骰子の眼

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東京都 新宿区

2014-11-25 21:15


「性器とはすなわち家族である」鬼才キム・ギドクが挑む解決なき問題

「お客様は王様です」という言葉は映画には合いません。娯楽映画はそれでも良いですが。
「性器とはすなわち家族である」鬼才キム・ギドクが挑む解決なき問題
映画『メビウス』より ©2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

キム・ギドク監督の『メビウス』が12月6日(土)より公開される。これまでもギドク作品に出演してきたチョ・ジェヒョンを主演に迎え、ある上流家庭の壮絶な人間関係を全編セリフなしで描いている。浮気を続ける夫、夫への嫉妬に狂い息子の性器を切断する妻、性器を失い生きる自信をもなくした息子という3人の狂気と欲望をどのように演出したのか。今回webDICEではキム・ギドク監督のインタビューを掲載する。

欲望には人それぞれの形がある

──『メビウス』の構想はどこから生まれたのでしょうか?

私自身性的欲望が強い人間です。どうしてこのような欲望を持って生まれ持ってしまったのかと葛藤します。性的欲望を満たすには相手が必要です。愛してもいないのに欲望だけが先走ってしまうし、愛してもいない相手と欲望を満たそうとすると嫌な気持ちになります。であれば、お金を利用した方がよいかというと、それも罪悪感を感じてしまう。本質的な欲望はずっと消えませんが、欲望を持ってしまった私が悪いのか、人間の遺伝子レベルの話なのだろうか、もしくは私の人格に問題があるのか。それとも動物としての問題なのか……いろいろな疑問が浮かび、それらを率直に映画の中に投げかけよう、そういう発想から『メビウス』の構想は生まれました。

『メビウス』キム・ギドク監督
映画『メビウス』のキム・ギドク監督

そして、今まで多くの映画が欲望を描いてきましたが、私の今回の映画では性器を登場させて人間の欲望について語ってみたかったのです。私の考えでは、性器とはすなわち家族である。そして家族とはすなわち欲望である、そんな思いになりました。性器と家族と欲望はメビウスの輪のようにひとつに繋がっているのではないかというそんな思いから、今作を完成させました。

欲望には、人それぞれの形があり、それを我慢できる人とできない人がいます。しかし、我慢できないからといって非難してはいけない。私は男として欲望が強いので、映画を通して世の中に問いかけをしたいと思ったのです。

──この『メビウス』、そして女子高生を殺害した男たちを謎の集団が拷問していくという筋書きの次作『One On One』など、自国で公開できないタブーを題材に挑んできました。現在の韓国の上映システムについてどのように感じていますか?

韓国では映画館にかけることについて規則があります。メジャー配給、出資がなければいけない、有名な俳優が出ていなければならない、マーケティング費用がなければいけない、それから映画館を300館以上押さえないといけない、これらの条件を満たさないとなかなか上映することは難しい。個人的にそれをやろうとすると無条件で赤字になってしまいます。韓国のメジャーの会社は映画館を握っています。『嘆きのピエタ』は韓国内で上映が厳しかったが、ヴェネチア映画祭で賞を獲って一気に観客が増え、もう少し長く上映したかったのですが、翌週に『王になった男』が1週繰り上げで上映になってしまい、映画館を明け渡さなければならなくなってしまったんです。結果的に、かなりの損益が出てしまいました。

映画『メビウス』より
映画『メビウス』より ©2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

人間の全てがメビウスに象徴されている

──『メビウス』のタイトルに込めた真意は?

メビウスの輪はドイツの数学者が発見したものです。1ヵ所をねじっただけなのに、永遠に繰り返す構造になる。非常に複雑でありながら単純で、永遠に解けない謎のようなところがあり、人間の存在意義を説明するのにぴったりなものだと思ったのです。まるで昼と夜がひとつに繋がっているような意味が含まれ、具象と抽象がひとつに繋がっているという側面もあり、性欲、家族といった人間にまつわる深い構造を説明できると思ったのです。全てのことがメビウスに象徴されている気がしました。

道徳的に誤っていると言われていることが、動物的にみたら誤っていないということがあると思います。人間の欲望は明らかに存在しているのだが、行政によってそれが抑圧されている。例えば「子どもは成人映画を観てはいけない」「子どもはセックスをしてはいけない」、これは大人が決めたことであって、子どもは好奇心があれば本当はしてもいいと思います。大人の論理では子どもがそんなことをしたら混乱が起きるから避けましょうということで、子どもを守るという名目で行政が規制しているだけに過ぎないのです。誤っていると思われることが正しいことかもしれない。正しいと思っていることが誤っているかもしれない。善だと思っていたものが悪かもしれない。世の中のそうした減少をメビウスの輪という言葉で表現できると考えました。

映画『メビウス』より
映画『メビウス』より ©2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

──あなたは脚本家として映画のキャリアをスタートしています。映画制作にあたりシナリオは最も重要なものでしょうか?

最近は、アクションだけをメインにした作品や、俳優が出て来て格好よくワンシーンだけ笑ったりする作品など、スタイルだけを重視した映画が多くなっている気がします。私にとっては映画=シナリオ。トレンドを追う、流行にまどわせされることなく、むしろ流行を避けるようにして映画を撮りたい気持ちが強いのです。流行を追う作品は娯楽にしかなりませんが、私にとって映画は独創的なもの、自分なりに新しいものをつくることだと思っています。しかし、その作業は難しく、多くの経験、そして忍耐力が必要です。私にとってはシナリオを書くことは自分との大きな闘いです。自問自答することが多く、そのシナリオで良いかどうかの最終判断はもちろん自分自身です。私にとってシナリオは、人間に解けない秘密をとくもので、そこにはいかに新しいものを書けるかという闘いが常にあります。

韓国では作り手が観客の水準を上げようとせず、世間の評判に惑わされてしまうことが少なくありません。観客目線に合わせてしまい、レベルを下げたものを妥協して作ってしまうのです。「お客様は王様です」という言葉は映画には合いません。娯楽映画はそれでも良いですが、本当に映画を撮りたいと思うのであれば。そういった誘惑には負けてはいけません。私ももちろん評価は気になりますし、侮辱的なことも言われます。しかし、そういった意見に合わせることはせず、自分はまだ他の人に作れない作品を作っていると思う事はできるのです。

映画『メビウス』より
映画『メビウス』より ©2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

──撮影期間はどのくらいだったのでしょうか?

今回は家を一軒借りて撮影しました。その他屋台が少しでてきましたが、撮影場所はそこまで多くなかったですね。いつも撮影するときのメインの場所を決めて、その周辺で撮影をするようにしています。全部で6回、6日間で行いました。私にとってその6日間は600日くらいの感覚がありました。本当にストレスがたくさん溜まりましたし、肉体的にも精神的にも辛かった。なにより映画を撮るには資金が必要です。『メビウス』には有名なスターが出ているわけでもありませんし、メジャーの配給会社から配給されているわけでもありません。常にこの映画を果たして人に観てもらえるのだろうか、という不安を抱えながら撮っていました。私自身で制作費を捻出しなくてはならなかったのでなおさら大変でした。今作の制作は、自分に対する挑戦でもあったのです。

──映画が完成して、監督の悩みは解決しましたか?

『メビウス』を通して、私の性に関する悩みに関しては、結局解決しませんでした。これからも大きな宿題ですね。この作品で語ったように、人はどうすれば欲から自由になるのかという問題は私だけでなく、観客のみなさんも死ぬまで抱える解決できない問題だと思います。でもそういった葛藤や悩みがあるからこそ、人間なのではないかと思います。

(オフィシャル・インタビューより)



キム・ギドク(KIM Ki-duk)プロフィール

農業学校に進学後、20歳で軍隊に志願。海兵隊として5年間を過ごす。除隊後には夜間の神学校に通い、牧師を目指す中、絵画制作に没頭する。30歳でパリへと渡り、路上画家として3年間を過ごす。93年に映画という映像表現の世界へと飛び込む。脚本からとりかかり、「画家と死刑囚」で同年映像作家教育院創作大賞を受賞。その後、映画会社の専属脚本家として勤め、フリーに転身。『鰐~ワニ~』(96)で監督デビューを果たす。低予算、短期間、さらには出演者も絞り、ストーリーは暴力性、偏愛と社会風刺を合わせた唯一無二の作風をもつ。激しい性描写や暴力描写で韓国では都度、物議を醸しているが、海外の映画祭では数々の受賞を重ねている。2004年『サマリア』でベルリン映画祭銀熊賞(監督賞)、同年『うつせみ』でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)、2011年『アリラン』でカンヌ国際映画祭「ある視点」賞、そして2012年『嘆きのピエタ』ではヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞している。 次の監督作は、長編20作目となる政治事件をモチーフにした群像劇『One On One』(14)。若手監督排出にも意欲的で、チャン・フン監督の『映画は映画だ』(08/製作、原案)、チョン・ジェホン監督の『ビューティフル』(07/未/製作、原案)、同監督作『プンサンケ』(11/脚本、製作)、イ・ジュヒョン監督作『レッド・ファミリー』(13/製作、脚本、編集)、シン・ヨンシク監督作『俳優は俳優だ』(13/製作、脚本)など脚本や製作で加わった作品が多数ある。




映画『メビウス』より
映画『メビウス』より ©2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

映画『メビウス』
12月6日(土)より新宿シネマカリテほか全国公開

父・母・息子の3人が暮らす上流家庭。家族としての関係は冷え切っていた。ある日、近くに住む女との不貞に気づき、嫉妬に狂った妻は、夫の性器を切り取ろうとする。しかしあえなく失敗し、矛先を息子に向ける。妻はそのまま家を出ていき、夫と息子は取り残される。性器を切り取られてしまった息子は絶頂に達することを知らずに生きていくのか。なくしたことで虐められ、生きて行く自信をもなくした息子。罪悪感に苛まれる父はそれでも絶頂に達することができる“ある方法”を発見する。それを息子に教えることで、再び関係を築いていく。だが、そこに家を出ていた妻が戻り、家族はさらなる破滅への道をたどり始める。

監督・脚本・撮影:キム・ギドク
出演:チョ・ジェヒョン、ソ・ヨンジュ、イ・ウヌ
製作総指揮:キム・ギドク、キム・ウテク
製作:キム・スンモ
照明:ムン・サンウォン
美術:ホン・ジ
音響:イ・スンヨプ
音楽:パク・インヨン
編集:キム・ギドク
視覚効果:イム・ジョンフン
衣装:イ・ジンスク
配給:武蔵野エンタテインメント
提供:キングレコード
2013年/韓国/89分/DCP/R18

公式サイト:http://moebius-movie.jp/
公式Facebook:https://www.facebook.com/moebius.jp
公式Twitter:https://twitter.com/moebius_movie

▼映画『メビウス』予告編

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