映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 より © 2014 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
『バベル』『BIUTIFUL ビューティフル』で知られるメキシコのアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督の新作『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 が4月10日(金)より公開される。かつてスーパーヒーローもので名を馳せたものの、今は落ち目の中年俳優リーガンが再起をかけてブロードウェイの舞台に挑むさまを、『ゼロ・グラビティ』のエマニュエル・ルベツキによるまるでワンカットで撮られたかのような撮影とマジック・リアリズム的描写により描いている。本年度アカデミー賞作品賞、監督賞、脚本章、撮影賞の4部門を受賞した今作についてイニャリトゥ監督が語ったインタビューを掲載する。
世界的な企業に管理された
エンターテインメント世界の状況を描く
──完成して、どんなお気持ちですか?
人々が受け入れてくれたら嬉しい。ユーモアというのは難しいものだ。ユーモアはドラマほど通用しないと言うが、私はこの映画でそこを確認してみたいんだ。
映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督
──いつ、このアイディアを思いついたのですか?
5年ぐらい前に、鏡に映る自分自身というか、エゴと苦闘する男の話を考えていた。それは、私が開発していた別のプロジェクトのためのちょっとしたキャラクターだった。だから、エゴを扱ったものという考えは、そこから生まれた。
──そこから、どうやってこの主人公の俳優・リーガンというキャラクターに繋げたのですか?
彼のストーリーは始まりから、中盤、終わりまで全部を考えた。このキャラクターのことはよく分かっていたが、本作のアイディアを手にした時には、ニコラス・ヒアコボーネ、アルマンド・ボー、それに友人のアレクサンダー・ディネラリス(いずれもイニャリトゥ監督とともに今作の共同脚本を担当した脚本家)に集まってもらった。彼らにはニューヨークで会った。3人にこの話の基本的な設定と私が望んでいることを話したが、彼らは気に入ってくれて、皆で協力して、物語に取り組み始めた。ニューヨークで会って、その後、メキシコでも会い、それから、ロスでも数回、会った。スカイプでも、何度も話した。長い時間がかかったが、とてもうまく行った。これまで経験した中でも最高にエキサイティングな執筆経験だった。特に、誰もエゴを主張しなかったから良かった。脚本を仕上げることだけを目指した。皆でよく笑ったし、本当にすばらしい経験だった。
──バードマンというリーガンの分身が生まれたのはどの段階でしたか?
一時、年配の役者が舞台でもう一人の自分の声を聞く、というアイディアを検討していたが、どこか古めかしい感じがした。アレクサンダー・ディネラリスはインディペンデントの芝居を何本か書いていたが、彼も、ニコラスやアルマンドもこの考えにあまり乗り気ではなかったと思う。
ある日、私は突然、バードマンというスーパーヒーローの分身を思いついた。もうその時には、年配役者の声でドラフトの台本が出来あがっていたが、スーパーヒーローを分身にするという考えにとてもワクワクした。なぜなら、ある意味、これは我々が生きている時代にふさわしいからだ。その声は今、我々が苦しんでいる現状の一部だ。現状とは、つまり、世界的な企業に管理されたエンターテインメント世界の状況だ。このスーパーヒーローと主人公の関係は、我々にとっても意味のあるすばらしいものだと思った。皆、とてもワクワクした。その瞬間、“よし、これだ”と思った。そうやって、リーガンのもうひとつの声を少しだけ現代風にすることが重要だと分かったんだ。
映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 より、リーガンと彼の「分身」 © 2014 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
演技のプロセスなど、私は気にもしていない
──あなたにとって、このプロジェクトのテーマはどういうものでしたか?
アーティストとしての責任は、自分の状況とか事情を説明すること、そういうものに対して嘘を言わないことだけだと思う。自分が暮らしてきた状況や事情を通して、私は良い気分になったり、いやな思いをしたりしながらエゴについて語っている。この映画は、私にとってその領域に足を踏み入れるための方法で、魅力にあふれていると同時に決まりが悪いかもしれないし、ひどく矛盾するものかもしれない。つまり、自分の経験を語る方法という意味だ。でも、いつでも、キャラクターの気持ちをできるだけ伝えることが課題だった。上から目線でコメントをするとか、諷刺的に見たり、指摘するとか、お説教をするのではなく、一人の男の経験に忠実にすることだ。それはつらいし、もろくて傷つきやすい経験だが、彼の視点で見た物語にすること、必要以上に冗談や解説を入れないことに注意した。
映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 より、リーガン役のマイケル・キートン(左)と、リーガンの娘で薬物依存症から回復したばかりのサムを演じるエマ・ストーン(右) © 2014 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
──本作は、舞台と俳優がモチーフになっているものの、演技について語る映画になっていないことが驚きです。
映画界の人から、役者の役作りの過程を描いた物語と見られるかもしれないと心配していた。演技のプロセスなど、私は気にもしていないことだ。役者というのはエゴを表現するためには最も適した選択肢だが、人は誰でもエゴを持っていると思う。主に政治家や企業の重役、支配者たちだ。この世界は人間のエゴの犠牲になりつつある。それに誰でも、子供でも自分のエゴの犠牲になる可能性があると思う。エゴが危険なものであるという考えに人々が共感してくれるといいと思っている。エゴは人を後押しすることもあるが、一瞬でダメにすることもある。エゴをのさばらせてしまうと恐ろしいことになる。大変なことになりかねない。
──ご自分が舞台で修業を積んだ経験を執筆に活かしましたか?
私は舞台がとても好きだ。私の最大の師は、ポーランドの舞台監督ルドウィッグ・マーグリーズだったからね。それに、脚本を担当したアレクサンダー・ディネラリスはニューヨークでインディペンデント作品を上演したことがあり、舞台の世界でも活動している。私たちは皆、この舞台の世界を知っているし、大好きだが、同時にその裏の複雑なところも見ている。
私は、役者と作品の間の論争を描きたかった。どういう意味か分かるかな?人気俳優と人気のない演技派の役者はつねに「そんなテクニックはうまくいかない!」と言い合いながら争っている。舞台は、そんな人間のもろい資質を探求するために適切な背景になると思ったんだ。
マイケル・キートンにためらいはなかった
──なぜマイケル・キートンがこのリーガン役に適していると思ったのですか?
マイケルがこの役を演じられたのは、感情的にも表面的にも素っ裸で演じたからだ。彼はそういうもの全部を超越している。彼ほど虚栄心のない役者を私は知らない。彼は誰よりも自信にあふれている。彼は、人から何を言われようとまったく気にしない。誰にもとやかく言わせる気はないからだ。だからこそ、彼はこの役を演じることができた。彼はこの役を、離れたところから見て、笑い、感情的に巻き込まれることなく探求することができる。すばらしいことだ。
映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 より、リーガンを演じたマイケル・キートン © 2014 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
──彼が『バットマン』シリーズに出演していたことは影響しましたか?
そうだね。彼はいつでも有力な主演候補だったが、ある時、“まさにぴったりだ”と思った。威厳のあるところや過去の経験があるからというだけでなく、彼はコメディからドラマへ即座に切り替えができる数少ない役者の一人だからだ。これは非常に難しい技だ。それに愛きょうを維持するのも楽なことではないよ!彼のキャラクターのようなイヤな奴でいながら、憎めない存在でいることはなかなかむずかしい。
──彼はこの役を演じることを躊躇しませんでしたか?
一緒に夕食をしたが、マイケルは楽しい人で、とても率直だった。彼は飛びついたと思う。ためらいはなかった。うれしかったよ。
──リーガンの友人でプロデューサーのジェイクを、『ハングオーバー!』シリーズのザック・ガリフィナーキスが演じています。こういう役を演じる彼を見ることができてよかったです。彼を起用したことについて教えてください。
おもしろい態度を見せてくれる人が欲しかったから彼が気に入った。彼が演じるジェイクはイヤなタイプのプロデューサーで、良き友人で、ウソつきで、舞台のため、ショーのために全力を尽くす男だ。憎めない人を起用したかった。なぜなら、お決まりの悪い男のようなタイプはいやだったからだ。欲しかったのは、すぐに友達になれるような人、一緒に付き合いたいと思い、ビールを飲みたいと思うようなタイプだった。同時に、信頼を得た途端に人を裏切るようなタイプ。ザックはおもしろい人だが、とても繊細だと思う。諷刺とかアイロニーをぶつけるとはいえ、私が知っている中でも一番傷つきやすい人だ。彼のテディ・ベア的な部分が気に入った。これは一つの賭けだった。理性的な選択ではなく、直感に頼った選択だったね。
映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 より、プロデューサー・ジェイク役のザック・ガリフィナーキス © 2014 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
──リーガンの共演者で、初めてブロードウェイの劇に出演する情緒不安定な女優レズリーをナオミ・ワッツが演じています。あなたはとは『21グラム』で組んでいますが、彼女とまた協力したいと前から考えていましたか?
彼女に声をかけたところ、とても喜んでくれた。当時、彼女はニューヨークに住んでいたから、出演してくれてラッキーだったよ。
映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 より、ナオミ・ワッツ(中央) © 2014 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
──リーガンの恋人であるローラを演じたアンドレア・ライズボローはどうですか?
あの役を決めるにはかなり時間がかかった。多くの人を検討したが、納得できる人が見つからなかった。本当に変てこな役だったが、彼女の演技を見て、この人だと思った。彼女はまさにぴったりの雰囲気をだせたし、このキャラクターをよく理解していた。良いか悪いか評価することはなかった。他の人は、このキャラクターを決めつけようとしていたが、彼女はよく分かっていた。ああいうクレージーでおかしくて神経過敏なキャラクターをうまく表現した。おかしなところがたくさんあるキャラクターだったが、彼女は見事に自分の物にした。
映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 より、ローラ役のアンドレア・ライズボロー(左) © 2014 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
──レズリーの恋人で、降板した俳優の代役としてやって来た実力派俳優マイク・シャイナー役をエドワード・ノートンに演じさせたのは、ノートン自身が舞台の出身だったからですか?シャイナーは素晴らしい演技力を持っているが、傲慢なところもあるという設定です。この役をノートン引き受けてもらうために説得が必要でしたか?
これは難しい役だった。というのは、私はどのキャラクターからもしっかりした現実味を反映させたいと思ったからだ。エドワードは舞台俳優だから、もともと精神的な部分のリアリティを持っていた。それにすばらしい役者だし、自信があるから、この役を喜んで演じてくれた。彼は、「こういうシャイナーのような人達を知っている。彼は僕自身かもしれない」と言うから、「そうだ、君なんだ!」と答えた。そういう経緯だったよ。
映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 より、リーガン役のマイケル・キートン(左)とマイク・シャイナー役のエドワード・ノートン(右) © 2014 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
リハーサルや撮影をするうちにリアリティを形作る
──本作でロング・テイクを使用した理由は?一つの継続するショットのように見えるので、計画を周到に立てなければならなかったと思います。
このアイディアを考え始めたごく初期の段階から、こういう撮影法にしたいと思っていた。この物語はリーガンの視点で描くべきだと考えたからだ。人々には彼の身に起こった出来事を体験してほしいと思った。彼が自分の凡庸さに向き合うまでの、入り組んだ、閉所恐怖症的な、不可避の経験を見てほしかった。それを感じてもらう最良の撮り方は、カメラを究極の形で彼の視点にすることだった。それが私の理論であり、考えだったが、実践に移すことは大変だった。
どういうやり方をするかを検討するところから始めなければならなかった。こういう撮影法は一度も経験がなかったからだ。あれは恐ろしく無責任な実験だった。「これは実験的な映画だ」と思った。なぜなら、今回チャレンジしたのは、今まで私がずっと取り組んできた、編集による「時空間の断片化」という映画本来の性質とは異なるものだったからだ。それをせずに映画を作るというのは、言わばコンマやピリオドをつけずに文章を書くようなものだ。映画というのは、そうした道具で分断しないと、内在するリズムや調和、繋がりを見つけにくくなる。だから今回に関しては、リハーサルや撮影をするうちにリアリティを形作り、見つけなければならなかった。すべてを事前に計画し、頭に入れた上で撮影したんだ
──あなたは普段の撮影ではめったにリハーサルをやらないそうですが、今作では事前にリハーサルを行ったのも、それが理由ですか?
撮影ができるように何もかも入念に準備し、用意できるように事前に検討した。つまり、あらゆる場所、段階、空間、必要な動きや画のトーンを把握するということだ。それで撮影してみて、上手くいくときもあるし、上手くいかないこともあるからとても怖い。ペースとかタイミング、リズムが上手く行くかどうか、それは時には魔法としか思えないこともある。ちょうど、生演奏をしているようなものだった。編集の余地はない。ライブの演奏だから、うまく行かなければ、どうにもできない。一つでもうまく行かないシーンがあれば、すべてがダメになる。
──『バードマン』を作るにあたってのチャレンジは分かりましたが、制作中は楽しんで監督することができましたか?
間違いなくね。とても大変だったし、想像できないほど入念に気を配らなければならなかった。こういう撮影では、その場にいて、何もかも管理しなければならないため、終始意識を研ぎ澄まさなければいけない状況だった。普通は、撮影後に撮った映像を暗室で操作したり修正したりして半年を過ごすが、本作ではそれができない。普通なら半年かけて理性的な判断を下しているのに、その場で決定しなければならない。その代わりになるのは直感だ。どちらかと言えば、即興のジャズ演奏に似ている。本作にはジャズの要素があった(実際に、今作のサウンドトラックはジャズドラマーのアントニオ・サンチェスのドラムソロのみに構成されている)。
映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』 より © 2014 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
──最後に、リーガンが偶然、劇場を締めだされて、ボクサー・ショーツ一枚の姿で群衆の間を通り抜けなければならなくなるタイムズ・スクエアのシーンは、一般の人たちがいるなかの撮影だったのですか?
正直言って、あのシーンの撮影は大当たりだった(笑)。あそこを埋め尽くすほどエキストラを雇う予算がなかったから、スクエアの中央に陣取って、人々の関心を紛らわそうとバンドに演奏させた。おかげで一ヵ所に人々を集めることができた。そうやって群衆をうまく操作をして、一般の人々がいたままの撮影することができたんだ。
(オフィシャル・インタビューより)
アレハンドロ・G・イニャリトゥ(Alejandro González Iñárritu) プロフィール
1963年、メキシコ生まれ。イベロアメリカーナ大学在学中から、メキシコのラジオ局WFMで番組の司会を始め、1988年にはディレクターとなる。90年代には、ジー・フィルムズを設立。短編映画やコマーシャルの脚本、製作、監督を務め、舞台演出も学ぶ。2000年、初の長編映画『アモーレス・ペロス』が、カンヌ国際映画祭批評家週間でグランプリを受賞。アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、英国アカデミー賞の同賞を受賞し、新たなる才能の出現とメディアを賑わせる。続く『21グラム』(03)はヴェネチア映画祭で上映され、ヨーロッパ映画賞、セザール賞にノミネートされる。2006年、モロッコ、メキシコ、アメリカ、日本を舞台とし、4つの言葉を使った大作『バベル』でカンヌ国際映画祭監督賞に輝き、アカデミー賞で監督賞を始めとする7部門にノミネートされ、ゴールデン・グローブ賞、英国アカデミー賞でも候補となる。世界各国からも圧倒的な称賛を集め、現代を代表する監督の一人として広く認められる。次の『BIUTIFUL ビューティフル』(10)は、カンヌ国際映画祭でプレミア上映される。最新作は、『The Revenant』(15)。マイケル・パンクの同名小説を原作とし、レオナルド・ディカプリオ、トム・ハーディが主演する。
映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』
4月10日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか 全国ロードショー
© 2014 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.
シリーズ終了から20年、今も世界中で大人気のスーパーヒーロー“バードマン”。だが、その役でスターになったリーガンは、今は失意のどん底にいる。再起をかけたレイモンド・カーヴァーの「愛について語るときに我々の語ること」の脚色・演出・主演でブロードウェイの舞台に立とうとするが、実力派俳優に脅かされ、娘との溝も深まるばかり。果たして彼は再び成功を手にし、家族の愛と絆を取り戻すことができるのか?
監督・脚本・製作:アレハンドロ・G・イニャリトゥ
出演:マイケル・キートン、ザック・ガリフィナーキス、エドワード・ノートン、アンドレア・ライズブロー、エイミー・ライアン、エマ・ストーン、ナオミ・ワッツ
撮影:エマニュエル・ルベツキ
脚本:ニコラス・ヒアコボーネ、アレクサンダー・ディネラリス・Jr、アルマンド・ボー
ドラム・スコア:アントニオ・サンチェス
2014年/アメリカ/英語/カラー/ヴィスタサイズ/120分/PG12
日本語字幕:稲田嵯裕里
配給:20世紀フォックス映画
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