鷹野隆大、変更後の展示風景(愛知県美術館)
8月1日から名古屋市の愛知県美術館で開催されている「これからの写真」展で、12日、写真家・鷹野隆大さんの写真が、わいせつ物の陳列にあたるとして愛知県警が同美術館に撤去を求め、13日から作品の展示に関して半透明の紙で覆うなど変更を行ったことが報道された。webDICEでは鷹野さんに展示変更の経緯について、そして昨今議論となっている芸術とわいせつの関連についてメールでコメントを求めた。今回は、展示変更となった会場の写真とともに、その内容を掲載する。
今回の展覧会にあたり、鷹野さんのブースは布で区切り、入口に監視員を置き、観覧制限をしていたという。
■今回の展示変更の経緯について
匿名の通報を受け、今週火曜日(8月12日)に県警の担当官が現場を確認のうえ、法に触れると判断。このまま続ければ検挙せざるを得ないと伝えられる(芸術性の判断が不可能な以上、陰茎が写っていれば一律アウトという判断だった)。これが発端です。検挙されるのが自分ではなく美術館の職員である以上、僕にできることは限られていました。
鷹野隆大さん
僕の取りうる選択肢は3つ。ひとつは、展示を引き上げる。ふたつめは、指摘された作品を外して問題のない別の作品に差し替え、何事もなかったように造り変える。みっつめは、指摘を受けたことがわかるようにして展示を続ける。
さて、ひとつめも、ふたつめも、物故作家でも可能な展示です。僕は生きている人間として、今回の介入をどのように受け止めたのかがわかるような形で展示を変更したいと考えました。結果として、来場者にもこの事態について考えてもらうことがきます。
鷹野隆大、変更後の展示風景(愛知県美術館)
“不都合な”部分を隠す作業をしながら、美術館の関係者から黒田清輝みたいだという話がでました。明治時代、フランスから帰国した黒田清輝が裸婦像を展示したところ、猥褻だと警察から指摘され、腰の部分を布で隠す「腰巻き事件」が起きました。あれから100年以上が過ぎ、今回は隠す対象が男性だというところが、時代の変化なのかもしれません。ただ、僕は今回、腰巻きではなく、胸の辺りから覆い、布団にくるまっているところをイメージしながら隠しました。
僕個人は、今回の件を、作品の制作者以上に、美術館の「表現の自由」(あるいは「言論の自由」)が侵されたと考えています。美術作品というのは、本質的に「変なもの」のはずです。美術館は、その変なものを集めて保管しているところです。であるなら、世の価値基準とはズレがあって当然です。それを認めないなら、美術館という制度自体を否定しなければなりません。つまり、美術館という場は、必然的に治外法権的な聖域であるということです。
にもかかわらず、今回はたった一件の「匿名の通報」で行政機関が介入してきた。美術館は本来「あそこにはなかなか立ち入れない」という場であるはずです。この、美術に対する敬意のなさに、僕は愕然としました。それはもちろん、美術館を運営している市民の問題でもあります。「変なもの」の居場所を用意していることが、つまり多様性を保持していることが、社会の安全弁として機能することを知っているからこそ、美術館は存続しているのですから。
最近は大学にも行政府の関与を容易にする法律が成立しています。美術も学問も、野方図にしておくことによって、結果が生まれるものだと僕は考えています。「知」に対する行政府の安易な介入はその暴力をエスカレートさせていく危険を孕んでいると僕は考えます。
鷹野隆大、変更後の展示風景(愛知県美術館)
■警察が鷹野さんの作品を「刑法に抵触する」と対処を求めたという報道について
僕が直接聞いたわけではありませんが、担当官は明確に「法に抵触する」と判断したようです。
これはあまり言うと、まわりが萎縮する可能性があり、やや心配なのですが、メイプルソープの最高裁判決は、「猥褻な作品も混じっているが、全体を見れば、その割合は少ない。よって本としては猥褻物と認定することはできない」というもので、割合が変われば判断が変わる余地を残しています。モノクロ写真であることも猥褻ではなく芸術だという判断の根拠になっています。いずれにしても、芸術でもあっても猥褻であれば「黒」という点は変わっていません。しかし、多くの芸術表現は猥褻な表現でもあります。こういう二項対立で考えること自体に無理がある気がしますし、この構図を維持する限り、都合の悪い表現はいつでも検挙できる余地が残っていると言えるでしょう。
僕としては、「猥褻物」が犯罪になるということ自体が意味不明で理解できません。この成熟した社会で、裸体が何の破壊力も持たないことは、わかりきったことですから。同じ理由で、最近検挙された事例についても、行政府が一体何をしているのか、わかりません。それらの作品は、断片的に知るだけですが、破壊的であるどころか、むしろとても人間的に見えます。「世に害を与える」というなら、もっと深刻な表現が他にいくらでもあります。にもかかわらずそれを摘発し続けるのは、極めてまっとうな人間的欲望の発露を社会から排除しようとしているからのようにも思えます。いずれにしろ、ひとつだけ確かなのは、その力の行使によって、行政府が自らの存在を強く主張する結果になっていることです。もし、市民から一時的に権限を委譲されているだけの組織が、その目的から外れて力を誇示しているとしたら、性器の露出などより遥かにグロテスクなことです。個人を特定できない暴力は、一度動き出すと歯止めがきかなくなりますから。今回の件をきっかけに、美術館が自主規制に走らないことを切に望んでいます。
(取材:駒井憲嗣)
鷹野隆大、変更後の展示風景(愛知県美術館)
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「これからの写真」
2014年9月28日(日)まで開催中
会場:愛知県美術館 [愛知芸術文化センター10階]
〒461-8525 名古屋市東区東桜1-13-2
TEL 052-971-5511(代)
開館時間:10:00-18:00 金曜日は20:00まで(入館は閉館30分前まで)
休館日:毎週月曜日(ただし9月15日[月・祝]は開館)、9月16日(火)
料金:一般 1,100(900)円/高校・大学生 800(600)円/中学生以下無料
※( )内は前売および20名以上の団体料金
主催:愛知県美術館、朝日新聞社
後援:愛知県・岐阜県・名古屋市各教育委員会、岐阜新聞・ぎふチャン
協力:株式会社サンテック、国際照明株式会社、シーシーエス株式会社、セントラル画材株式会社
公式ホームページ:http://www-art.aac.pref.aichi.jp/