骰子の眼

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2015-04-21 22:07


隠された事実を「聴く」&耳で「観る」映画!『皆殺しのバラッド』『イマジン』Wレビュー

音楽家・松本章がメキシコ麻薬戦争実録と盲目の男女のラブストーリーを解説
隠された事実を「聴く」&耳で「観る」映画!『皆殺しのバラッド』『イマジン』Wレビュー
右:映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』チラシ © 2013 Narco Cultura.LLC 左:映画『イマジン』チラシ Ⓒ ZAiR

厳しすぎる現実に思考が沈黙
─『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』

“春眠暁を覚えず”状態に脳みそがなっているので、ドキュメンタリー映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』(シャウル・シュワルツ監督作)を鑑賞したのです。

お話は、メキシコ国境の街・シウダー・フアレスの警察官リチは年間3,000件の膨大な殺人事件の捜査に追われている。多くの事件は未解決で、深入りすると自分の命も危なくなる。家族の反対もあるが、故郷を守りたい一心で仕事を続ける。一方、ロサンゼルスの歌手・エドガー・キンテロはメキシコの麻薬王の武勇伝を「ナルコ・コリード」という歌にして若者から熱狂的な人気を得る。対照的な二人の物語を中心にメキシコの麻薬戦争を描いているのです。

映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』より © 2013 Narco Cultura.LLC
映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』より、エドガー・キンテロが所属するバンド、ブカナス・デ・クリアカン © 2013 Narco Cultura.LLC

まさに戦争で、内戦状態なのです。麻薬組織はグローバルな多国籍企業なみに資金力もあり、政治家・軍隊・警察・銀行等と癒着して、国家なみの力を得ていると感じたのでした。警察官リチは殆ど笑顔がなく、常に感情を押し殺し麻薬組織からの暗殺を警戒している。抗争による殺人も日常化し、それ以上捜査しようとしても上層部から何故かストップがかかったりもする。殺人を犯してもほぼ放置され罪に問われず、遺族が悲痛な叫びをあげる。想像を絶する現実があったのです。警察と麻薬組織の癒着があるのかを調べたりするなかで、彼らがその関係をハッキリと言わないのには、ただでさえ命が危険なのに、それを描くと映画のスタッフもリチも皆殺しにあうのかもしれないという緊張があったのでした。政府・軍・警察対麻薬組織という正義対悪という単純な図式でなく、それぞれの麻薬組織が政府等と癒着し、利用し、裏切り権力を大きくするために抗争を繰り広げる。

映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』より © 2013 Narco Cultura.LLC
映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』より © 2013 Narco Cultura.LLC

一方、ロサンゼルスに住む歌手エドガーは、「ナルコ・コリード」ブームに乗りアメリカン・ドリームを掴もうとする。妻と小さな子供のいる、普通の中流家庭に見えたのでした。哀愁のある素朴なメロディーを歌い、伴奏はポルカやワルツっぽい民族音楽で、陽気でメキシコの太陽にぴったりだと感じたのですが、歌詞が麻薬王を讃えていて、血みどろの内容なので伴奏との落差が凄いのです。

アメリカで人口の増えたヒスパニックから人気に火が着いたと思うのですが、この歌詞に共感してる人もいるかも知れないが、クラブやライブハウスでは、絶望的な歌の世界に憧れ、普通の歌に飽きて、普通の辛い日常も飽きてしまったような人々が「ナルコ・コリード」で踊らずにはやってられないというぐらい、歌い、踊っていたのでした。

映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』より © 2013 Narco Cultura.LLC
映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』より © 2013 Narco Cultura.LLC

エドガーはメキシコで育っていないので、リアリティーのある歌詞を書く為に半年間メキシコにいくのです。麻薬組織(たぶん下部の組織)と接触して「これでいい歌詞が書ける」とはしゃいでいるのです。ある意味、メキシコではお金持ちになって成功する=麻薬組織で成功するという公式が成り立っているのかもしれないと思ったのでした。メキシコでは麻薬自体が巨大な産業になり、文化になっていると感じたのでした。エドガーの麻薬組織への無邪気な憧れはアメリカだから出来るのかもしれない、メキシコで歌うなら抗争に巻き込まれ暗殺されたかもしれないと感じたのでした。

ギリギリまで迫り全てを語り、全てを描かない事でメキシコの真実をいっそう感じ取れた作品なのでした。「ナルコ・コリード」の楽しい旋律から目の覚めるようなメキシコの現実に圧倒され、やるせなくなったのです。幼い子供達も抗争現場を目撃し銃の乱射の話をし、それが空想の物語でなく、厳しすぎる現実で、国境を越えたら華やかに麻薬を消費する隣国アメリカがあり、国境を越えただけで麻薬は大きく値を上げてしまう現実に、思考が沈黙してしまったのです。リチの、故郷を守りたいという思いが小さな光なのでした。

何が聴こえ、どう感じるかで、心の風景も変わる
─『イマジン』

あまり良く知らなかった事を知り、見えなかった現実を観て、圧倒され無気力になったので、映画『イマジン』(アイジェイ・ヤキモフスキ脚本・監督作)を鑑賞したのです。

お話は、ある障碍者施設にイアン(エドワード・ホッグ)がやって来る。彼は自分で音を発してその反響音で周囲にあるモノの位置、距離、性質、大きさ等を明確にする「反響定位」という技術を持ち、杖を使わずに歩ける。イアンは教師として働き、子供達に「反響定位」の技術を教え、外の世界に出る事の素晴らしさも教える。ある日、部屋に閉じこもる女性・エヴァ(アレクサンドラ・マリア・ララ)がイアンに興味を持ち、イアンの技術を学び、二人で街に出かける。二人がそこで聴いたのは……。

映画『イマジン』より Ⓒ ZAiR
映画『イマジン』より、イアン役のエドワード・ホッグ(右)、エヴァ役のアレクサンドラ・マリア・ララ(左) Ⓒ ZAiR

まさにタイトルの通りに『イマジン』する映画で、イアンが子供達にする「反響定位」の授業は、注意深く聴いて、感じて、風景を心に描く事を教え、私も一緒になって聴く事(体験レッスン)をし始める。微妙な変化のある映画の音(効果音)の響きで様々な景色を聴かせてくれ、何が聴こえ、どう感じるかで、心の風景も変わる。聴こえさせる事で見せる事をしているのです。まさに耳で観る映画なのです。

しかしながら私は目を閉じて見る程、イアンの様な「反響定位」が出来る程、聴覚も鋭くないし、杖を持たずに歩く事の驚異的な能力は、まさに超能力並で、なにか仕掛けがあるのでは?と思うぐらい凄いのです。

映画『イマジン』より Ⓒ ZAiR
映画『イマジン』より Ⓒ ZAiR

街を歩くのは目が見えていたら、なんでもない行為なのですが、杖をついていると車も人も気を付けてくれるのですが、杖を持たずに道を歩くだけで、転倒しないだろうか?事故にならないか?ただ歩いているだけなのに、街は様々な音を発しており、イアンの歩く靴音の速度は速いし、パニックアクション大作映画を観ているようにドキドキ・ハラハラしたのです。繊細に音を構築し響かせ音を聴いて想像させる事によって、敢えて見せない事で、心が動く手法は映画ならではで、脚本だけ読んだら地味な話で、ここまで心は動かないのかもしれないのです。

映画『イマジン』より Ⓒ ZAiR
映画『イマジン』より、診療所の患者は実際に視覚に生涯のある若者たち16名が演じている Ⓒ ZAiR

エドワード・ホッグとアレクサンドラ・マリア・ララのそこに在るかのような演技力、役者でない子供達の自由な反応、そしてリスボンの街の景色が、音の響きと繊細に共鳴していていたのです。見る事の思い込みを、聴く事によって解放する想像力の豊かすぎる作品なのでした。

結論!『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』が見えなかった事を圧倒的に見て、想像を超える過酷な現実を知り、無視できない世界の問題の縮図を感じる作品だったのに対し、『イマジン』は聴く事により、より豊かに見る事ができる作品。両作品は内容が全く違うのですが、ともに心を動かされる、とても疲れた傑作なのでした。

(文:松本章)



【映画『皆殺しのバラッド』を観て思い出したキーワード】
・ヨアン・グリロ著『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』
・山本昭代(『メキシコ麻薬戦争』翻訳者)
・ドン・ウィンズロウ著『犬の力』
・アナベル・ヘルナンデス
・NAFTA
・サパティスタ
・映画『エル・トポ』(アレハンドロ・ホドロフスキー監督)
・ジャン・ボードリヤール
・MURCOF

【映画『イマジン』を観て思い出したキーワード】
・モーリス・メルロー=ポンティ
・映画『KIKOE』(岩井主税監督)
・デイヴィッド・ローン著『音の手がかり』

(文:松本章)



■松本章(まつもとあきら)プロフィール

1973年生まれ、大阪芸術大学映像学科卒。東京在住。熊切和嘉監督作品、山下敦弘初期作品の映画音楽を制作に係る。これまでに熊切和嘉監督『ノン子36歳(家事手伝い)』、内藤隆嗣監督『不灯港』、山崎裕監督『トルソ』、今泉力哉監督『こっぴどい猫』、内藤隆嗣監督『狼の生活』、吉田浩太監督『オチキ』『ちょっと可愛いアイアンメイデン』『女の穴』などの音楽を担当。
現在、新たに音楽を手がけた吉田浩太監督の新作『スキマスキ』が公開中。




映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』
シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中

監督:シャウル・シュワルツ
製作:ジェイ・ヴァン・ホイ、ラース・クヌードセン、トッド・ハゴビアン
撮影:シャウル・シュワルツ
音楽:ジェレミー・ターナー
編集:ブライアン・チャン、ジェイ・アーサー・スターレンバーグ
原題:NARCO CULTURA
2013年/アメリカ=メキシコ/103分
配給:ダゲレオ出版
公式サイト:http://www.imageforum.co.jp/narco/




映画『イマジン』
4月25日(土)より、渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開後、全国順次公開

監督・脚本:アンジェイ・ヤキモフスキ
出演:エドワード・ホッグ、アレクサンドラ・マリア・ララ
撮影:アダム・バイェルスキ
編集:ツェザルィ・グジェシュク
原題:IMAGINE
2012年/カラー/ポーランド=ポルトガル=フランス=イギリス/105分
配給:マーメイドフィルム
公式サイト:http://mermaidfilms.co.jp/imagine/

▼映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』予告編

▼映画『イマジン』予告編

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