映画『毎日がアルツハイマー2』より ©2014 NY GALS FILMS
認知症を発症した母との暮らしをユーモラスに描いた関口祐加監督のドキュメンタリー『毎日がアルツハイマー』の続編『毎日がアルツハイマー2~関口監督、イギリスへ行く編』が7月19日(土)より公開される。屈託のない性格の母親・ひろこさんのキャラクターとともに、認知症の〈辛い〉〈暗い〉というパブリック・イメージを変えるコメディのセンスを前作で提示した関口監督が、今回は認知症の人を尊重する考え方「パーソン・センタード・ケア」(P.C.C.)について、イギリスで撮影を敢行。精神科医や看護師へのインタビューを行い、「簡単には向精神病薬を使わない」「認知症ケアは高度な専門技術」「認知症ケアに万能な法則はない。それぞれの人間性や人生が重要」という証言とともに、誰もが避けて通れない認知症のケアという問題に焦点を当てている。関口監督が制作の経緯を語った。
アルツハイマーの暗くて辛いイメージや認識を変えていく
革命を起こしたかった
──前作『毎日がアルツハイマー』の公開から2年が経ち、その続編がこの度、公開されます。制作の経緯を簡単に教えて下さい。
前作が2年前に公開されたとき、お客さんには「認知症がテーマなのに、笑っちゃっていいのかな」という雰囲気がありました。それが変わったのは、2~3カ月たってからでしたね。『毎アル』は、アルツハイマーにまつわる暗くて辛いイメージや認識を変えていく革命を起こすんだという意識がありました。
おかげさまで今も各地で上映会が開かれています。「母のその後を知りたい」という声が多く寄せられ、続編の製作が決まりました。
映画『毎日がアルツハイマー2』の関口祐加監督 写真:神保誠
──前作では、部屋に引きこもっていた母親のひろこさんでしたが、本作では、デイサービスに通い出すなど、ずいぶん印象が変わって、楽しそうになったと感じます。
前作の頃は、認知症の初期段階で、本人が一番苦しい時だったんですね。いわゆる「まだらぼけ」だったので、自分に起こっていることが分かったんです。そもそもがすごく有能な人なので、その状態を余計に恥ずかしいと感じてしまい、閉じこもっていました。自殺願望も強かったです。それが段々と変わっていった。
順天堂大の新井平伊医師は、「認知症の初期は、本人もよくわかっていて最もつらい時期。でも症状が進むことでその辛さが薄れてくる時期がある」と教えて頂きました。認知症が進行することで、逆に辛さから解放されたんですね。なるほど、と。認知症を理解するとは、本人を理解することなんだと改めて思いました。
母の初期の苦しみは終わりましたが、これから母をどうケアするか、今度は私の不安が募ってきたんです。気丈で、私の干渉を拒絶していた母が、今は私に頼りきって何でもいうことを聞いてくれる。それを「介護しやすくなった」と考える人もいるけれど、私は怖いと思ったんです。親子の力関係が逆転して、私が虐待してしまう危険性も出てくるのではないかと。
映画『毎日がアルツハイマー2』より ©2014 NY GALS FILMS
──最近、徘徊(はいかい)症状がある認知症の男性が電車にはねられ死亡した事故をめぐる訴訟などがニュースで報じられました。なぜ問題行動が起こるのか、どうすれば問題行動を減らせると思いますか?
認知症の問題は100%介護する側の問題です。介護される側に全く問題はないのです。『毎アル』の上映会では、「介護が大変」「暴言を吐かれるし、ぶん殴られ、訳が分からない」「うちの主人は徘徊して困る」という様々な質問や悩みが会場から寄せられます。そういう時は、「どうして徘徊すると思いますか?」と逆に必ず聞き返すようにしています。そうすると、みんな一様に黙ってしまう。「なぜ?」と聞くと、意外と客観的になり、原因を考えやすいんですね。
そして、「あっ、そういえば、主人は今の家を自分の家だと思っていなくて、子供たちと過ごした大きな家に帰ろうとするんです」って答えが見つかったりする。また、「ウルサイ私から逃げたいのかも」って言ったりして、会場は「わぁ~」と笑う。「なぜ?」って聞くと、自分も引いて見えてくるもんなんですね。
映画『毎日がアルツハイマー2』より ©2014 NY GALS FILMS
P.C.C.とは認知症になった人の尊厳を守って理解しようとするアプローチ
──本作では、そんな当事者の視点から認知症をみつめる「パーソン・センタード・ケア(P.C.C.)」という医療コンセプトを学ぶために、関口監督はイギリスに飛びます。
認知症でも、最後まで自分らしく笑顔で穏やかに過ごしたい。でも、日本には「認知症とは何か」という包括的な理解が出来るすべがないような気がしていました。そう感じていた時、「パーソン・センタード・ケア」という考え方を知ったのです。「これだ!」と思い、P.C.C.発祥の地イギリスに取材に行きました。「認知症の人」と言っても、身体状態や性格、人間関係など、誰もが全く異なります。P.C.C.は本人の個別性と向き合い、認知症の人を中心に考えるケアの方法です。
脳を見る認知症研究もあるけれど、私には認知症になった人の尊厳を守って理解しようとするアプローチがしっくりと来たんですね。今後の日本にも、一番重要なものだと感じています。私たちは認知症の人を、自分たちの概念でしか見ていないのではないでしょうか。一番つらいのは本人であるということに思いも及ばないのでは。
イギリスに行き「認知症に国境はない」ということを改めて確認しましたね。認知症の患者さんを抱えた家族の苦しみは、英国も日本も、同じだなと痛感しました。
では、何が違うかといえば、英国ではP.C.C.のプロが育っているということ。認知症の人が排泄(はいせつ)物を置き去りにしたら、「あら、犬がきてウンチをしていったのね」といって介護される人を傷つけない発言を介護のプロの人達は言えるような訓練を受けている。一般的に「お世話」をすることが中心の日本とは、そこが大きく違うんです。
映画『毎日がアルツハイマー2』より ©2014 NY GALS FILMS
──最後に、介護に一番大事なことは何なのでしょう?
介護に大事なのは、イマジネーション、感受性、知的好奇心の3つだと思います。「今この人は何を考えているのか」と相手に共感できる感受性を鍛えることが大事です。同時に認知症の介護というのは実は高度な技術なんですね。
だから家族だけで介護ができない場合に、きちんとギブアップをして「私にはできません」と諦めることも重要だと思います。今、日本では、政府が介護保険にかかる費用を抑えようとするなかで、その人にとってベストな介護は何かということよりも、ひたすら家族に押し付ける現状に、大きな危機感を抱いています。家族がギブアップできて、安心して介護のプロに任せられるという社会にしないといけません。
日本は人口の22%が65歳以上という超高齢社会に突入しています。これから団塊の世代が高齢化するともっと認知症の人が増えますよね。
自分の親が認知症になったら、どうすればいいのか。繰り返して言いますが、徘徊や暴れるのにもちゃんとした理由があるのです。看護師や介護士などプロの人たちにも「タスク(任務)のみのケアだけではダメ」と強く訴えたいです。
私の理想はとにかくP.C.C.のプロが育ってほしいということです。日本にもP.C.C.がしっかりできるプロを育成すべきだと考えています。これから誰もが介護が無関係でいられなくなる時代が来ますから、P.C.C.のプロ育成は、急務なことだと感じています。
(オフィシャル・インタビューより)
関口祐加 プロフィール
日本で大学卒業後、オーストラリアに渡り在豪29年。2010年1月、母の介護をしようと決意し、帰国。2009年より母との日々の様子を映像に収め、YouTubeに投稿を始める。2012年、それらをまとめたものを長編動画『毎日がアルツハイマー』として発表。現在に至るまで、日本全国で上映会が開催されている。オーストラリアで天職である映画監督となり、1989年「戦場の女たち」で監督デビュー。ニューギニア戦線を女性の視点から描いたこの作品は、世界中の映画祭で上映され、数々の賞を受賞した。メルボルン国際映画祭では、グランプリを受賞。その後、アン・リー監督にコメディのセンスを絶賛され、コメディを意識した作品を目指すようになる。作風は、ズバリ重喜劇である。作品には、いつも一作入魂、自分の人生を賭けて作品を作ることをモットーとしている。
©2014 NY GALS FILMS
映画『毎日がアルツハイマー2~関口監督、イギリスへ行く編』
7月19日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー
企画・製作・監督・撮影・編集:関口祐加
出演:関口宏子、関口祐加
プロデューサー:山上徹二郎
ライン・プロデューサー:渡辺栄二
AD・撮影・編集助手:武井俊輔
整音:小川武
編集協力:大重裕二
撮影協力:関口先人
医学監修:新井平伊
イラスト:三田玲子
宣伝デザイン:宮坂淳
製作:NY GALS FILMS
製作協力・配給:シグロ
協賛:第一三共株式会社
2014年/51分/HDV/カラー/日本
公式サイト:http://www.maiaru2.com/
公式Facebook:https://www.facebook.com/maiaru2012
公式Twitter:https://twitter.com/nautilus528