骰子の眼

cinema

2014-07-02 17:00


名もなき炭坑夫・山本作兵衛の絵がなぜ“世界記憶遺産”になり得たのか

福岡・筑豊の炭鉱生活を1000枚以上の絵に残したひとりの炭坑夫『坑道の記憶~炭坑絵師・山本作兵衛~』
名もなき炭坑夫・山本作兵衛の絵がなぜ“世界記憶遺産”になり得たのか
山本作兵衛(1892-1984)©本橋成一

2011年にユネスコの「世界記憶遺産」として国内ではじめて登録された炭鉱画を描いた山本作兵衛についてのドキュメンタリー『坑道の記憶~炭坑絵師・山本作兵衛~』が、2014年7月5日(土)よりポレポレ東中野にて公開される。

山本作兵衛(1892-1984)は、福岡県・筑豊の炭鉱で働いた炭鉱労働者であり、炭鉱記録画家である。14歳からおよそ50年間炭坑夫として働いた後、60歳を過ぎてから炭鉱生活の記憶を1000枚以上の絵に残した。還暦を過ぎてツルハシを筆に持ち替えて描いた絵は、他に類を見ない貴重な生活記録画であり、びっしりと書かれた言葉や図解とともに、日本の近代社会をリアルに映し出している。映画は作兵衛の人物像に迫るとともに、北海道釧路の現役炭鉱、ベトナムの炭鉱を取材。名もなき炭坑夫の絵がなぜ国境を越え「世界の記憶」となり得たのかを描く。

本作を制作したのは、TBS系列の福岡の放送局であるRKB毎日放送。webDICEでは、プロデューサー・大村由紀子氏の原稿を掲載する。

『坑道の記憶~炭坑絵師・山本作兵衛~』
坑内は実際には暗闇だったが作兵衛の絵は鮮やかに描かれている
『坑道の記憶~炭坑絵師・山本作兵衛~』
現存する日本唯一の坑内掘石炭生産会社、釧路コールマインの貯炭場



「炭鉱がなくなった後の筑豊をどうするのか」は、常に福岡県全体に影を落とし日々報じられる身近なニュースだった

 RKB毎日放送はTBS系列の福岡の放送局です。1951年にラジオ九州としてスタートし、1958年にテレビの放送を開始しました。ちょうど山本作兵衛さんが炭坑記録画を書き始めたころです。明治から大正、昭和初期と日本の近代化を支えてきた筑豊炭田には、当時、石炭から石油に転換するエネルギー革命と石炭不況の波が押し寄せていました。

 福岡の地に開局したローカル局として、当時RKBが報道すべき一番大きなテーマは、国策として雪崩を打ったように閉山していく炭鉱と、それによる地域の空洞化、失業・貧困問題などあまりにも大きな地域社会への影響でした。RKBライブラリーに残された大量の映像を見るにつけ、どれだけ先輩のテレビマンたちが筑豊に通ったのかが窺い知れます。特にRKBの名物ディレクターとして数々のドキュメンタリー番組を残した木村栄文は、上野英信氏らとともに、作兵衛さんの絵を世に出そうとしていた一人であり、たくさんの映像を残していました。1968年制作のテレビ開局10周年記念番組「加東大介 ボタ山へ帰る」では、作兵衛さんが加東氏を自宅でもてなし、「ゴットン節」を歌うシーンがあります。今回フィルムからデジタル処理で色を補い、傷を修正して当時の映像を蘇らせました。

 
『坑道の記憶~炭坑絵師・山本作兵衛~』
絵を描く山本作兵衛

 平成元年に入社した私にとっても、筑豊はいつか向き合わなくてはならないテーマでした。福岡で生まれ育った私には、「炭鉱がなくなった後の筑豊をどうするのか」というのは、常に福岡県全体に影を落とし日々報じられる身近なニュースだったのです。ただ、「負のイメージ」だけでなく、日本のエネルギー庫として急速に膨張し、隆盛を極めた、筑豊の不思議な熱気も感じていました。

『坑道の記憶~炭坑絵師・山本作兵衛~』
採掘に伴い発生する捨石の集積場はボタ山と呼ばれた

 2011年に作兵衛さんの炭鉱記録画が世界記憶遺産に登録されたことは、筑豊の炭鉱の歴史に光を灯しました。すでに作兵衛さんが亡くなって27年の月日が流れていましたが、RKBには開局以来、撮りためてきた炭鉱と作兵衛さんの映像があり、この「地域の宝」を発信することが、地元ローカル局の使命のように思えて企画書を書きました。

 世界記憶遺産に登録された原画は、田川市石炭・歴史博物館に保存されていますが、もともとは田川市立図書館の職員だった永末十四雄氏が作兵衛さんに「郷土資料として描いてほしい」と依頼し、出来上がり次第図書館に寄贈されたものです。公的な管理のもと、600枚近い大量の炭坑記録画が残されたのです。この映画では、「作兵衛(作たん)事務所」の協力を得て、公的な資料として描いた絵、そして作兵衛さんがご家族や身近な人に残した絵、その両方の原画を撮影しています。

『坑道の記憶~炭坑絵師・山本作兵衛~』
灯りの変遷と手掘り採炭道具

 作兵衛さんの記憶に残る坑内での作業風景、メモ魔だった作兵衛さんが緻密に書き込んだ道具類、危険と隣合わせの過酷な労働を終えたあとの共同住宅での暮らし。まっすぐな人柄で、お酒が大好きだったという作兵衛さんの人情味あふれる人間描写は、見ればみるほど味わい深いアートです。より作兵衛さんの世界に入ってもらえるように、過去の映像だけでなく、北海道・釧路とベトナムの現役炭鉱の様子も入れました。石炭を掘り出す作業は機械化されて作兵衛さんが描いた時代とは隔世の感がありますが、地の底に降り、安全に細心の注意を払いながら働く人たちは、作兵衛さんの思いを共有していました。

 世界が認めた炭鉱の記憶。日本の近代化を支えた人々の労働と暮らしの記録。国境を越えた作兵衛さんの「アート」を堪能してください。

テキスト:大村由紀子(『坑道の記憶~炭坑絵師・山本作兵衛~』プロデューサー・構成)



大村 由紀子(おおむら ゆきこ) プロフィール

RKB毎日放送 報道制作センター 報道部副部長 福岡市出身。1989年、RKB毎日放送入社。アナウンサーとして情報番組やニュースのキャスターを務めたあと、2000年から報道部記者。ニュース取材と並行して報道ドキュメンタリーを制作。2010年東京支社テレビ編成部。2014年4月より本社報道部記者。主な作品に「母は闘う~薬害肝炎訴訟原告 山口美智子の20年~」(08・芸術祭優秀賞、日本民間放送連盟賞優秀賞、ギャラクシー賞選奨など)、「知られざる更生保護の現実~社会へ帰る受刑者たち~」(09・ギャラクシー賞奨励賞) など。




『坑道の記憶~炭坑絵師・山本作兵衛~』
2014年7月5日(土)よりポレポレ東中野にて公開

プロデューサー:大村由紀子
ナレーション:斉藤由貴
朗読:井上悟
音楽:小室等、佐久間順平、竹田裕美子、河野俊二
制作・著作・配給:RKB毎日放送
2013年/日本/日本語/カラー/HD/16:9/72分
公式サイト


☆公開記念トークイベント

7月 5日(土) ゲスト:小室等(ミュージシャン)×大村由紀子(本作プロデューサー)
7月 6日(日) ゲスト:森達也(ドキュメンタリー作家)×大村由紀子(本作プロデューサー)
7月12日(土) ゲスト:吉岡忍(ノンフィクション作家)×大村由紀子(本作プロデューサー)
7月13日(日) ゲスト:安蘇龍生(田川市石炭・歴史博物館館長)×大村由紀子(本作プロデューサー)
7月18日(金) ゲスト:本橋成一(写真家・映画監督)×大村由紀子(本作プロデューサー)
7月20日(日) ゲスト:正木基(美術評論家・casa de cuba 主宰)×大村由紀子(本作プロデューサー)
7月21日(月・祝) ゲスト:石川えりこ(絵本作家)×大村 由紀子(本作プロデューサー)

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