映画『二重生活』のロウ・イエ監督(左)、宮台真司氏(右)
社会学者の宮台真司氏(首都大学東京教授)が24日、東京・新宿K's cinemaで初日を迎えた映画『二重生活』のトークイベントに出席し、ロウ・イエ監督と作品における街の描き方や本妻、愛人、そして女子大生たちと交わりを持ちながらも満たされない主人公の心情について熱いトークを展開した。
人間とシンクロする武漢という街が、まるで生き物のように描かれている(宮台氏)
本作は、天安門事件を扱った『天安門、恋人たち』で映画製作・上映禁止処分を受けたロウ監督が、禁止令解除後、5年ぶりに中国で製作した衝撃のメロドラマ・ミステリー。経済発展が著しい武漢市を舞台に、交通事故で死亡した女子大生、彼女と最後に接触した二つの家庭を持つ男、その妻と愛人が織り成す複雑な物語がスキャンダラスに展開する。
宮台真司(以下、宮台):そもそも監督は、なぜ武漢という街をこの映画の舞台に選んだのですか?
ロウ・イエ(以下、ロウ):この街は、中国でも特殊な位置にあり、東部、西部、南部、北部、それぞれの地域の雰囲気を全て持ち合わせているようなところ。もともと好きな街で、『天安門、恋人たち』でも一部撮影に使ったこともあり、両作に主演した女優のハオ・レイも気に入っていたんです。
宮台:過去の作品もそうですが、監督は街を生き物のように描きます。単なる背景ではなく、人がそこに埋め込まれている大きな生き物。生き物としての街のダイナミズムと人がシンクロしているように感じられます。巨大ビルとホームレス。ディスコと屋台。高級車とトラック。眩暈をもよおすこうした街の落差が、そのまま人の落差になっています。
と、ここで突然、「実はですね……」と、含みのある笑顔を浮かべながら、宮台氏が自身のプロフィールをロウ監督に告白する。
宮台:1980~90年代の僕は、街の──とりわけ援助交際の──フィールドワーカーでした。本作でも女子大生たちの援交がほのめかされていますね。僕はこの新宿、そして渋谷の周辺を中心に調べていました。しかし同時に、当時の僕は、二重生活を送る主人公・ヨンチャオと同じように、常時5人以上の女がいるニンフォマニアック(淫蕩症)でした。
ロウ:そういえば、宮台さん、ヨンチャオと雰囲気が似ていますね!(場内大爆笑)
宮台:それから20年経ち、東京では、微熱に包まれていた街も冷え切り、街の微熱とシンクロしていたカオス的性愛もすっかり消えました。かつて熱に浮かされた都市のカオス的性愛を生きていた僕は、この映画を見て懐かしく感じます。監督は、時間の大きな流れの中で、やがて失われる都市と性愛のカオスを描いている、という意識がありましたか?
ロウ:確かにありましたね、中国は1980年代から経済の成長がどんどん進んでいますが、それに伴い不安定な状況が社会の中に現れはじめ、さまざまな階層の人々が都市にどんどん集まってきた。私は、カオスの中にいる人間にとても関心があるんです。
フェミニズムの部分も一部認めるが、この映画は男の映画でもある(ロウ監督)
そして、その象徴が主人公のヨンチャオ。どの登場人物も均等に描いてはいるものの、ロウ監督の心は、本妻や愛人ではなく、やはりこのカオスの塊のような男に思い入れがあるようだ。
ロウ:彼はこれまで一生懸命仕事をして、お金を儲けて、会社を作り、彼女も作って、家庭も営んで、ここまではとても成功した人生でした。そんな彼の半生を武漢で車を走らせる冒頭のシーンに込めたんです。過ぎてしまった記憶をそこに留める、そんなイメージですね。ところが本国では、この作品は「女性映画」という偏った見方をされており、中国のある有名な社会学者は「これはフェミニズムの映画だ」と語っている。ある部分では認めますが、この作品は男性の映画でもあると私は思っているんです。だから今日は、宮台さんがヨンチャオに着目してくださってとてもうれしい。
宮台:ヨンチャオと自分を重ね合わずにはいられませんでした。ヨンチャオが単なる性欲過剰な男ではないことが、とても重要です。思い描いた通りの仕事の成功や、豊かな中流生活を獲得したのに、彼はどこか満たされません。そんな心の空洞を埋め合わせるために、次々と違う女性とセックスを重ね、それでも満たされない。かつての自分そのものです。
映画『二重生活』より
ロウ:中国のメディアから、「彼は全て揃っているのにいったい何がしたいんだ?」とよく聞かれるんですが、彼はずっと何かを探し続けている男。生きる目的を探している男。ところがそれが何かわからない。わからないから、最後に危険な道に走ってしまうのです。
宮台:だから、成功者であるはずのヨンチャオが、常にうつろな表情を浮かべます。玩具のピアノと戯れる子供を眺める時も、お洒落な自宅で寛ぐ時も、幼稚園で歌う子供の晴れ舞台を見る時も、まさしく「心ここにあらず」。夢であるはずの中流生活が、不確かなで儚い「蜃気楼」のように描かれます。心に突き刺さる描写です。
ロウ:これまで多くの中国人が中流生活を体験していますが、物質的には恵まれているものの、何か物足りなさを感じているのは事実。先ほど、お客様から「中国人にとって『幸せ』の基準とは?」という質問がありましたが、それはずばり、クエスチョンマークです。幸せの概念は人によっても、国によっても異なるものですが、私は体が感じるものだと思っています。
これまで、女性側の視点から映画『二重生活』を語られることが多かったというロウ監督。一部トークの中で、本妻、愛人の駆け引きについても語られたが、首謀者であるヨンチャオに焦点を当てたトークセッションに新鮮さを感じているロウ監督の思いを汲んでこのレポートでは男性目線に終始したい。
(2015年1月25日、新宿K's cinemaにて 取材・文・写真:坂田正樹)
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映画『二重生活』
新宿K's cinema、渋谷アップリンクほか
全国順次公開中
監督・脚本:ロウ・イエ
脚本:メイ・フォン、ユ・ファン
撮影:ツアン・チアン
編集:シモン・ジャケ
音楽:ペイマン・ヤズダニアン
出演:ハオ・レイ、チン・ハオ、チー・シー、ズー・フォン、ジョウ・イエワン、チャン・ファンユアン、チュー・イン
配給・宣伝:アップリンク
原題:Mystery(浮城謎事)
2012年/中国、フランス/98分/1:1.85/DCP
公式HP:http://www.uplink.co.jp/nijyuu/
■リリース情報
DVD『パリ、ただよう花』
2015年3月4日リリース
監督: ロウ・イエ
出演: コリーヌ・ヤン, タハール・ラヒム
発売元:アップリンク
販売元:TCエンタテインメント
4,104円(税込)
TCED-2517
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