骰子の眼

cinema

2014-10-30 13:50


グザヴィエ・ドランが「世界一の映画音楽作曲家に」とG.ヤレドに依頼したサントラ

ロマンティック・パニック映画としての『トム・アット・ザ・ファーム』
グザヴィエ・ドランが「世界一の映画音楽作曲家に」とG.ヤレドに依頼したサントラ
映画『トム・アット・ザ・ファーム』より

先週土曜日(10月25日)から公開が始まったグザヴィエ・ドラン監督『トム・アット・ザ・ファーム』

かねてからドランは「音楽は観客との究極の対話」と語り、前3作(『マイマザー/青春の傷口』『胸騒ぎの恋人』『わたしはロランス』)にも音楽への並々ならぬこだわりがうかがえるが、初の原作をもとにしたサスペンスドラマである今作では、音楽面でも作曲家に依頼するという新たな試みを行なっている。

ドランの「できることなら、世界一の作曲家に依頼したい」という希望で、『勝手に逃げろ/人生』『ベティ・ブルー』『イングリッシュ・ペイシェント』をはじめ数多の映画音楽を手がける巨匠ガブリエル・ヤレドに託された。

連載第4回となる今回は、映画音楽専門家の馬場敏裕さんによる、ドラン作品の音楽に関する解説を掲載する。

連載第1回のドランによる原作との出会についてのテキストと、第2回のミシェル・マルク・ブシャールによる物語解説、第3回のカナダ文学専門家・佐藤アヤ子さんによる本作の舞台であるケベック州についてのテキストも、ぜひあわせてお読み下さい。




物語の意図を明確化したガブリエル・ヤレドのサウンド
文/馬場敏裕
(タワーレコード・オンライン サウンドトラック担当)

 『トム・アット・ザ・ファーム』は、グザヴィエ・ドランの監督作品で、初めて、サウンドトラック盤が発売された作品である。その点からも、それまでの三作品とは異なった、〈作品と自分の距離の取り方〉をドランが行った作品といえるが、大きな点で2 つ、ドランの新しい試みがある。
 ひとつは、それまでの、印象的な人生のあるシーンをコレクションして、人間模様の物語を紡ぐスタイルではなく、ひとりの青年が遭遇する恐るべき体験についてのみに絞ってストイックなストーリーテリングでドラマを進行させるという、ミステリー・サスペンスの語り口への挑戦であり、もう一点は、印象的な場面の中で、まるでそのシーンの登場人物たちの脳裏にも、同じ曲がかかっているに違いない、と思わせるほどのタイミングで、ポップス、ロックの名曲や、クラシックの一節が流れたりするスタイル、あの、一種ドラン映画のトレードマーク的なスタイルを抑制していることである。 

映画『トム・アット・ザ・ファーム』
映画『トム・アット・ザ・ファーム』より

 

 スペインのカルテット・レコーズから発売されたサウンドトラック盤のライナーノーツ中のドランの文面によると、当初、ラジオやバーでポップ・サウンドを流す以外のシーンには音楽は入れない考えだったようである。が、シーンをサスペンスフルに意味づける、〈ストリングスを中心としたスコア〉は、それが配置されることで、物語の興味は整理され、観客は〈青年が巻き込まれてしまった謎〉に集中して作品を追うことが可能になる、という役割をつとめている。この物語をどんなジャンルとして見てほしいか、というメッセージは、前半に用意された、サスペンス映画史に残る有名なシーンを想起させる箇所によって明示され、そこから、観客は、そのジャンルの映画として本作の世界にのめりこんでいくことを決心するのだ。
 さて、映画音楽にも関心深いファンは、今回の音楽を依頼されたガブリエル・ヤレドの名を聞いて、どの作品を思い出されるだろう。『ベティ・ブルー』か『カミーユ・クローデル』か。
 ドランは、この作品の次作『Mommy』で、今年(2014年)のカンヌ国際映画祭の審査員賞を受賞したが、この時に同時受賞した監督がいる。ジャン=リュック・ゴダールである。

映画『トム・アット・ザ・ファーム』
映画『トム・アット・ザ・ファーム』より ©Clara Palardy

 単なる縁だけではきっとないだろう、と思ったことがある。それは、ヤレドの映画音楽デビュー作こそが、唯一のゴダールとの仕事である『勝手に逃げろ/人生』である、ということだ。そこでは、ヤレドは、その後の自身の代表的な作風として認識される流麗なオーケストラのサウンドではなく、アヴァンギャルドで、メロディアスではないエレクトロを展開したのだった。
 先述のサントラのライナーにおいて、ドランは、ヤレドによる、今回の音楽的解釈として、「ロマンティック・パニック」という表現を使っている。すでに不在の男をめぐって、エスカレートした愛情が引き起こすパニック、それが今作と考えた場合、そのドラマはジャンルとしてありうるひとつのパターンである。ヤレドのフィルモグラフィを追う限り、そのドラマのパターンは、ヤレドの得意ジャンルであることに気づかされる。それが「ロマンティック・パニック」である。先述の『カミーユ・クローデル』『ベティ・ブルー』しかり、他の代表作と記憶される多くは、行き過ぎた愛が引き起こす悲劇の物語なのだ。ヤレドのサウンドによって、一層、この物語の意図は明確化されたといっていいだろう。

映画『トム・アット・ザ・ファーム』
映画『トム・アット・ザ・ファーム』より

 ところで、ドランの選曲の妙は、前半で選曲された2 曲で楽しむことができる。冒頭、クルマを走らせながら、おそらく自身も口ずさんでいると思われる描写で流れるのは、1968年の映画『華麗なる賭け』の主題歌「風のささやき」(ミシェル・ルグラン作曲。歌唱はノエル・ハリソン)。オリジナルは英語詞だが、フランス語でカナダの女優カトリーヌ・フォルタンが歌っている。また、葬儀の際に流れるポップソングはロビン・ベックの1989年のヒット曲「ティアーズ・イン・ザ・レイン」。ケベックの男性シンガー、マリオ・ペルシャが歌っているが、こちらもオリジナルが英語のところをフランス語詞に換えている。
 前述の、登場人物の心の中で流れているようなポップソングの手法は、ラストで使われる。英語詞で、ルーファス・ウェインライト(※)の2007年のアルバム『リリース・ザ・スターズ』からの「ゴーイング・トゥ・ア・タウン」である。

映画『トム・アット・ザ・ファーム』
映画『トム・アット・ザ・ファーム』より

 主人公の青年が、自分を見失わざるを得ない状況に陥っている時間には、ポップソングは流れない。ポップソングは、〈心のよりどころ〉としてラストで流れる。それは、〈監督としてのドラン〉の、今までにない〈サスペンスに満ちたエキサイティングな実験〉から、まさに〈わが街〉に戻った安堵とも取れるのだ。
 余談。ガブリエル・ヤレドの代表作『カミーユ・クローデル』が製作されたのは1988 年。翌年1989 年にグザヴィエ・ドランは生まれている。

※Rufus Wainwright:1973 年、米国ニューヨーク州生まれ。3歳の時、両親の離婚により母親とカナダのケベック州モントリオールに引っ越し、幼少時代を過ごす。米国とカナダの二重国籍を持つ。2012 年にドイツの芸術家ヨルン・ヴァイスブロットと同性結婚している。


映画『トム・アット・ザ・ファーム』
2014年10月24日(土)より全国順次公開

恋人のギョームを亡くし悲しみの中にいるトムは、葬儀に出席するために彼の故郷へ向かうが…。隠された過去、罪悪感と暴力、危ういバランスで保たれる関係、閉塞的な土地で静かに狂っていく日常。現代カナダ演劇界を代表する劇作家ミシェル・マルク・ブシャールの同名戯曲の映画化で、ケベック州の雄大な田園地帯を舞台に、一瞬たりとも目を離すことのできないテンションで描き切る、息の詰まるような愛のサイコ・サスペンス。

監督・脚本・編集・衣装:グザヴィエ・ドラン
原作・脚本:ミシェル・マルク・ブシャール
撮影:アンドレ・テュルパン
オリジナル楽曲:ガブリエル・ヤレド
出演:グザヴィエ・ドラン、ピエール=イヴ・カルディナル、リズ・ロワ、エヴリーヌ・ブロシュ、マニュエル・タドロス、ジャック・ラヴァレー、アン・キャロン
公式サイト




映画『トム・アット・ザ・ファーム』

映画『トム・アット・ザ・ファーム』
オリジナル・サウンドトラックCD

作曲:ガブリエル・ヤレド
発売日:2014/03/20
製造国:スペイン(輸入盤)
レーベル:Quartet Records
規格品番:QR144

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