけれど、でも、人を救えるのも人でしかないと思います。本当はそれが家族であればしあわせなことなんでしょうけれど、なかなかそうはいかない人もたくさんいます。そんなとき、近所の誰かが自分を見てくれたとか、ママ友がふと抱きしめてくれたとか、そういった、誰かが手をさしのべたことで救われる人もいるかもしれない。もちろん、手をさしのべただけで問題がすべて解決するわけではありません。娘に手を上げる雅美を、陽子が抱きしめた瞬間、雅美は救われたかもしれない。ただ、それで、何もかもが解決して、今日から子どもに手をあげなくなるかと言ったら違うでしょう。でも、誰かが自分に目を向けていてくれる、という気づきがあったこと。それが雅美の一歩なのだと思います。

映画『きみはいい子』より © 2015「きみはいい子」製作委員会
映画『きみはいい子』より、主婦・雅美を演じる尾野真千子 © 2015「きみはいい子」製作委員会

──観た方それぞれが登場人物に共感を寄せることができる作品になっていると思います。

認知症のおばあちゃんと、自閉症の子どもが、束の間、心を通い合わせる。たとえば、そういった瞬間を心の支えに、なんとか生きていこうとする人は、けっこういるような気がします。いつも映画のラストで想いたいのは、「そして人生は続く」という気持ち。今日という一日が終わるときにふと訪れる感覚を私は描いていきたいと思っています。「続くこと」はしんどいかもしれない。でも、「続く」かぎり、生きなければいけない。『きみはいい子』に登場する人たちの人生もまた続いていきます。ここに出てくる人は、誰ひとりとして、うまく生きられていません。でも、みんな、そうなのだと思います。この映画を観た人それぞれが、自分にとってのしあわせについて思いめぐらせていただけたなら、こんなにうれしいことはありません。

(オフィシャル・インタビューより)



呉美保(お みぽ) プロフィール

1977年3月14日生まれ。三重県出身。大阪芸術大学映像学科卒業後、大林宣彦事務所PSCに入社。スクリプターとして映画制作に参加しながら監督した短編『め』が2002年Short Shorts Film Festivalに入選。2003年、短編『ハルモニ』で東京国際ファンタスティック映画祭/デジタルショート600秒/泣き部門の最優秀賞を受賞。同年PSCを退社。フリーランスのスクリプターをしながら書いた初の長編脚本『酒井家のしあわせ』が2005年、サンダンス・NHK国際映像作家賞/日本部門を受賞。翌年、同作品で長編映画監督デビュー。2010年、脚本と監督を務めた『オカンの嫁入り』で新藤兼人賞の金賞を受賞。2014年に発表した長編3作目『そこのみにて光輝く』は、第38回モントリオール世界映画祭最優秀監督賞をはじめ、第88回キネマ旬報ベストテン第1位&監督賞、第69回毎日映画コンクール監督賞、第57回ブルーリボン賞監督賞など数多くの映画賞を受賞し、2014年度米アカデミー賞外国語映画賞部門日本出品作品に選出された。




映画『きみはいい子』
6月27日(土)テアトル新宿ほか全国ロードショー

映画『きみはいい子』より © 2015「きみはいい子」製作委員会
映画『きみはいい子』より、学校の近くにひとり暮らしするあきこ役の喜多道枝(左)、スーパーの店員・櫻井役の富田靖子(右) © 2015「きみはいい子」製作委員会

岡野(高良健吾)は、桜ヶ丘小学校4年2組を受けもつ新米教師。まじめだが優柔不断で、問題に真っ正面から向き合えない性格ゆえか、児童たちはなかなか岡野の言うことをきいてくれず、恋人との仲もあいまいだ。雅美(尾野真千子)は、夫が海外に単身赴任中のため3歳の娘・あやねとふたり暮らし。ママ友らに見せる笑顔の陰で、雅美は自宅でたびたびあやねに手をあげ、自身も幼い頃親に暴力を振るわれていた過去をもっている。あきこ(喜多道枝)は、小学校へと続く坂道の家にひとりで暮らす老人。買い物に行ったスーパーでお金を払わずに店を出たことを店員の櫻井(富田靖子)にとがめられ、認知症が始まったのかと不安な日々をすごしている。とあるひとつの町で、それぞれに暮らす彼らはさまざまな局面で交差しながら、思いがけない「出会い」と「気づき」によって、新たな一歩を踏み出すことになる──。

監督:呉美保
出演:高良健吾、尾野真千子、池脇千鶴、高橋和也、喜多道枝、黒川芽以、内田慈、松嶋亮太、加部亜門、富田靖子
原作:中脇初枝「きみはいい子」(ポプラ社刊)
製作:川村英己
プロデューサー:星野秀樹
脚本:高田亮
音楽:田中拓人
配給・製作プロダクション:アークエンタテインメント

公式サイト:http://iiko-movie.com/
公式Facebook:https://www.facebook.com/iiko.movie
公式Twitter:https://twitter.com/iiko_moviee


▼映画『きみはいい子』予告編

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