骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2015-06-19 10:38


『ディオールと私』チェン監督インタビュー「ラフ・シモンズの束縛からの解放を撮ると決めた」

デザイナー、ラフ・シモンズの苦悩に迫る傑作ドキュメンタリー6/20より渋谷アップリンクにて上映
『ディオールと私』チェン監督インタビュー「ラフ・シモンズの束縛からの解放を撮ると決めた」
映画『ディオールと私』より ©CIM Productions

2012年、フランスの歴史あるファッション・ブランド、クリスチャン・ディオールのアーティスティック・ディレクターに就いたラフ・シモンズが自身初のオートクチュール・コレクションを発表するまでの過程を追ったドキュメンタリー映画『ディオールと私』。3月14日より全国中の今作が、6月20日(土)より渋谷アップリンクで上映される。

オートクチュール未経験の彼が、マスコミからの注目、そしてブランドの創業者クリスチャン・ディオールの影を背負いながら、わずか8週間の与えられた準備期間のなかでパリ・コレクション発表まで心血を注ぐ様を、お針子ほかスタッフたちの姿、そして緊張感溢れるアトリエの様子とともにカメラに収めている。今回webDICEでは監督のフレデリック・チェンのインタビューを掲載する。

ラフ・シモンズの「鏡に映る姿」と「本当の姿」がテーマ

本作の事前打ち合わせで初めてラフ・シモンズに会った時、彼のあまりに寡黙な態度に驚いた。もちろん、3ヵ月もの間撮影スタッフに容赦なく付きまとわれるなんて、誰でも気が進まないだろう。しかし、ラフの心配はもっと深刻なもののようだった。そこで、私は彼が見せたこの繊細さを映画の中心に据えようと考えた。

映画『ディオールと私』フレデリック・チェン監督
映画『ディオールと私』フレデリック・チェン監督

1956年の回想録の中で、ディオールは、メディアにさらされることで生じる疎外感について次のように詳細に説明している。「二人のクリスチャン・ディオールが存在する。世間の注目を集めるクリスチャン・ディオールと私生活を大切にするクリスチャン・ディオールだ。両者の溝は広くなるばかりで決して交わることはない」。幸いにも、私と顔なじみになるにつれ、ラフ・シモンズのカメラに対する恐怖心は減っていった。しかし、彼はディオールで開く最初のコレクションで、世間がどの程度自分に注目するのかをかなり心配していた。私は、彼がカメラマンにもみくちゃにされる有名人に変貌していくさまをとらえようと撮影を始めた。有名人を襲う、あの容赦のない、まぶしくて目も開けられないほどの、内面まで露呈させるようなカメラのフラッシュ。カメラというものは、おそらく人の魂を盗むのだ。

映画『ディオールと私』より cCIM Productions
映画『ディオールと私』より ©CIM Productions

南アフリカの文学者J・M・クッツェーの「人が鏡の中で生きるとき、それは真の自分ではない」という言葉があるが、鏡に映る姿と本当の姿、この二つの姿が撮影中も繰り返し私の頭に浮かんだテーマだった。もしディオールが二人(公人と私人)いたとしたら、ラフ・シモンズはディオール本人の化身であろう。実際、二人には共通点も多い。ディオール同様ラフ・シモンズもかたくなに私生活を守り、また、芸術家としての経歴も持っている。ディオールの回想録を読み終えた結果、私は、過去は未来を写すことができ、その逆に、未来は過去を写すことができるのだと気付いた。レンズの前で繰り広げられたすべての世界は、人格や感情の細かい点まで、回想録でディオールがコレクション作りについて述べている章と全く同じ世界だった。お針子たちがいて、この緊迫した空気感はあの回想録で読んだそのままの光景だと。それは、確かに伝統の証である。そして、歴史は繰り返す。

映画『ディオールと私』より cCIM Productions
映画『ディオールと私』より ©CIM Productions

私は思った、これがラフ・シモンズの感じている恐怖なのかと。過去と向き合いながら、彼はどのように伝統の流れを変えていくのか?彼は自身の個性をどのようにしてブランドに刻むのか?パリのディオール本社で創立者ディオールの存在を無視することは不可能である。社屋のいたるところにディオールの写真があるからだ。私はこう思い始めた。ラフ・シモンズはヒッチコック作品の『レベッカ』(1940年)に登場するミセス・ド・ウィンターと同じ気持ちではないかと。屋敷の前の主人の亡霊におびえる主人公だ。ラフ・シモンズのストーリーは束縛からの解放である。

ディオールの「魂」と呼ばれるアトリエで撮影

本作では、過去と現在の間の対話を作中で深めている。クリスチャン・ディオールのボイスオーバーは、作品の重要な要素だ。私はいつも作品の冒頭部分でナレーションの語りを入れるが、今回は、撮影が進むにつれ、そのボイスオーバーは過去から現在へ、そしてラフ・シモンズが経験することへのコメントへと変化していく。ストーリーの流れに沿う形だ。観客は鏡を通してディオールの姿を見るが、歴史の遠い瞬間との不思議なつながりもナレーションが入ることでうまく語られている。もちろん、見どころは過去との語らいだけではない。オートクチュールでは、最初のひな形を“トワル”と呼ぶが、このフランス語には偶然にも映写幕の意味もある。ディオールのデザインの継続性を視覚で示すために、私は文字通りトワルにそれを表した。夜になると老舗ブランドとしての重圧がメゾンに襲い掛かる。アトリエの昼と夜の顔は対照的だ。昼間のアトリエはエネルギーに満ちあふれ、輝いている。光に満ち、喧騒に満ちた昼間のアトリエは、まるで驚異的な小宇宙のようだ。アトリエが放つ多彩な光も見どころのひとつだ。

映画『ディオールと私』より cCIM Productions
映画『ディオールと私』より ©CIM Productions

アトリエは、過去と現在の間で時間が止まった空間であり、オートクチュール作りに身を捧げる魅力あふれる人々の居場所である。ヴァレンティノのドキュメンタリー『ヴァレンティノ:ザ・ラスト・エンペラー』でマット・タイルナウアー監督と仕事をした際、私のイタリア語のレベルはお針子たちと親睦を図ることはできなかったが、本作は母国フランスでの撮影だったため、職人たちとも深い関係を築くことができ、彼らの仕事もよくわかるようになった。歴史ある社屋の最上階にしまい込まれたようなこのアトリエを、本作品中、カトリーヌ・リヴィエールはディオールの「魂」と呼んでいる。

ディオールのメゾンは、マネージャー、芸術家、職人たちが毎日理想を求めて切磋琢磨しあう場所であり、本作もその役割の一端を担うものであると信じている。ディオールの世界に浸ってもらい、コレクション発表の壮絶な舞台裏を見せることによって、この映画がフランスの社会主義リアリズムの大家であるルノワールやゾラの伝統を受け継ぎ、パリの生活の断面を本質的に描き出せていたら光栄である。映画タイトル『ディオールと私』の「私」とは誰か? それは作品を見たあなた次第だ。

(2014年3月1日 ブルックリンにて/映画『ディオールと私』プレスより転載)



フレデリック・チェン(Frdric Tcheng) プロフィール

フランス生まれ。土木工学を学んだ後、2002年コロンビア大学のフィルム・スクールに通うためにニューヨークへ。2007年には美術学修士号を取得。2008年シカゴ国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した『ヴァレンティノ:ザ・ラスト・エンペラー』(08・未公開)をマット・タイルナウアー監督と共同で製作・編集。『ダイアナ・ヴリーランド 伝説のファッショニスタ』(2011)をリサ・インモルディーノ・ヴリーランド、ベント・ヨルゲン・ペルムットと共に監督。詩人サラ・リッグスやファッション・カメラマンのミカエル・ヤンソンとの共作や、H&M、ジミー チュウ、フェラガモなどの宣伝エディターも務めるなど映像分野以外でも活躍している。




映画『ディオールと私』
6月20日(土)より渋谷アップリンクにて公開、他全国公開中

映画『ディオールと私』より cCIM Productions
映画『ディオールと私』より ©CIM Productions

監督:フレデリック・チェン
出演:ラフ・シモンズ、Dior アトリエ・スタッフほか
後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
協力:ユニフランス・フィルムズ
配給:オープンセサミ
提供:オープンセサミ、Bunkamura
2014年/フランス/DCP/ビスタサイズ/90分/仏語・英語/日本語字幕:古田由紀子

公式サイト:http://dior-and-i.com/
公式Facebook:https://www.facebook.com/DiorandI.jp
公式Twitter:https://twitter.com/DiorandI_movie

『ディオールと私』
▼映画『ディオールと私』予告編

レビュー(0)


コメント(0)