映画『薄氷の殺人』より c2014 Jiangsu Omnijoi Movie Co., Ltd. / Boneyard Entertainment China (BEC) Ltd. (Hong Kong). All rights reserved.
2014年の第64回ベルリン国際映画祭でコンペティション部門の最高賞となる金熊賞と男優賞を受賞した中国のディアオ・イーナン監督の『薄氷の殺人』が1月10日(土)より公開となる。中国の地方都市を舞台に、1999年と2004年に発生した殺人事件それぞれに関わりを持つ若く美しい未亡人と、彼女を追う元警官の男との関係を、ミステリーというスタイルをとりながら、緊張感みなぎるシーンと幻想的な色彩により、斬新なビジュアルを生み出している。
今回は、ディアオ・イーナン監督によるインタビューを掲載する。
中国にはこんな現実離れをした場所がいくつもある
──あなたの脚本は実人生で起こったことに着想を得たのか、あるいは完全なフィクションなのでしょうか?物語の冒頭を、切断されたバラバラ死体で始めることにした理由は?
完全にフィクションである物語はほとんどないと思います。何かを作り出す時、心の片隅に埋められた実人生の欠片が、必然的に表に出てくる。どんな種類の芸術の制作過程も、記憶を作品に植え付ける作業だと言えるでしょう。
映画『薄氷の殺人』のディアオ・イーナン監督
今日の中国にはたくさんのことが起こっている。そのいくつかは、小説や映画よりはるかに不条理です。アーティストにとっては、作品の中で、自分が到達した真実とそういった現実の不条理を絡み合わせるのは珍しいことではありません。真実と不条理が絡み合う方法が、無限の可能性を開く。そこに引き付けられるし、とても魅力的だと思います。
一方で、私は常に、予測のつかない人間性に魅力を感じてきましたが、それはフィルム・ノワールに際立つ傾向にあります。残虐な暴力と夢のような行動のつながりに興味があるのです。死体を切断しバラバラにする行為、あるいはアイススケートの刃で誰かを殺す行為について、どんな人間ならば、それほど残虐な行為を犯すことができるのか?この映画はそういう考えを探究する道を与えてくれたのです。
映画『薄氷の殺人』より c2014 Jiangsu Omnijoi Movie Co., Ltd. / Boneyard Entertainment China (BEC) Ltd. (Hong Kong). All rights reserved.
──このバラバラ殺人事件には、中国の現在の世相が反映されているのでしょうか?
今の中国は、どこでこのような事件が起きてもまったく不思議ではありません。主人公の女性ウーは社会の底層で懸命に生きている。彼女の人生は悲劇と言えます。なぜこの悲劇が生まれてしまったのか?そこには残酷な現実が浮かび上がっています。この、なぜ?の部分が重要だと考えています。
ウーを巡る事件を通して伝えたかったのは、富裕層と貧しい人々との哀れな対比もあるし、性に対する混乱、性への欲求に歯止めが効かなくなった現実も、社会矛盾につながる、ということです。ある種の価値観、お金があれば何でもできるという価値観が現在の中国にはあり、それが問題だと感じています。
──映画の舞台を、洗練された大都市ではなく、地方都市に設定していますが、それはどうしてですか?
私は大都会よりも小さな町や辺ぴな場所が好きです。地方のほうが変化はゆっくりと起こるし、現在と過去の現実を共存させることができる空間なんです。それが記憶をもっと柔軟なものにし、言い換えるとそれがテーマを探求することをたやすくしてくれる。もしゴシック調のスリラーを作ろうと思ったなら、どこか退廃した、ミステリアスで荒れ果てた場所を選んだでしょう。でも私の実際の舞台設定は、小さな町の社会学とは何の関係もありません。私は恐ろしい殺人事件の物語を語っている。その真実を強調する設定が必要でした。私は事実の寄せ集めよりも、生命の本質的な力を選びました。中国には、私が必要とした、本質的に現実離れした性質をもつ場所がたくさんあります。選択肢がこんなにあるなんて、ラッキーだと思いますよ。
私自身は今作の舞台となるハルピンと同じ北方地区の西安という少し発展の遅れた町の出身です。はじめて、ハルピンに列車で着いた夜、町の小さな灯りやネオンサインがまたたいていたのを見て、この幻想的な灯りに心奪われて、ハルピンで撮ることを決意しました。
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──本作はサスペンスフルな映像美と感覚に溢れていますが、語りを省略したり、慎重にフレーム割りしたワイドアングルのショットを多用したりと、画一していない特徴もいくつか見られます。個人のスタイルと、ジャンルが要求するものとのバランスをどのようにとりましたか?
この映画を作る前に、『マルタの鷹』(41)について考え、『第三の男』(49)を何度か観直し、『黒い罠』(58)のオープニングでのオーソン・ウェルズの見事な長回しのテイクに注目しました。私は「そうだ、映画には幾通りもの表現方法がある。自分の直感に従って撮影するべきだ」と思いました。自分自身の方法で自分の考えを表現している限り、以前やったことを再現するようなことにはならないでしょう。
私は三脚を使い、長回しのドリーショットではなく、固定したフレームが好きです。そして、連続した動きを中断させる方法や、社会的な現実と超現実的なファンタジーの間のギャップを橋渡しする方法として暗転を使うのも好きです。そして、“論理的な”行動や、はっきりとした善悪の線引きや、明らかな動機をもつ簡単にわかってしまうキャラクターといった伝統的な表現方法を覆すのが好きなんです。
つまり、ジャンル映画であっても、自らの因習にとらわれてはならないということなんです。個人のスタイルは固定されない。個々の映画でそれぞれ持ち上がってくる選択肢や衝動が違うからです。映画を観ていると、何か説明のつかない、あるいは何が説明できて何ができないのかということの間にある緊張感を、観客は常に感じるはずです。この映画の私自身のスタイルが簡潔でパワフルなものであってほしい。そういう画一からの脱却が私の作戦の一つでもあるのです。
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石炭と氷、そして白昼の花火は同じコインの裏表
──警備員に格下げされ、警察の制服を失う主人公ジャンの運命は、あなたの監督デビュー作『Uniform』(03)を思い起こさせます。あの映画では、若者が警察官のフリをします。何かつながりはありますか?
私の描くキャラクターは全員、生きることと夢の狭間を彷徨っています。彼らの人生は危なっかしい。人生を欺いていると言ってもいい。私は彼らに大いに共感します。私は、彼らが自分で立ち上がる手助けをしようとしているです。それは私の演劇活動に内なる力を与えてくれるものでもあります。私にとって、彼らは分身のようであり、私の白昼夢を語る代弁者です。
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──監督はフィルム・ノワールというジャンルは元々好きだったのですか?それとも、社会の底辺で生きる人々を描くために、フィルム・ノワールという形を使ったのでしょうか?
もともとフィルム・ノワールやサイレント映画が好きでした。そして、出資者たちも、フィルム・ノワールというジャンルは商業的にも可能性があると感じていました。また、現在の中国で起きている実際の事件が、そのままハードボイルドな映画の題材になったのです。
様々なディテールは、私自身の色であり、通常のフィルム・ノワールと同じようにはしたくありませんでした。様々なカメラワークを取り入れ、型にはまらない作品にしたかった。それが、自分のスタイルとして確立すると思ったのです。私は長回しが好きなので、通常のノワールやサスペンス作品よりは、カット数が少ないと思います。
──監督は、チャン・イーモウやチェン・カイコーの世代より下の世代で、中国映画の歴史や流れを見て、ジャ・ジャンクーやユー・リクウァイたちと何か共通項を感じますか?
我々の世代である40代の監督たちは、上の世代と比べると、より現在の中国を撮っている。上の世代は、過去の中国や原作小説の世界を多く描いている印象だ。我々は今のリアルな中国、直面している現在の社会を映していることが共通点ではないでしょうか。
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──本作の中国語と英語のタイトルは異なっています。英語のタイトル『BLACK COAL, THIN ICE』は明らかに、二つのビジュアル的な動機:石炭(黒)と氷(白)を表しています。中国語のタイトル『白日焰火』は、意味は“白昼の花火”ですが、映画の中のあるシーンに関係し、特にこの映画の大半が夜を舞台にしていることで、さらに何かもっと比ゆ的なものを暗示しています。この二つのタイトルは映画の異なる側面を指摘しているのですか?
二つのタイトルの違いは、現実と夢の違いを表しています。石炭と氷は現実で、白昼の花火は現実離れしている。それらは同じコインの裏表なんです。黒い石炭はバラバラ死体が発見された場所で、白い氷は殺人が起こった場所で、それが一緒になって殺人事件の事実を浮き彫りにします。観る前の人にとっては、この英語のタイトルは鋭い対照を表しますが、映画を観た後では、その鋭さが何かほかのものと混ざり合い、事件と事実が合致することに気づくでしょう。その全てが映画の現実的側面を強調する手助けとなるのです。
“白昼の花火”はある意味ファンタジーです。それは、人々が自分の周りの辛い状況から自分を保護するために使う、ある種の精神的浄化なんです。このタイトルを使うことで、私は明らかに、今日の中国人がそういう浄化を極端に必要としていることを示唆しています。この映画を、ロマンチックな愛情というテーマに残酷なひねりを加える以外のどんな映画にもしたくなかった。ただ、強烈な印象を残したいと思ったのです。
(オフィシャル・インタビューより)
映画『薄氷の殺人』
1月10日(土)より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
映画『薄氷の殺人』より c2014 Jiangsu Omnijoi Movie Co., Ltd. / Boneyard Entertainment China (BEC) Ltd. (Hong Kong). All rights reserved.
1999年、中国の華北地方。6都市にまたがる15か所の石炭工場で、ひとりの男の切り刻まれた死体の断片が次々と発見された。2004年、5年前の異様な殺人を似通う、新たな連続バラバラ殺人事件が発生。私生活に問題を抱えた元刑事のジャンが独自の捜査に乗り出す。被害者たちは殺される直前、いずれも若く美しいウーという未亡人と親密な仲だった。それは単なる偶然なのか、それともウーは男を破滅に導く悪女なのか。そして、ジャンもまた、はからずも“疑惑の女”に心を奪われていく……。
監督/脚本:ディアオ・イーナン
製作:ヴィヴィアン・チュイ、ワン・チュアン
共同製作:シェン・ヤン
出演:リャオ・ファン、グイ・ルンメイ、ワン・シュエビン、ワン・ジンチュン、ユー・アイレイ
2014年/中国・香港/109分/カラー/アメリカンビスタ/原題:白日焰火/英題:BLACK COAL, THIN ICE/PG-12
配給:ブロードメディア・スタジオ
公式サイト:http://www.thin-ice-murder.com/
公式Facebook:https://www.facebook.com/pages/薄氷の殺人/757507520981150
公式Twitter:https://twitter.com/thin_ice_murder