骰子の眼

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東京都 渋谷区

2015-05-22 20:30


復職への条件は同僚たちがボーナスを諦めること、ダルデンヌ兄弟『サンドラの週末』

実際の労働事件を基に映画化、マリオン・コティヤールがアカデミー賞主演女優賞ノミネート
復職への条件は同僚たちがボーナスを諦めること、ダルデンヌ兄弟『サンドラの週末』
映画『サンドラの週末』より©Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma

『ある子供』『息子のまなざし』などで知られるベルギーの映画作家、ジャン=ピエール・ダルデンヌとリュック・ダルデンヌ兄弟の『サンドラの週末』が5月23日(土)より公開される。物語は、ソーラーパネル工場で働く女性サンドラがある金曜日、他のスタッフへのボーナス支給と引き換えに解雇を言い渡されるところから始まる。解雇を回避するために、翌週の月曜に行われるスタッフによる投票で自分を支持してもらえるよう、週末をかけて説得して回る姿を描いている。解雇の報と非協力的な社員の声に声を出せないほど打ちひしがれながらも、スタッフたちとの交渉のなかで次第に自分を見つけ出していく主演のサンドラをマリオン・コティヤールが演じ、第87回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。

今回はジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督へのインタビューを掲載する。

映画には観客の中で何かを動かす力を持っている

──最初に、『サンドラの週末』を制作するにいたった経緯について教えてください。

リュック・ダルデンヌ:出発点はフランスのプジョーの工場で起こった出来事です。ピエール・ブルデューという社会学者が監修をした本「世界の悲惨(La misere du monde)」に、ソショー(Sochaux)という場所にあるプジョーの工場で働く労働者9人に聞き書きをした内容が書かれています。その中で、ひとりの労働者が長期間休んだり、仕事のペースが遅かったり、パフォーマンスが悪い人がいて、その人を解雇するために他の労働者たちの同意を取り付け、本人が戻ってきたら解雇されるようになってしまっていた。そして、本人がその決断を覆そうとしても覆らなかった。結局その人は解雇されなかったのですが、別に部署に異動させられ給料が減ってしまいました。

その話から、ある週末に女性が解雇を避けるために同僚を訪ね歩くという物語を思いつきました。この連帯の欠如に対して、解雇される労働者側から連帯について再構築しようとするプロセスに関するストーリーを作ろうと考えました。

──そのプジョーの工場や労働者のところに行って取材をされたのでしょうか?

ジャン=ピエール・ダルデンヌ:いいえ、していません。ベルギーでは50人以上の従業員を抱えていない企業には、労働組合は義務付けられていません。それを私たちは既に知っていました。この映画で登場するのはソーラーパネルを作っている小さな企業で、最初にサンドラの味方をしてくれた同僚ジュリエットは労働組合の代表ではなく、組合は存在しません。このような企業は、アジア、特に中国との間に競争を抱え経済問題に晒されています。私たちの国ではソーラーパネルを作る工場がたくさんできましたが、同じような困難を抱えていました。中国との競争のために市場が崩壊したからです。そうしたことは新聞を読めばわかっていたことです。

映画『 サンドラの週末 』ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督
映画『サンドラの週末』のジャン=ピエール・ダルデンヌ監督(右)、リュック・ダルデンヌ監督(左)

また、物語を語るときにアンケート調査は必要ないでしょう。どのように他人に対して連帯心が持てるか持てないか、連帯は誰かの立場になることです。映画でも描いていますが、サンドラの同僚は工場で働きながらその給料だけでは不十分で、彼らの大半が夜やその他の時間に副業を持っています。そうしないと生計が立てられないのです。

──おふたりが手がけた映画にはこれまでも連帯の要素が盛り込まれていましたが、今回、はじめてそれがメインテーマになっているように思いました。世の中的に、連帯を叫ぶことの必要性がだんだん高まっているという認識なのでしょうか?

ジャン=ピエール・ダルデンヌ:このテーマから、どのように物語を発展させていけばよいのかわからなかったのですが、少しずつ、長い時間をかけてストーリーができあがりました。そしてあるとき、突然経済危機がやってきた2008年に、この話をしなければとならないと思いました。はじめの部分ができていた物語を、さらに突き詰めて考えていかないといけないと思ったのです。いずれにしても、このストーリーを語ることは重要だと思っていましたが、経済危機がなかったら、この作品を真面目に扱ってもらえなかったかもしれません。

映画を観終わったあとに、何か観客の中で動くものがあればいいなと思います。映画には観客の中で何かを動かす力を持っています。私たちは、映画を通して世界がどのような状態にあるのかを見せたいと思っています。

映画『サンドラの週末』より©Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma
映画『サンドラの週末』より©Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma

連帯とは何かを考えるきっかけに

──おふたりが過去作のインタビューで、「映画は世界の実践だ」とおっしゃっているのを見ました。その実践という言葉の意味について教えてください。

リュック・ダルデンヌ:私は希望を持っています。サンドラの辿るのは連帯をまた取り戻そうとするプロセスです。同僚たちに会いに行く中で、「あなたは連帯心があるからいい人」「ないから悪い人」と言うことはありません。彼女自身労働者で、どの同僚に対しても連帯の心を持っています。「あなたの気持ちはわかるけれど、ボーナスを諦めることはできない」と同僚に言われたら、サンドラは「それはわかるわ」と答えます。サンドラはどの人も否定はしないのです。同僚みながボーナスを諦めて社長と戦おうという状況になればよいのですが、そういう人はいませんし、その気持ちがあっても言い出せない。

現在、特にこうした小さな企業の中では、恐怖が支配し、みな怯えています。月末にはお金が足りない、経営者が怖い、サンドラでなく自分がクビになるかもしれない……常に怖いのです。子供の学費を払えないかもしれない。車を買ったけれどもそのローンが払えないかもしれない。いつ何時貧困に陥るかわからないという恐怖に晒されています。だから経営者に正面切って戦えないのです。

観客は連帯を求める女性への共感と同時に、でもこんなことを強いる社会は悲惨だと、両方感じるのではないかと思います。あまり楽観的になりすぎるつもりはありませんし、映画ですべてを解決できるとは思っていません。でも、このような映画を通じて観客のみなさんに考えるきっかけになってほしいと思います。映画を観たあとに、いろんな人と話し合って、連帯とは何か、何が一番大事なのか、私だったらサンドラと連帯できただろうか、できなかったとしたらなぜだろうか、そういったことを考えるきっかけになればと望んでいます。自問自答することが重要です。

今日、連帯がとても重要な問題に改めてなっていると思います。現在の労働の仕方、働き方では競争の中で連帯を持つことがますます難しくなって来ています。この映画の中でパネルの組み立てをしている人がいます。小さい企業だと、10個ぐらいポストがあり、そのポストに番号がついています。パネルが出来上がってそれが不良品だったとすると、その不良箇所を誰の手がけたものかすぐにわかるようになっています。だから不良品が生じた場合、結果の責任を労働者に感じさせ、労働者が罪の意識を持つような制度になっているのです。他の人も、これは自分じゃない、あの人のせいだと言ってしまうような状況になっています。映画に出てくるのは小さな企業ですが、企業の規模が大きくなればなるほど、労働者のストレスは大きなものになると思います。

労働組合のない社会のはじまりを語る映画

──物語の背景となる、ベルギーの労働者の環境について教えてください。

リュック・ダルデンヌ:私たちの国では2大労働組合があります。ひとつは社会党系のベルギー労働総同盟、もうひとつはカトリック系のキリスト教労働組合総連合です。キリスト教労働組合総連合は北部で、ベルギー労働総同盟は南部で強く、組織率は60%前後です。これはかなりの数になっています。ベルギーの場合は、フランス語を話す人とフラマン語を話す人が戦っているのは確かですが、労働組合は全国規模です。給与に関してなど、重要な決定が下される時、会合は全国規模で行われます。社会保障も全国規模です。それこそがベルギーの国民を繋ぐ唯一のものではないかと思います。もし、日本で多い企業別の労組だったとしたら、もはや労働者の権利を守れず、ただ単に、企業のよりよい管理や経営を考えるだけの労働組合になってしまうでしょう。

この映画は、労働組合のない社会のはじまりを語っているとも考えられます。最終的には若いサンドラが、自分では気づいていないけれど、事実上の労働組合を作ったとも言えるでしょう。夫が、「同僚に会いに行くべきだ。そして解決をするべきだ」「外に出て、体調を治さなければいけない」「戦わなければならない」と言います。彼女は、政治的な意図も、労働組合を作ろうという意図も持っていません。ただ、同僚に会いに行って、どうにかうまくやっていきたい、なんとか状況を解決したい、と思うのです。政治的な意図はなく、ただお願いに行きます。彼女にとってお願いするのは当然のことです。

映画『サンドラの週末』より ©Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma
映画『サンドラの週末』より©Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma

マリオン・コティヤールに求めたのは
「なるべくシンプルに」

──イギリスのケン・ローチ監督は、自分は映画監督であり活動家でもあると言っているそうですが、おふたりはご自身を映画監督であり活動家でもあると思われていますか?

リュック・ダルデンヌ:いいえ、自分たちを活動家だとは思っていません。私たちは、フランス人のドニ・フロイドというプロデューサーと一緒に映画を作っています。私自身、プロデュースや製作も手がけていますし、他の監督あるいはベルギー人のプロデューサーとも映画を作ります。

私たちは映画を作る人間で、活動家ではありません。ただ、滞在許可を持たない人や難民の問題が起こったときには発言をしたりしました。そして、そういった会合に参加したり、単発的に活動に参加することはあります。反脱税法の動きがありまして、その時にも会合に出て発言をしたことがあります。

映画『サンドラの週末』より ©Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma
映画『サンドラの週末』より©Les Films du Fleuve -Archipel 35 -Bim Distribuzione -Eyeworks -RTBF(Télévisions, belge) -France 2 Cinéma

──主演マリオン・コティヤールとの共同作業についてはいかがでしたか?

リュック・ダルデンヌ:彼女と仕事をしたいと思い、彼女も私たちの映画に出たいと思っていました。すばらしい出会いでした。彼女との仕事はとても情熱をかき立てられるものでした。たしかに国際的なスターです。なので、むしろ彼女が私たちの映画の世界に降りてきてもらわなくてはなりませんでした。

彼女はとても賢く、寛大な女性です。他の俳優と同じ立場にいなくてはならないことを彼女はすぐに理解しました。ほかの役者と全じヘアメイクや控え室を使い、ドライバーもいませんでした。何でもないことのようですが、こういったことは、仲間意識を作るのに重要です。それが映画にも繋がっていきます。同時に、自分自身が役柄の後ろにいなければいけないと彼女はわかっています。今までの映画でつくって来たイメージ、ディオールのイメージガールとしてのイメージを消していかないといけない。このように自分を忘れさせることのできるのが本当の偉大な女優です。

私たちが彼女に、登場人物として「こういう人になれ」とか、「こういうふうに歩け」などとは一度も指示しませんでした。もちろん演技がなかったとは言いませんが、私たちが求めていたのは、「なるべくシンプルに」ということだけでした。

──最後にあらためて、本作のテーマについて教えてください。

リュック・ダルデンヌ:この作品は「他人の身になって物事を考える」ことについて描かれています。宗教的な倫理を描いているつもりはありませんが、結果的に、こうしたことのなかに倫理観や道徳のルーツはあるのだと思います。この作品を観る観客が、それぞれの立場になって考えられるかどうかです。彼らの立場になって、内的な対話や問いかけを続ける旅をしてほしいと思います。それが、人と人との連帯に繋がっていくのだと思います。

ジャン=ピエール・ダルデンヌ:重要なのは、脆い女性が、その弱さにも関わらず、他の人たちに会いにいってお願いすることです。映画のはじめにサンドラは「自分が物乞いをしにいくようでそんなことはしたくない」と言います。でも確かにそういうふうになりうるのです。「あなたの気持ちは分かるけれども、ボーナスの1,000ユーロを諦めてほしい。私にはこの仕事が必要だから」と。そして相手も「こっちの立場になって」と言います。そのとき、彼女は同僚の立場になることができます。映画の最後で、サンドラは誰かの立場になろうとします。同じような状況で弱い側が逆転すると、今度はその人の身になるのです。

サンドラは、病から復帰してきたという点においては、周りのひとから弱くて、鈍いと思われてしまうでしょう。しかし、その彼女が、実は他の人を変える力を持っているし、そして自分自身をも変える力を持っていたのです。『サンドラの週末』は、その根底を描いた作品です。今日、時代は力の強さを讃えている中で、この作品は弱さ、脆弱さに対する礼賛であると考えています。

(オフィシャル・インタビューおよび3月27日に行われた湯浅誠氏、坂倉昇平氏とのシンポジウム・レポートより構成)



ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ(Jean-Pierre Dardenne & Luc Dardenne) プロフィール

兄のジャン=ピエールは1951年4月21日、弟のリュックは1954年3月10日にベルギーのリエージュ近郊で生まれる。リエージュは工業地帯であり、労働闘争のメッカでもあった。ジャン=ピエールは舞台演出家を目指して、ブリュッセルへ移り、そこで演劇界、映画界で活躍していたアルマン・ガッティと出会う。その後、ふたりはガッティの下で暮らすようになり、芸術や政治の面で多大な影響を彼から受け、映画製作を手伝う。原子力発電所で働いて得た資金で機材を買い、労働者階級の団地に住み込み、土地整備や都市計画の問題を描くドキュメンタリー作品を74年から製作しはじめる。同時に75年にはドキュメンタリー製作会社「Derives」を設立。78年に初のドキュメンタリー映画“Le Chant du Rossignol”を監督し、その後もレジスタンス活動、ゼネスト、ポーランド移民といった様々な題材のドキュメンタリー映画を撮り続ける。第3作『イゴールの約束』でカンヌ国際映画祭国際芸術映画評論連盟賞をはじめ、多くの賞を獲得する。続く第4作『ロゼッタ』でパルムドールと主演女優賞を受賞。2002年、第5作『息子のまなざし』でもカンヌ国際映画祭で主演男優賞とエキュメニック賞特別賞をW受賞。05年カンヌ国際映画祭にて第6作『ある子供』では史上5組目の2度目のパルムドール大賞受賞者となる。第7作『ロルナの祈り』では08年のカンヌ国際映画祭において脚本賞を受賞、第8作『少年と自転車』は11年の同映画祭グランプリを受賞。史上初の5作連続主要賞受賞の快挙を成し遂げた。そして本作『サンドラの週末』で異例の6作品連続のカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品を遂げた。近年では共同プロデューサーとして若手監督のサポートも積極的に行っており、マリオン・コティヤールとは共同プロデューサーとして名を連ねた『君と歩く世界』で出会った。




映画『サンドラの週末』
5月23日(土)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町他、全国順次ロードショー

映画『サンドラの週末』ポスター

サンドラは体調不良から休職していたが、まもなく復職する予定だった。しかし、ある金曜日、サンドラは突然解雇を言い渡される。しかし、同僚のとりなしで週明けの月曜日に同僚たちによる投票を行い、彼らの過半数がボーナスを諦めてサンドラを選べば仕事を続けられることになる。ともに働く仲間をとるか、ボーナスを取るか、シビアな選択……。その週末、サンドラは家族に支えられながら、同僚たちを説得して回る。

監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演:マリオン・コティヤール、ファブリツィオ・ロンジョーネ、オリヴィエ・グルメ、モルガン・マリンヌ
製作:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
撮影:アラン・マルクーン
編集:マリー=エレーヌ・ドゾ
配給:ビターズ・エンド
2014年/ベルギー=フランス=イタリア/95分

公式サイト:http://www.bitters.co.jp/sandra/
公式Facebook:https://www.facebook.com/Dardenne.cinema
公式Twitter:https://twitter.com/dardenne_cinema


▼映画『サンドラの週末』予告編

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