骰子の眼

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東京都 中央区

2014-10-16 16:30


フィリップ・シーモア・ホフマンが全身全霊で挑んだ最後の主演作『誰よりも狙われた男』

『裏切りのサーカス』ジョン・ル・カレの原作を映画化したアントン・コービン監督による追悼文
フィリップ・シーモア・ホフマンが全身全霊で挑んだ最後の主演作『誰よりも狙われた男』
映画『誰よりも狙われた男』より、主演のフィリップ・シーモア・ホフマン © A Most Wanted Man Limited / Amusement Park Film GmbH © Kerry Brown

2014年2月2日、ニューヨークの自宅で46歳の若さで亡くなったフィリップ・シーモア・ホフマンの最後の主演作『誰よりも狙われた男』が10月17日(金)より公開される。『裏切りのサーカス』のジョン・ル・カレによる原作を『コントロール』『ラスト・ターゲット』のアントン・コービンが映画化。ジョン・ル・カレは製作総指揮も担当している。

今作は9.11から10年以上後のドイツ・ハンブルクが舞台。ドイツ諜報部のレーダーに引っかからないように目立たず仕事をする、秘密のテロ対策チームのリーダー・ギュンターをホフマンが演じ、密入国をしたイスラム過激派として国際指名手配されていた青年を軸に、ドイツ国内の諜報機関との諜報戦をリアルに描き出している。

今回は、アントン・コービン監督がフィリップ・シーモア・ホフマンに寄せた追悼文を掲載する。

彼は巨人だった──アントン・コービン

フィリップの偉業を振り返る時、その領域と深さに圧倒され、どこから話せばいいのかさえ分からない。僕が考えうる限りにおいて、彼は最高の性格俳優だった。彼が演じた比較的小さな役柄だけを見ても、その演技は、彼と同時期の俳優たちを圧倒し抜きん出ている。彼の強みは、役に完全に入り込むこと、そして虚栄心の無さにある。同時に、彼は自らが愛したものさえ嫌った。呪われてでもいるかのように。演技を越えて、彼は自らを粉々に砕くことさえ厭わなかったのだ。

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『誰よりも狙われた男』のアントン・コービン監督

彼と最初に出会ったのは、2011年ニューヨークで「VOGUE」のために一緒に写真撮影をした時だった。スタッフがホテルの隣室で彼のズボンを直している時間を利用して、僕たちはこの映画について話し合った。彼は、もちろん下着姿で座っていたが、一見愚かしく思えるような状況にも集中力を削がれることがない。仕事に対して常に真剣だった。

撮影初期、僕は監督としての未熟さもあって、俳優から引き出したいことを俳優たちが使い慣れている言葉で伝えることができなかった。だが、撮影が徐々に流れ始めると、フィリップに対して演出する必要はなくなっていった。彼がバッハマンのキャラクターに完全に入り込んでいたからだ。撮影が終わったあと、家に戻って僕にくれるEメールにも彼は“ギュンター”と署名していたよ。

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映画『誰よりも狙われた男』より © A Most Wanted Man Limited / Amusement Park Film GmbH © Kerry Brown

彼のキャラクターは、ニーナ・ホスやダニエル・ブリュールたちが演じる若いチームメンバーのまとめ役だが、彼自身、撮影中もオフのときも、皆の良き先輩だった。彼らを守り、俳優としてのアドバイスや励ましを与えていた。だが、俳優たちと私的な行動を共にすることはなかった。映画で演じるキャラクターと同じく、彼にはそういう時間がなかったからだ。

夜、僕たちは次のシーンや、そのシーンでやろうとしていることについてEメールで意見交換した。彼は、キャラクターや映画全体について信じられないほど素晴らしい解釈をしていたし、それを分かち合えることは僕にとって最高の経験だった。最終的には、多くの事柄について絆を築いた。音楽もその一つだ。この映画で僕が使いたい曲をテープにまとめると、彼はそれをとても気に入ってくれた。特に、トム・ウェイツの「Hoist That Rag」は、彼が最近よく聴いていた曲だった。

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映画『誰よりも狙われた男』より © A Most Wanted Man Limited / Amusement Park Film GmbH © Kerry Brown

昨年の夏、フィリップと僕はそれぞれのパートナー、ミミとニミと一緒にディナーをした。彼は一緒にいて素晴らしい精神を分かち合える良き友だった。想像できるあらゆる意味において、彼は巨人だった。彼の死は、映画界にとって、そして偉大なる芸術を愛する者たちにとってのみならず、人類全体にとって大きな損失となるだろう。彼は200%人間だった。苦闘し欠点をもつ人間。だが、そこから偉大なる芸術が生まれるのだと、僕は信じたい。

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映画『誰よりも狙われた男』より © A Most Wanted Man Limited / Amusement Park Film GmbH © Kerry Brown

文章では、彼の良さを十分伝えられそうにないが、僕たちが作った映画の中で、僕は彼を正当に評価できたと思いたい。この映画の彼は際立っている。彼はこの映画を本当に誇りにしていたことを僕は知っている。それに、2週間前に会ったとき、もう一度仕事をしようと話し合った。彼はこう言った、「僕たちで、もう一度別の映画を撮ろう。今はもっと互いのことが分かるし、一緒なら揺るぎない良い戦いができそうだ。ワクワクするよ!」

ああ、それはもう叶わない。そう思うと、この映画の最後を観るのがとても辛い。

(2014年2月3日号「the guardian」抜粋 プレスより引用)



アントン・コービン ANTON CORBIJN プロフィール

1955年5月20日、オランダ・南ホラント州ストライエン生まれ。実力派の写真家、舞台デザイナー、アートおよびミュージックビデオの監督として、幅広く活躍。写真家として15冊を超える本を出版し、大きな展覧会も美術館で開いている。デペッシュ・モード、U2、トム・ウェイツとの長きに渡る関係でよく知られており、マイルス・デイヴィス、ゲルハルト・リヒター、パティ・スミス、ケイト・モス、ルシアン・フロイド、フランク・シナトラ、ダミアン・ハースト、そしてキャプテン・ビーフハートなど、多彩な人々と仕事をしている。映画監督しては、イアン・カーティスの伝記映画『コントロール』(07)、ヨーロッパの殺し屋を描いたジョージ・クルーニー主演のサスペンススリラー『ラスト・ターゲット』(10)で監督を務めた。待機作は、Life誌のためにジェームズ・ディーンの写真を撮るよう命ぜられた写真家デニス・ストックを描いた『Life』(15)がある。




誰よりも狙われた男■サブ①
映画『誰よりも狙われた男』より © A Most Wanted Man Limited / Amusement Park Film GmbH © Kerry Brown

映画『誰よりも狙われた男』
10月17日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

ドイツのハンブルク。テロ対策のスパイチームを率いるギュンター・バッハマンは、密入国したひとりの若者に目をつける。彼の名はイッサといい、イスラム過激派として国際指名手配されていた。イッサは人権団体の弁護士アナベル・リヒターを介して、銀行家のトミー・ブルーと接触。彼の経営する銀行に、イッサの目的とする秘密口座が存在しているらしい。一方、CIAの介入も得たドイツの諜報界はイッサを逮捕しようと迫っていた。しかしバッハマンはイッサをあえて泳がせ、彼を利用することで“ある大物”を狙おうとしていた。そして命をかけてイッサを救おうとするアナベルと、彼女に惹かれるブルーも、バッハマンのチームと共に闇の中に巻き込まれていく……。

監督:アントン・コービン
出演:フィリップ・シーモア・ホフマン、レイチェル・マクアダムス、グレゴリー・ドブリギン、ウィレム・デフォー、ロビン・ライト、ホマユン・エルシャディ、ニーナ・ホス、ダニエル・ブリュール、マハディ・ザハビ
製作:スティーヴン・コーンウェル、ゲイル・イーガン、マルテ・グルナート、サイモン・コーンウェル、アンドレア・カルダーウッド
製作総指揮:ジョン・ル・カレ、テッサ・ロス、サム・イングルバート、ウィリアム・D・ジョンソン
脚本:アンドリュー・ボーヴェル
原作:ジョン・ル・カレ
撮影:ブノワ・ドゥローム
編集:クレア・シンプソン
2014年/アメリカ・イギリス・ドイツ/英語/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/122分
原題:A MOST WANTED MAN
配給:プレシディオ
協力:TCエンタテインメント

公式サイト:http://www.nerawareta-otoko.jp
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▼映画『誰よりも狙われた男』予告編

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