映画『コングレス未来学会議』より ©2013 Bridgit Folman Film Gang, Pandora Film, Entre Chien et Loup, Paul Thiltges Distributions, Opus Film, ARP
自らの戦争体験を描いたドキュメンタリー・アニメ『戦場でワルツを』が第81回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたアリ・フォルマン監督が、スタニスワム・レフのSF小説『泰平ヨンの未来学会議』を映画化した『コングレス未来学会議』が6月20日(土)より公開される。
今回は、3月22日に「東京アニメアワードフェスティバル2015」で行われたアリ・フォルマン監督とアニメーション作家・山村浩二氏のトーク・イベントの模様をレポートする。当日は、4大陸のスタジオをまたがる今作製作の苦労や、SFというジャンルへの思いが語られた。
アニメーションの世界はすべてルールを作らなければいけない
山村浩二(以下、山村):昨年、この映画祭で長編アニメーションの審査員を務めた際に『コングレス未来学会議』を初めて観ました。大変驚きと喜びを持ちまして、その時の審査員一同で監督が来ることがあれば質問攻めにしようと言っておりました(笑)。最初に、4年の時間をかけた、製作のプロセスからお聞きできればと思います。
映画『コングレス未来学会議』のアリ・フォルマン監督(左)、山村浩二氏(右)
フォルマン:スタニスワフ・レムの「泰平ヨンの未来学会議」の原作権を購入したのが、『戦場でワルツを』(2008年)の製作をした直後でした。当時はどういった映画にしようかというのはまだ決めかねていまして、唯一、実写とアニメーションのハイブリッドな映画になるだろうということだけ分かっていました。原作はポーランドの共産主義政権のメタファーとして描かれており、南米に舞台を移してドラッグによる独裁の様相を込めて書かれた作品です。ですが、この原作に基づかれている共産主義社会を私は経験したことがなかったので、どうしようかと思っていたんです。そんな矢先にカンヌ映画祭に行きました。カンヌ映画祭では大きな映画のマーケットがありますが、そこにあるおばあさんが座っていました。私のエージェントは「彼女を知っているか?」と聞くので、「知らない」と答えると、彼女は非常に有名な70年代にビッグスターだった女優だったのです。私は大変ショックを受けました。なぜならカンヌ映画祭は映画のメッカであるにも関わらず、わずか30年前に女神だった女優が現代では何者でもない、ただの人に成り下がってしまっている。その時「彼女の想いはどんなものだったろうか」と思いました。その日、ホテルに帰って思いついたのが、ホテルで歩く際に誰も彼女を認識できない、過去の人になってしまっているという女優の物語です。ハリウッドの世界の中で、年老いていく女優が、一番魅力がある姿で、スキャンされデータ化され、断りきれないオファーをもらうという話を映画として作りたいと思ったのです。
映画『コングレス未来学会議』より、40歳を過ぎた女優ロビンを演じるロビン・ライト ©2013 Bridgit Folman Film Gang, Pandora Film, Entre Chien et Loup, Paul Thiltges Distributions, Opus Film, ARP
山村:非常に実験的でサイケデリックで面白い作品なのですが、どのように製作をスタートさせたのですか。脚本をまず書かれたのですか。
フォルマン:私は脚本を書くのは早い方なんです。『戦場でワルツを』は山小屋に篭って4日間で書き上げました。この作品に関しては書く前から頭の中で出来上がっていたと言えると思います。『コングレス未来学会議』はそうはいきませんでした。テルアビブの港にある古いボートを自分のスタジオにしていて、そこで毎日毎日、8ヵ月間苦しみ抜いて書き上げました。アニメーションの世界はすべてルールを作らなければいけない。私はSFオタクですが、SFの世界は、どういうふうに世界観が構築されているかという秩序、規律を作らなければいけないのです。例えば、クスリを飲むと、誰に姿が見えて誰に見えないのかなど、何百ものルールを自分で編み出す必要がありました。そのことに非常に時間がかかりました。
主役にはケイト・ブランシェットが予定されていた
フォルマン:当初、主役にはケイト・ブランシェットをキャスティングしていたんです。彼女のアニメーション部分などを作成し始めて、連絡もとっていたんですが、ある時ロサンゼルスに行った際に、ロビン・ライトにばったりと会いました。その時に、この映画のオープニングはロビン・ライトだ、とその瞬間にイメージできたんです。ケイトとの契約をキャンセルしなければいけないのが非常に大変だったのですが、真正面に見据えその顔は美しくもあり、何かもの哀しさもあり、壊れやすいものがロビン・ライトにはありました。一目惚れとも言えるかもしれません。そこから企画が始まりました。
映画『コングレス未来学会議』より ©2013 Bridgit Folman Film Gang, Pandora Film, Entre Chien et Loup, Paul Thiltges Distributions, Opus Film, ARP
その後、撮影に入りましたが、アメリカで撮影した実写パート部分はもっとも簡単でした。非常に早くて効率的で、優秀なスタッフの方々と仕事ができました。次のアニメーション部分は非常に大変でした。製作資金にはヨーロッパの助成制度にも頼っているんですが、資金を得た国、あるいは街でお金を還元しないといけないという制度になっているんです。ブリュッセルならブリュッセル、ルクセンブルクならルクセンブルクと。その結果、60分のアニメーション部分を製作するのに、イスラエル、ルクセンブルク、ベルギー、ドイツ、ポーランド、フィリピンと6ヵ国のスタジオで製作を進めなければいけなかったのです。それほど沢山のスタジオで仕事をするということは、各スタジオで仕事の仕方、方法が異なります。技術的な問題もありますし、芸術的な問題もそこに課題として立ち上ってきたんです。
例えば、主人公の女優ロビンの愛人のディランという役柄ですが、イスラエルやドイツのスタジオでは非常に男っぽいキャラクターとして作られました。決してエレガントではなく、タフな男っぽいキャラクターでした。イスラエル、ドイツでは男っぽい男性が魅力的とされているからでしょう。一方で、ベルギーやルクセンブルクなどの、どちらかと言えば女性性が強い国では、ディランのキャラクターも女性的でした。シーンによって、同じキャラクターが違うタイプとして描かれてしまうというばらつきを、8ヵ月間かけて一貫したキャラクターにまとめるという非常に大きな苦労がありました。そして、これはアニメーションを作る沢山の苦労のうちのひとつに過ぎません。例えば、映画の中の一つのショットを製作するのにも、4つの大陸に跨がらなければいけなかったんです。俳優を使った実写の映像はアメリカで、ラインテストはイスラエル、インビトゥイーン(画を繋げる作業)はドイツやベルギーなどでやって、ペイントの部分はフィリピンと、一つのショットが完成するまでに世界を旅して回って、ようやく8ヵ月間かけて手元に戻って来たかと思ったら、それが間違っていると。それをもう一度修正する必要があったわけです。
映画『コングレス未来学会議』より、主人公ロビンの愛人・ディラン ©2013 Bridgit Folman Film Gang, Pandora Film, Entre Chien et Loup, Paul Thiltges Distributions, Opus Film, ARP
山村:かなり多くの国のアニメーターたちが作っているということですね。一見、コンピューターグラフィックを使っているように見えますが、すべて手描き、ハンドメイドのアニメーションで作られています。先ほど、演出の仕方を見せてもらったのですが、最初にライブアクションを撮影して、役者の雰囲気、台詞回しを把握します。でも、それをロトスコープ(実写映像をベースにしてアニメーション映像を作り上げる技法)するわけではなく、アニメーターにそれを見せて、もう一度紙の上で演じ直させるということです。この方式は『戦場でワルツを』の頃から続けられている演出の方法でしょうか。
フォルマン:私は必ず俳優を使って演出をします。ハリウッドでは非常にビッグな俳優も、アニメーター以外は誰も見ないようなものにも関わらず、大変喜んでくれていました。
ライブアクションの映像を基にして、そこからデザインという作業が入ります。最後にアニメーション化という非常に長いプロセスが始まるわけなんです。つまり、アニメーターは頭の中で発明するわけではなく、ライブアクションの俳優の動き、顔を真似て書いているわけです。
山村:単純にトレースをするわけではなく、デザイン的なクリエーションがここに入るということですね。
フォルマン:私と仕事しているアニメーターたちに、ロトスコープだったんだよね、と言ったら、彼らはウンザリして自殺してしまうでしょう(笑)。
映画『コングレス未来学会議』より ©2013 Bridgit Folman Film Gang, Pandora Film, Entre Chien et Loup, Paul Thiltges Distributions, Opus Film, ARP
誰もがパラレルワールドに生きている
山村:手描きに拘られていて、フライシャー兄弟のスタイルと通ずるものを感じられた方もいると思いますが、アニメーションのスタイルやデザインは監督からどの程度、アニメーターやアニメーションディレクターに伝えられているのですか。色彩も非常にユニークですよね。
フォルマン:まずデザインを構築しなければいけなかったのですが、テーマからすると20年後のアニメーション界がどうなるかというものは、当然分からないわけですね。未来のアニメが分からないだけに、私は過去のアニメにレファレンスを求めました。つまりフライシャー兄弟です。『ポパイ』や『ベディ・ブープ』、初代の『スーパーマン』をやっていたアニメーターたちですね。当時、ディズニーもすでに在りましたが、ディズニーは非常にクリーンで完成度の高いラインを作っていました。それに対して、フライシャー兄弟のラインはもっと荒々しい。ディズニーが優等生であるならば、フライシャー兄弟はワイルドな“不良”とも言えるアニメーション作りをしていたと思います。あとはラルフ・バクシのスタイルも借りています。あとは、私は70年代の日本映画が好きなので、その影響も受けているのと、『東京ゴッドファーザーズ』(2003年)、『パプリカ』(2006年)の今敏監督です。特に幻覚的、幻想的な表現部分で『パプリカ』から影響を受けているのは、ご覧いただければお分かりになるかと思います。
山村:そうですね。共通項は感じていただけると思います。『コングレス未来学会議』を見てから気付いたのですが、『戦場でワルツを』も、何が現実で、何が現実ではないか、そういったところに監督の興味はあるんじゃないかと感じました。
映画『コングレス未来学会議』より ©2013 Bridgit Folman Film Gang, Pandora Film, Entre Chien et Loup, Paul Thiltges Distributions, Opus Film, ARP
フォルマン:一般的に誰もがパラレルワールドに生きていると私は思っています。一方でリアルな世界、いまここ、真実の世界があります。その二つの世界で私たちは生きているわけですが、よい映画というのは、二つの世界を組み合わせてくれるものじゃないかと思うんです。例えば、映画館に行って一時間半ぐらい座っていますが、リアルな世界と夢の世界がひとつに交わる、この時間の流れ方は映画の中でしか表れないものだと思います。デヴィッド・リンチの映画を見た場合、そこにはリアリティとファンタジーの合体が見られます。そこに彼のオリジナリティがあると思います。意識と無意識、矛盾したものをひとつの世界として体験させてくれるのが、優れた映画でもあると思いますし、私が映画作りをする際に使命としていることでもあります。
映画『コングレス未来学会議』より ©2013 Bridgit Folman Film Gang, Pandora Film, Entre Chien et Loup, Paul Thiltges Distributions, Opus Film, ARP
スティーブ・ジョブスへの当て付け
山村:『コングレス未来学会議』は幻覚世界を感じさせながら、どこかに現実との接点を常に考えさせられる、リアリティとファンタジー、双方の刺激を最後まで与えられながら見てしまう映画だと思います。最後に、先ほど今敏監督の名前も出ましたが、映画の中でもパラマウントナガサキという製薬会社が登場したり、日本の企業と合併した設定なんでしょうか、ボブスというジョブスをパロディにしたキャラクターの演説のシーンもありま、彼は日本風の着物を着ています。日本的な要素が散見されますが、具体的なアイディアが何かあったのでしょうか。
フォルマン:まず、私が日本の大ファンであるということをここで言わなければいけません。東京に来たのは今回が3回目です。日本に来た外国人は日本が好き、と礼儀正しく言いますが、私の場合は本音です。おっしゃっていただいた薬品会社ですが、今ではなんでも治療できる時代になっていると思います。失恋しても、悲劇があっても、クスリで治せると。そこに対するひとつのメッセージとして、薬品会社を日本の設定にしましたが、まさか脚本を書いている時に日本経済が落ち目になるとは思いませんでしたが(笑)。
それから、着物は単なるジョークです。アメリカにおける大きなメーカーが世界を喰い物にしておきながら、“ピース”とか“メディテーション”とか“スロウな生き方”なんて言葉を言っていますが、実際は中国で下働きをしている労働者を搾取してiPhoneなんか作っているわけですよね。一方では、社会貢献をしているようなフリをする。言ってみればスティーブ・ジョブスに対するジョークなわけですが、私の友人の中にもジョブスのビデオを見て自分を啓発するという人もいます。忘れてはならないのは、ジョブスは成功者のアイコンになっていますが、ものすごいお金を稼いだ人でもあるということです。着物はそこに対する当て付けかもしれません(笑)。
(3月22日、TOHOシネマズ日本橋「東京アニメアワードフェスティバル2015」にて)
アリ・フォルマン(Ari Folman) プロフィール
1962年、イスラエル・ハイファ生まれ。ホロコーストを生き延びたポーランド人を両親に持つ。映画学校の卒業制作として、イラクのミサイルが降り注ぐ第一次湾岸戦争下のテルアビブで、不安の発作に苛まれながら身を隠すアリの親友を記録したドキュメンタリー映画『Comfortably Numb』(1991年)を制作。91年から96年の間に、主に占領地域を取材したテレビ向けドキュメンタリー特別番組を手掛ける。96年、チェコ人作家パヴェル・コホウトの小説をもとにした長編映画『セイント・クララ』の脚本・監督を務める。本作はベルリン映画祭パノラマ部門のオープニングを飾り、観客賞を獲得したのち、アメリカ、ヨーロッパの各地で上映され、批評的成功を収める。2001年に、ナチ残党最後の生き残りの追走劇を描いた近未来ファンタジー『Made in Israel』を発表する。TVシリーズ『The Material that Love is made of』で初めてアニメーションの手法を取り入れる。そのドキュメンタリー・アニメというユニークな形式を発展させたのが『戦場でワルツを』(2008年)。実話を基にしたこの作品は、80年代半ばのレバノン戦争で失われた監督自身の記憶のかけらを探し求めようとする試み。第66回ゴールデングローブ賞の外国語映画賞受賞、セザール賞の外国語映画賞受賞、ブリティッシュ・インディペンデント・フィルム賞の外国語映画賞受賞、第81回アカデミー賞外国語映画賞ノミネートなど様々な映画祭の賞にノミネート・受賞し、批評家からの高評価を得た。
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映画『コングレス未来学会議』
6月20日(土)より新宿・シネマカリテほか全国公開
2014年、ハリウッドは、俳優の絶頂期の容姿をスキャンし、そのデジタルデータを自由に使い映画をつくるというビジネスを発明した。すでにキアヌ・リーブスらが契約書にサインしたという。40歳を過ぎたロビン・ライトにも声がかかった。はじめは笑い飛ばした彼女だったが、旬を過ぎて女優の仕事が激減し、シングルマザーとして難病をかかえる息子を養わなければならない現実があった。悩んだすえ、巨額のギャラと引き換えに20年間の契約で自身のデータを売り渡した。スクリーンでは若いままのロビンのデータが、出演を拒んできたSFアクション映画のヒロインを演じ続けた――そして20年後、文明はさらなる進歩を加速させていた。ロビンはある決意を胸に、驚愕のパラダイスと化したハリウッドに再び乗り込む。
監督・脚本:アリ・フォルマン
出演:ロビン・ライト、ポール・ジアマッティ、ハーヴェイ・カイテル、ジョン・ハム、フランシス・フィッシャー、ダニー・ヒューストン、コディ・スミット=マクフィー
原作:スタニワフ・レム「泰平ヨンの未来学会議」
2013年/イスラエル、ドイツ、ポーランド、ルクセンブルク、フランス、ベルギー/120分
日本語字幕:和泉珠里(映像翻訳アカデミー)
字幕監修:柳下毅一郎
配給・宣伝:東風+gnome
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