骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2015-04-30 10:13


韓国社会で疎外されている人たちを描きたかった―ペ・ドゥナ主演『私の少女』の監督語る

閉鎖的な田舎の村で明るみに出される児童虐待、同性愛者への偏見、不法就労の問題
韓国社会で疎外されている人たちを描きたかった―ペ・ドゥナ主演『私の少女』の監督語る
映画『私の少女』より、女性警察官ヨンナム役のぺ・ドゥナ(右)、少女ドヒ役のキム・セロン(左) © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED

『空気人形』『クラウド アトラス』のぺ・ドゥナと『冬の小鳥』『アジョシ』のキム・セロンが共演を果たした映画『私の少女』が5月1日(金)より公開される。海辺の村に赴任してきた女性警察官ヨンナムをぺ・ドゥナが演じ、キム・セロン扮する少女ドヒとの交流を通して、ドヒが継父から受ける虐待、同性愛者への差別と偏見、外国人労働者の不法就労など韓国社会が抱える問題を浮かび上がらせている。閉鎖的な田舎町の人間関係のなかで葛藤する主人公の心情を丁寧に描くのは、今作が長編デビューとなるチョン・ジュリ監督。『オアシス』のイ・チャンドン監督が企画の段階でこの物語に惚れ込み、プロデューサーを担当している。

今回はチョン・ジュリ監督が制作の経緯について語ったインタビューを掲載する。

幸せを求めてはいけない、と思っている人たち

──本作の発想はどんなところから生まれたんでしょうか?

今となってはどこの誰に聞いたのかわかりませんが、私が20歳くらいの頃に聞いた小さな寓話のようなものが基になっています。主人と1匹の猫が仲良く暮らしていました。ところがそこへ新しい猫がやって来て、もとの猫は主人から疎外されてしまいます。ある日、主人は玄関で靴を履こうとして大変に驚きました。なぜなら靴の中に死んだネズミが入れられていたからです。主人は最初からいた猫が嫉妬したんだろうと思い、その猫をさんざん殴りました。しかし次の日も靴の中に死んだネズミが入っていて、今度は皮が剥がされた悲惨な姿になっていました──。

私が聞いた話はそこで終わりですが、おそらくその猫は主人の愛を取り戻そうとして、ついそんなことをしてしまったんじゃないかと思うんです。猫はネズミを食べやすいように親切心で皮を剥いだのです。その後もこの話がずっと心に残っていて、主人と猫がどうにか理解し合えないかと思い、両者の関係の回復を探求するプロセスとして『私の少女』を書き始めました。

映画『私の少女』チョン・ジュリ監督
映画『私の少女』チョン・ジュリ監督

──本作の少女ドヒはその話の中のその猫に当たりますか?

はい。劇中、ドヒは義父を挑発するような行為をしますが、あれは猫がネズミの皮をはがした行為に通じるものがあるんです。先ほどの話では、主人は猫の気持ちを理解できませんでしたが、どうにかその気持ちを理解してほしいと思って作り出したキャラクターが女性警察官のヨンナムです。

──そのような着想に児童虐待の問題が加えられたのはなぜですか?

もともと最も寂しい二人の女性が出会うという設定を考えていて、じゃあどんな人物が寂しさを感じるだろうかと逆算して辿り着いたのが児童虐待の問題です。ただ、ドヒにとっては、虐待よりも親に捨てられたことに大きな意味があると思います。子供は誰かに面倒を見てもらわないといけない存在です。でもドヒは面倒を見てもらうことなく、親に捨てられてしまったという疎外感を抱えています。ヨンナムも現在の韓国社会で最も疎外されているような人物を想像して、あのような境遇になりました。

映画『私の少女』より © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED
映画『私の少女』より、ドヒ役のキム・セロン © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED

──女性警察官ヨンナムの姿からは、現在の韓国でレズビアンであることの孤独さを感じました。

彼女たちの立場を代弁できるわけではありませんが、レズビアンの人たちはカミングアウトするべきかどうかを悩むことすらできない立場に置かれています。そして自分は他者と違うということで既に傷ついているのに、さらに辛い状況を受け入れるしかありません。本作に登場する人たちはみんな幸せを求めてはいけない、と思っている人たちばかりなんです。

映画『私の少女』より © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED
映画『私の少女』より © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED

──本作ではヨンナムも、そしてドヒの継父ヨンハもアルコールに逃げますが、その設定はなぜ取り入れたんでしょうか?

本作にはいろいろな人物が登場しますが、全員の行動や言葉に必ず何らかの理由があるような設定にしたかったんです。それはヨンハにしろ村の人たちにしろ同じです。ヨンナムとヨンハに関しては、二人を通じてアルコールが持つ二つの側面が提示されています。ヨンナムが飲むお酒は過去の苦しみや傷から抜け出すためのお酒、また眠るために飲むお酒です。一方、ヨンハが飲むお酒は暴力を振るう自分を正当化するためのお酒です。つまり彼はお酒に逃げているんですね。

映画『私の少女』より © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED
映画『私の少女』より、少女ドヒの継父ヨンハを演じるソン・セビョク © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED

──舞台となる田舎の村の人々の行動にも、そのような理由があるんですね。

舞台となる村は私が高校生まで育った場所ですが、ソウルからやって来たヨンナムにとって見知らぬ場所でも、そこに暮らす人には彼らなりの行動理由があるんだということをきちんと示したいと思いました。その中に身を置くことによって、ヨンナムはさまざまな葛藤や苦しみを持つんです。

ペ・ドゥナからはメールを送った3時間後に
「やります」という返事が来た

──ヨンナムは自分の感情を思い切り出せないような人物ですが、そんな役柄をペ・ドゥナさんがとても繊細に演じています。彼女にヨンナム役をお願いした理由は何ですか?

シナリオを書いている時点では、まさか彼女と仕事できるとは思いませんでした。やはり韓国のトップスターですから。ただ、シナリオを書き上げて、何の制約もなくキャストを想像した時、真っ先に浮かんだのが彼女だったんです。過去の出演作から想像したというより、彼女の中にヨンナムの姿が見えたような気がして。そこでウォシャウスキー姉弟の『クラウド アトラス』を撮影するためロンドンにいた彼女にメールを送ると、3時間後に「やります」という返事が来て、今思い出しても震えるくらいの気持ちになりました。彼女じゃないと駄目だという私の思いが、海外の彼女にまで伝わったのかもしれません。

映画『私の少女』より © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED
映画『私の少女』より、ペ・ドゥナ © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED

──ドヒは体当たりで挑まないといけないような役柄ですが、なぜキム・セロンに声を掛けたんですか?

彼女もドヒ役として真っ先に思い浮かびましたが、実は彼女には一度断られています。まわりの人たちが説得しても、本人が嫌だと言ったそうなんです。そこで仕方なく500人近い子役のオーディションを行いましたが、なかなか「この子だ」という子が見付からず、撮影の日にちが近づく中で非常に焦っていて……。その時、たまたま別件で彼女のマネージメント事務所に連絡する機会があって、駄目でいいからもう一度と思い提案したら、最終的に出演を決めてくれたんです。後に「どうして心変わりしたの?」と聞いたら、彼女は「私がやるしかないと思ったから」と、子供とは思えないようなことを言いました。彼女は才能豊かな子なので、おそらくこの役がどれだけ辛い役かということがわかっていたんだと思います。私は彼女に、ドヒを演じることも辛いけど、ドヒを理解することも辛いと思うということを伝えて、彼女もそれをわかった上で臨んでくれました。

映画『私の少女』より © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED
映画『私の少女』より、キム・セロン © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED

──最高のキャスティングだと思いますが、撮影中は二人とどんなやりとりをしましたか?

毎日のように徹夜が続く環境で、正直言って撮るのに精一杯でした(笑)。でも、撮影前にたくさん話をして、このキャストでなければ不可能だったんじゃないかと思うくらい、完璧に役柄を理解してくれました。

──イ・チャンドン監督はどういう経緯でプロデューサーとして関わることになったんですか?

私は韓国芸術総合学校映像院の大学院を卒業していますが、イ・チャンドン監督はそこの教授だったんです。この作品はそもそも映像院とCJエンタテインメントの共同プロジェクトから始まっていて、映像院の在校生・卒業生からプロットを募って、優秀なものの作品作りを支援するという企画だったんです。そこで私のアイディアは最終選考の5本に選ばれましたが、結局最後の1本には残りませんでした。しかし映像院側のコーディネーターとしてそのプロセスを見ていたイ・チャンドン監督が「これは小さな話だけどとても意味のある話だから映画にしよう」とおっしゃったんです。それでプロデュースも引き受けてくださいました。

映画『私の少女』より © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED
映画『私の少女』より © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED

──エンドロールを見ると是枝裕和監督の名前がクレジットされていますね。

是枝監督は釜山映画祭にいらっしゃった時に、撮影を見学しに来てくださったんです。その日はスタッフもみんな是枝監督が好きなので張り切っていて、撮影がものすごく早く進んだことが記憶に残っています(笑)。

──本作にはさまざまなテーマが織り込まれていますが、現在の韓国を生きる女性たちを描いた作品だという捉え方もできます。監督にとって、韓国人女性の生き方というのはこれからも撮り続けていきたいテーマですか?

実は次回作のシナリオを書いているところですが、それも韓国を生きる二人の女性が主人公です。私は普段から関心を持っていること、観察したいと思っていることを映画の中で描いていきたいと思っています。女性の生き方を描いていきたいというより、今私が関心を持っているのが、韓国で生きるさまざまな女性たちだということなんだと思います。

(オフィシャル・インタビューより)



チョン・ジュリ(JUNG July) プロフィール

成均館大学映画学科を卒業後、韓国芸術総合学校映像院映画科演出専攻専門士課程で学び、2007年短篇「影響の下にいる男」で第12回釜山国際映画祭ソンジェ賞を受賞し、短篇「11」(08)がソウル国際女性映画祭アジア短篇コンペティション部門で演出力を評価された。続く短篇「わたしのフラッシュの中に入ってきた犬」(10)で着実に映画監督として力量を広げ、本作で初の長編映画デビューを飾る。デビュー作ながらカンヌ国際映画祭ある視点部門に正式出品し高い評価を受けた。




映画『私の少女』
5月1日(金)よりユーロスペース、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー

映画『私の少女』より © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED
映画『私の少女』より © 2014 MovieCOLLAGE and PINEHOUSE FILM, ALL RIGHTS RESERVED

海辺の村に赴任してきた警官のヨンナムは、少女ドヒと出会う。ドヒは血のつながりのない継父ヨンハと暮らし、日常的に暴力を受けている。村全体が暴力を容認しているなか、ひとり立ち向かっていくヨンナムは、ドヒを守ってくれる唯一の大人だった。 ヨンナムも少女の笑顔に癒されてゆくが、やがて激しく自分に執着するようになったドヒの存在に少し戸惑いを憶える。ある日、偶然にもヨンハはヨンナムの秘密を知り、社会的に破滅へと追い込んでゆく。ヨンナムを守るためドヒはひとつの決断をするが……。

監督:チョン・ジュリ
プロデューサー:イ・チャンドン
出演:ぺ・ドゥナ、キム・セロン、ソン・セビョク
脚本:チョン・ジュリ
撮影:キム・ヒョンソク
音楽:チャン・ヨンギュ
録音:キム・ヒョンサン
配給:CJ Entertainment Japan
2014年/韓国/119分

公式サイト:http://www.watashinosyoujyo.com/
公式Facebook:https://www.facebook.com/watashinosyoujyo
公式Twitter:https://twitter.com/cjejmarketing


▼映画『私の少女』予告編

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