映画『ジミー、野を駆ける伝説』より © Sixteen Jimmy Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Element Pictures, France 2 Cinéma,Channel Four Television Corporation, the British Film Institute and Bord Scannán na hÉireann/the Irish Film Board 2014
ケン・ローチ監督が1930年代を中心とした近代アイルランド史をバックグラウンドに、活動家ジミー・グラルトンの軌跡を描く『ジミー、野を駆ける伝説』が1月17日(土)より公開される。原題の『Jimmy's Hall』とは、ジミー・グラルトンが市民が芸術やスポーツを学ぶために作った「集会場」のこと。教会や地主たちに抑圧された庶民たちの憩いの場として機能したこのホールを中心に、イギリスからの独立やカトリック教会、移民など、アイルランドをめぐる様々な問題を織り交ぜ、これまで語られることのなかった「無名の英雄」の姿を、骨太なタッチで描いている。
今回はケン・ローチ監督が、『麦の穂をゆらす風』(2006年)に続き30年代のアイルランドを今作のテーマに据えた理由などを語ったインタビューを掲載する。
ジミーを豊かで人間味のある人物として描きたかった
──最初に、今回なぜジミー・グラルトンの物語を伝えようと思ったのですか?
本作は多くを同時に語る物語です。左派(The Left)というのは、気難しくて気分を滅入らせ、楽しさや娯楽、祝福に反対しているか、また組織化された宗教がどのようにして経済力と手を組んでいるかということも示しています。彼らは、ジミー・グラルトンに対してだけでなく、今でも同じことを続けているんです。宗教と国家は圧政の代理人だと言えるでしょう。今回の場合、映画の中では時間の関係上ほとんど触れられていませんが、進歩主義的に逆行していると思われる、例えばデ・ヴァレラ(今作で描かれた時代のアイルランド最高議会議長)のような人物を、民衆は開いた考えや寛容性を奨励していると思ったけれど、実際のところ、教会による承認を模索し、いかに彼らを自分の味方にする、ということから着手したほどなんです。
映画『ジミー、野を駆ける伝説』のケン・ローチ監督(左)とジミー・グラルトンを演じたバリー・ウォード(右)
──『麦の穂をゆらす風』と対をなす作品という意図があるのですか?もしそうであれば、どのような意図でしょう?
そうですね。あの作品からはちょうど10年が経っているんですが、『麦の穂をゆらす風』の中のセリフで、アングロ・アイリッシュの地主が「この国は神父がはびこる澱んだ水に成り下がる」と言うんです。そしたら驚くなかれ、それが現実のものとなりました。あの時以来、アイルランドは苦悩しています。教会はスキャンダルのせいで、今は多くの信頼を失っている。けれども私たちがあの映画を作っていた時、人々は教会や神父の力が絶対的だとわかっていました。コミュニティの中で、誰が成功するか否かを決定することのできる力を持っているとわかっていたんです。
映画『ジミー、野を駆ける伝説』より © Sixteen Jimmy Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Element Pictures, France 2 Cinéma,Channel Four Television Corporation, the British Film Institute and Bord Scannán na hÉireann/the Irish Film Board 2014
──この映画では、どのあたりが史実でどのあたりがフィクションなのでしょう?
この映画はジミー・グラルトンの人生とその時代から“インスパイア”されたものです。ジミー・グラルトンの人生や性格の詳細等はあまり多く知られていません。ある意味とても悲しいことです。というのも彼は文句なくすばらしい人物だったからで、一方で私たちは、彼のプライベートやこれまで決定した数々の選択肢を探る自由を得たんです。私たちは、彼をただ平面的な活動家ではなくて、豊かで人間味のある人物として描きたかった。このバランスはとても難しく、常に細部にまで及びます。彼が誰か女性と付き合うことは可能か?もしそうなら、ふたりの関係とはどんなだったろう?また神父たちが単なる“カリカチュア”だと思われたくはなかったし、史実をただドラマ化したのであれば、危険だったでしょう。神父は激しい敵意を持っているものの、一方でジミーの高潔さに敬意を示している。彼には真の価値があって、神父はだからこそ無視ができなかったんです。史実通りでありながら登場人物たちを肉付けすることが私たちの役割でした。
映画『ジミー、野を駆ける伝説』より © Sixteen Jimmy Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Element Pictures, France 2 Cinéma,Channel Four Television Corporation, the British Film Institute and Bord Scannán na hÉireann/the Irish Film Board 2014
ジミーは階級の苦悩を理解していた
──ジミー・グラルトンの作ったこの「ホール」の特筆すべきことは何でしょう?
ホールは自由の精神の具現化だと思います。そこはいろいろな考えが試され、表現する場所であり、詩や音楽、スポーツを楽しむ場所であり、人々が自分たちの才能を創造できる場所であり、そしてもちろん踊れる場所なんです。
──今回の撮影のため、スタジオを使わずに、ジミー・グラルトンの出身地であるアイルランド・リートリムに実際にホールを建てたそうですね。
本物のホールを建てるのはむしろ簡単でした。アイルランドのあの土地の風景はとても重要でした。実際にそこに暮らす人々、沼地、霧、その他諸々……。スタジオを使う誘惑は、実際の寸法で作らないで済むことですが、実際のサイズというのは、ある程度決められたルールを持たせるので、観客もそれを感じると思うんです。スタジをでは壁を取り外すことができるし、実生活の中では決して撮影し得ないショットが存在することになります。さらにいえば、ホールでの自然光は美しいものです。リアリティは常にホールの部屋の中にあったんです。
私たちは、どこが撮影に最適か、アイルランドの西部一帯を見て回りました。でも、実際のところ、リートリムがベストだったんです。物語が実際に起きたあの場所で、しかも本物だというだけでなく、実に何もない田舎だったために革新的な技術の影響もない。本当に寂れた所なんです。多くの人が職を求めて他の土地に移っていたため、撮影するのは本当に楽でした。リートリム以外のロケ地を探す理由は何もないと思えました。
映画『ジミー、野を駆ける伝説』より © Sixteen Jimmy Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Element Pictures, France 2 Cinéma,Channel Four Television Corporation, the British Film Institute and Bord Scannán na hÉireann/the Irish Film Board 2014
──地元の物語を貴方が語ることについて、地元ではどのような反応がありましたか?
これ以上ないくらいに歓迎してもらいました。本作には地元の若者が大勢出演したんですが、彼らの献身ぶりには目を見張るものがありました。すばらしかったのは、彼らは皮肉屋なんかではなく、とてもオープンな心の持ち主で、寛容でいて、間違いなく献身的でした。彼らにはとても驚かされ、その楽しんでいる姿に影響を受けました。
──最後に、果たしてジミー・グラルとは何者だったのでしょう?
実際の彼は、熱心な活動家でした。過去長きにわたって、私は労働組合や組織員、政治にどっぷり浸かっている人々にあってきました。政治に一度爪をかけられたら最後、もう離れることはできません。10年前に祖国を追われたジミーは1932年にアイルランドへと戻ったけれど、ホールを再開することは大きな決断でした。ホールが再開されると、連中は再びジミーの後をつけ狙うようになるでしょう。そして一旦狙われれば、故郷に留まるため政治を断念するか、昔と同様に大きな闘いと向き合わなければなりません。政府が変わったことで可能性が開けたという感触はあったものの、ジミーのような政治的感覚がある人には、デ・ヴァレラのような政治家は労働者の利益を裏切るだろうとわかっていたでしょう。ジミーは階級の苦悩を理解していたし、この問題を避ける術のないことも理解していた。だから母親と一緒に暮らし、農地の世話をするためにこの地へと戻ったジミーにとって、再び政治に身を投じるのは苦渋の決断だったわけです。20年もの旅の生活に疲れ切っていた彼に他の道があったでしょうか?もし政治的な人物であれば、他の選択肢はないんです。
(オフィシャル・インタビューより)
ケン・ローチ(Ken loach) プロフィール
1936年6月17日、イングランド中部・ウォリックシャー州生まれ。電気工の父と仕立屋の母を両親に持つ。高校卒業後に2年間の兵役についた後、オックスフォード大学に進学し法律を学ぶ。卒業後、劇団の演出補佐を経て、63年にBBCテレビの演出訓練生になり、翌年演出デビュー。67年に『夜空に星のあるように』で長編映画監督デビュー。2作目『ケス』(69)でカルロヴィヴァリ映画祭グランプリを受賞。その後、ほとんどの作品が世界三大映画祭等で高い評価を受け続けている。カンヌ国際映画祭では、『麦の穂をゆらす風』(06)がパルムドールを獲得し、国際批評家連盟賞を『Black Jack』(79/未)、『リフ・ラフ』(91)、『大地と自由』(95)が受賞、審査員賞には『ブラック・アジェンダ/隠された真相』(90/未/WOWOWにて放映)、『レイニング・ストーンズ』(93)、『天使の分け前』(12)が輝いている。
映画『ジミー、野を駆ける伝説』より © Sixteen Jimmy Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Element Pictures, France 2 Cinéma,Channel Four Television Corporation, the British Film Institute and Bord Scannán na hÉireann/the Irish Film Board 2014
映画『ジミー、野を駆ける伝説』
1月17日(土)より新宿ピカデリー&ヒューマントラストシネマ有楽町他にて全国公開
1932年、国を分断した悲劇的な内戦が終結してから10年後のアイルランド。アメリカで暮らしていた元活動家のジミー・グラルトンが、10年ぶりに祖国の地を踏み、リートリム州の故郷に帰って来た。かつて地域のリーダーとして絶大な信頼を集めたジミーは、気心の知れた仲間たちに歓待され、昔の恋人ウーナとも再会を果たす。ジミーの望みは、年老いた母親アリスの面倒を見ながら穏やかに生活すること。しかし、村の若者たちの訴えに衝き動かされ、内にくすぶる情熱を再燃させたジミーはホールの再開を決意し、仲間たちも協力を申し出る。かつてジミー自身が建設したそのホールは、人々が芸術やスポーツを学びながら人生を語らい、歌とダンスに熱中したかけがえのない場所だったのだ。やがてジミーの決断が、図らずもそれを快く思わない勢力との諍いを招いてしまい……。
監督:ケン・ローチ
出演:バリー・ウォード、シモーヌ・カービー、ジム・ノートン
製作:レベッカ・オブライエン
製作総指揮:アンドリュー・ロウ、パスカル・コーシュトゥー、グレゴリア・ソーラ、バンサン・マラバル
脚本:ポール・ラバーティ
撮影:ロビー・ライアン
美術:ファーガス・クレッグ
衣装:イマー・ニー・バルドウニグ
編集:ジョナサン・モリス
音楽:ジョージ・フェントン
原題:Jimmy's Hall
配給:ロングライド
2014年/イギリス=アイルランド=フランス/カラー/109分/1:1.85/ドルビーデジタル
公式サイト:http://www.jimmy-densetsu.jp/
公式Facebook:https://www.facebook.com/JimmyDensetsu
公式Twitter:https://twitter.com/Jimmy_Densetsu