映画『正しく生きる』より、美術家・柳田役の岸部一徳 © 2015北白川派
ある大きな災害による原発事故以降の世界に生きる人々を描く映画『正しく生きる』が3月7日(土)より公開される。美術大学で教鞭を執りながら放射性物質を使ったオブジェの制作を始める芸術家、娘を連れて別の街で新たな人生を歩もうとする若い母、少年院を脱走した3人の少年たち。それぞれ事情を抱えた人たちの姿から、漠然とした不安な時代に「正しく生きる」こととは何か、という問いを投げかける群像劇だ。
京都造形芸術大学映画学科による映画制作プロジェクト「北白川派」の第5作として制作された今作は、美術家・柳田を岸部一徳が演じるほか、友人役の柄本明らプロの俳優陣とともに、同大学の俳優コースの学生たちが重要な役どころを演じている。
監督は、世良公則主演の極道アクション『斬り込み』(1995年)や西田尚美がシングルマザーを演じたドラマ『愛してよ』(2005年)など幅広いジャンルを手がける福岡芳穂。今回は、福岡監督が学生たちとの共同作業やタイトルに込めた思いを語ったインタビューを掲載する。
プロと学生による映画制作プロジェクト「北白川派」
──『正しく生きる』は「北白川派第5弾作品」となっていますが、そもそも「北白川派」とは何でしょうか?
京都造形芸術大学映画学科のプロジェクトです。当初、1作目が始まった時は、当時の林海象学科長が、1人でも多くの学生にプロの現場を経験させようとして、撮影現場の部分だけを学科で引き受けました。この時点では、まだ明確な学科プロジェクトではありませんでしたが、思いのほか学生たちが成長したので、これを発展的に継続して、プロと学生たちが毎年1本劇場公開映画を作るというプロジェクトにしました。まず1年間で企画から脚本作り、撮影までをやって、次の年度に編集と音の仕上げ、配給宣伝の準備。そして最後の年に配給宣伝、公開と、全てのプロセスを授業化した3年がかりのサイクルです。
映画『正しく生きる』の福岡芳穂監督
第1弾が木村威夫監督の『黄金花 秘すれば花、死すれば蝶』、第2弾が高橋伴明監督『MADE IN JAPANこらッ!』、第3弾が山本起也監督の『カミハテ商店』、第4弾が林海象監督『彌勒 MIROKU』。そして今回の『正しく生きる』が第5弾となります。
──何人くらいの学生が関わっていますか?
プロと一緒にやるために、年間通してハードな授業になっていくので、脱落していく学生も出てくる。その代わり応援みたいな形で入ってくる子もいるので、延べでいうと100人以上は関わっていますね。配給宣伝なども入れると最終的には200人近くの学生が1本の映画に関わるイメージでしょうか。
映画『正しく生きる』より、美術家・柳田役の岸部一徳(左)、柳田の友人・白石役の柄本明(右) © 2015北白川派
映画の中で、どれだけ世界を立体的に提示できるか
──『正しく生きる』が生まれたきっかけは?
東日本大震災直後にゼミで企画を募った時、多くが「絆」とか「つながり」とかいう話を出してくる中、ひとりだけ募金箱からお金を盗む男の子の話を書いてきた学生がいたんです。他の学生からは「不謹慎だ」と大ブーイングでその企画は却下された。でも、映画というのはそんなもんじゃないだろうと。あえて「正しくない」生き方をしている人物を据えて、そういう人がいたらどう思うか、今回参加した学生たちと討論しながらストーリーを作っていきました。
この映画を作る環境が芸術大学で、他の学科の先生たちは概ねアーティストの方々で、なおかつうちの大学は「芸術で世界平和を」とうたっている、それはそれですごく素晴らしいことだと思うのですが、逆のことを考えたらどうなんだろうと。「芸術で世界を滅ぼす」ことを考えるひとがいたらどうなんだろう。この大学でやるからこそ、あえてそういう風に視点を変えてみるのもあるんじゃないかな、と。
映画『正しく生きる』より、弁当屋で働きながら娘と生きる女・いつか役の青山理紗 © 2015北白川派
──『正しく生きる』とは、なかなか挑戦的なタイトルですが、もともとタイトルありきだったのでしょうか。それとも、脚本を書いていく中で出てきたものでしょうか。
学生といろいろキャッチボールをしながら脚本を練っていく中で、わりと前半の方にこのタイトルが出てきたんです。でも「それ映画のタイトルじゃないじゃん!」ってことで『正しく生きる-OVER THE RAINBOW-』など付けてみたのですが、なんかつまらないなって皆思ってきて。じゃあ、バーンと「世に問おうぜ」と。でも正直ちょっと不安(笑)。
タイトルロゴは『ゆきゆきて神軍』『HANA-BI』などのタイトルデザインを手がける赤松陽構造さんなんです。赤松さんが書いてくださったこの題字を見た瞬間に「完璧にこれだ」と。赤松さんの字に僕らが勇気づけられました。「ビビってんじゃねーよ!腰据えろよ!」みたいな(笑)。
赤松陽構造さんによるタイトルロゴが使われている映画『正しく生きる』ポスター
──最後に、監督にとって「正しく生きる」事とは何でしょうか?
正しいと自分が信じたことを、実は正しくないのではないかと常に疑い続けながら生きたいとは思います。わかっているつもりにならないというか、ひとつの答えだけを信用しない、自分自身を信用しない。そうしないと何かを失っていきそうな気がして。
映画って自分がわからないものに向きあってそれをいろんな方向から追いかけ続ける作業で……そういう風にしないと映画が立体的にならない。僕らは映画の中で、どれだけ世界を立体的に提示できるか、そこに生きる人々の心の動きをどれだけ丁寧に見せられるかだと思っているので、自分が何かを信じてしまうと、もうその一面しか見えなくなるから、それはイヤだなと思ってます。
(オフィシャル・インタビューより)
福岡芳穂 プロフィール
1956年生まれ、福岡県出身。早稲田大学在学中から若松プロダクションに参加、若松孝二、高橋伴明に師事。81年『ビニール本の女・密写全裸』(新東宝)でズームアップ映画祭新人監督賞受賞。82年には、磯村一路、周防正行らと製作集団「ユニット5」を結成し(現在は消滅)、意欲的に活動。以降、幅広いジャンルの作品を手がける。83年にドキュメンタリー写真集『ルージュを引いた悪魔たち』。日本映画監督協会所属。2010年度より京都造形芸術大学映画学科教授。主な作品として、『事件屋稼業 Trouble is my business』(92)、『斬り込み』(95)、『 Danger de mort(ダンジェ)』(99)、『愛してよ』(05)等がある。
映画『正しく生きる』
3月7日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー
映画『正しく生きる』より、少年院を脱走した少年・朝雄役の浜島正法(右)、美大生・桜役の水本佳奈子(左) © 2015北白川派
高名な芸術家であり、美術大学で教鞭を執る柳田は大きな災害による原発事故以降、自身の最後の作品として、放射性物質を使ったオブジェの制作を始める。柳田に自分の作ったオブジェを粉々に破壊された美大生の桜は、その日から執拗に柳田を追い始める。街の弁当屋で働くいつかは大きな災害に遭ったのを利用して別の街で別の人間になるため、家と夫を捨て幼い娘の遥を連れて逃げてきた。圭は、漫才師になる夢を持つ朝雄、優樹とともに少年院を脱走し、震災で行方不明になった姉の行方を探し始める。朝雄は、妊娠していた恋人・未夢から流産したことを告げられる。桜は、柳田の自宅前で朝雄が持っているガイガーカウンターが激しく反応する場面に遭遇。柳田に問いただす桜に対し柳田の友人・白石は、ある意外な事実を告げる。
監督・脚本:福岡芳穂
共同脚本:北白川派、高橋伴明
出演:岸部一徳、水本佳奈子、浜島正法、上川周作、宮﨑将、柄本明
配給・宣伝:マジックアワー
2015年/日本/108分/カラー/デジタル/ビスタ/5.1chサラウンド
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