骰子の眼

cinema

東京都 渋谷区

2015-01-08 16:23


人間の心のありようこそがミステリーなのだ!映画『二重生活』『薄氷の殺人』Wレビュー

音楽家・松本章が現代中国社会の歪みを投影した2作品を紹介
人間の心のありようこそがミステリーなのだ!映画『二重生活』『薄氷の殺人』Wレビュー
左:映画『二重生活』チラシ 右:映画『薄氷の殺人』チラシ

例年寝正月で正月ボケが酷すぎて悪い頭が余計に悪くなるので、ボケないように映画『薄氷の殺人』(ディアオ・イーナン監督作)を鑑賞したのです。

お話は、1999年に中国の地方都市(ちょっと田舎の街)でバラバラ殺人事件が起こる。刑事ジャン(リャオ・ファン)は、嫁に離婚届を突きつけられ、落ち込みながらも捜査をするが、容疑者の所に踏み込んだものの、突如銃撃戦になり同僚は死亡しジャンは病院送りになる。2004年、怪我のせいで警察を辞め、警備員になるが酒浸りの日々を送る。元同僚から5年前のバラバラ殺人に似た事件が起こっていると聞き、ジャンは独自で調査を開始する。被害者達は最初の事件で殺された男の若き未亡人ウー・ジージェン(グイ・ルンメイ)と親密な関係があり、謎が深まり、ジャンは疑惑の女に心を奪われていく。

映画『薄氷の殺人』より ©2014 Jiangsu Omnijoi Movie Co., Ltd. / Boneyard Entertainment China (BEC) Ltd. (Hong Kong). All rights reserved.
映画『薄氷の殺人』より ©2014 Jiangsu Omnijoi Movie Co., Ltd. / Boneyard Entertainment China (BEC) Ltd. (Hong Kong). All rights reserved.

ジャンルはミステリーだが、監督の独自の映像表現が貫かれている。地方都市の風景は面白くて、石炭発掘の現場の巨大なトラックと小さな人、スケート場は、懐かしい感じだが幻想的で夢のようなのです。あるモノを映して、突如カットインしてくるモノで現実的になったり、夢のようになったり、繊細な映像表現をコツコツ積み上げている映画なのでした。説明的な音楽、セリフはあまりなく、中盤から雪景色と夜が多いので、現実も幻想的に見えたのでした。ジャン役のリャオ・ファンは情けない元刑事役なのですが、自暴自棄の状態からがんばるのですが、がんばり方が内に秘められていて渋いと思ったのでした。この表情は、何を思ってるのだろう?ととても魅力のある演技なのでした。男前でないおっさんばかり(魅力的だが)の中、未亡人役のグイ・ルンメイは紅一点で、謎だらけで幸の薄い感じが魅力的なのでした。ラストシーンは詩的なのですが、不条理に対する叫び声に感じたのでした。

映画『薄氷の殺人』より ©2014 Jiangsu Omnijoi Movie Co., Ltd. / Boneyard Entertainment China (BEC) Ltd. (Hong Kong). All rights reserved.
映画『薄氷の殺人』より ©2014 Jiangsu Omnijoi Movie Co., Ltd. / Boneyard Entertainment China (BEC) Ltd. (Hong Kong). All rights reserved.

今年の生き方を考えていたら謎だらけになったので映画『二重生活』(ロウ・イエ監督作)を鑑賞したのです。

お話は、中国の湖北省の省都、武漢市(結構発展してる地方都市)で、男前の夫ヨンチャオ(チン・ハオ)と美人の嫁ルー・ジエ(ハオ・レイ)は、会社を共同経営していた。ルーは育児休暇中。幸せを絵に描いたような生活を送っている。ルーは幼稚園で友人になったサン・チー(チー・シー)に旦那が浮気してると相談を受けるが、ルーは夫ヨンチャオが女子大生と路上でキスをするのを目撃する。ルーがヨンチャオの携帯をみると出会い系サイトの履歴があり、調べていくと、ヨンチャオは友人のサン・チーの家に辿り着いた。女子大生は、車に撥ねられ死亡するが、検死の結果、交通事故ではなく、事故の前に頭部の打撲があり殺人事件が濃厚となる。携帯メールからヨンチャオが容疑者として浮かび上がる。

映画『二重生活』
映画『二重生活』より

中国の武漢はかなり栄えており、巨大なビル・橋・小さな雑居ビルなどごちゃまぜの都市で、ルーとヨンチャオが住む家は優雅なオシャレな家なのです。映画に使われる音楽もオシャレな感じなのです。まさに勝ち組な生活(もしかして中流階級なのかもしれないが)なのです。ヨンチャオの浮気の仕方はかなり学生っぽい軽い感じで、映画のタイトルにある二重生活がばれる所の修羅場は、かなりコント的で笑えたのでした。必死になりすぎると滑稽に見えてしまうのです。

カメラがほぼ手持ちで、ドキュメントっぽく見えるのでプライベートを生中継して覗き観ている感じがしたのです。自由な演技をカメラが手持ちで動いて捉えている感じなのです。

不幸なシーンでは、雨が大量に降っていて、演技の表情も雨に叩き付けられる事によって強化されているのかもです。監督は、浮気について悩む話をインターネットの中国のサイトで見つけ脚色して脚本にしたようで、現代中国社会の歪みを捉えているのです。二重生活という言葉がスタンダードになって、成功者のステータスになっていて、中流階級も「まーいいんじゃないの、私もやってみたい」と考え、あまり非難されないか、一人っ子政策のため、女子が生まれたら男子を生ませるのに別の女性に生ませるのかもしれない。

映画『二重生活』
映画『二重生活』より

ロウ・イエ監督は、2009年の『天安門、恋人たち』で表現が過激であったため中国政府から5年間映画制作を禁止されていたのです。海外資本で自由に映画を作る方法を選ばずに、今作は当局の検閲を受け作られたものだが、最小の自主規制をして作られたのです。それでも暴力シーンのカットの要請はあったようなのです。分かりやすい部分での批判はさけて、物語の底辺に現代中国社会への批判があったのでした。

ベートーベンの『第九』の使われ方はかなり皮肉なのですが、生きるために妥協し偽っていくのはある意味現実的なので残酷な表現になっている。特にラストは、美しくて、より残酷なのです。忘れられる弱者は多いのだろうし、そこが現実的であり残酷だったのです。監督の押し殺した叫びを聞いた感じがしたのです。

結論、中国の変わりゆく風景と文化、変わらない文化、その歪みをミステリーというジャンルで捉え、監督独自の表現をした作家主義的な両作品なのです。ディアオ・イーナン監督は、シネフィル的な映像で語りかけ、監督のイメージを丹念に表現し、淡々としているが様々な編集で様々な効果を生み出すトリッキーなアートな作品なのです。ロウ・イエ監督は、自由に手持ちのカメラで役者の自由な演技を自在に捉え、ドキドキもするし笑いもあり、ある意味下世話なテーマを中国社会の歪みという深いテーマまで突っ込んでいく尖った独自のバランスを持った娯楽作品なのでした。人間の心のありようがミステリーだなーと感じた両作品なのでした。

正月ボケにもならず、現実という絶望と不条理の悲哀を味わったので(それだけでなく笑える所もあった作品ですが)自らの夢の妄想で現実に負けないように、妄想し続けようと考えだして、自分で自分に疲れたので寝て、富士山の地下帝国に青木ヶ原の巨大な鷹を従え、黄金のなすびを見つける初夢をみるまで起きないと新年の抱負に決めました。

(文:松本章)



【映画『二重生活』を観て思い出したキーワード】
映画『ポゼッション』
映画『時計じかけのオレンジ』
映画『ゼロの焦点』

(松本章)



■松本章(まつもとあきら)プロフィール

1973年生まれ、大阪芸術大学映像学科卒。東京在住。熊切和嘉監督作品、山下敦弘初期作品の映画音楽を制作に係る。これまでに熊切和嘉監督『ノン子36歳(家事手伝い)』、内藤隆嗣監督『不灯港』、山崎裕監督『トルソ』、今泉力哉監督『こっぴどい猫』、内藤隆嗣監督『狼の生活』、吉田浩太監督『オチキ』『ちょっと可愛いアイアンメイデン』『女の穴』などの音楽を担当。
新たに音楽を手がけた吉田浩太監督の新作『スキマスキ』が2015年2月7日(土)より公開。




映画『薄氷の殺人』
1月10日(土)より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

1999年、中国の華北地方。6都市にまたがる15か所の石炭工場で、ひとりの男の切り刻まれた死体の断片が次々と発見された。2004年、5年前の異様な殺人を似通う、新たな連続バラバラ殺人事件が発生。私生活に問題を抱えた元刑事のジャンが独自の捜査に乗り出す。被害者たちは殺される直前、いずれも若く美しいウーという未亡人と親密な仲だった。それは単なる偶然なのか、それともウーは男を破滅に導く悪女なのか。そして、ジャンもまた、はからずも“疑惑の女”に心を奪われていく……。

監督/脚本:ディアオ・イーナン
製作:ヴィヴィアン・チュイ、ワン・チュアン
共同製作:シェン・ヤン
出演:リャオ・ファン、グイ・ルンメイ、ワン・シュエビン、ワン・ジンチュン、ユー・アイレイ
配給:ブロードメディア・スタジオ
2014年/中国・香港/109分/カラー/アメリカンビスタ/原題:白日焰火/英題:BLACK COAL, THIN ICE/PG-12

公式サイト:http://www.thin-ice-murder.com/
公式Facebook:https://www.facebook.com/pages/薄氷の殺人/757507520981150
公式Twitter:https://twitter.com/thin_ice_murder




映画『二重生活』
1月24日(土)より、新宿K's cinema、渋谷アップリンクほか全国順次公開

優しい夫と可愛い娘。夫婦で共同経営する会社も好調で、なにも不自由のない満ち足りた生活を送る女ルー・ジエ。愛人として息子と慎ましく生活しながらも、いつかは本妻に、と願う女サン・チー。流されるまま二人の女性とそれぞれの家庭を作り、二つの家庭で生活する男ヨンチャオ。いびつながらも平穏に見えたそれぞれの日常は、ほんの少しの出来事でいとも簡単に崩壊し、その事件は起きた。「二重生活」が原因で巻き起こる事件、さらにそれが新たな事件を生み、事態は複雑になっていく。

監督、脚本:ロウ・イエ
脚本:メイ・フォン、ユ・ファン
撮影:ツアン・チアン
編集:シモン・ジャケ
音楽:ペイマン・ヤズダニアン
出演:ハオ・レイ、チン・ハオ、チー・シー、ズー・フォン、ジョウ・イエワン、チャン・ファンユアン、チュー・イン
配給・宣伝:アップリンク
2012年/中国、フランス/98分/1:1.85/DCP

公式サイト:https://www.facebook.com/nijyuu
公式Facebook:https://www.facebook.com/pages/薄氷の殺人/757507520981150
公式Twitter:https://twitter.com/nijyuu_jp




▼映画『薄氷の殺人』予告編

▼映画『二重生活』予告編

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