新宿御苑からほど近い「ラミュゼ ラ・ケヤキ」にて、服部みれいさん(左)と『聖者たちの食卓』フィリップ・ウィチュス監督(右)
9月27日(土)から公開される異色のドキュメンタリー映画『聖者たちの食卓』のフィリップ・ウィチュス監督が来日した。蝉が大声で合唱し、濃い緑溢れる「ラミュゼ ラ・ケヤキ」にて、『murmur magazine』編集長であり文筆家の服部みれいさんとの対談が行われた。エコ・カルチャー・マガジン『murmur magazine』や著作の中で、環境にも人にもやさしいファッションや、ライフスタイルを紹介し、若い女性から圧倒的な支持を集めている服部さん。3.11以降、食べものが自分の食卓までどのように届けられるのか、食事がどんな思いで作られているか、ますます食の重要性を感じているという。無料で10万食を振る舞う黄金寺院のキッチンを追った本作にインスパイアされ、安全でおいしい無農薬野菜を使い、こどもが安心して楽しくご飯が食べられる「こども食堂」を1日限定でオープンする。予約は即日満席となった人気ぶり。その経緯と、本作で描かれる黄金寺院のキッチンの裏話、シェフでもある監督の得意料理から、“食卓を囲む”ということ、さらに“食べる”という必然的な行為について、幅広く語りあってもらった。
私は映画を観て、ほんとうにチャパティを焼く係になりたいと思いました(笑)。食器を投げているのもすごくきれいで感動しました。(服部みれい)
服部みれい(以下、服部):最初に、この映画に登場するハリマンディル・サーヒブ(黄金寺院)で初めて食事をしたときのことを教えてください。監督にとってどのような体験でしたか?
フィリップ・ウィチュス監督(以下、ウィチュス):まず、その日はすごくお腹が空いていたので、夢中で食べました(笑)。最初はチャイとチャパティをいただきましたが、とてもおいしかったのを覚えています。すごく寒かった日でしたが、体の芯から温まりました。寺院ではいつも気候に合ったものを出すようにしていますので、とても寒い日には、あたたかいお茶をたくさん出す、そういうことが考えられているのです。
服部:黄金寺院のボランティアは1回300人くらいということですが、毎回人が入れ替わるのでしょうか、それとも同じ人が作っているのでしょうか?
ウィチュス:300人というのは1日の平均です。夜はずっとスローになるので人数も減ってきますし、時間帯によっても変わってきますが、基本的に300人くらいが野菜の皮を剥いたり働きます。
服部:それは志願してボランティアをするものなのでしょうか?
ウィチュス:いわゆる責任者がいて、その下にいるサブ的な人が奉仕者の配置を考えています。それはターバンの色で分かるようになっているんです。紺色のターバンを巻いている人が地位の高い人で、オレンジ色の人が長く働いている人です。彼らに「どの仕事をしたらいいか」と聞くと「チャパティ担当」などグループ分けされているので、指示されて配置されていきます。
映画『聖者たちの食卓』より
服部:私は映画を観て、ほんとうにチャパティを焼く係になりたいと思いました(笑)。投げているのもすごくきれいで感動しました。お皿を洗っているところもすごく面白かったです。
ウィチュス:まさに舞踏のようですよね。
服部:大勢で食べるということには、なにか宗教的な意味合いがあるのでしょうか?
ウィチュス:全ての人が平等に食べるということは、シク教の教えの根幹の部分です。シク教の思想を最初に提唱したのはグル・ナーナクという教祖です。「腹が減っては戦は出来ぬ」ではないですけれど、空腹の状態でお祈りなんかできない、ということで、シク教の行いの重要な要素としてこうした食事の提供が行われています。
服部:あの食材は協力者から提供されるのでしょうか、それとも買っているのでしょうか?
ウィチュス:野菜は基本的に寺院が持っている近くの畑から運ばれてくるものと、それだけでは足りないので、地元の市場で買ってきています。乳製品は会社のオーナーがお布施として提供してくれます。小麦とお米に関しては、寄付されたりしますが、精製されていないもみがらのついた状態で届きます。
服部:それらの食べものは農薬を使っていない、オーガニックの食材ですか?
ウィチュス:食べものは基本的にオーガニックです。インドの農家の人たちは自然栽培にこだわっていて、GMOに関しても、ある農家で遺伝子組み換えの種が混ざっていた事件が起きたことに怒りのデモを起こしたり、反対運動が盛んに行われています。彼らは自然でないものがもたらす結果を分かっているのです。
服部:それは歴史的に、農薬をたくさん使ったことなどによる被害があったからなのでしょうか?
ウィチュス:というよりは、自然でないものに対する不信感でしょう。従来のやり方でない、食物に対してのテクノロジーを信じていないのです。
映画『聖者たちの食卓』より
服部:「こども食堂」でシェフをしてもらう友人の料理人が、この映画を観て、野菜の皮を剥くのも全て手作業で、フード・プロセッサーなどの機械を使う場面がまったく出てこないことにとても驚いていました。
ウィチュス:チャパティを作ることだけは機械に頼っていますが、それ以外は一切使いません。機械を寄付されることもあるそうで、特別なお祭りのときには、普段の3倍、30万人が来場するので、そういう時に使うのか聞いたのですが、「そのうちね」という感じで、機械の用意があっても、全然使わないのです。
服部:おもしろい(笑)。あと、私自身は専任の場所で整然と争いごともなく進んでいく工程の全てに、人間のなかにある神性を強く感じました。それがこの映画を観ていてもっとも感動した点です。
ウィチュス:確かに神々しい部分があります。その理由のひとつは、シク教がカーストを否定していること、全ての人にオープンな食堂であることがあると思います。
映画『聖者たちの食卓』より
服部:この映画に映っていない、監督が目にした印象に残っているキッチンの様子などがあれば教えてください。
ウィチュス:たくさん撮影をしたなかで、一見全てがとても清潔で、シンプルに見えますが、哀しい物語が隠れていることもあるのです。笑顔を見せる人のなかにも、辛い思い出を持っている人たちもいます。そこにある人々の物語がとにかく興味深かったです。
服部:なるほど……。世界中を旅するなかで、様々な食の事情をご覧になってきたと思います。監督が現在いちばん問題だと思うことはなんでしょうか?
ウィチュス:最悪だと感じたのがハイチの状況でした。ハイチは飢餓の問題が深刻で、さらに料理をするのに使う薪のために森林伐採が進み、土壌が侵食されて土地がやせ細っていくという悪循環から抜けられていません。こうした現状について、もっと啓蒙・教育が進んでいけばいいと思いました。
服部:反対に、これはグッド・ニュースだということはありましたか?
ウィチュス:最近私の住んでいるブリュッセルで起こったことなのですが、ケータリングで300人分の食事を作ってくれと頼まれたものの、そのことを宣伝するのを忘れて誰も食べに来ないことになってしまったんです。私は料金はもらっていたのですが、大きな鍋を前にポツンと取り残されました。しかし鍋を持って帰るわけにもいかないので、その地域にいるホームレスに「どうぞ食べてください」と声をかけたところ、彼らが伝言ゲームのように声をかけて「あそこでご飯が食べられるらしい」と人が集まってきました。彼らが自主的におまわりさんのように交通整理をしたりお皿を並べたりして、食事を食べてくれたのです。
服部:すごい!まさにベルギーの黄金キッチンですね!
作る人と、食べる人、食材を提供する人。食べものに対して正しい対価なのかというバランスを常に考えることが重要だと思うのです(ウィチュス)
服部:私はいま東京に住んでいますが、外でご飯を食べるというと、友人の家にご飯を食べに行く以外だと、お金を払って食べる外食が多いです。でも、取材をしていくうちに、資本主義社会ではしょうがないことですが、人間にとって欠かせない食べものにお金を介在させることで、いろんな矛盾も生まれてきているんじゃないかと思うようになったんです。この黄金寺院で行われている無料で食事を提供するという行為について、監督はどのように感じたのでしょうか。
ウィチュス:確かに食べものに対してちょっと想像もつかない値段を払わなければいけないことがありますが、私はそのお金が食べものに対して正しい対価なのかというバランスを常に考えることが重要だと思うのです。例えば、自分で栽培しない限り、労働力に対して払っているという意識ですね。寺院では、野菜を栽培している人たちがそこにいるわけではないですが、無償で働くということの対価として食べ物を得るという部分があり、そこに価値が見出されているということだと思います。もちろん寺院でもお金は絡んできます。例えば食べものが運ばれてくるトラックのガソリン代が必要です。
服部:監督がおっしゃる必要な対価を払わなければいけないということ、お金を介在させるということに関してうまく説明することは難しいですね。確かに対価としてのお金には賛成なのですが、全ての目的が「お金」になってしまうと、新鮮さ、安全性、そしておいしさという点がないがしろにされてしまうことが多くて、そのことをとても残念に思っています。いまの日本ではこどもたちの“食”が貧しくなっているという現状があります。忙しい母親が手作りの料理を作れないために、デパートの地下で売っているお惣菜やコンビニのお弁当だけだったり、ひどいとスナック菓子だけを食べて育っているこどももいます。大手の外食産業の中には、低年齢からファストフードを食べさせることをする企業もあります。一方で、こどもたちにこそ生き生きとした「本物の」おいしいご飯を体験してもらう機会もあってもいいんじゃないかと、この映画とのコラボレーションとして「こども食堂」というプロジェクトを行います。誰でも食べにこられて、無償で提供するというコンセプトです。
ウィチュス:素晴らしいですね。
服部みれいさんによる子ども食堂のイラスト
服部:『murmur magazine』で農業の特集を組んだことをきっかけに、日本の農薬も肥料も使わない自然栽培の農業を行っている人たちのイエローページをボランティアで作っています。「こども食堂」では、日本全国にある自然栽培の農家さんから野菜を提供してもらうことも試みのひとつとして取り入れています。
ウィチュス:現在の社会は生産地から消費者に届けられるスピードがとても早くなっています。野菜を送ってもらって、それをアレンジして、フレッシュでより健康的なファストフードを作る、ということができるかもしれませんね。
服部:はい。私が「こども食堂」を開催しますという告知をしたところ、自然栽培の農家さんから「農作物の提供をします」という声のほかにも、「ボランティアで働きたい」という問い合わせがたくさんきました。それがすごく嬉しかったですし、こうした試みをすることで、人間のいい部分が引き出されると感じました。
ウィチュス:優しい気持ちやいい目的のために何か行動を起こすと、必ずいい結果が生まれてくると私も思っています。
映画『聖者たちの食卓』より
服部:私たちのような都市に生活している人間が、これから食べものについて取り組んでいくべきことがあれば教えてください。
ウィチュス:個人レベルでできることとして、20人や25人の規模で「月曜日はこの人が料理をする」「火曜日はこの人が」と分担を決めて食事を提供することはできると思います。自分がやるときはやるけれど、それ以外のときは手を出さない、それはつまり他人を信頼するということでもあります。それにより、新鮮な食材を使ってなにかちょっとした催しを行なうことはできると思います。
日本は家屋も部屋も狭いと聞いていますので、例えば屋外で広い場所を借りられるところがあれば、そこにかまどを用意して、代わる代わる人が来て料理をする。服部さんが提唱する「こども食堂」もまさにそうした試みのひとつと言えるのではないでしょうか。私もベルギーでこどものために料理を教えるワークショップをやっているんです。こどもたちはやり始めるとすごく集中して取り組んでくれます。食というのは生きるための基本ですから。
服部:こどもたちとどういうものを作るのですか?
ウィチュス:ベルギーという国自体はあまり食文化が豊かな国ではありませんが、ブリュッセルは様々な宗教や国籍の人が住む多様な文化を持つ街ですので、黄金寺院と同じように、宗教に関係なく誰でも食べられるベジタリアンの料理を作るようにしています。
映画『聖者たちの食卓』より
服部:監督はシェフとしても活動されていますが、そもそも料理の世界にどうして関わるようになったのでしょう?
ウィチュス:母がいつも料理を作っていて、私と兄弟とで必ず手伝うのが習慣だったので、生まれついての料理人ですね(笑)。
服部:それからおじいさまがシェフだったとか。伝統的なベルギーの料理を作っていたのでしょうか?
ウィチュス:実は私の両親は移民で、厳密に言うとベルギー人ではありません。母親がモロッコ出身で、父親がオランダ出身です。母方側の祖父はパン屋だったんですが、いつも近所の人に料理をふるまっていました。
服部:小さいころ、おじいさまやお母さまとご飯を作った思い出で印象に残ることはありますか?
ウィチュス:祖父については覚えていませんが、母とはとにかく毎日料理をしていました。でも今は、母は伝統的な料理が好きなこともあり、私の料理を食べてくれません。「このお魚はどこで買ってきたの?新鮮?」とことあるごとに注文をつけるんです(笑)。
服部:でもそのお母さまに料理の腕を鍛えられましたね(笑)。
ウィチュス:その通りです(笑)。
服部:最近はだいぶ男性も増えてきましたが、日本では家で料理をするのはまだ女性が多いです。ベルギーでは、監督のように小さいときから男の子に料理をさせるというのは一般的なのでしょうか?
ウィチュス:私も例外ですね。
服部:ウィチュス監督が作るモロッコ料理を食べてみたいです。今回の来日期間中、どんな日本食を食べましたか?
ウィチュス:昨日はそばをいただきました。ベルギーではガレット(そば粉のクレープ)が有名ですが、1100年ごろ、十字軍が小麦粉を持ち帰って来ることを命じられたものの、間違ってそば粉を持って帰ってきたことが、そば粉がヨーロッパで食べられることになった始まりなんです。フランス語でそば粉のことを「サラセン人(イスラム教徒)の麦」[※ble Sarrasin]と呼ぶのもそれが理由ですね。
(2014年8月27日、「ラミュゼ ラ・ケヤキ」にて 取材・構成:駒井憲嗣)
服部みれい プロフィール
岐阜県生まれ。文筆家、『murmur magazine』編集長、詩人。育児雑誌の編集を経て、1998年独立。ファッション誌のライティング、書籍の編集・執筆を行う。2008年春に『murmur magazine』を創刊。2011年12月より発行人に。冷えとりグッズと本のレーベル「マーマーなブックス アンド ソックス」(旧mmsocks、mmbooks)主宰。あたらしい時代を生きるための、ホリスティックな知恵、あたらしい意識について発信を続ける。『冷えとりガールのスタイルブック』(主婦と生活社=刊)をはじめ、代替医療に関する書籍の企画、編集も多数。忍田彩(ex.SGA)とのバンド「mma」では、ベースを担当。メルマガ「服部みれいの超☆私的通信ッ」発行中。9月末には人気の「あたらしい自分になる手帖」2015年版と来年のカレンダーを発刊予定。
http://hattorimirei.com/
フィリップ・ウィチュス(Philippe Witjes) プロフィール
1966年生まれ。映像作家兼フリーの料理人。料理評論家としても活躍中。ブリュッセル国内で食に関連したさまざまなプロジェクトに携わるほか、マダガスカルやセネガルなど世界各地で1,000人分以上の食事を作るボランティアもしている。るボランティアもしている。
映画『聖者たちの食卓』より
映画『聖者たちの食卓』
2014年9月27日(土)より、渋谷アップリンク、新宿K's cinemaモーニング
ほか全国順次公開
監督:フィリップ・ウィチュス、ヴァレリー・ベルト
2011年/ベルギー/65分/カラー/16:9/原題:Himself He Cooks
公式サイト:http://www.uplink.co.jp/seijya/
公式Facebook:https://www.facebook.com/HimselfHeCooks.jp
公式Twitter:https://twitter.com/uplink_els